第一章
蝕魔剣ダーインスレイヴ(1)
◆
青い刃は濡れたような光沢を放つ。
剣豪の手にある剣は長剣ほど長くはなく、ナイフと呼べるほどには短くもない。ショートソードに分類される短剣を、背中の腰付近に添える。ナノメタルが鞘に変化し、青い刃を包む。
剣豪はもう一振りの短剣を手に取る。真紅の刃の短剣は青の短剣と同一の形状と長さで、左右対になるように交差して鞘に収まる。剣豪は双剣を逆手で素早く振り抜き、自身にとって最速の抜剣が可能となる角度と位置を探し調整する。
腰に長剣二本、背中の短剣が左右で二本、そして右袈裟掛に背負った大剣が一振り、合計五本の剣。背中の大剣だけでも相当な重量の装備を、剣豪は自分の身体の一部であるかのように軽々と背負っている。
無銘は真っ白な部屋のベッドに腰掛けて、剣豪の背中を見つめていた。準備を終えた剣豪は振り向いて、
「装備の具合はどうだ」
「問題ありません。身体に馴染みます」
無銘は白いコートで身を包んでいる。前面はジッパーで閉じてあり、膝下まで長さのあるコートの裾から伸びた白い足が見えている。足先にはブーツが履かされていて、無銘の足にぴったりと馴染んでいる。
この衣類は剣豪が先程作り出した。真っ白い部屋の中には正体のわからない機械類も点在しており、その機械の一つを剣豪が操作してしばらく経つと、無銘の身体にフィットする装備が出来上がっていた。
剣豪はフード付きのマントを羽織ると、同じものを無銘にも渡す。
「防塵だ。次の異世界で必要になる」
剣豪なりの不器用な気遣いなのだろうか、と無銘はマントで身を覆いながら思う。
「了解しました。ですがマスター、義体であれば人体に適応不可の環境でも行動に支障はありません」
合理的に考えるのであれば、それこそ義体に服自体必要がなく、むき出しのまま行動しても、兵器として運用するのであれば全く差し障りはない。
だけど剣豪は独り言のように、
「傷ついてほしくないからな」
剣豪はそう口走った直後、自分自身の言葉に意表を突かれたような表情を一瞬だけ浮かべる。
「──、俺らしくないな」
剣豪は艦上をを隠すかのように素早い動作で腕を振ると、光のゲートが部屋の中央に出現する。剣豪は無銘に手を差し伸べる。
「行こう」
無銘は応えるように、言葉もなく剣豪の手を握り返す。
◆
砂漠に嵐が吹き荒れる。
視界は砂塵に覆い尽くされ、まるで侵入を拒むかのように、風が轟と唸り猛威を振るう。剣豪と無銘の羽織るマントに細かな砂を容赦なく叩きつけてくる。剣豪は防塵マントの襟を伸ばして口元を防護しながら、
「想像以上の嵐だな」
無銘は義体の瞳で周囲を観察する。
無銘は義体の感覚を鋭敏化する。センサーで周囲数十メートルの状況を確認。地形精査を開始、ソナーを発動。砂山の隆起と突出した岩の位置関係を把握。マッピングを完了。脅威判定はネガティブ。大気中には魔力に類する粒子が多く含まれている。仮称として『魔素』として登録する。
「周囲の地形を精査しました。目標を設定すればナビゲーションを行えます」
「助かる」
剣豪の手に握られた結晶は、赤紫色に弱く点滅して、次第に消えていく。
そのまま剣豪は自身を中心とした円を描くように結晶を振りかざすと、一定の方向に向けられた瞬間に結晶の光が強さを増す。
無銘は結晶の光る方角に意識を集中する。魔素と砂を掻い潜るように世界を観測し、より細かな地形、物質、生命反応を掴み取ろうとする。
異変を察知する。
現在地からそう離れていない距離。魔素を大量に含んだ巨体と対称的に矮小な個体とを認識する。矮小な個体のサイズは人間大のものと判定。魔素を帯びた巨体の体躯はその数倍。
そして無銘は思い出す。薄れた記憶領域の中で魔物と呼ばれる存在、俗にいうモンスターの類いがこれと類似していることを。
「マスター、この先で人が魔物と遭遇してると思われます」
「そうか」
剣豪は無銘に示された道の先へと駆け出す。砂丘を乗り越え滑走し、無銘も咄嗟にその背中を見失わないようと全力で追いかける。
◆
砂塵に阻まれた先で獣が唸る。
四の脚を持つ獣で、獅子とも熊とも似つかない。
本来頭部の或るべき部分にそれがなく、不定形に歪む肉塊が蠢き続けている。腐臭を撒き散らし、赤黒い液体を滲ませ、巨大な単眼の周囲に小さな複眼が開かれる。
その獣の前には外套を纏った人影がへたりこんでいる。
口元を布で巻いて覆っていて、幼さの残る怯えた瞳を獣に向けたまま砂に腰が抜けている。
獣がまさに致命の一撃を加えようとしていた瞬間、砂丘の向こうから剣豪と無銘が滑り降りてくる。
黄金の剣が抜剣される。
剣がそれに応えるように金の光を煌めかせると、視界の先にいる少女の周囲に、球状の光の壁が発生し、獣の振り下ろした爪が弾かれる。それだけでなく獣全体が強烈な衝撃を受けたように跳ね返り、大きく距離を離した砂の上に落ちた。
「悪くない」
剣豪は手中の剣を一瞥した後、無銘に向かって投げて放る。無銘が黄金の剣を受け取ると、剣豪は人影の方へ目配せをして言う。
「俺は奴をやる。あいつを守れ」
「わかりました」
無銘はそれを安全確保の役割と理解し、黄金の剣を携えて少女の元へ向かった。その一方で剣豪は無銘から離れるように進行方向を変え、砂に落ちた獣へと近づき、その前に立ちふさがる。
無数の眼が剣豪を捉える。
壊れた弦楽器を幾つも重複して奏でたような、不協和音のようなおぞましい絶叫が響き渡る。
剣豪はマントを翻し、半身を向けて背中の大剣の柄を握り、構える。
獣は四つ脚で大地を蹴り、迫り来る。
飛びかかった獣が落下の勢いと同時に前足を振り下ろす。
一瞬のうちに剣豪は姿を消す。
獣の前足が地面を抉り取る前に、剣豪は獣の頭上に自分から飛翔し飛び避ける。獣が本来行うはずだった攻撃の動作をそのまま真似るように、大剣に重力の勢いを加えた縦斬りの一閃で、獣の頭部を二つに両断する。
それで終わりのはずだった。
「!」
剣を横に構えて、刃を盾のように扱い獣からの反撃を防ぐ。背後に滑りながら衝撃をいなし、すぐに体勢を整え、追撃に備えて獣を見据える。
獣は不定形の頭を両断されたまま生命活動を続けているが、巨大な眼球を両断されたためか、酩酊しているように左右にふらついて足がおぼつかない。それでもなお無数の眼球が剣豪を捉え続けている。
「しぶといな」
素早く砂地を駆けると、滑り込むように低く大剣を横薙ぎに振るう。
獣の四肢の先端が分断されて、役割を失った四肢は肉体を支えきれずに獣は倒れ伏した。
獣はそれでも壊れた玩具のように手足を動かし続け、断面からどす黒い血液が流れ出て、砂に染み込んでいく。
剣豪は蠢く獣の胴体に切っ先を向け、心の臓があると思わしき箇所を突き刺す。
獣はしばらく痙攣を繰り返したのち、全身が弛緩して完全に沈黙した。
その刹那、獣の背中を突き破って、小さな何かが剣豪に向かって飛び出す。
鋭利に尖った刺のような物質。
剣豪は左手で短剣を引き抜いて、殴るように弾き飛ばす。短剣の赤い刃が棘と衝突すると眩い火花が飛び散る。棘は真反対に跳ね返されると、その勢いを利用するかのように、弧を描いて砂塵の中へ飛び去っていった。
剣豪はその方角を見つめたまま、短剣を素早く鞘に納める。
◆
獣の残骸から大剣を引き抜き、剣豪は無銘たちの元へ帰り着く。無銘の隣には球状の光に包まれた人間が、呆気にとられて砂地に座っている。
「マスター、無事で何よりです。これを」
「ああ」
無銘から黄金の剣を受け取る。剣豪が小さく剣を握り返すと、人影の周りに展開されていた球状の光が消える。
その人物は突然顔に降りかかる砂に顔をしかめる。そして剣豪と無銘のほうを見ると、目を丸く見開いた。
「あ、あなたたち……あれを倒したの……? それよりも……誰?」
「無銘と言います。彼は私のマスターです」「旅の者だ」
「旅の者……じゃあ、まだ外に生きてる人いたんだ!」
その人間は口元の布をずらして顔を晒す。
年端もいかない少女だった。十代前半ほどの幼さで、彼女は瞳を輝かせて屈託のない笑顔を見せる。
「わたしフェイっていうの! コロニーに来て! わたしたちの家!」
「私はマスターの所有物ですから、判断は委ねます」
無銘とフェイはタイミングを合わせたように剣豪のほうへ振り向く。純粋無垢な瞳を向けられた剣豪は少し間を置いて、
「わかった」
ぼそっと呟いた。
「よかった! わたしが案内するから!」
少女は口元に布をあてがいフードを目深に被り直すと、砂塵の中を迷うこと無くまっすぐに走りだす。剣豪と無銘もそれに続く。
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