第3話 レオン国王 2週間目

 戦場。血生臭く、硝煙の臭いもごった返す喧騒。その脇の森林をレオンは馬を走らせていた。配下は5人。言わば少数先鋭だ。皆が片目を眼帯で塞いでいる。


「随分少ない部隊運営ですね」


 それは皮肉も混じっていたが、それ以上に彼の兵法が気になったから出た発言だった。


「夜間進行するのに大掛かりな軍を持っていく意味が分からぬな」


 レオンの嫌味はごもっともである。ただし、それは兵を率いているのが一般将校ならば、の話だ。


「国を背負う人間が率いる数としては少ない、という意味です」


「心配か?いや、そんな殊勝な気遣いは持ち合わせているわけないな」


 嫌味がいつも以上にパンチが効いている。

 もしかして…


「だいぶ機嫌が良さそうですね」


 レオンがククッと含んだ笑い方をした。

 どうやら当たりだったようだ。


「お前だったらこれから俺と殺りあう人間を知っているんじゃないか?機嫌が良い意味は自ずとわかるだろ?」


 そう、僕はこれから彼が戦う相手を知っている。その人物を想定して機嫌が良いのだとしたら、この男は相当歪んでいるということだ。


「おしゃべりは終わりだ」


 レオンが急に馬を止めた。口に蓋をつけられた馬は苦しそうに曇った声を出した。

 レオンの視線の先には照明として松明を焚かれた野営地がある。周辺に警備がついていないのは違和感があるが、相手は連戦戦勝の反乱軍だ。多少の気の緩みが出ているのが伺えている。現に野営地では酒盛りが行われており、奥の方では近隣の町から略奪してきたのだろう、陵辱に勤しむ者までいる始末だ。

 後ろを走っていた5人もすぐに追いつき、それぞれ近くに馬を止める。

 4人はレオンの近くに、残りの一人は少し離れた場所に待機する。


「手筈通りだ。………やれ」


 レオンが奥の1人に見えるように手を振る。それを確認した兵士は手に持ったものに火をつける。爆弾だ。なるほどね。野営地に向かって放り投げた。綺麗な放物線を描いた爆弾は、着地するとまもなく轟音を立てて破裂した。


「な、なんだ!?」


「てっ、敵襲!敵襲!!」


「爆弾はあっちから飛んできたぞ!!」 


「火を消せ!食糧がダメになる!!」


 緩み切った野営地は一気に臨戦態勢に切り替わる。しかし突然の奇襲に、その場にいた反乱軍は発火源の方にばかり気を取られていて他方への注意が疎かになってしまっている。


「行くぞ、蹂躙の時間だ」


 テントの火の消化が終わった頃に呟かれたレオンのその言葉が合図となった。爆弾を投擲した人物を除いた全員が一直線に敵陣へと走り出した。

 レオン以外の全員が長物を持っていない。そのレオンですら片手に逆持ちした短刀、もう片方には小刀という取り合わせ。対する反乱軍の武器はだいたいが槍をはじめとした距離が取れる武器だ。分が悪い、言ってしまえばそれまでだが、混乱している場においてはむしろ長い武器は邪魔になる。構えていなければ槍の突き出しは遅いのだ。その間に懐に入られてしまえば…


「まず1人」


 早々にもたついた兵士1人の首から鮮血が飛び散った。返り血を拭うことなく、レオンは次の獲物に近づき、喉元に短刀を突き立てた。

 レオンだけが活躍しているのかといえばそうでもない。他の3人も相性の差を逆転させ、次々と反乱軍を屠っていく。


「次だ、やるぞ」


 レオンは呟いて、近くにあった松明を倒した。それを確認してから他の面々も近くに立っている松明を次々と倒して行った。

 周辺の松明を片っ端からなぎ倒し、暗闇が周囲を包んだ。唯一の光は後方で燃え盛るテントのみ。


「…ふぅっ」


 一気に息を吐き、それを飲み込むように口をつぐんだ。そして、レオンは眼帯を外した。

間も無く、反乱兵の1人が倒れ伏した。

 暗闇の中で命が終わる音が聞こえて、周囲がばたつく。だが、目が慣れていない彼らは襲撃者のことを目で追うことができない。

彼からが片目を眼帯で塞いでいた理由がそれだった。目をあらかじめ暗闇に慣らす、そのためにつけられていた眼帯だ。

 近くに居るものをなぎ倒しながら他の3名を置き去りにしてレオンは奥深くまで進んでいく。そこまで進んでしまうとほぼ明るい。反乱軍の面々はレオンに槍を向けるが、攻めかかっては来ない。前線をあっさりくぐり抜けてきた、という事実が強烈な恐怖となって襲いかかってきているからだ。さながら、鬼神の行軍に近いものが見えているのだろう。


「見つけたぞ」


 頬を吊り上げながらレオンは呟いた。声をかけた先には他の反乱兵とは少し衣装が異なり、白いマントで身を包んだ優男が剣を構えていた。


「やっぱり、1人で越えてきたんですね」


 声をかけられた優男は、わかり切っていたと言わんばかりに声を返した。


「この程度でうろたえるようでは、話にならんな」


 レオンは問いと異なる言葉を発する。


「相変わらずですね。僕の問いにまともには答えてくれない」


 優男は、ふぅと息を吐いた。

 彼の名前はカイト・グラコス。反乱軍のリーダーにして、レオンの弟。

「カイト、その首、もらい受ける!」

 会話すらまともにせず、レオンは短刀を構えて走り出す。

 周囲は剣を構えるも、レオンの剣幕に足を動かせない。蛇に睨まれた蛙、とはよその世界の言葉ではあるが、言い得て妙だった。レオンからしてみればただの置物と変わらなかった。

 首を裂かんと向けられるレオンの剣をなんとかカイトは受け流す。短剣2本対両刃剣というのは相性として両刃剣の方が有利ではあるが、そんなことはレオンは当然理解している。懐に入り込んでしまえば短刀2本の方が有利、と相性は逆転する。短刀の切り込みに対して両刃剣はいなすしか対応策はなくなる。距離を取ろうにも少しでも離れれば距離は詰められる。こうしてジリジリとカイトは後ろに下げられる。


「やっぱり強いですね!前に出る暇すら貰えない!!」


「剣撃の速度が遅いな。それでは追い付けまい」


 2人とも、さながら訓練のようにやりあう。剣を構えていた兵たちは武器を下ろし、2人の戦闘に魅入っていた。

 カイトの振り下ろしを避け、レオンは小刀を振りかざす。横なぎにされたそれをカイトはギリギリのところで避ける。一進一退の攻防が続く。しかし、それを互角と言い切るのには些か無理があった。振り回しているものの重さの差だ。レオンが涼しい顔をしているのに対してカイトの横顔には汗が伝っていた。多分、何度かレオンにはカイトを殺せる瞬間があった筈だ。だが、レオンは意図的に攻撃を避けられるように振っている節があった。

そんな攻防がしばらく続いた後だった。

 反乱軍本陣後方にて、巨大な破裂音と共に煙が上がった。

 反乱軍の面々が音の方角を一斉に振り向く。そして、青ざめた。その方角にあるのは、反乱軍の兵糧庫だ。


「…やられた…」


 顔を愉悦に染めるレオンを見て、カイトは奥歯で苦虫を噛み潰したような顔をした。


「行かなくていいのか?今なら半焼で済むぞ?」


 歪んだ笑顔を抑えようともせず、レオンは状況を伝える。その促しは、暗に撤退を強要していた。


「この場であなたを倒せば…!」


「やってみろ。やれるものならばな。さっきの斬り合いで少なくとも俺は4回貴様を殺せているがな」


「あなた自体が揺動部隊をかって出てくるなど…!」


「それが戦略というものだろ?」


 お互いの表情から、勝者と敗者ははっきりしていた。反乱軍の面々からの落胆の色は隠しきれない。


「…全軍撤退です。後方まで下がります」


 カイトの出した答えは苦渋の決断という他なかった。目標としていた大将首が目の前にあるのに、倒せば終わるというのに撤退しなければならないというのは強烈な敗北感として襲いかかってくる。


「では、俺たちも撤退するか」


 誰に言ったわけでもなく、両手の短刀を鞘に納めて悠々とレオンは来た道を戻っていった。

 あれ?これってもしかして僕に言われてるのかな?


「…自惚れるな」


 小さく、レオンがドスの効いた声を捻り出した。考えが読まれているのかはさておいて、これは僕に言われているので間違いないようだ。

 途中でレオン直属の部隊も馬を連れて合流した。1人、最初の爆発物を投げていた彼を除いて。


「陛下、ご報告申し上げます…」


 部隊の1人が跪いて話を始めようとする。声は多少、曇混じりだった。


「…死んだのだろう。最後の兵糧焼討ちは実に、よくやってくれた。墓は盛大なものを用意してやれ」


 意外と、レオンがかけたのは労いの言葉だった。


「承知いたしました。陛下、こちらの馬を」


「ああ」


 促されるままにレオンは馬にまたがった。馬は爆発、喧騒で少し気が立っていた。

 轡から伸びた手綱を一度力強く引き、落ち着いたのを確認してから馬を走らせる。


「これで時間稼ぎはできた。あとは…」


 先頭で風を切りながら、レオンは展望を呟いた。

 風切り音でほぼ聞こえなかったが。

 まあ、そのうちわかるだろうから別にいいかな。どちらにしても命の砂時計は止まってるから、すぐにこの男が死ぬことは無さそうだし。

 考え事をしている人間の邪魔をするものあまり素行がよろしくないので、僕は何も言わずにその場を離れた。

 今回の戦の総評として、少なくとも彼はこの戦場で死ぬ可能性が存在していた。カイトの討伐である。分岐点の一つとして、カイトを殺していた場合には最後の報告の際に部下に討たれて死亡する未来が存在していた。気まぐれなのかはわからないが、彼はなんだかんだで死を回避したわけである。

 彼は一体どれほどの死を乗り切り、生き残ることができるのか、まだまだ興味は尽きない。

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