蝕魔剣ダーインスレイヴ(4)



    ◆



 廃墟と化した街を二人が駆けていく。次第に原型を保ったビルの数が少なくなり、突然に視界が開ける。

 一帯が巨大なクレーター状にえぐり取られ、その中央に異様な建造物がある。


 ビルの瓦礫を無理矢理に集め積み上げ隙間に赤黒い肉塊が糊のように貼り付いて固化されている。歪んだ祠に開かれた入り口は、怪物が口を開いて獲物を待ち構えている様を連想させる。

 異形の祠と形容する。

 周囲をスキャン。一帯には宙に浮遊していた魔素混じりの砂塵は祠の周囲に皆無で、敵性反応も感知しない。剣豪が獣を引き付けているのだろうと推測し、両手に宿る聖剣の光を一時的に解除する。


「……どうして? ただ闇雲に走っただけなのに……」


 隣に屈むフェイを、無銘は見下ろす。

 無銘たちが剣豪と離脱してから、フェイの行動は奇妙だった。彼女はまるで目的地を知っているかのように、無銘のスキャンよりも早く、迷うことなく廃墟の街を駆け抜けて、この異形の祠にたどり着いた。

 フェイも自身の行動の異常に困惑してるのか、両手で頭を抱えて俯いている。


「わたしって、なんなの……」


 フェイは答えを求めるかのように、無銘の顔を見つめてくる。

 剣豪が獣たちを足止めしている今こそが好機だ。黄金の剣とフェイを無銘に託した行動の意図を推測できる。この場所で手をこまねく合理的な理由はどこにも見当たらない。

 宝石のように蒼く煌めく手が差し伸べられると、フェイは少しだけ躊躇ってから、握り返してくる。


「私の中にあなたの求める答えはありません。ですがあなたが探し求めたあの場所にこそ、あなたの求めていた答えがきっとあります。立ち上がってください」

「ムメーの手って、冷たいね……」

「私はただの、剣ですから」


 引き上げるようにフェイを立たせ、二人はクレーターの縁を降りていく。

 異形の祠は獲物を待ち構える巨大な生物のように、その虚な大口を開けている。

 


     ◆



 祠の内部は機械的な建造物と蠢く肉塊とが入り混じった構造で、長い階段の途中に隔壁がいくつも続いている。金属製の隔壁の前に立つと自動で開かれ、通過すると勢いよく閉じる。単純な長い階段を降りていき、最後の隔壁が開かれていく。


 金属の巨大な洞穴は仄暗く、洞穴の地面は隔壁と同じ材質のメタリックの床面が広がっていて、それとは対象的に獣に良く似た肉塊が岩壁一面に貼り付いている。金属の壁や床は所々が歪み隆起している。

 無銘はスキャンを通して、それらの肉塊が地上で遭遇した獣のそれと同一であると判断できた。

 その洞穴の中央には円盤状の台座が埋め込まれている。真円を描いた台座は周囲より一段高く、壁に続く肉塊は中央の台座へと纏わりついて連なっている。


「ムメー、あれ!」


 台座の中央には、剣が突き刺さっている。

 赤黒い肉と、そこから突出した骨のような刃が剥き出しになっている。空間の中央に突き刺さっているその魔剣の柄を握り続ける腕がある。枝のように干からびた右腕だけが垂れ下がってた。


 その魔剣の傍に、男が立っている。

 白の頭髪と髭を蓄えた年嵩の男で、ボロ布で覆われた体躯には、右腕に当たる箇所の膨らみが欠けていて、その男が隻腕であることが明らかだった。

 背中越しに振り向くその顔には、驚愕と落胆の入り混じった感情が浮かんでいる。


「ホンクトー……どうしてここにいるの?」

「地下道が通じてるんだ。むしろ俺が聞きたいくらいだよ。お前がここにたどり着くなんてありえない……ああ、そいつが手助けしたのか。余計なことをしてくれる」


 ホンクトーは無銘の姿を一瞥し、吐くように言い捨てる。フェイは声を荒げて叫ぶように、


「わけがわからない! ここには獣がいっぱいいて誰も近寄れないって、それを言ってたのはホンクトーだよ?」

「……まだわからないのか」

「え?」


 彼が魔剣の目の前に立つと、剣を握り続けている枯れた腕は震えて動き出す。右腕の肩の箇所が持ち上がり、ホンクトーは慣れた動作で腕のない右肩を差し出す。肉塊が肩まで伸びると連結するように貼り付く。

 枯れ果てていたはずの右腕は脈動しながら膨らみ、巨大な肉の腕に変貌する。



「今から殺す相手に、何を教えても無駄だろう」



 ホンクトーは異様に膨れ上がった右腕を振りかぶると、まるで鞭のようにしならせながら、先端に掴まれた魔剣を振り下ろす。


 刃が衝突し、閃光が弾ける。

 無銘はフェイの前に素早く構え、手にした黄金の剣で魔剣を受け止める。

 ホンクトーの右腕は巨大に膨らみ、尋常ならざる剛力で刃を真上から押しつぶそうとする。フェイは呆然と立ち尽くしたまま言葉を失っており、無銘が代わりに問いかける。


「なぜあなたがフェイさんを傷つけようとするのか理解できませんが、私はフェイさんを守らなければなりません」

「……言ったところで理解されるとは思わん。もし歯向かうならお前も殺すだけだ」


 魔剣を握るホンクトーの右腕がうねり、無銘に刃が幾度も振り下ろされる。手にした黄金の剣で弾き返しては連続で打ち払う。一撃を弾くごとに洞穴内に轟音が響き、無銘は背後にフェイを庇った状態で攻撃に出られず、防戦を強いられていた。


 無銘には葛藤があった。聖剣の光を展開してしまえば本気で対象を殺傷しかねない。

 無銘は背後にいる少女を垣間見る。少女は剣戟に怯えうずくまっている。

 霞んだ記憶の向こうで、勇者の顔が一瞬浮かぶ。勇者は私という聖剣を振るい、何のために戦っていたのか。

 それは力無き者のためだろうと推測する。状況を全て把握できずとも、意味もなく一方的に殺されていい道理はない。


「……対象を脅威と認定、殲滅します」


 呪詛のように呟くと、無銘は聖剣の光を発動させる。黄金の剣デュランダルを再び蒼い光が包み、フェイを防護する球状のシールドが展開する。

 無銘は剣を振り払って、異形の腕を横に弾き飛ばす。背中を気にする必要がなくなった無銘は一気に駆け出す。

 ホンクトーは素早く腕を素早く縮めると、無銘の振り下ろしを魔剣で受け止める。骨のような魔剣の刀身に黄金の剣が交差し激突する。覆う蒼い光が火花のように激しく散っていく。


「く、この力は……!」

「出力、増加」


 無銘の瞳と長髪が蒼から白へと色を変えていく。光の量も

 ホンクトーの右腕がさらに隆起して膨れ上がっていき、無銘の侵攻を力づくで抑えようと試みる。それでも無銘の一太刀は斥力を物ともせず、青白く光る刃が魔剣の刀身へと徐々に食い込んでいく。無銘がこのまま押し進めば魔剣は立ち折られ、その主を袈裟斬りに叩き斬るであろう。


 その刹那。

 無銘の持つデュランダルに、青白く光る亀裂が走る。一筋の亀裂から細かいヒビが剣身に広がっていく。

 コンマ数秒の瞬間に記憶領域を呼び起こす。──この聖剣は経年劣化で壊れかけている。魔法使いと剣豪がそう言っていた。度重なる激突と酷使、そして聖剣の光の出力に、このデュランダルと呼ばれる黄金の剣は耐えられなかったのだろうと推測する。

 無銘はとっさに剣を手放し、両腕を交差して防御態勢を取った。


 黄金の剣は眩光を放って爆散した。

 

 無銘は衝撃に吹き飛ばされ、後方の壁に背面から叩きつけられる。視界にノイズが奔り平衡感覚が狂う。損傷不明。痛覚は遮断されているが、それでも駆動系に一時的なエラーが発生する。力なく壁から崩れ落ちて、無銘は地に伏せる。

 

 デュランダルの炸裂の破壊はは周囲にまで及んで、爆心地を中心として床面が黒く焦げ付いている。黄金の剣の炸裂とフェイを取り巻く光のシールドの消失には時間差が多少あり、彼女は爆発の余波から守られていた。その球状の防護も霞んで消え、フェイが無銘の元へ駆け寄ってくる。


「ムメー、しっかりして!」

「くそ、手こずらせやがって……どうして余計なことに首を突っ込もうとする……」

 

 黒く焦げた肉の壁が崩れ、ホンクトーが現れる。右腕を瞬間的に膨れ上がらせて炸裂を防御したからか、異形の右腕から炭化した肉をぼどぼどと落としながら近づいてくる。枯れ枝のように細くなった右腕には魔剣が握られたままで、フェイのすぐ眼の前まで近づいてくる。

 無銘をかばうようにフェイが立ちふさがる。ホンクトーは呆れ果てたように、


「俺の目的はお前なんだよ。そいつを庇っても全く意味がない。そんなこともわからないのか……」

「わからないのはこっちだよ! なんでわたしを、ホンクトーが殺そうとするの! なんでこんなひどいことするの!」

「……もういい。さっさと死んでくれ。フェイ」


 白髪の男は枯れた右腕を持ち上げると、赤黒い魔剣の切っ先をフェイに向けて振り下ろす。


 祠の内部に鈍い剣戟が響き渡る。


 無銘は倒れ伏したまま、首を上げて視野を正面に向ける。フェイは斬られていない。ホンクトーとの間に割り込んだ何者かが彼の攻撃を阻害している。



 剣豪が、魔剣の一撃を両手の短剣で受け止めていた。

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