第2話 レオン国王 初日
石煉瓦造りの城。その中心部に彼は椅子に座ってふんぞり返っていた。豪華なカーペットが敷かれ、彼が座っている椅子自体も無駄に背もたれが高い高価そうな代物。金で装飾された肘掛が無駄に眩しい。
「報告をしろ」
椅子に座っている彼は蔑むような視線を正面に向けながら言葉を投げ放つ。彼の前にいるのは片膝をついた中年くらいの小太りの男性。鎧姿で脇に兜を抱えている。鎧はだいたいが真新しい傷をつけており、鎧を着た本人も体つきこそ肥えているが頬が若干痩せこけ、目の下にも巨大な隈を作っている。何より体が震えていることから、良い報告を持ってくるためにここにいるわけではないことがうかがえる。
「わ、我らタリル騎士団は反乱軍討伐のため北部にある森へ進軍いたしました。序盤こそ優勢で森の反乱軍を撤退に…」
「それは既に伝令から聞いている。結論を述べよ」
声に震えが混じった中年男の声を遮り、玉座の彼は冷たい声で結論を要求する。声を遮られた彼はヒィ、と一瞬言いかけてそれを飲み込む。
今度は歯がカチカチと鳴り始め、かみ合いを失った。
「早くしろ」
だが、そんなことはお構いなしに報告を続けることを要求する。
「森を突破後、山岳に潜んでいた伏兵に両脇から奇襲を受け、我が部隊は全滅いたしました」
歯の根が噛み合わず、ともすれば舌を噛んでしまいそうになりながら彼は結末を報告した。報告を要求した当人は興味がなさそうに視線を窓に移し、銀の杯に入ったワインをあおった。
「このワインは出来が悪いな。卸商と買い付けをした者の首を撥ねろ」
たまたま美味しくないワインを提供しただけ、この国ではそれが十分すぎる理由として首が飛ぶ。職を失うという比喩的表現ではなく、胴と首が離れる。杯を受け取った兵士は敬礼をすると部屋を去っていった。
「森を抜けた先に山岳があれば伏兵を警戒する、多少兵法の心得があれば子供でも分かる話だと思うが?そもそも森を無傷でぬけられた時点で罠と思わぬ事に驚きだ」
抑揚もなく淡々と玉座の男は話す。視線は一切動かず、窓を見つめたまま。
「そこで思いを馳せるわけだ。なぜ伏兵を一切警戒しなかった?と。もしかしたら攻撃はされないと予め伝えられていたのでは?と」
相変わらず淡々と話す言葉に、中年男がわかりやすく肩を震わせ始めた。
「そういえば最近やたらとこちらの進軍経路が読まれているという情報が入っているな」
叱責が完璧に尋問に変わった。
中年男の震えは止まらない。むしろ悪化している。涼しい中であるにもかかわらず、額には汗が浮き始めた。
「最近貴様はなかなか羽振りが良いみたいだな。どこからその資金が来ているのか、聞かせてもらおうか?」
「さ、最近始めた事業が…」
「ほう?そのような許可を出した記憶はないが?」
苦し紛れすぎる嘘は取り付く島もなく一蹴される。言葉を遮られてそれ以降喋れなくなっていた。
「資金源は反乱軍から流れているな?つまり情報を売っていたのは、貴様だ」
「お、お待ち下さい!!私はそのようなことは…」
「まあ、どちらにしても、今回の失敗で貴様は終わりだ。衛兵、こいつを連れて行け」
その一声で、近くに立っていた鎧姿の兵士が中年男の両肩を抱えた。強制的に立たされ、引き摺られて部屋を追い出される。
「お待ち下さい!陛下!今一度、私に…」
引きずられる状況に必死に抗うも、無駄な抵抗でしかない。弁解の言葉は意味をなさず、彼は玉座の間から追い出された。
報告をしていた男と衛兵が全て部屋を出払い、広い玉座の間は1人となった。
「でだ、死神という仕事は暇なのか?ずっと何も喋らずにいたようだが」
唯一残った1人である彼が後方へ視線を向ける。後方にいるのは、僕だけど。
「言ったはずですよ。あなたが死ぬまでに何をなすかを記録するのが、僕の仕事ですから」
彼の嫌味を聞き流した結果、彼の口からは大きなため息が漏れた。
彼の名前はレオン・グラコス。グラコス王国の現国王で、人は彼を斬首王と呼ぶ。彼が斬首王と言われる所以は家臣の首がとんでもない勢いで飛ぶからだ。彼が王位についたのはここ3年前の話だが、就任後1年で家臣の4割は処刑された。
国の情勢はあまり芳しくない。就任後まもない大量斬首が皮切りとなり、反レオンを掲げて反乱軍が結成され、2年にわたって小競り合いを続けている。反乱軍にはグラコスから流れている者も多く、就任当時からいた家臣で実際に国に残っている者は2割くらいまでに激減している。戦の結果自体も連戦連敗とまではいかないが、勝率は3割以下である。
僕たち死神業界ではグラコスはポイント稼ぎの天地である。本当に、ただみているだけで死者が増えるのだから。
「貴様も死神というんだったら戦場とかに行ったほうが死者を狩るのは容易いんじゃないか?ここにいたところで俺が指名した奴の首が飛ぶだけだぞ」
レオンが気遣うような発言をしているが、なんてことはない。ただ彼は僕を追い出したいだけなのだ。
「言ったはずですよ。僕の仕事はあなたが死ぬまでに成すことを記録することだ、と。あと、僕のことはガッデスとお呼びくださいと言ったではありませんか」
ガッデス、それが僕の名前だ。死神は基本的に名前を持たない。死者の魂を回収する仕事を続けて、一定のノルマを達成することによって次の生命へ変わる、いわば生まれ変わりの中間地点だからだ。名前を持つものはいわば役職を持っているということ。まあ、逆にいうと生まれ変わりとは縁遠くなるわけだけど。
この世界の人間の特徴として、死神という存在に理解があることだ。死神に看取られて死ぬということに誇りを持つ人間も多い。
レオンがどちらか、はさておいてだけど。
「失礼します!」
扉のノックが鳴るや否や、白髪の男性が玉座に入る。レオンは頬杖をつきながら視線だけを扉の方向に向けた。
「調査を依頼されていた件のご報告でございます」
それを聞いてレオンは眉間にシワを寄せた。
この反応は知っている。何を依頼したか忘れた時の反応だ。
「話せ」
余計なボロを出さないように一言簡潔に告げる。僕がクスクス笑っていると、彼はキッと睨みつけた。
「卸売商と買い付けですが、やはりつながっていたもようで、金銭の受け取りが発生しております」
「買い付けの金額を高く王国側に申請し、実際の値段はそこから下げた金額にする。差額は買い付け側の懐にはいる、ということだな」
詰まるところは国を相手にした詐欺というところだね。この情勢下でそれをやろうとする度胸はすごいけど。それにしてもこの男、忘れていた割にはうまく会話に混じるね。
「いかがなさいましょうか?この2人の処遇は…」
「その2人ならばさっき処刑命令を出した」
「えっ…?」
そりゃあ頑張って調べて報告に来てみたら勝手に完結されてるのだからそんな間の抜けた返事にもなる。
「おろしたぶどう酒を飲んでみたが例年と比べて不味かった。味を確認しないで買い付けしている証拠だ。値段は去年の値と変わっていない。今年はぶどう酒の生産量は多いと聞いている。物は多いはずなのに値段は変わらずなおかつ不味い。これだけの条件があれば癒着は確信できるだろう」
雑に処刑命令をだしたな、とは思っていたけどそういうことだったのか、と少し感心してしまった。
「…では、これをもって私財没収命令をだしておきます」
釈然としないものを感じるが、言っていることは理にかなっている。理不尽を覚えながら彼は部屋を出て行った。
「……忘れることくらいある」
それが言い訳なのか照れ隠しなのかはわからない。ただ、その弁明が僕に向けられたものであることは間違いなかった。
「そういうことにしておきましょう。では、とりあえず今日のところは僕はこれで失礼することにします。また明日お目にかかることになりますね」
「待て」
相変わらずこの人は一言会話が多いなぁ。敵増やすよ?もう十分多いけど。
「俺が死ぬのは戦場か?」
…なるほど、そう来たか。
「それにはお答えできません。あなたの行動によっては死を回避することもできるのですから」
「使えぬ」
「では、失礼」
レオンの悪態を聞き流して、僕は壁をすり抜けて外へ出ていく。神様だから、これくらいは余裕でできる。
適当な屋根に腰を下ろして、懐からガラス球の中に入った砂時計を取り出す。命の砂時計、対象の命の残りを指し示した砂時計だ。レオンの中身はまだ多い方ではあるが、確実に中身を減らしている。
さて、彼がどこまで生き延び何を成すのか、しっかりと見させてもらいましょうか。
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