蝕魔剣ダーインスレイヴ(2)
◆
砂の風を越えて、三人は砂漠を渡っていく。
足取りも軽く先行するフェイの後を追いかけていくと、岩壁に突き当たる。まるで城壁を思わせるように高く分厚い壁に、縦に大きな割れ目が走っている。人ひとりが通れるほどの横幅で、向こう側は入り組んでいるのか、先は暗くて視認できない。
「こっち、ついてきて!」
フェイは岩壁の割れ目を躊躇うことなく入っていった。剣豪と無銘もそれに続いて、暗闇のトンネルの壁を伝って進んでいくと、背後の風の音が遠のいていく。
「ねぇ、ケンゴーたちはどこから来たの? 砂漠の向こうってどうなってるの?」
風の音に遮られなくなったからか、先を行くフェイが語りかけてくる。
「ずっと遠くからだ。この世界のことはよく知らない」
「ふーん……? ホンクトーならたくさん知ってるよ! ムメーは?」
「私は記憶を喪失しているため、お答えすることができません」
「あはは! おかしい話し方!」
しばらく歩くと、正面から光が差し込んでくる。歩んでいくごとに暗がりの通路に光は広がり、ついに展望が開ける。
「ここがコロニー!」
小さな集落があった。
周囲が数十メートルの高さの岩の壁に囲まれている。天井を見上げると巨大な丸い空が見えるものの、砂漠の空と変わらない黄土色の曇りに覆われている。これほど高い岩壁であっても砂塵を食い止めることができないのか、岩壁の縁から舞い落ちる細かな砂がモヤのように村全体に降り注いでいる。
集落の建物は土を塗り固めて作られた直方体の構造で、集落の中央に集合して組み立てられている。建物の周囲には人工的に手の加えられたであろう田畑の痕跡が広がっていたが、砂が表面に被っている。
人気のない集落の中に、はしゃぐフェイの声が空虚に響く。
道を歩いていくと、やがて剣豪たちは直方体の建物の一つに辿り着く。壁面に空いた窓や扉に塞ぐものは何もない。薄暗い室内には砂埃が薄く積もっていて、部屋の片隅にはボロボロに壊れたガラクタが雑然と積み重ねられている。
「こっちこっち!」
フェイが部屋の中央を手で払いのけると、床に埋め込まれた小さな扉の持ち手が姿を現す。勢いよく引っ張り上げると正方形の穴が開かれ、扉に付着していた砂がさらさらと音を立てて穴の中へ落ちていく。
穴に立てかけられていた梯子を降りて地下へと辿り着く。人工的に掘られた洞穴の中には汚れだらけの機械が並べられ、照明器具による青白い光が岩肌を照らしている。
無銘は無意識のうちにスキャンを実行する。地下に生息しているのは砂から避けるための知恵か、砂漠と比べると魔素の浮遊含量は少なからず抑えられているようであった。
「ただいまー!」
フェイの声が洞窟に響く。岩肌に嵌め込まれた扉の一つが開かれて、壮年の男が出てくる。
右肩から先の腕が存在しなかった。
男の頭髪は真っ白で、顔には彫りの深いシワが刻まれている。しかし顔付きとは対称的に体躯は筋骨隆々で逞しい。
本来腕がある箇所にはボロ布が纏われている。隻腕の男は不信感を隠さず、ぎらついた瞳を剣豪と無銘に向けてくる。
「……何者だ」
「あのさホンクトー、この人たち、旅の者だって!」
ホンクトーと呼ばれた男はフェイをあしらう。
「俺たち以外の人間は余所者に決まってる。何処から来た」
「ここではない遠く、異世界からだ」
剣豪の言葉を聞くと、ホンクトーは驚いたように目を見開いたが、すぐ嘲るようにクククと喉の奥で笑う。
「そんだけ真面目な面して言うんなら、信じてやるよ。……貴様ら、何をしにきた? 物見遊山か」
「この世界について知りたい。なぜ滅びた」
「……直に見たわけじゃない。戦争が起きて、文明が滅びたと伝えられている。俺たちは砂漠の中から物資を集めては、砂漠から逃げるように渡り歩いてきて、ここに辿り着いて拠点を作り上げた。そして……十年前にもなるか。俺はフェイの父親たちとで遠征隊を組んで、砂漠を捜索した。『砂漠の何処かに聖剣が封印されていて、その力を行使すれば楽園が復活する』なんていう言い伝えがあってな。旧文明の祠と、剣が確かにあった。だが……」
長い溜息を吐いて、言葉を続ける。
「その結果がこれだ」
ホンクトーが右肩を揺らすと、垂れているボロ布も動きに合わせて力なく揺られる。
「他の奴らは全員……死んだ。それから俺たちは、どうしようもなくなった。ただでさえ少ない人間が減り、砂漠にはあの怪物たちが徘徊し始めた」
無銘は話を聞きながら、砂漠の獣を記憶領域から想起する。ホンクトーの供述する怪物と自分たちが遭遇した獣は同種であるが、複数個体がいるという推測は可能だった。
「岩壁に囲まれてるから、ここに籠城していれば襲われずに済む。そして俺はフェイの親代わりになって、この閉ざされたコロニーで暮らしているってとこだ。満足か?」
「ああ」
剣豪が答えると、ホンクトーは背中を向ける。
「……お前らがここで何をしようと知ったことでもない。だが俺を巻き込むな。勝手に消えるか勝手に死んでろ」
ホンクトーはそう言い残し、足早に岩肌の扉の向こうへと立ち去る。
◆
ハッチが開け放たれると、四角い穴から霞んだ光が差し込んでくる。細かな砂の粒が光に照らされて光線のように降り注いでくる。梯子を登り終えた剣豪と無銘は地下から抜け出して、大きなリュックを背負ったフェイを砂だらけの床へと引き上げる。
「重量過多です。多少廃棄なさるべきかと」
「全部砂漠にあったのを拾ったの! ほとんど壊れてるけど、最後の旅かもしれないし」
リュックを背負い直すフェイを放置し、剣豪は結晶をかざす。地表に出たためか結晶の光は強さを増して輝いている。
「時間の無駄はしたくない。行くぞ」
剣豪は振り返らず足早に歩き出す。無銘が後ろに着いていき、慌てて立ち上がったフェイと共に家屋から出る。
「うおぁああああ!!」
怒号の叫びと同時に、入り口の外の影から男が飛び出てくる。
全身を砂塵避けのケープで覆った男は、銀色に鈍く輝くナイフを両手で握り、腰溜めで突進してくる。その切っ先がフェイの左側面腹部に迫ろうとした瞬間、フェイの身体は後ろに押しのけられる。
剣豪は左手でナイフの刃を掴み取り、男の刺突を強制的に止める。そのまま流れる動作で右の拳の一撃を顔面に叩き込んで、地面に倒す。ナイフを遠くに放り投げると、剣豪は男に近づき、血まみれの手で胸ぐらを掴む。
「なぜだ?」
「……殺して身ぐるみを剥ぐつもりだった。余所者なんてもうずっと見なかったから……」
集落の物陰から覗き見る人間たちの姿を視認する。まるで民族衣装のように全員が砂避けの布を纏っていて、そして全員の目から生気を感じられない。男は自嘲するように鼻で笑う。
「なんだよ、みんなで襲うんじゃなかったのかよ……俺だけかよ……」
フェイは震えたまま、声を絞り出すように、
「そんなっ、どうして?」
男は堰を切ったように叫ぶ。
「俺たちは、もうここで終わるしかないんだ! なのにフェイは、そいつは前に進もうとする……見るに耐えなかったんだ、頭が狂っている! もう俺たちに希望を見せるな! ここでじっとしていろ!!」
剣豪は手を胸ぐらから離し、叫ぶ男を突き放す。呻く男に背を向けて歩き出す。
「ここにいる価値はない。行くぞ」
無銘はフェイを抱きかかえるようにして、剣豪の跡についていく。
集落の住人は追いかけてこない。虚ろな眼を向けるだけで、ただその場に立ち尽くしているだけだった。
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