第4話 レオン国王 3週間目

「中央軍から兵糧の要請が来ております。早めに回さなければ兵の士気に関わります」


「今の我が国にそのような余裕がないのを知ったうえで要請をしているのか!?」


「前線で戦っている者たちを見殺しにするおつもりですか!!」


 円卓を囲み、白装束の老人集団と鎧に身を包んだ若者たちがやいのやいのと騒ぎ立てていた。別枠の玉座に座したレオンはそれをつまらなそうに…いや、訂正しよう。苛立ちを隠そうともせずにそれを眺めている。表情こそ変えていないが、手すりを指でトントン鳴らし続けているのがその証拠だ。

 会議は踊る、されど進まずとは異世界の言葉だが、それが実にしっくり来ていた。


「今季の収穫がまもなく始まります!ならば現在の備蓄を回すことも可能な筈です!!」


 鎧を着た男が声を荒げた。それを聞いて白装束の老人が肩を竦めた。


「その今季の収穫をあてにして実際の収穫量が予想を下回ったらどうするつもりでしょうか?貿易すらままならなくなれば他国からの信用を失い、この国は滅びますぞ?」


 収支を考えるのは国家運営に置いて必要なことである、というのは当然の論理だ。だが、老人達の論理には大切なところが欠けている。今この国の信用は低迷しており、まともな貿易相手はほぼ存在していないこと、さらには今この国は絶賛反乱軍との戦争中であり、最低限の収支以外での金銀など無意味な長物だということだ。

 さらに言ってしまえば、この老人達、元老院の異様にまで膨れ上がった俸禄(給料)の1割でも削れればまともな兵糧運用が可能になるのである。誰も口にはしないが、貴族が主体である軍の者達は元老院の存在が疎ましくて仕方なかった。

 グラコスは三権分立制を取っている。皇帝であるレオン、軍の指揮権をもつ貴族院、執政権を持つ元老院の三権だ。本来であればこの三権のパワーバランスは均等でなければならないのだが、レオンが国権を掌握する前の先代から、元老院の力が膨れ上がり過ぎてしまっていた。その結果国政では賄賂が横行し、成り立たなくなる時期も存在した。皮肉なことに今は暴君であるレオンの発言権がかなり強くなったため、軍部の発言権はかなり弱いままだが、元老院と皇帝の力加減がかなり近いものとなり、レオンがどちらかというと軍部寄りであることからこの三権分立が保たれていると言っても間違い無いのが現状だった。


「貴様らの給料さえ減らせばそのような心配もあるまい?」


 レオンが口を開いた。それ聞いた軍部はビクッと肩を震わせる、元老院はワナワナと怒りで肩を震わせる。


「随分な物言いでございますな、陛下。我々の給与は法律で決められた金額でございます。そのようなことを言われる筋合いはございませぬ」


 この国の中でレオンに面と向かって口答えするのはもはや元老院くらいだろう。


「前線で出張っている連中の食い扶持よりも、裏の方で好き勝手騒いでるくせに前線に出張ってくることはない自分らの金子が重要と吐かすのは理解に苦しむな」


 反論されたことよりも、その反論の内容が私腹を肥やすことを優先していることに、明らか様にレオンは腹を立てていた。


 そもそも、レオンが皇帝の座についてからレオンと元老院の仲は劣悪だった。ことの発端は就任当初に元老院が賄賂を持って参じたところ、持ってきた元老院をその場で斬り捨てたことだった。


「我々がいなければ国の財政は破綻しますな。この国の治安を今以上に悪化させるおつもりですかな?」


 今以上に、という言葉をやたら強調して元老院は捲し立てた。


「貴様らの給料如きで国の財政が破綻するならこの国は終わりだな。役立たずに払う金を回しているほどこの国の財政は豊かではないのだよ。元老院の給料は下げる。現状の備蓄は軍に回す。以上だ。これ以上の議論は不要であろう」


 嫌味を並べた後に矢継ぎ早に指示を回し、レオンは円卓を後にした。後ろの方で元老院がやいのやいのと騒いでいたが、取りつく島すらなく、聞く耳持たずだった。




 極端に人が少ない玉座の間、時は少し進んで夜になった。レオンの他には衛兵が2人、武装して立っていた。


「頼まれごとをしてほしい」


 唐突にレオンが口を開いた。また誰かが処刑されるのか?そんな悲観的な発想が頭を過ぎる。


「兵糧の在庫の確認をしてきてほしい。兵糧庫の守備をしている者には合言葉が合っていれば通すように伝えてある」


「はっ!合言葉を伺います」


「白き鷹、だ」


 衛兵の片方がはぁ、という気のない返事をした。後にしまった、という顔で口元を抑えたが、そんなところにレオンは一切の興味を示さなかった。

 レオンの視線は、合言葉を聞いたのと同時に息を飲んだもう1人の衛兵に注がれていた。


「…2人で行く必要はないか。貴様だけで行ってきてくれ。…さっきの返事は不問にしてやる」


「し、承知いたしました!!」


 自分の延命が約束されたことに安堵して、今日一番の元気な声で、雑な返事をした彼は玉座の間を後にした。


「さて、元老院の合言葉を知っている貴様には聞きたい事がある」


 頬を吊り上げて、レオンは残った彼への尋問を始めた。




 尋問という肩書の拷問を終えて、レオンは白装束を羽織り、フードを目深にして短刀2本を腰にぶら下げて夜道を1人で歩いていた。


「生かさず殺さずの拷問は僕たちのタイミングが分かりにくいからやめてほしいんですけども?」


 結局、元老院と繋がっていた彼は殺されることはなかった。とはいえ、しばらくは1人で歩くことすらままならないだろうけど。どんな拷問だったかは触れないでおきたい。とりあえず、結構魂を刈ってきた僕がタイミングがわからない、と言うあたりは察して欲しい。


「生かさず殺さずは拷問の基礎だ。勝手に殺したら貴様を殺すところだったよ」


 なんだ?この男はついに神殺しの領域にまで踏み込むのかな?不敬極まりないな。


「……拷問の収穫は得られたようで何よりです」


 とはいえ、この男に不服申し立てをすることほど無意味なことはないだろう。


「ああ。これで連中を皆殺しにできる」


 歪んだ笑顔で、それに違わぬ物騒な答えが帰ってきた。




 耽った夜を歩いて、たどり着いたのはなんの変哲もない宿屋だった。部屋の一部にはぼんやりとではあるが明かりがついているのが伺えた。

 何も言わずに、そのまま宿にレオンは足を踏み入れた。


「いらっしゃい。旅の方かい?悪いが今日は貸切なんだ」


 来客を確認すると面倒そうに店主が口を開いた。事務連絡、という感じの対応だった。


「情報が欲しいんだ。白い鷹を探している。心当たりはないだろうか」


 少し声色を変えてレオンは気さくに声をかける。それを聞いた店主は面倒そうにため息を吐いた。


「…あんたもかい…。上の部屋だ」


 店主は目だけで行き先を合図すると、それ以降は視線をこちらに向けようとはしなかった。

 何故レオンがこんな時に宿屋に来ているかというと、この宿屋が元老院の集会場になっているからだ。

 毎日ではないらしいが、今の合言葉を言って通された時は確実にいるらしい。全て拷問した結果得られた情報だ。

 階段を登る。エントランスには同じく白装束の男が3名。それぞれが腰に剣をぶら下げている。


「遅い到着だな。議長がいないからと言ってたるん出るのではないのか?」


 うち1人が話しかけてきた。同じ服装をしているからだろうか、レオンだということは気がついていないようだ。

 余談だが、議長というのは元老院の長のことを指していた。


「すまない。議長からの急用を聞いていたんだ」


 さっきの声のトーンのままにレオンは話をする。こういうことをさらっと宣えるあたりにこの男の素行が伺える。

 この人仮にも国王なんだけどね。

 それにしても、疑わないもんだね。まあ、今日聞いて今日動いてるから当然と言えば当然だけど。


「……貴様らを処刑しろ、とさ」


 いうや否や、レオンは白装束を脱ぎ捨てた。3人の目の色が変わる。


「レ、レオ…!!?」


 3人が面食らってるうちに、1人の首を短刀で掻っ捌いた。

 すぐさま短刀をしまい、倒した1人から剣を奪い取る。横なぎにして、もう1人を叩っ斬った。最後の1人が応戦しようと剣を振り上げるも、レオンが勢いそのままに剣をぶん投げ、それが胸に突き立って絶命に追い込んだ。


「相手にならん」


 そう言うとレオンはまるで汗を拭うように、顔に飛び散った血を手で拭う。

 エントランスでの轟音で各部屋から白装束の集団がワラワラと湧いてきた。


「…なっ、レオンだと!?」


 少し前に見たことある反応を後から出てきた連中もしていた。

 レオンはあたりを見渡すと一言。


「まあ、議長は後で処分すればいいな」


 と呟いた。




 宿屋で元老院を一掃し、レオンは玉座に戻っていた。

 ちなみに惨状と化した宿屋へは兵士の給料1年分という破格の補償金で対応することを約束していた。宿屋を再度建て直して余裕でお釣りが来る金額である。


「随分ぶっ飛んだことをするんですね?」


 もはや、どういう形容をすれば良いのかすらわからない。やることが突拍子もなさすぎる。ちなみにあの後、レオンは兵士に指示を出して議長の捕縛を命じている。


「これで元老院の皆殺しは達成だ。予算の不正使用まであがっているんだから逃げようはあるまい」


 出発前に兵士に兵糧の在庫を確認させたところ、報告であがっている在庫をはるかに下回っていたそうだ。会議の時に元老院が兵糧を軍に流すことを嫌った理由がそれだろう。


「暴君として名前を残したいのですか?」


 僕の侮蔑とも取れる発言に、怒るわけでもなくレオンは笑うだけだった。


「…そうだな。俺の名は暴君として残ってくれればそれでいい」


 そう答えた彼の顔は、どこか哀愁を漂わせていた。


「へ、陛下にご報告申し上げます!!」


 そんな静寂の中に、兵士が1人駆け込んできた。


「前線を守備していた我が軍が敗走!!反乱軍が最終防衛ラインを突破しました!!」


 その報告を聞いたレオンは、顔色一つ変えずに一言だけ。


「ついにか…」


 とだけ返した。

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