出逢い(急)


     ◆



 洞窟の闇の中に光が降りていく。

 『剣豪』は筒状の棒を掲げ、その先端に灯る明かりで岩肌を照らしながら進む。人の手で加工された岩の階段が下方へと続いている。無銘も『剣豪』に付き添うように、歩いて階段を降りる。

 階段を降り切ると巨大な一枚の壁がそびえ立っている。洞窟の岩肌とは違い、黒曜石のように黒く垂直に平べったいプレートだ。

 『剣豪』が軽く手で触ると、全体に刻まれた文様が反応するかのように一瞬光り、音を立てて上昇していく。


 そこを形容するならば霊廟ではなく骨塚と表現すべきだった。

 開かれた空間の、扉と同じ黒い材質でできた床の一面に人骨が広がっている。数百は下らない数の人骨はどれも朽ち掛けた衣類を纏ったまま散乱している。成人のもあれば幼少のそれと思われる骨も区別なく存在している。

 部屋の中央には一際高い台座があり、その天辺から強い光が溢れている。『剣豪』は明かりに使っていた棒を仕舞い、台座へと続く階段を登っていく。


 無銘も後に続いて台座に到着する。

 台座には抜き身の片刃剣が突き立てられている。片刃の剣は金を思わせる眩い光を放ち続けていた。そして剣の直ぐ側にも人骨が二人分寄り添うようにして並んでいる。


「心中か」


 二人の白骨化した手には小さな短刀が転がっている。向かい合うように倒れていることと衣類の様相から、同年齢の男女がお互いを殺傷しあったのだろうと推測がつく。先程見かけた骨塚のような人骨も記憶を思い返せば、どの骨の近くにも自害用の小型武器が転がっていた。


 『剣豪』は黄金の剣に近づく。その柄を両手で握り、台座から引き抜く。剣は太陽のように強烈な閃光を放ち、そしてすぐに収束する。『剣豪』は何かを読み取るように黄金の剣を観察し、


「相性が悪すぎたんだろうな」


 空になった左腰の鞘に、金の剣を添えるように押し当てる。すると鞘が機械的に両刃用から片刃用へと変形する。刃を鞘の中に滑らせると、本来そうであったように、剣は小気味良い金属音を立てて納まる。


 太陽のような輝きが消えた霊廟の中は、壁面に浮かぶ淡い光だけで照らされている。


「その剣を持ち帰るのですか?」

「直せれば使う。この剣を使う人間は、この世界に誰もいないから」


 無銘の思考に浮かんだ疑問は自然と口から発せられる。


「世界とは一つではないのですか」

「ああ、無数の異世界が存在する。新しく生まれる世界もあれば、滅びる世界もある」


 無銘にも推測は容易だった。

 この名も知らぬ異世界で、何かしらの原因で人間を襲う蟲が大量に発生したのだろう。

 しかしこの世界の住人は対抗する手立てを持ち合わせなかったか、対処が致命的に遅れて間に合わなくなってしまった。

 何かしらの手段を講じたには違いないが、到底太刀打ちできる相手ではなかったのかもしれない。生き残った者はこの遺跡に逃れるも、限られた空間での生存はすぐに限界を迎える。

 黄金の剣で光の壁を展開して蟲の侵入を阻害するも、その打破する方法を終ぞ見つけることはできなかった。生の苦痛よりも死の解放を望んで、全員で自害した。


 それがこの世界の終わりの歴史だ。そしてこの目の前にいる男はそれを殲滅してしまった。


「マスター、あなたは何者で、何を目的として行動しているのですか」

「俺はただの『剣豪』だよ。世界を滅ぼした奴らを殺すための」


 無銘から発せられた質問に、『剣豪』は事もなげに言う。


「俺も世界を滅ぼされた。誰も助けに来なかった。それが許せなかった」

 『剣豪』はどこか遠くを思い巡らすように思索に耽り、口数の少ない言葉で言う。


「だから、俺が殺さなきゃ駄目だと思った」


「見ず知らずの他人の世界で、あなたに無関係であってもですか」

「ああ」

「救いや恵みがなくてもですか」

「ああ」


 『剣豪』は左腰の剣に手をかけながら言う。

 もし普通の人であったなら、力があればそれを人のために使うべきだと言ったりするだろう。その能力を持っていながらあえて使わないのであれば意図的な見殺しであると。

 けれど、無銘は聖剣だ。武器である自分自身に、マスターである『剣豪』の意思決定にまで干渉するべき理由を持ち合わせていない。


「私の勇者の世界も滅びていたのでしょうか」

「おそらくな」


 無銘の脳裏に霞んだ記録が浮かび上がる。

 かつての主であった勇者の、怒りに燃えた瞳、叫びながら魔物の群れに突撃する姿、旅路の途中に見せる感情を押し殺した顔。

 それらが泡沫のように浮かんでは、再び消えていく。


「無理に思い出すな」


 無銘の意識が戻る。倒れかけたところを『剣豪』に抱きかかえられていた。『剣豪』は無銘を片膝立ちで抱えたまま、指を鳴らすように軽く振りかざす。再びゲートが出現する。


「ここでやることは終わった。帰るぞ」


 『剣豪』と無銘は光のゲートをくぐり抜ける。ゲートの消失と同時に霊廟に静寂が戻る。

 祭壇の上に横たわる二つの骸は、互いに片手を握り合っている。


 おそらく永遠に。



   ◆



 二人は再び真っ白な部屋に戻ってくる。出発した時と何一つ変わらない。『剣豪』はゆっくりと無銘を抱き下ろす。


「つまりここも異世界、なのでしょうか」

「少し違う。そこから出られる」


 無銘は示された扉の前に立つ。壁とほぼ区別がつかないが、横にあるパネルに手を触れると、静かな音を立てて横にスライドして開かれる。


 無銘はそのまま扉の外に出る。

 狭い路地だった。

 建物の隙間から見える空は、紫がかったような虹色のマーブル模様に覆われていて、宇宙の星雲を連想させる。左右の建物は入り組んだパイプや金属で覆われており、ただでさえ手狭な通路を圧迫している。建物から建物へは紐で渡された明かりが吊るされて、通路を煌々と照らしている。往来は殆ど無い。いくつかの扉や屋台が軒を連ねて通路の両脇に並んでいる。

 『剣豪』が白い部屋の中から続いて出てくる。


「狭間の世界だ。いずれ案内するが、まずお前を直してからだ」


 無銘は自身の身体を見下ろす。『剣豪』から譲り受けた灰色のマントは長時間の戦闘でズタボロになり、剥き出しの義体が横から覗ける。両腕もひび割れが酷く、指の何本かは欠損していた。


「私はそこまで気にしませんが」

「俺は気になる。どうするかはお前が決めていい」


 マスターらしからぬ行動なのだろう、と無銘は推察する。

 出会って間もないが彼の人となりは、先程の戦いで互いに背中を合わせて理解できた箇所がある。常人を遥かに超越した剣技を持ちながら、あまりに孤高であり人間味がない。時には自身すら危険に晒すような場面も多々あった。自分の肉体すら剣の一部だとして、まるで兵器であるかのように立ち振る舞う様すらあった。


 よく似ている、とすら思う。

 無銘は聖剣であるから当然だとしても、『剣豪』は人間にしか見えない。

 それなのに目の前にいるこの青年は、聖剣よりも人間性に欠けた様子すらある。

 しかしそれでも、無銘に対する気遣いは、どこか置き去りにしていた人間性を取り戻そうとするような行動に思えてならなかった。


「まだ始まったばかりです、マスター」


 無銘の記憶もまだ戻っておらず、この『剣豪』について純粋に興味が湧いた。

 今は共にあることが合理的な行動であると、無銘は決断する。

 無銘は『剣豪』の差し伸べた手を掴む。



 一人の人間と一振りの聖剣の物語が、始まった。



【続く】

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