供え箱、或いはタカラバコ
「ッ……加速が出来る!」
いてもたってもいられなくて、私は『加速』を使う。
周囲の運動がスローモーションの映像のようにゆっくりになり、ビジョンが白と黒に染まる。それでもOKAZさんの魔神の動きはさすがに速い。
ローリングさんたちと魔神との間に急いで割って入る。駆けた数メートルのあいだだけでも、周囲の空気との摩擦で身体が燃えるように熱い。
すでに魔神のナタは目の前まで迫っている。ローリングさんたちを運んでナタから遠ざけている時間はない。
さっき口紅弾を防いだ時のシールドなんかじゃ、防ぎきれない……それなら!
「私には……『十八番目の月』が出来る!」
神業には、神業で。同じ能力を出せば、相殺できる!
OKAZさんのさっきの動作を真似てエアギターを弾く。同じように召喚された蒼い魔神は、すんでのところで振り下ろされたナタに同じようにナタを噛ませて、私たちを攻撃から守ってくれた。
ナタとナタの間に、魔神の肌よりも鋭く目を突き刺す強烈な蒼い火花が散る。
そして……加速が解ける。
「ぐぅっ!?」
その瞬間、ゆっくりになっていた運動が速度を取り戻し、ナタが一気に圧される。
やっぱり、コピーでは本物の相手をするには力不足か……!
なんとか軌道を逸らすことには成功するが、私の魔神は消滅し、ナタのぶつかり合いによって生まれた衝撃波が私の体を吹き飛ばす。
「うぁぁっ!!」
「時任さん!?」
壁に叩きつけられた私に駆け寄り、助け起こしてくれるOKAZさん。彼の出した魔神はすでに消えていた。
「何してんだ、危ないだろ!」
「すみません……」
「なんで敵を庇ったりなんか……」
「見てください」
私の出したツタに絡まれたままのローリングさんたちを指さす。
二人とも、戦闘で負ったダメージと極度の恐怖によって、ぐったりと力なく白目をむいて気絶してしまっている。
私はツタを解除して、二人を壁にもたれるように寝かせた。
「……もう勝負はついてるから、攻撃する必要はない、と?」
「はい」
「はぁ……」
OKAZさんは大きく溜め息を吐き、手を額に当ててやれやれと首を振った。
「……知らないんですか? 成神は寿命が来るか、首を切って頭部を完全に燃やし尽くすとか、よっぽどの事しない限り、基本的に死なないんですよ」
「そ……それは知りませんでしたが」
それって、首を切って頭部を完全に燃やし尽くされた成神がいるってことなの……?
いそいそと、どこからか取り出したロープでローリングさんたちをぐるぐる巻きにしていくOKAZさんに、私は弁明を述べる。
「ですが、それは関係ありません。私はただ単に、これ以上は過剰防衛に当たると思って止めたんです」
「……お人好しですね。正しい事だとは思いますけど、あくまでも自分の身を優先してくださいよ」
「はい、気を付けます……」
「ったく。
「誰が甘いヤツだって?」
声が聞こえた。
ハンドパワーにルイスを運ばせているビンゴさんと椎橋くんが、こちらに歩いてきていた。
「委員長、無事だったか」
「えぇ。OKAZさんのおかげでね」
「ちょっと発見があったんだ。その3人を処理してから、君たちも一緒に見て欲しい」
#
一旦結界を解除してから、ビンゴが瞬間移動でルイスたち3人を適当な場所にワープさせることにした。結界を張ったままだと、結界の外へ瞬間移動を行うことができないらしい。
会話の中で聞いた限り、彼らは本当に何も聞かされていないようだ。おそらくタカマガハラに入ったのもここ最近のことだろう。これ以上ルイスたちから入手出来る情報はないだろうし逃がしてしまおう……というのが、ビンゴとOKAZの意見だ。
委員長の神業で彼らの外傷を治してから瞬間移動させ、もう一度結界を張り直してから、ビンゴはさっき俺たちで見つけた隠し部屋に二人を案内した。
赤色の壁、赤色の床、赤色、赤色、赤色。ところにより金色、虹色も。
そして、キリン柄やゼブラ柄、デンジャー柄にフルーツ柄など、様々な射幸心を煽るごちゃごちゃした柄の描かれた歯車が部屋のあちこちで忙しなく動き、真ん中の巨大な機械に接続されたクランクを回している。
スロットマシンを模したその巨大な機械の下に取り付けられた分厚い鋼鉄のパネルには……
「『777 = JACKPOT』。たぶん、このスロットマシンで7を揃えると……」
「景品として供え箱が出てくる、ってこと……?」
「たぶんね。まぁ、ここの供え箱を狙う彼らは排除できたから、ぼくたちがここで試行錯誤して出す意味はないけれど」
「このぶんだと、箱は無事そうだな」
「あぁ。この部屋を閉じて、さっさと帰ろう」
この部屋を開いた時と同じように、『ゴーゴー!』と描かれたパネルを踏むと、隠し部屋は再びゴゴゴと大袈裟な音を立てて閉まった。
#
……さん。…………スさん!
「んえ……?」
「やっと起きましたか、ルイスさん。なんでこんなとこで寝てるんですか」
「い?」
……なんか、めちゃくちゃ鬼ヤバな悪夢を見てた気がすんだけど。
周りを見回す。メイク台、長机、よく分からんド派手な衣装がたくさんかけられたハンガーラック……どうやら俺は、テレビ局か何かの楽屋で寝ていたようだ。
この感じ……あと、机の上にキモイ目玉のマスコットが置かれてんのを見るに、
倒れていた俺に声をかけてくれていたのは、以前動画でコラボしたことのある若手ピン芸人の山岡ディスペアーだった。
激ヤバ(激ダサとも言う)な芸名に似合わない、そこらのサラリーマンと変わらない無個性スーツの山岡は、はぁ、と溜め息を吐く。
「い? じゃないですよ。急に楽屋に変な魔法陣みたいのが浮かび上がったと思ったら、ルイスさんたちが沸いてきて」
「沸いてきてとか虫みてーに言うなし」
「ワープでもしたんすか? いいなぁ、俺も早く成神になって、そういうトンデモパワー使いてぇっす」
「や、これは俺らの神業じゃねーし……」
……そうだ。
たしか、あのクソボロパチ屋でビンゴたちにボコられて……。
「ちょ、ちょい! さっき、ルイスさん『たち』っつってたよな! ほか二人は?」
「ローリングTVさんとMatthewさんすか? 起きるなり、血相変えてどっか行きましたよ。帰ったんじゃ?」
やべぇ、あいつら俺置いて龍神さんとこ行きやがったな。超絶薄情者なんだけど。
「わり、山ちゃん。俺もさっさと帰んねーとだわ」
「結局なんで急にここ飛んできたんすか?」
「いや空気読めし。急いでんだよ、なんか聞かれたらテキトーにごまかしといて! ほいじゃ!」
「勝手な人だなぁ」
文句ありげな山岡のセリフを背に受けながら、俺は楽屋を飛び出して走り出す。
正直、行きたくねー……ボロクソ怒られるだろうなぁ……怒られるだけじゃ済まねーかもしんねーな。
あーくっそ、最悪の気分だ。マジなんなんだよあいつら、ビンゴとOKAZとパンピーとコスプレ女! 覚えてやがれ、てめーらとかタカマガハラのつえー成神たちが簡単にボコしてやっから!
脳内の妄想で奴らをボコしてストレス発散しながら、龍神さんの待つタカマガハラのアジトへ向かうために、局の廊下を突っ走る俺なのであった。
#
「はぁ……ほんま使えんやっちゃ」
失敗を報告するMatthewからのメールを読んで、龍神は溜め息を吐いた。
「しかしまぁ……今回はしゃーないか。ビンゴにOKAZ、おまけに『プラセボ・ゴースト』まで相手にするなんて、あいつら雑魚ではそら無理やわな」
「どうしたの龍神〜? 何ひとりでブツブツ言ってんの、オタク?」
「……お前に話しかけてるに決まってるやろ。そんなことも分からんからお前はいつまで経ってもリスナーからポンコツ呼ばわりされてるんやぞ」
む、と頬を膨らまして龍神の背中をぽこぽこ叩く少女を軽くあしらいつつ、龍神はメールに、『もういいから戻ってこい』という旨の返信を綴る。
そのまま送ろうかと少し考えて、ローリングみたいな体育会系タイプのやつは、こんなメールを見たらタカラバコを奪還できるまで再出撃してしまう可能性があるなと思い、『余計なことはせず戻ってこいよ』といった感じのしつこい念押しを数行付け加える。
「ローリングちゃんたち、失敗しちゃったかぁ。まぁ仕方ないよねっ、ドンマイドンマイ!」
「これまでも何回かハコの奪取は邪魔されてきたけど……なるほどな。俺らとは逆で、ハコを守ってる組織もあるってことや」
「それが分かっただけでもお手柄だよ! 褒めてあげよ!」
「アホか。アイツらは褒めるんじゃなくシバいて伸ばすタイプや」
「うう……頭をシバかれたら成長止まっちゃうと思うな……」
「ほな、殺して伸ばすタイプやな」
「何もかも止まっちゃうと思うな……」
とりあえず、ボスに報告やな。そう言うと、ぎこちなくパソコンを操作して。龍神はメールを送る宛名を変えた。
これまでも何度か龍神たちの送り出した下級成神が撃退されて帰ってくることがあったが、今回、Matthewらの報告によってようやく邪魔者の正体が分かった。
「フン。にしても、ハコを保全しようやなんてアホがホンマにおるんやな。ハコの価値も分かってないんやろか」
「ねー。説得したら分かってくれるかな?」
「どうやろな……ま、成神相手なら可能性はあるんちゃうか」
成神相手なら。
龍神はアジトの冷蔵庫から半分減った角瓶とコーラを取り出すと、角瓶にコーラをなみなみ注ぎ、そのまま一気に飲み干した。
「うえー」とドン引きする少女をよそに、龍神はクククと笑い、歪なまでに鋭い目を細めた。
「ま、邪魔するなら蹴散らすまでや。
全ては、日本を成神の国にするために。
そして、世界を成神が支配するために」
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