第6話 レオン国王 エピローグ
「はい、じゃあこのお話は…」
一通り読み終わって、私は本を閉じて2人を見やる。
「くー……」
「すー……」
あらあら、寝ちゃってたのね。歳をとるとだめね。つい読み耽って周りが見えなくなっちゃうわ。
2人は私のベッドに寝かせてあげようかしらね。年寄りに子どもとはいえ2人を部屋まで連れて行くのは大変なのよ。
2人を私のベッドに寝かせてから再度、私はページを開いた。その先にはレオン国王死後の後日譚が書かれているのだ。
カイトがレオンを討った後、反乱軍は王都を完全制圧した。王の圧政に辟易していた国民は反乱軍をあっさりと受け入れた。汚職の元であった元老院は前皇帝レオンの下討ち払われていたため、戦後復興も早々にケリがつき、国家は安定を取り戻した。
新皇帝には当然のようにカイトが即位。レオンの異母兄弟だということで反対する意見もあったが、グラコス帝国にもともと所属していた人間はいなくなっていたこと、反乱軍側も主要のメンバーを戦で失っていることからなし崩し的に決まったと言っても良かった。カイトの善政で国家情勢が安定したのも追い風となったのかもしれない。本人は固辞していたが、周囲の強い要望というのに押された形だ。
一部の国はグラコス家の人間が再び皇帝についたことを大義名分に宣戦布告してきたが、そのグラコス帝国の主力はあの厳しい反乱を勝ち超えた元反乱軍の面々である。早々に追い払われて厳しい賠償金を請求される羽目になっていた。火事場泥棒を戒めるための言葉としてグラコスの国家名が出てくるくらいにはその強さを知らしめることになった。
「以上で今月の予算委員会を終わりにします。各部門は目標に対して達成に近づけるよう努力をお願いいたします。では、解散」
カイトの号令で国家の要人たちが会議室から去っていく。
いささか緊張感がある会議を終えて、カイトはふぅ、とため息をついた。
「どうにも肩が張るね、これは」
横にいる厳格そうな顔をした執務長にカイトは微笑みかける。
「君も少し肩の力を抜いたらどうですか?」
「申し訳ございません、カイト首長の元で働くという栄誉にまだ慣れてなくて…」
…どうやら厳格そうなわけではなく緊張でガチガチだったようだ。そんな彼を見てカイトのため息はまた深くなるのだった。
カイトは自分を皇帝と呼ぶことを良しとはしなかった。どうしても長と呼びたい人間には首長、と呼ばせていた。
「就任してもうすぐ一月だよ?そろそろ慣れて欲しいんですけど…」
「も、申し訳ございません…」
どうやら先は長いようだ。
「今日のこの後の予定は?」
「はい、夕方より各国首脳との会食が入っております」
パラパラと手帳をめくる。他に予定が入っていないことを確認し、以上です。と続けた。
「今日も少し離れてもいい?」
「いつもの、でございますね。首長、そろそろ護衛をつけていただきたいんですけど…」
おそるおそる苦言を呈する執務長。それを聞いてカイトは少し眉をひそめた。
「誰連れて行ったっていい顔しないんだからその案は却下だよ。それに、2人きりでいさせて欲しい」
少し扇情的な物言いだが、カイトの目には憂いがあった。
「…そう言われてしまいましたら私共は何も言えませぬ。ですが、必ず無事でお戻りください」
「ありがとう」
人の出入りが多そうには見えない森の中。木漏れ日が差し込む場所でカイトはひざまづいていた。
「…今でも不安だよ。僕なんか」
そして墓石の前で囁くように言葉を紡いでいる。墓石には記されていた。
『レオン・グラコス、ここに眠る』
「みんなは僕のことを救国の王って呼ぶけど、結局今の平和は兄さんからの貰い物だからさ…」
ポツリポツリと弱音は紡がれていく。彼自身は結局望んだわけでもなく、なし崩し的に王にならざるを得なくなった身分だ。それ相応に不安も多い。しかし、彼の立場は弱音を吐くことは許されない立場である。彼が護衛を拒んだ理由がそれだった。
「わかってはいるよ…。僕が兄さんを倒した以上は僕たちが国を平和に導いて行かなくちゃいけないんだよね…」
カイトの自問自答は続く。彼なりの決意表明といったところだろう。
さて、レオン死後の後日談はこの辺にしよう。彼が命を賭けて紡いだ平和は、今後彼が未来を託した人たちに渡ったのだ。
僕は遺人録を閉じる。僕の記述はここまでで終わりだ。これ以降紡がれる物語は、彼の物語ではないからだ。
次の仕事にとりかかろう。戦で人が死ぬ世界である以上、忙しいことは間違いないのだ。
パラパラと、死者の一覧を記した死神台帳をめくる。ここに記載されている人間は、近いうち死に至る可能性が高い人物だ。
暫くめくって、私は次の採魂の対象を決めるのだった。
『カイト・グラコス 病死』
何事も、上手くはいかないものだ。
老婆が語る遺人録 ほーらい @horainingyo
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