第5話 レオン国王 最終週
外が騒がしい中、玉座の間だけが静かだった。
先週最終防衛ラインが突破され、勢いそのままの強行軍がグラコス首都に押し寄せていた。反乱軍の疲れは当然あるのだろうが、目の前の首都を落とせば全てが終わるという事実が無限の活力を与えていた。逆に王国軍は士気がダダ下がりになっており、練度や地の利ではもはやどうにもならないところに来てしまっていた。
首都陥落が間近に迫っており、王国軍の皆が慌てふためいている中、レオンだけが諦めとも取れるような落ち着きを払っていた。
「随分落ち着いていますね?」
レオンは顔色一つ変えずに立ち上がり、窓から外の様子を眺め始めた。敵味方が入り乱れている現状。死者は同等に見えるが、明らか様に王国軍が押されていた。根本的な数の差と言うものだろう。倒しても減らない、減っているように見えないというのは士気を下げる遠因になる。
「残念ながら、これは敗色が濃いな」
レオンはどちらかというと表情豊かな方ではあった。悪い顔しか印象にない、という点はさておいて。そんな男が表情を変えることなくじっと外を見つめている。
「…残念ながら…ですか…」
先週の時から思っていたが、負け行くものの表情をしていない。こうなることがわかっていたというよりも、こうなることを望んでいたと言った方が正しいのかもしれない。
「負け行くものの表情ではない、そう言いたげだな?」
やっとこっちを見たか。本当にこの男の考えは読みにくい。
「…他に切り札でもお持ちですか?」
それは回答を伴った質問だ。負ける様子ではない、ならばその他に勝ち筋を持っているのでは?という問いかけ。
「そんなものありはしない。蛮勇をもってこの戦争に終止符を打つ。それが俺という役者の仕事だ。それに貴様には見えているはずだ。俺が何をなして、どういった末路で終焉を迎えるか」
「むざむざと死ぬおつもりですか?」
「死を司る神様が死にゆくものへ心配を投げかけるか?いや、そんな殊勝な心がけは持ち合わせてはおるまい」
少し前にも同じようなやりとりをした記憶がある。あの時はレオンは死にゆく未来をひっくり返した。今回はというと…見えてはいるがわからない。死ぬ未来を何度となくひっくり返した男だ。今の僕が見えている未来の可能性ですら、もはや数分後には意味をなしているかも怪しいのだ。
先週の元老院駆逐の際も、議長を捕縛するという選択肢を取らなければ彼は死ぬ予定だったのだから。
「もう1人の役者が舞台に上がってこない限り幕は上がらぬ。もし上がらなければ…」
レオンは口上をやめた。外の喧騒に混じって、ゆっくりとした足音が聞こえてきたからだ。
「心配は無用のようだな。もう1人の役者の、お出ましだ」
いうや否や、玉座の間のドアが蹴破られた。
「玉座を蹴破って入室するとは、素行が悪いな」
風通しが良くなった玉座の間の入り口にいたのは、一度見たことがある人物の顔だ。前回と異なり、レイピアをひっさげ、鎧を血で染め上げて、顔には哀愁を漂わせていた。
「辿り着きましたよ、兄上…」
レオンの弟、カイトがそこには立っていた。
「1人で来るとは驚きだ。前回あれだけ防戦を強いられておきながら、1人で勝てるとでも?」
「負けてはいません」
「今の貴様の義務は勝つことだ。俺が貴様を殺せば、反乱軍は離散する」
「そうかもしれませんね。だから僕は、あなたを殺すためにここにいる」
レオンの眉が少しだけ動いた。
前回レオンと戦った時のカイトには、殺意が全くといっていいほどなかった。今回の彼は、明らかに殺意を持ってこの場に立っている。
「…楽しませてくれるのだろうな?」
「さあ?ご期待に添えるよう努力は致します」
カイトがゆっくりと、剣を構えた。レオンも獲物二振りを構える。
「シィッ!」
先に突っ込んだのはレオンだ。それにタイミングを合わせてカイトがレイピアを突き出す。刺さりそうになる剣先を片方の剣で弾き、もう片方の剣で首を裂くべく横に薙ぐ。それを上体を反らして避けると、弾かれたレイピアを再び突き出した。一気に距離を取って回避し、剣を構え直した。
「なんだ、やれば出来るではないか」
心底楽しそうに、レオンは頬を釣り上げた。カイトの方はというと、表情こそ変えていないが前回の戦闘と比べるとだいぶ余裕が窺える。
「僕の本領はこっちですからね。降参する気は、ありませんか?」
「冗談。選択肢は首が飛ぶのが俺か貴様かのどちらかしかない」
もう一度、先にレオンが踏み込む。その攻撃をカイトは分かっていたと言わんばかりにいなす。
「なかなかの冴えじゃないか。やはり貴様はあんなデカブツを振り回すよりそっちの方がお似合いだ」
普段ならばそれは皮肉なのだろう。しかし何故か今回は賛辞が含まれている気がしてならない。
「褒め言葉として、受け取りますよ!」
カイトが反撃に移行する。再び防戦に回ったレオンはうまくいなし続けているが、リーチの差もあってか反撃に出ることができない。押されている、明らかに見て取れた。
一進一退の攻防が続く。外の喧騒は止まないままだがこの玉座の間だけ音が分断されたかのように2人が剣を交わらせる音だけが耳に残っていた。
だが、それももうすぐ終わるのだろう。命の砂時計が、もう間も無く終わるのだ。
「はぁぁぁぁっっっ!!!」
「うぉぉぁぉぉぉぉ!!!」
これが最後の咆哮となった。
命の砂時計が、その中身を落としきったのだ。
「が…はぁっ…!!」
カイトの頬から血が滴った。薄皮1枚がレオンの短剣で裂かれたのだ。
対してレオンは首を貫かれてカイトの顔を血で染めた。
「兄上……おさらばです……!」
カイトの顔を染めた血が、涙で拭われる。
もう喉笛を裂かれてるからレオンは声を出せない。しかし何かを言おうと口を動かしていた。
それはカイトに伝わったのだろうか。今まで見たことない柔和な笑顔で
「あとは任せた」
と言っているのを。
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