蝕魔剣ダーインスレイヴ(5)
赤と青の双剣が交差して、赤黒い肉片を纏った骨めいた刀身の魔剣の振り下ろしは受け止められている。
双剣を握る男の髪は黒く、魔剣の一撃を防ぎながら、光のない黒い瞳で無表情で状況を見つめている。
男は、剣豪と名乗っていた。
剣豪は魔剣を受け流して、強引にホンクトーの胴へ蹴りを打ち込み、弾き飛ばす。
ホンクトーは吹き飛ばされながら、魔剣を地面に突き立てて勢いを殺す。魔剣を杖のように支えにして、這々の体で立ち上がる。やせ衰えた骨と皮だけの体で、ぜいぜいと掠れた呼吸を繰り返しながら、剣豪に尋ねる。
「奴らは、どうした?」
「全部倒してきた、ただそれだけだ」
「……そうか……ククク……」
ホンクトーは喉から絞り出した声で、力なく嗤う。
無銘は立ち上がろうとするも、衝撃によるダメージで義体への入力が覚束ない。剣豪は構えを解くと、無銘の元へと近づいてしゃがむ。
「申し訳ありません、聖剣デュランダルを破損しました」
「役割を果たしたのならそれでいい。さっさと終わらせてやる」
剣豪は振り返りながら立ち上がると、再び双剣を構える。
左手の拳からは血が滴り、青い短剣の刃を伝って落ちる。その切っ先はホンクトーに向けられていて、距離を詰めるために駆け出そうとして、フェイの言葉で進撃を阻まれる。
「知ってるなら、教えてよ! わたしだって、知らないことばかりでなんていたくない!」
剣豪は冷めた目でフェイを振り返ると、ため息を吐く。
「これだから、生きてる人間のいる世界は面倒なんだ。いちいち説明しないと納得しようとしない」
「……え?」
「自分の目で見ろ。お前の知りたかった真実だ」
剣豪が手中の双剣の刃を交差させると、二つの刃の接触部から眩い火花が炸裂する。
洞穴の中が陽光のような閃光で照らされる。火花を散らせたままの双剣を剣豪は高く掲げる。
その白い光が仄暗い闇に包まれた洞穴の奥の壁まで届くと、蠢く肉の壁の中に無数の繭が並んでいる様子が透けて視える。
繭でできた壁の中に、無数のフェイがいた。
肉の繭の中には人型の肉塊が培養されてるかのように浮かんでいる。繭の一つに人の形をした何かが包み込まれていて、その人型は全て少女と同じ顔に象られている。繭は壁一面に覆い尽くされていて、さらに奥まで無数に連なっている。
「うそ……あれ、私……?」
困惑したまま無数の繭を見るフェイは、その場に崩れ落ちる。
剣豪が双剣を離して下ろすと、真っ白な光は消え去り、壁の奥は闇の中に再び包まれる。
「奴の持つ魔剣はダーインスレイヴ。血肉を啜り無尽蔵の力に転換する。おそらく墜落の衝撃で大破して、砂塵を散布して星から力を奪い尽くそうとしたのだろう。ところが、どういうわけかこの星はとっくに出涸らしで、ただでさえ少ない人間の生息域が狭まっていったか」
「……よせ、そこから先は俺が言う」
ホンクトーは観念したかのように、項垂れたまま語り始める。
「この星では戦争が起きていて、結局全員が死んで負けた。世界が荒廃していく中で、俺たちは彷徨った挙げ句に、あの岩奥の拠点を設けて、仲間と一緒にこの祠へと辿り着いた。聖剣を手にすれば世界と俺達は救われる、楽園になるんだってな。……だが、この世界を救う聖剣なんて存在しなかった。そんなものは、誰かが作った嘘でまかせだったんだ」
ホンクトーは自身の右腕と一体化した魔剣を一瞥する。
「ここに辿り着いた俺たちは、絶望したよ。この廃墟にあったのは、いつからそこにあったのかわからない魔剣だ。あんなおぞましいものでどうにかできるものか、ここまでの苦労は一体なんだったのかと……そして、最初に魔剣に触った奴がいた。──お前だよ、フェイ。お前が魔剣に喰われて、化物になって、俺たちの仲間を獣にしていったんだ」
「うそ、うそ!」
フェイは拒絶するように頭を振りかぶるが、無視してホンクトーは言葉を続ける。
「だけどまだ幼かったから、魔剣を扱えなかったんだろうな。偶然助かった俺はフェイを殺せたし、魔剣を無理やり奪って、侵蝕される前に右腕を強引に切り離した。後は魔剣を置き去りにして、必死に逃げ帰った。だけどどのみち、俺たち自身がもう行き止まりだった。水も乏しく、痩せていく土地で作物も育たない。もうどこにも行く宛なんて無かったし、飢えて死ぬ他なかった」
ホンクトーは喉の奥でくぐもったような笑い声を鳴らす。
「けれどな、どういう冗談かフェイ、お前は生き返って俺たちの眼の前に現れやがった。何も覚えてないくせに、ひっきりなしに『救い』を求めて砂漠に飛び出したがるんだ。発作のようにいなくなると、また戻って来る。魔剣がお前を無数に増殖させて蘇らせていて、一人死ぬたびに新しい一人が目覚めるんだ。──そして、俺たちは、飢えていた」
無銘は、砂塵まみれの田畑の光景を記憶領域から呼び起こす。
あのような閉鎖された土地で、村落の住人は何を食糧として自給していたのか。
村落で青年がフェイをナイフで刺し殺そうとしたのはなぜか。
答えは全て一つに繋がる。
「あなた方は、フェイさんを、食べたのですか」
獲物を先に殺してしまえば、奪われずに済むからだ。自分で歩くことのない肉塊にすれば、相当の事情でもない限り持って行こうとはしない。しかし村落の住人にとっては『彼女が死んでいようと関係のない』些末事でしかなかった。
フェイは、無限に増え続ける食糧でしかなかった
「そうだ。一人ずつ殺して、足りない食糧にしていた。今じゃあもう主食になってしまったがな……ただ俺たちだけじゃない。獣になった仲間たちも、フェイを襲っては食らっていた。近寄らなければ獣に襲われなかったし、持ちつ持たれつの関係だったわけだ。これが、俺たちの顛末だよ。俺たちはフェイのおかげで生きてこられたのさ」
「嘘……嘘だよ……嘘!」
フェイは崩れ落ちたまま小さな声で呟き続ける。
ホンクトーは長い溜息を吐いて、剣豪と無銘に視線を向ける。
「それなのに、お前たちがやってきた。まるで俺たちの真実を暴くようにな……俺たちはまだ死にたくない。だがお前たちは、俺たちの居場所を奪おうとする。関わらないでくれ」
「それは、できません」
無銘は脳裏に奔る駆動系のエラーを排除しながら、強引に立ち上がる。
「フェイさんを犠牲にし続ける世界なんて、残酷過ぎます。彼女の尊厳を無限に奪い続けて、存続させるべきではありません。マスター、承認をお願いします。私も──」
「いや、こいつの相手は俺がやる」
無銘の視野が突然に落下する。脚部に発生し続ける深刻なエラーを抑えきれず、無銘はその場に倒れ伏す。
剣豪は無銘とフェイを守るように立ち塞がると、冷め切った表情で、ホンクトーに向けて双剣を再び構え直す。
「その双剣で、俺たちを、殺すのか? あいつらを殺したように、元は人間だったあいつらを!」
「俺は終わった世界を終わらせる。ただそれだけだ」
「揺さぶりは通じんか。なら力尽くだ」
唐突に、無銘のスキャンが敵性反応の出現を感知する。
洞穴の入り口から鏃のような小さな刃が飛び込んで、ホンクトーの持つ魔剣に棘のように突き刺さる。本来からそこに存在するのが当然であるかのように複数の刃が合体すると、魔剣と同化しているホンクトーの右腕も脈動し、膨れ上がる。ホンクトーの肉体は、洞穴の天蓋まで頭が届くほどの巨体となる。
「獣になった仲間たちを殺す手段はどこにもなかった。あいつら自身も魔剣の一部になってしまったんだろう。だから、殺してくれて感謝する。こうやって奴らの魔力がここに集まった。──時間稼ぎをしてくれて助かったぞ、フェイ」
フェイの縮こまった身体が、小さく震える。
「ありがとうな。頼むから、死んでくれ」
赤黒い肉塊で増幅された魔剣が、再び振るわれる。
剣豪は双剣を構え、突撃する。
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