令和X年の日本
あんたが死んでから今までに、日本には大きく2つの変化が起きたよ。
まずひとつは、元号が平成から令和に変わった。
名称上の違いだから、それ自体はどうということはないんだが。それでも、元号が変わったことによって人の意識も変わったってことなのか、なんか街ゆく人の雰囲気とかもガラリと変わった気がする。
ヤニの税も引き上げられたし、消費税も、あんたが生きてた頃はたしかまだ5%だったか? それが今や10%になって、さらに軽減税率どうこうでややこしくなってる。一つだけ言ってやるとするなら、これから外食する時はできるだけ『テイクアウトで』って言うことだな。
……話が飛んでしまったな。税が増えたとか減ったとか、そんなのは些細な変動だ。
ひとつ、ヤバい変動があった。
……ヒトが、神様に成り始めたんだ。
「……それは。何かの比喩?」
「比喩だったらどれだけよかっただろうな。ヤニ、一本どう?」
「私は未成年よ。……多分」
「……見た目上は高校生って感じだけど。普通に生きてたら、俺と同い年だろ?」
「自分が吸いたいんでしょ。私はいらない。変な気遣いしなくても私は気にしないから、吸っていいわよ。それより続きを」
「へいへい」
ちょうど、平成から令和になってすぐくらいの事だから……今から、約2年前のことになる。
街で週刊誌のパパラッチに追い回されてた当時の特撮俳優が、突然、街中で変身した。
テレビ番組の中での話じゃない。カメラも回ってない、ただの、本当の街中だ。種も仕掛けも、植えようも仕掛けようもない国道のど真ん中で、そいつは変身した。
そして、特撮ドラマ同様に厳ついバイクを呼び出して……浮遊し、空へと飛び去った。
その事件を皮切りに、有名人やスポーツ選手、SNSで人気のあるブロガー……そんな人気者、カリスマたちが、物理法則を無視した超常的な力を人前に現すようになった。
2年連続で宝くじを高額当選させて一躍有名になった『幸運アイドル』・
あと、去年
他には……えーと、グラビア女優で競馬番組とかよく出てた子もだっけ。名前忘れたけど。
「……情報が偏りすぎているけれど、とりあえず、私が死んでいる間に椎橋くんがどんな人間に成長したのかは分かったわ」
「このザマを成長と言ってくれるなんて優しいねぇ」
「皮肉屋な所は治っていないみたいだけど」
「これは個性だよ。もっとも、今挙げた彼らのように、金になる個性ではないけどな」
人間が何らかの異能を持つことを『カミガカリ』と呼び、カミガカリを経て神様になった人間を『
これは俗語じゃなく、どっかの省庁が正式に定めた名称だ。覚えときな。
今日本には、確認されて登録されているだけで1万2千人弱の成神がいる。異能の種類や大小は様々だが、全員、ただの一般人じゃ敵わない。
だから、成神には自分が成神であることを自覚したらすぐに役所に届出を出す義務がある。そして、認可された範囲でしか異能を使用してはいけないという制限が課される。強力な成神が数人集まってテロでも起こそうもんなら、一般人には止めようもないからな。
まぁ、いきなり日本が神様だらけになったとはいえ、こんな風に色々ルールが整備されてるから、そこまで滅茶苦茶になってるわけじゃない。街は、基本的に平和そのものだ。
成神が集まって組織されたギャング組織なんてものもあるんだが……。
「ストップ。ありがとう、とりあえず今の日本の状態については大体分かった。それよりも知りたいのは」
「あんたが生き返ったことか? そんなものは俺にも分からねぇよ」
「…………」
「俺に分かるのは、今あんたがしてるコスプレは、『ブラックセーラー』のサキってキャラクターだってことだけだ」
「私、漫画はそこそこ好きだったんだけど、知らないわね。最近始まった作品なの?」
「……自分の口で『ブラックセーラーが裁く』とか言ってたのに。覚えてないのか?」
「ま……全く」
……マジか。時任神奈子としての自我を取り戻した瞬間、直前までの記憶は消えたって事なのか?
「……分からない。ぼんやりと、悪さをしている人たちを探して回っていたような、そんな記憶はあるけれど……」
「ふぅん……」
「ていうか、今言うことじゃないかもしれないんだけど……椎橋くんにリボンを千切られたせいで、胸元が変な感じなんだけれど」
「…………」
千切ったのはあんただけどな。
「同じことでしょ。椎橋くんが殺す勢いで首を絞めるから、千切るしかなかったんじゃない」
「……思考を読まないでほしいね」
「とにかく、何か違和感が凄いのよ。悪いけど、椎橋くんが今つけてるネクタイ貸してくれない?」
「これをか? 別にいいけど……自分で言うのもなんだがオッサン臭いだろ。自分の格好見てみろよ、深緑のネクタイなんて絶対合わないぞ」
「気にしないわ」
「……あっそう」
……じゃ、だっせぇネクタイ着け終わったところで、とりあえず、ブラックセーラーについて説明するぞ?
ブラックセーラーは、3年ほど前から『週刊少年マガ
これがまた結構な人気で、こないだまで夕方の時間帯にアニメもやってた。劇場版の制作も決まったとか。
内容としては……正義感の強い女子高生の
「詳しいのね」
「読んでるって言ったろ。面白いぞ、まだ10巻ちょっとしか出てないし、今度マンガ喫茶とかで読んでみろよ」
「……そうね、そうするわ」
「……?」
――この時。
委員長が一瞬言い淀んだ時に感じた、僅かな違和感を、俺はもっと大事にするべきだったのかもしれない。
「それじゃあ……そろそろ、あなたのことを聞いてもいいかしら? 椎橋くん。
「……十年越しの再会でフルネームを覚えてくれていて光栄なことだが。別に話すような事なんてないよ。今月パチンコで既に10万負けてるとか、そういう話ならいくらでも」
「茶化さないで。記憶は曖昧だけど、状況は把握出来ているのよ。さっきまでいたあのビルの事務所で何が起きていたのか、そして、私が倒した彼らがどういう人間なのか」
……そこまで分かってるなら、わざわざ聞く必要ないんじゃないか? 意地悪だなぁ、委員長は。
そうだ。俺は詐欺師だよ。
あの事務所は、『
あとは何も知らん。俺はただ、一時的に組の一部のメンバーと組んで、仮想通貨を使った大規模な詐欺の計画を進めてただけだ。正式な組員じゃない。
もっとも、あんたのせいでその計画も頓挫しそうだが。
「……どうして? なんで詐欺師なんかに」
「…………」
「椎橋くん、勉強できたじゃない。私は中3の二学期で死んだからその後は分からないけど、模試の結果を見せ合った時、どの難関校からも軒並みA判定をもらっていたし」
「賢かったら成功するなんて幻想を信じていいのは中学生までだよ、委員長」
「…………」
「自分の来歴をベラベラ喋る趣味はない」
「……ごめんなさい」
…………。
「……ひとつ」
「え?」
「ひとつ、言うとするなら」
――どれだけ努力しようが、人気やカリスマで神になった奴らには敵わない。
そんな世の中で、特別な才能もなく、真面目に働いて生きていくなんて、さ。馬鹿らしいじゃないか。
「どれだけ頑張った所で、何も良くなりはしないのに、必死に自分を騙して真面目に生きようとしている。
そんな奴らを騙すのは、死ぬほど簡単なのさ」
#
信号待ち。
俺が詐欺をやっているという話が終わってから3分ほど、ずっと沈黙が降りている車内。カチカチとウィンカーの音だけが弾む。
気まずそうに肩を竦めていた委員長だったが、ふと思い立ったように聞いてきた。
「ところで。どこに向かっているの、この車は」
「とりあえずあの場から離れようと思って走らせただけだから……正直、何も考えてない」
「だったら私、行きたい場所が……」
道路を真っ二つに切り裂く閃光と、無闇に喧しいファンファーレが、委員長の声をかき消す。
「うわっ! な、何!?」
「……あー、しまった。今日はここでやるんだったか……」
「何が始まるの?」
「見てりゃ分かるよ」
……どおりで車の進みが遅いわけだ。
道を変えてどうにかこの場を離れたいが、周りの車はみんな、元々これの見物目当てだったようだ。車道の真っ只中だというのに車を停め、外に出てスマホのカメラを構えていやがる。
諦めて、俺も窓を開ける。成神連中のお遊びなんぞには毛ほども興味はないが、委員長に今の日本の世界観を説明するにはもってこいの見世物だろう。
空に浮かぶ派手な色のドローンから、実況アナウンスが流れる。
『
実況は私、フリーアナウンサー界初の成神こと、
「……成神闘技?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます