成神闘技 ②

 新舘アナの開戦宣言と共に、実況ドローンから、派手が過ぎるファンファーレが鳴り響く。

 今この瞬間、正式に、成神闘技の火蓋が切って落とされたというわけだ。


「『消失魔術マニュピレーション』……」


 実況ドローンに内蔵された集音マイクが、ビンゴの囁くような声を拾う。


『開幕早々ビンゴの得意戦法が飛び出しました! 自らを巨大な手の中に隠し、身を守りながら戦う堅実スタイルッ!』


 ビンゴを上に乗せていた巨大な手は、開戦と同時に、コインを手の中に隠すように軽く握り閉め、ビンゴの姿をその握り拳の中に隠した。


「またそんなまどろっこしい手を……!」


 半秒遅れて、ビンゴを握った手に、緋蜂が急接近し、炎を纏った刀で叩きつけるような斬撃を浴びせた。

 巨大な手は一瞬怯んだように見えたが、傷一つついておらず、その場から飛び退くように離脱。入場時のように、ビルの隙間を縫うように器用にグルグルと周囲を旋回し始める。


「ちょこまかすんなーーッ!!」


 イライラが可視化されたかのような真っ赤な炎を纏い、ときどき刀からの火炎放射によって加速しながらビンゴを追う緋蜂。


『緋蜂の真っ赤な刀の名はエスエヌエスカリバー! 何かと炎上しがちな彼女によく似た、刀身から炎を放つ烈火の妖刀だぁ!』


 一見がむしゃらに追いかけているように見えて、巨大な手では大回りせざるを得ないコースに誘い込んだり、角を曲がるときにビルに刀を突き刺してインコースギリギリを攻めたりしていて、事実、2人の距離はじわじわと縮まってきていた。


VORTEX!」


 戦いというよりかは速さを競い合うレースの形相を呈していた空中戦も、ついに緋蜂の放った炎の鎖が巨大な手を捉えたことにより、戦局の転換を迎える。

 炎の鎖は、ビンゴが握られた巨大な手を、文字通り『VORTEX』の如くぐるぐる巻きに拘束したのち、空中でさらにぐるぐると振り回し、地面に叩きつけた。


「ぐぁはっ……!?」


 さすがの大ダメージに耐えかねたのか、巨大な手は叩きつけられた瞬間握り拳を開き、中に入っていたビンゴを外にほっぽり出してしまった。

 きりもみ回転しながら何度も地面をバウンドし、ようやく体勢を立て直したものの、ビンゴは既に、見るからにボロボロになってしまっていた。


『おぉっとこれは強烈な一撃ィ! さながらスーパーボールのようにビンゴの体が地面を跳ねる! ダメージは深刻か!?』


「試合前は余裕そうだったのに。なんか、拍子抜けね……」


 隣で頬杖をついて闘技を観戦していた委員長が、今にもあくびとかしそうな眠そうな表情で感想を述べた。

 そう。誰もが、『これはもう、緋蜂の勝ちだな』と思うだろう。

 しかし、一度でもテレビやら何やらでこの2人の試合を見たことがある人間ならば、むしろ。


「いや。いま優勢なのはビンゴの方だ」

「え……?」

「もう、『手は打たれてる』んだよ」


 ――いや、むしろ。


 ボロボロのビンゴに向かって、緋蜂が上空から急降下する。

 刀を上段に構え、思い切り振りかぶった構え。トドメの一撃といったところだろう。


「これで終り! ARCアークッ!!」


 ――もう、『手は撃っている』。そう言った方が正しかったかもしれない。


 ビンゴに向かって急降下する緋蜂の肩を、一本の光線が横から貫いた。


「きゃぁぁああああッ!」


 まさに騙しの手品。

 ビンゴの姿を隠し、あちこち飛び回っていた巨大なは、あくまで本当のタネを隠すための囮だったのだ。

 マジックの基本、視線誘導ミスディレクション

 ビンゴは左手を派手に動かし、観客、そして緋蜂の注意を引き付け……そして、完璧に左手だけに意識が集中したタイミングで、ビルとビルの間に隠したで狙撃をしたのだ。


「椎橋くん……あなた、これが読めてたの?」

「読めてたなんて大したものじゃないよ。ビンゴの戦い方はいつもこんな感じだし、それに……」

「それに?」

「…………」


 ――人を騙す手口は一通り勉強したからな。

 そう言おうとしたが、委員長にまた気を遣わせてしまいそうだということに気付き、黙ってヤニを吹かす。

 結界の中では、狙撃を受けて墜落した緋蜂に、背後に左右両方の巨大な手を背負ったビンゴが、コツコツとブーツの音を響かせながら歩み寄っていた。


「さっきの技、効いたよ。緋蜂ちゃん。お互い大ダメージを負ったところで、いい勝負だったってことで、お開きにしないかい?」

「……誰が、そんな事……!」

「残念だよ。なら、これで終わりだ」


 ビンゴはひとつ、パチンと綺麗に指を鳴らしてみせる。さっき光線で緋蜂を撃ち落とした右手が、拳の形になって、ググッと後ろに下がる。

 くっ、と悔しげな表情を浮かべ、ゴツゴツした刀を杖代わりにしてその場にひざまづく緋蜂。

 もうひとつ、指を、パチン。


「『衝撃魔術サプライズ』!」


 振りかぶった右手は、緋蜂に向かって振り下ろされる。

 ズン、と重く低い音が響き、緋蜂がいた地点のアスファルトから半径20メートルにかけて大きな亀裂ができた。


「マジシャンっていうから、もっと切断マジックとか、そういう戦い方かと思ったのに。何よ、『ビーム』と『パンチ』って」

「両方、ちゃんと手品師らしいだろ。ちゃんとハンドパワーを使ってるんだから」

「……あれは、そういう物理的な意味でのパワーではないと思うんだけど」


 どのみち、あの巨大な手に押し潰されたのでは、いくら緋蜂といえど無事では済まないだろう。

 決着は着いた……誰もが、そう思った。

 しかし、ビンゴが地面に埋めた拳を引き抜いた瞬間、どよめきが起こる。


「なっ……!」


 拳を振り下ろす直前までそこにいたはずの緋蜂の姿はそこにはなく、あったのは、マンホールほどの直径の、深い穴だけだった。

 穴の円周が、プスプスと焼け焦げて煙を出している。


『なんとッ!? 完全決着かと思われましたが、そこにあるはずの緋蜂の体がどこにもないぞぉー!?』


「これは……!」

「あの刀の熱で、地面を掘ったのか……」


 とどめを刺す直前で獲物を取り逃した格好になったビンゴは、焦りながらもニヤリと、少し楽しそうに笑い、また指を鳴らした。

 「『消失マニュピレーション』」。最初にしたのと同じように、自分を左手の拳の中に隠し、防御体勢を取る。それと同時に右手を一旦消滅させたのを、俺はもちろん、委員長も見逃さなかった。

 

「いま、片方の手を消したけれど……ビンゴさんは、あの手を自由な場所に出現させたり消したりできるの?」

「さぁな、それは本人にしか分からない。神業カミワザ……成神の持つ固有の能力ってのはそんなもんだよ」

「ふむ……私にも何か神業があるのかしら」

「…………」


 ……本当に何も覚えてないのか。

 ふと考えてしまったが、彼女はこれからどうやって生きていくのだろうか。というか、これまでどうやって生きてきたのだろうか?

 俺との揉みくちゃで汚れる前の清潔な身なりを見るに、風呂に入ってないとか何日も食事をしてないとかそういったことはなさそうだが。家などはあるのだろうか?


「ん……どうかした?」

「……いや」


 やめておこう。俺はただのケチな詐欺師で、彼女とはなんの関係もない。詮索や心配はするだけ迷惑というものだ。


発散Divergenceッ!!」


 突然、地面に消えた緋蜂の声が轟いた瞬間、結界内のビル群と背を競うように、コンクリートの地面から一本のまっすぐな火柱が打ち上がる。

 刀から放たれる炎をジェットエンジン代わりに、地面から飛び出し大ジャンプした緋蜂。舞い上がった火の粉を払うように刀を一振りすると、ビル群には亀裂が入り、真っ赤な裂け目を晒しながら崩落し始めた。


「くっ……!」


 ビンゴが手の中から顔を出し、瓦礫の雨の僅かな空隙の中を飛行する。


『出たァーーッ、大業おおわざ『発散』! 都会の中のビル群という地形を最大限に利用したこの攻撃、ビンゴは避けきることができブツッ』


 実況ドローンが飛び散る瓦礫に被弾し、スピーカーからノイズを撒き散らしながら墜落する。今ので実況席との通信が死んでしまったようだ。

 崩落が収まると、この鳴神闘技が始まる前の高層ビル群はもはや見る影もなく、2人は平坦な瓦礫の山の上に立ち、睨み合っていた。

 めらめら燃える刀を構えた緋蜂、巨大な手を背に堂々と腕を組むビンゴ。

 ドローンの集音マイク機能はまだ死んでいないようで、熱狂のギャラリーに向けて結界内の2人のやり取りを聞かせる。


「……次の一撃で決まるだろうね」

「甘く見んな。また騙しうちを狙ってるのはもう見破ってるんだよ」


 ぴくり。

 それを聞いたビンゴが舌打ちし、手をぴくりと動かす。

 瓦礫の下に埋もれていた右手が飛び出し、グーの形で、緋蜂に向かって突進する。


「『切片Section』!」


 それを看破していた緋蜂は、冷静に刀身から弾丸のような炎の塊を飛ばし、手を撃墜する。

 緋色の弾丸に貫かれた右手は、パキパキと砕けて消え去った。どうやら一定のダメージを受けると巨大な手は消えるらしい。


「……楽に勝たせてはくれないか」

「今度こそ、小細工なしの一発勝負や」

「分かったよ。乗ってあげようじゃないか」


 ビンゴは、自分の背後に浮かべていた左手を指パッチンで消滅させた。


「『魔力装填オリジン・エフェクタート』!」


 そして、右手を鋭く前に突き出すと、その手に、白い炎のようなオーラが宿る。


『ビンゴ、巨大な手の召喚に使っていたハンドパワーを自分の手に戻した! これにより自分の手から魔法を撃つことが可能になりますが、果たしてその魔術は緋蜂の炎を打ち破ることができるのか!?』


 いつの間にか実況ドローンの通信が回復したようだ。

 緋蜂もビンゴも、かなりダメージを受けている。一発勝負という言葉通り、お互いに次の攻撃が勝負を決するだろう。

 膠着状態から、先に動いたのは、やはり緋蜂だった。


「『収束CONVERGENCE』!」


 緋蜂の刀から噴き出していた炎が、大きな光を放ち、刀身に『収束』をする。もともと真っ赤な刀身が、さらにいっそう燃えるような輝きを放った。

 だが、これは刀身の殺傷能力を高めるだけの、いわば予備動作。銃のリロードや投球の振りかぶりと同じ。直接的な攻撃行動ではなく、そこには隙が生じる。

 当然、その隙に相手が何もしてこないはずはなく、ビンゴは自分の人差し指から、禍々しい紫色の魔術弾を撃ち出す。


「ぐぅっ!」


 防御が間に合わず、肩に魔術弾を喰らった緋蜂が悲鳴をあげる。

 だが悲鳴をあげながらも、緋蜂は強化した刀を構えてビンゴに向かって走り出す。同じくビンゴも、オーラを纏った右手を前に出しながら走り、緋蜂を迎えうつ。


「おおぉぉぉぉッ!!」

「はぁぁぁーーッ!!」


 交差……そして、爆発。

 炎の刀と魔術がぶつかり、結界内が、赤と白がまだらに混ざりあった、歪な光に包まれる。

 観客も静まり返り、静寂が場を満たす。

 相当な攻撃のぶつかり合いだった。確実に今ので決着はついただろう。

 やがて閃光が収まり、結界内の景色が外からも見えるようになる。そこには、攻撃を交差させあい、互いに背を向けあっている2人の姿があった。


「………………」

「…………そん……な……」


 一瞬の静寂の後、膝から崩れるように倒れたのは……緋蜂の方だった。


『決着ゥーーーーッ! 緋蜂、惜しくも敗れる! 死闘を制し、最後まで立っていたのは、ビンゴ! プロフェッサー・ビンゴだァーーーーッ!!』

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