成神闘技 ①

「そう、成神闘技なるかみとうぎ。その名の通り、成神同士の格闘技みたいなもんだ」


 格闘技っていうか、異能バトルだけどな。

 ぼうっと上空を見つめる委員長の横顔を見る。こうして顔だけ見てると、瞳がカラコンでも入れてるみたいにピンク色なこと以外は、完全に『時任神奈子』なんだけどな。


「人気者やカリスマが成神になるって話はしただろ?

 民衆からの注目度が高ければ高いほど、より強い成神になって、より強い能力を扱えるようになる……らしいよ。仕組みはよく分からんし、理解する気もないけどな」

「なるほどね。つまり、こういった街中でのパフォーマンスを行うことで、民衆からの注目度を上げて、さらに成神としての力を強めることが出来ると」

「委員長は理解が早くて助かるなぁ」

「……椎橋くん。あなた、いつまで私を委員長呼ばわりするつもり? 私はもう委員長でもなんでもないのよ」

「へっ」


 あんたは生まれついての『委員長キャラ』って感じだからな。


「キャラで人の呼び方を決めるなんて、随分楽しそうね。ねぇ、『皮肉屋アホ詐欺師』」

「前後2つは事実だからいいとして、『アホ』はただの悪口じゃないか。あと思考を読むな」

「へっ」

「……俺の真似か、それ?」


『今回! 神の名に相応しい神ってるド派手なバトルを繰り広げてくれるのはこの2人だァーーーーッ!!

 選手!! 入☆場ッ!!』


 死ぬほど似てない委員長のモノマネは置いといて、いよいよ選手入場らしい。

 さてさて、今回の成神はどんな登場の仕方をするのか……とぼんやり眺めていると、突如、高層ビルが爆発した。

 ……高層ビルが、爆発した。なんて馬鹿みたいな字面だろう。だけど事実として爆発したのだから仕方がない。

 もっと丁寧に言うのなら、20階はあると思われるビルの12階くらいで大きな爆発が起こり、そこから連鎖的にビル全体が爆発。爆風と土煙の中に、跡形もなくビルは消え去った。

 その光景を見た観衆が大いに盛り上がるのをよそに、委員長は、ひとり青ざめる。


「ば……馬鹿じゃないの!? 成神はこんな茶番のために、大量の人を殺すの!?」

「1人も死んでねーよ」

「だ、だけど……」

「あの青い壁、見えるだろ」


 まるで地図に子供がしたラクガキを、実際の土地で再現したかのような、巨大な青い壁。

 これこそが、実況ドローンを中心に広がる、正方形の結界だ。


「あの結界の中で起こった破壊は、闘技が終われば、全部なかったことになるんだよ」

「なかったことに……?」

「試合が終われば、あのビルも元通りだ。これも理屈は分からないけどな」

「で、でも……なかったことになるって言っても、あのビルの中にいた人達は、一度死ぬことになるんじゃないの?」

「成神闘技は、行われる3日以上前に告知されているんだ。試合前に誰か他の人間が結界に入っていても、試合が始まったら弾き出される」

「……なんというか。もう、驚き疲れたわ」

「そう言うなよ。俺も今日はあんたに散々驚かされてる」


 やがて、爆風と土煙を横一線に叩っ切り、ひとつの人影が姿を現す。

 道路標識ぐらいある、馬鹿みたいに長い刀を引っさげた、胸元をバックリ開けたパンクな格好のツインテール少女。

 堂々とした足取りで歩を進め、観客に向かって愛想良く手を振ると、たんっ、と地面を蹴って浮遊し、実況ドローンのそばに寄る。


『青コーナー! ヨウスタグラムのフォロワーは脅威の二百万越え! える生き方を貫き、時にはその尖ったスタイルで炎上しながらも、炎のカリスマ少女は今日も10代の自由なファッションスタイルを先導する!

 炎上上等マキシマムJK! 萌木緋蜂もえぎ ひばちィーー!!』


 ウオオオオオオ、と、地鳴りのような重く低い咆哮が、振動を以て国道を渦巻く。

 緋蜂の支持者の半数は同年代の女子のはずなんだが……こんな間近まで見に来る行動力があゆのは、やはりもう半数、薄汚いオッサンたちの方だということか。

 思わず耳を塞ぐ委員長が、少し微笑ましかった。


「何なの、この熱気……」

「やれやれ。ロリコンの多い国だねぇ」

「ていうかあの子、私より年下なのに、あんな派手な格好しちゃって。変態に狙われたりしないのかしら、大丈夫なのかしら」

「いくら変態でも、神様を襲うような命知らずはいねーだろ」

「……それもそうね」


 妙にすんなり納得してくれた。どうやら委員長も、この神様だらけの無茶苦茶な世界観に慣れ始めてくれたらしい。


 緋蜂の登場によって湧き上がったギャラリーが静まる程度の間を置いて。

 空の雲間から、真っ白な手袋を着けた巨大な『手』が2つ出現し、ふわふわと浮遊する。手首から先だけの、手。

 まるでマウスカーソルのような滑らかな動きで、ビルとビルとの間を縫うように器用に飛び回る手。

 ざわめく観衆に対し、委員長のリアクションは冷めたものだった。


「もう、『きゃっ! 何あれ!?』とか言わないわよ」

「代わりに俺が言おうか?」

「…………」


 ムシされた。


 巨大な2つの白い手は、どこからともなくハンカチを取り出す。ハンカチとは言っても、巨大な手に合わせたサイズだから、小さい家ひとつくらいなら覆える程にでかい。

 そのハンカチを、さきほど緋蜂が切り倒したビルの残骸にパサッと被せる。

 さん、に、いち。手がジェスチャーでカウントダウンし、もう片方の手がハンカチを持ち上げると、跡形もなく砕け散っていたはずの高層ビルが元通りに復活する。

 大規模なマジックショーに、盛大な拍手を送る観衆。一方委員長のリアクションはと言うと、さらに冷めたものだった。


「……いやいや。成神は異能が使えるんでしょ? マジックショーみたいなパフォーマンスだけれど、これ、マジックでも何でもなくない?」

「何を持ってしてマジックと言うかによるな。ガチの魔術って意味ならあながち間違いでもないんじゃないか」

「えぇ……」


 再生したビルの屋上から、ひとつの人影が飛び降りる。

 空中で華麗に3回転半した所で、巨大な両手が、彼を包み込むように拾い上げる。まるで魔法のカーペットのように、不思議な手を乗り回して、真っ白なコートに身を包んだシルクハットの男がギャラリーに手を振る。


『赤コーナー! その甘いマスクで、マジシャンとしては勿論、俳優としても活躍! 昨年は水中脱出マジックで見事ギネス世界記録を更新した、ハンドパワーの申し子!

 異界の手を持つ白魔道士! プロフェッサー・ビンゴォォーー!!』


 名乗りを受けたビンゴは、最後にひとつ全方位の観客たちに向けて恭しくお辞儀をして見せると、指パッチンひとつで巨大な手を消し去り、実況ドローンと緋蜂の元へ飛んだ。

 上空200メートル辺りで、2人の男女が対峙する。剣呑な眼差しの緋蜂に対し、ビンゴはニコニコと楽しげな表情だ。


「成神闘技って、男女混合なの?」

「普通の生身だけで戦う格闘技と違って、産まれ持っての体格差は関係ないからな。異能と人気が全てなんだよ、この日本は」

「…………」


 吐き捨て気味に言った俺の顔を心配そうに覗き込んでくる委員長に、意地でもこの胸に抱いたみっともない感情を悟らせない為に、俺はそっぽを向いた。


「……男の方は随分と余裕そうだけど。赤コーナーだし、男の方が格上?」


 委員長は出来た人だなぁ。気を遣って話を変えてもらって、申し訳ない限りだよ。


「去年の暮れに、全国ネットの生放送で初顔合わせして以来、ビンゴが3戦3勝。それも全部KO勝ちだ」

「なるほどね……」

「緋蜂がムキになって何度もリマッチを申し込んでるんだが、まぁ、お互い人気者だし。今日ようやく、4ヶ月ぶりにマッチメイクが成立したって感じ」


 ただの人気取りのエキシビションでそこまで対抗心を燃やせるなんて。『持ってる奴』は、日々どんなことにでも生き甲斐ややり甲斐を見出せて、羨ましいことだねぇ。

 ヤニを吸う速さが上がっていることを自覚しながら、俺は、4本目に指をかけた。


『さぁ、いよいよ開戦! ……の前に、色々と因縁のあるお二人に、マイクパフォーマンスで前哨戦と洒落込んで頂きましょうッ!』


 実況ドローンがガシャガシャと変形し、大きな飾りマイクに姿を変える。

 マイクの向きは、緋蜂。正面のビンゴを真っ直ぐ見据え、刀を持っていない左の手で、しかし刀よりも鋭く突き刺すように、人差し指でビンゴを指差す。


『ヘラヘラしてられんのも今のうちだから。ぜってーぶっ倒す。

 フォロワーのみんな。今日アップするヨウスタの写真は、プロフェッサー・ビンゴの泣き顔に決まったから!』


 ウオオオオオオ、と、また雄叫びがこだまする。ここはさいたまスーパーアリーナじゃなくて国道のド真ん中なんですけどね。

 次に、マイクはビンゴに向けられる。

 さっきまでの余裕の表情は消えていたが、依然として真剣という感じではなく、何か困ったような苦笑を浮かべている。


『あのさ、緋蜂ちゃん。正直、ぼく、もうキミとは闘いたくないんだけれど……。

 ほら。成神闘技とはいえ、女の子を公衆の面前で何回も殴り倒すっていうのは、マジシャンとしてどうなんだって感じだし……』


 マジシャンとしてどうなんだって以前に、その発言はマイクパフォーマンスとしてどうなんだよ。

 ビンゴの弱々しい声に、観衆からは主に女性陣からの黄色い悲鳴とからかいのヤジと凄まじい怒号が同時に投げられる。

 だが、そのセリフに一番激高しているのは、紛れもなく緋蜂だった。


『はぁー!? 何やねんソレ! 鬼クソムカつくんやけど! 勝者の悩みっちゅーことか!? マイクパフォーマンスで嫌味言うとかガチ最低やわ! きっしょ!』

『……ぼくは、今までキミから受けたどんな攻撃よりも、今の『きっしょ』に一番傷付けられたよ』


 ……なんだこれ。


「なんか、思春期の娘と父親みたいね」

「ていうか緋蜂、関西弁なんだな……」


 ヒートアップする緋蜂を、マイクから変形して再びドローン形態になった実況ドローンが宥める。

 ガルル、と犬歯をむき出しにして威嚇する緋蜂と、勘弁してくれとでも言いたげに肩を落とすビンゴ。対照的な2人の間に、再びの沈黙が降りる。


『な、なんだかマイクパフォーマンスというよりかは親子喧嘩か痴話喧嘩みたいな感じになっておりましたが……続きは是非! このあと拳で語り合って頂きましょうッ!!』


「あっ、始まりそう!」

「…………」


 無邪気に窓から身を乗り出す委員長を尻目に、俺はウンザリしながらヤニを吸い、スマホで天気を調べていた。

 何らかの原因で蘇り、成神化した委員長はともかく。成神闘技など、一般人からしてみれば、踊らされたところで強大な成神を支える『人気』の微弱な構成要素として利用されるだけだ。

 くだらない。心底嫌気がさす。どうせ俺は生涯お前らと同じ土俵に立つことはないんだ、俺とは関係ないところでやってくれ……。



 ――この時までは、そんなふうに。

 俺も、他の一般人たちと同様、一生成神たちとは無関係でいられると思っていたんだ。



『それでは始めましょう!

 神々の聖戦・成神闘技……開戦ショーダウンッ!!』

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