蝕魔剣ダーインスレイヴ(6)




 剣戟を打ち轟かす度に、互いの剣から火花が飛び散る。


 ホンクトーの肉体は常人を逸脱した巨躯へと変わり果て、片手に握られた魔剣ダーインスレイヴもその巨躯に適応するかのように変化している。赤黒く硬質な物体が刃にまとわりついて全長が数倍にも伸びており、巨大化した魔剣と豪腕が振るう度に洞穴内に風が荒れ狂う。

 剣豪は手にした双剣で、向かい来る巨大な刃を受け流していく。力を分散させるように剣身を弾いては身を逸らし、時には身体の運びだけで太刀筋を回避する。ダーインスレイヴが躱されるたびに、その使い手の苛立ちを体現したように猛威が増していく。


「どうした、守ってばかりでは俺は殺せんぞ!」


 真上からの魔剣の振り下ろしに、剣豪は双剣の刃を交差して受け止める。

 瞬間、剣豪の左手から赤い血潮が噴き出る。巻き付けた包帯によって血の大半は抑えられてはいるが、真っ赤に染まった布からは許容量を越えた血が滲み出て、握られた青の短剣の柄を伝う。血が剣戟の度に飛び散ろうとも、剣豪は無表情のままホンクトーの攻撃を受け続ける。

 ホンクトーは剣豪の負傷を見逃さず、巨大化した魔剣を猛烈な速さで振るい続ける。左からの攻撃を弾くたびに、青の短剣と魔剣の衝突で青い閃光が煌めく。より一方的な攻勢に、剣豪は徐々に後方へと押し込まれていく。


「──、」


 剣豪の無表情がわずかに歪む。力を受け流しきれなかった青の短剣が小さく弾かれ、剣豪の動きに明確な硬直が発生する。


「終わりだ、若造!」


 一太刀でも浴びせればダーインスレイヴは標的の血肉を喰らいつき、致命の一撃を与える。ホンクトーは雄叫びを上げながら、剣豪の左肩へ目掛けて斜めの袈裟斬りを振り下ろした。


「それを待っていた」

「な!?」


 剣豪は身体を反らして魔剣を回避すると、逆手に握った赤の短剣をかち上げるように右腕を振り抜く。

 赤の短剣は刃が灼けたように輝き、真紅の軌跡が魔剣の剣身を貫く。岩が割れ落ちるような甲高い音と同時に、魔剣の刃が両断される。切り離された刃は剣豪の後方の壁に激突する。巨大化したダーインスレイヴの断面には氷が張り付き、冷気が纏わりついている。

 剣豪の持つ双剣は、凍てつくような青と燃え盛るような赤とで、それぞれの刃が光っていた。


 ホンクトーはこの時点でようやく、弱点を攻撃していたのではなく、攻撃を誘導されていた事実を自覚する。自身の対峙する相手はわざと左手側に不利の素振りを演出し、短剣を殴らせて、氷結により脆くなった剣身を灼熱の剣で焼き切ったのだ。

 それでも信じきれずにいた。

 左手の怪我は本物であり、氷の剣に伝って凍りつく血潮も偽りではない。それなのに、剣豪と名乗るその男は、自分の傷を陽動に利用している。

 その異常は受け入れがたく、刃の三分の一が失われてもなお巨大なダーインスレイヴを振るう。眼の前の男を殺さねばならない。


 冷静さを失ったその攻撃が、致命的な隙を生み出した。


 振るわれる魔剣の剣身に双剣を滑らせながら、剣豪は巨躯の胸元に飛び込む。赤の短剣を突き立てると短剣の刃が深々と刺さるが、増殖した筋肉に防がれて致命傷には至っていない。

 剣豪は続けて青の短剣も巨躯に突き立てる。

 斜めに突き刺した短剣同士は巨躯の胴体の中で激突する。先に突き立てられた赤の剣身に青の切っ先が、交差するように割れて食い込む。

 ホンクトーは懐中の剣豪を叩き潰さんと、胸めがけて片腕を振り下ろす。剣豪は振り返ることもなく、突き立てた短剣の柄を蹴り、反動で空中へ飛んで、背後からの攻撃を回避した。

 巨躯の腕はそのまま空を切り、自身の胸元を突き立てられた短剣ごと叩き潰して、まるで杭のように肉塊の体内へ穿たれてめり込む。


「吹き飛べ!」


 剣豪は血の滲む左手を前へ突き出し、拳を握る。

 血が付着した青の短剣が眩く輝き出し、瞬時に赤の短剣へと伝播する。氷結の青剣と灼熱の赤剣の魔力が互いに暴走し、行き場のなくなった強大な魔力は巨躯の分厚い肉体の内側から連鎖的に炸裂する光へと転じる。


 次の瞬間、ホンクトーの巨躯が胴体の内から爆発する。

 

 爆発の轟音が洞穴内に響く。爆炎は一瞬で燃え尽き、爆煙は黒く燻って視界を曇らせる。砂塵のような灰が漂う空間で、剣豪は地面に着地する。


「マスター、反応は残っています!」


 無銘の声に応えるように、剣豪は右手で背中の大剣を引き抜く。煙幕のように立ち昇る黒煙の中から飛び出てきた魔剣の一撃を防ぐ。

 黒煙が薄れて浮かび上がるホンクトーの全身は、見るも無残な姿に変貌していた。膨張した巨躯は黒く煤けて崩れ落ち、魔剣ダーインスレイヴと同様に骨のような体躯へとやせ衰えている。

 男はそれでも狂気に満ちた目で剣豪を睨みながら、右腕と同化した魔剣で鍔迫り合っていた。


「まだだ、俺は、俺たちは死なんぞ!! お前も喰らい尽くして、俺たちは生き続けてやる! 今までのように、これからも!」

「言いたいことはそれだけか」


 剣豪は右手の大剣で魔剣を受け止めたまま、血塗れの左手で、唯一残った腰の剣の柄を握る。

 漆黒の剣は鞘から解き放たれると、刃に闇を纏う。


「──『ハデス』」


 剣豪は漆黒の剣を逆袈裟に斬り上げた。

 漆黒の剣が織り成す軌跡は、洞穴の暗がりよりも深い闇だった。剣筋は男の肉体を貫通し、音もなく肘から先の右腕を刎ね跳ばす。ダーインスレイヴが宙を舞い、地面に突き刺さると、魔剣に同化していた腕は黒い砂のように崩れ去っていく。


 ホンクトーの肉体は両断されていた。


 冥府の闇を思わせる漆黒の太刀筋が、体を上下に分かつように斜めに刻まれている。ホンクトーは信じられないものを見る表情で、両断された傷から崩れ落ちていく自身の身体を眺めていた。


「……俺たちはどうすればよかったんだ?」


 敗北を受けいれたのか、ホンクトーは諦めたような顔で、剣豪に語りかける。


「あの時に、魔剣に出会った時に全滅すればよかったのか? それよりもずっと前から全員死んでおけばよかったのか? 俺たちに、生きる選択肢は許されてなかったのか?」

「誰かを犠牲にした生など、認めん」

「……そうだよな。死んでも謝りきれないが、すまなかった、フェイ」


 ホンクトーがそう言い残すと同時に、剣豪はその首を黒剣で横薙ぎに斬る。

 男は全身が黒い砂のように崩れ去り、消えていった。


「ホンクトー……」


 フェイは呟くような小さい声で言う。

 視界に一瞬だけノイズが奔る。義体の不調も一時的に安定したのか、足の駆動に力が戻る。無銘はよたよたとよろめきながら立ち上がる。


「まだ終わっていない」


 剣豪は言い放つ。

 ダーインスレイヴは所有者を失っても、まるで次の担い手を誘うかのように禍々しい魔力を纏っていた。

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