崇拝少女9
ツバキ 花言葉は控え目な優しさ、誇り。
9月28日(火)
東京城天守54階 大広間
「女皇、3人の復魂作業及び起動に成功しました」
そう告げたのは、大広間にそびえる2柱の光の柱のうちの1柱、クローバーであった。
「そう。で、どうかしら。彼女たちは?」
問い掛けるはこの国のトップ。女皇、黒松百合栄。薄暗い広間の最奥にある御座に堂々と腰掛けていた。
「3人共にAクラスの出力で安定しています。それぞれ、西村たんぽぽがダンデライオン、華装麗機:神託の
「そう。そういえば、この前の、ハイドランジャーはどうかしら。役に立っているかしら?」
ハイドランジャーこと紫陽あずさは、松村なずなを華装麗機の器として起動した後、自らも華装麗機の器となり、東京城内で住み込みで働く宮内省特別職員として正式にクローバーの右腕となっていた。
「ええ。彼女には今、コス女学生全員分の人形を作る作業を任せているわ。おかげで兵器工廠の管理と、コスモス女学院地下の司令部設置と同時復魂機の製造に専念出来ているわ」
「それはよかったわ。ねえ、ホリホック。蕾作戦の遂行段階は何割かしら?」
百合栄はもう1柱の光の柱、ホリホックに問い掛ける。
「蕾は現在8割といったところね。兵器は最低ライン揃ったから、後は女学院の改装と生徒の調整のみ。そろそろ夜明け作戦の準備に入ってもいいかもね」
ホリホックの答えに百合栄は頷き、側にいる護衛兼従者の南方椿に後を任せた。
「分かりました。それでは夜明けの準備を始めさせます。コスモス女学院の生徒は最終調整段階へ、教師は生徒の調整に必要な人員を除いて持ち場へ就かせます」
そう言った椿は立ち上がり、広間を出てエレベーターへと乗っていった。椿を見届けた百合栄は微笑みを浮かべ呟く。
華装麗機:少女達の望み《Liliesfaction》
「いよいよよ。夜明けは必ず来る。これは私たちが望んだものだもの」
ホリホック 花言葉は大望、野心、気高く威厳に満ちた美。和名はタチアオイ。
10月3日(月)
東京城地下工廠
東京城の地下3階より下のフロアは、極秘の存在であり、存在を知っているのは勤務している者、女皇とその側近、宮内省の軍事部門のトップのみであった。
そこは第二次世界大戦以降解体された近衛軍を極秘裏に再建する為の兵器廠とそれらを保管する為の倉庫が地下8階まで存在していた。
そんな場所で、たんぽぽたち3人は華装麗機を慣らす為に他の華装麗機を持つ者たちと共に訓練にあたる事になった。
「しかし、女皇がこんなものを作っているなんてね。本気でMLFを潰しにかかっているのね」
訓練区画まで移動するべく、3人はエレベーターへと乗りこみ降りている最中、ガラス張りの向こうに見えた、戦車やヘリコプターなどの兵器を見てたんぽぽは呟いた。
「それでも、私たちを蘇らせて機械の身体にされるとは思って無かったけれどね」
ひまわりは冷たくなってしまった自分の体を触りながら、かつての温かい生身の身体を懐かしんだ。
「でも、こうしてまたたんぽぽさんに会えたんだから、女皇陛下には感謝しかないんだぞ」
そんな事を話していると、エレベーターが地下7階で止まり扉が開いた。そこにはコンクリートで囲まれた広い空間に無数の構造物が無作為に置かれた場所であった。そして、そこには4人の少女と1人の女性が待っていた。
「ダンデライオン、サンフラワー、チューベローズね。ようこそ、修練場へ。私は教官をしているアルメリアよ。そして彼女たちは、あなたたちより先に華装麗機を手にした娘たち。左からアプリコット、シクラメン、ハイドランジャー、シェパーズパースよ」
たんぽぽはハイドランジャーと呼ばれた少女の顔を見て驚く。そこには死んだはずの、紫陽あずさそのものがいたからである。
「あら、どうやら知り合いがいたみたいね。でもまあ、全員コスモス女学院の生徒なのだから顔くらいは知っているかもね」
「紫陽さん。貴女、どうして? MLFに殺されたんじゃ……?」
たんぽぽを含め、3人のあずさや女皇に対する不都合な記憶は消去されており、たんぽぽは純粋にあずさに問いかけた。その言葉にハイドランジャーは興味深げに応える。
「貴女は西村たんぽぽさんよね。そうね、私は殺された事になっているのよね。見ての通り、私は生きているわ。今は貴女と同じ機械の身体だけれど、貴女と違って自分の意思でなったのよ」
「それに、あなたたちも彼女のおかげで今ここにいるのよ。本来ならすでに死亡した者の魂を人形に落とし込むことは不可能なのだから」
アルメリアがハイドランジャーの言葉に付け足す。すると香がアルメリアに質問した。
「で、これから私たちは何をするんだぞ?」
「それは今から説明するわ」
そう言ってアルメリアは、改めて全員を見渡して、説明を始めた。
「あなたたちには今から、華装麗機の起動訓練と自分の華装麗機の用途を知ってもらうわ」
そういうと、アルメリアは自らの華装麗機を起動した。
華装麗機:
「華装麗機の起動自体は簡単よ。起動したいと思うだけで起動することが出来るわ。やってみなさい」
華装麗機:
華装麗機:
華装麗機:
華装麗機:
華装麗機:神託の
華装麗機:
華装麗機:
全員の起動を確認したアルメリアは説明を続ける。
「私の起動した
そう言うとアルメリアは、シェパーズパースの前に行き彼女に話し掛ける。
「シェパーズパース。あなたは既に華装麗機:
「はい、初起動時に」
「では一応確認しておくわね。あなたの華装麗機:
「ありがとうございます」
アプリコットと呼ばれた金髪ツインドリルの少女のことをたんぽぽは知っていた。千曲あんずと呼ばれていた彼女は入学試験の成績があずさと自分に次いで3番手だったこと。そして8月16日に起きたMLFによる東京トライタワー駅でのテロで死亡したという事で彼女の事を認識していた。
「シクラメン。あなたの
その説明を聞いたたんぽぽは、興味深げに自らの前に浮かんでいる光の鼓をポンと叩いた。すると天から祝福する様な音色が鳴り響いた。その音を聞いた他の少女たちは心の底から力が湧いてくる様な気分になった。
「まあ、こういう訳だ。で、サンフラワー、あなたの
ハイドランジャーに対して、シェパーズパース以外の者から懐疑の目が向けられたが彼女は何食わぬ顔でいた。
「あなたがその様な無意味な事をする事はないと信じているわよ。じゃあ、気を取り直して訓練に進むわ。基本的な戦い方はこれまでの教育プログラムによって無意識下に存在するはずよ」
教育プログラム。コスモス女学院において今年から極秘裏に導入された、ヘッドセットを通し深層意識と思考に対して教育内容をインプットする速成教育法である。これによって、華装麗機適応後の戦術教育、戦闘訓練や思想教育を行い、女皇に忠実な兵士を短期間で作り上げる物であった。しかし、深層意識に干渉するが故にここにいる少女たちのように、自分の精神に過負荷が掛かり、精神崩壊を起こすという副作用の危険性が有ったが、夜明けが近いと考えた女皇の意見によって配備が決定されていた。
「それでは模擬戦を始めましょうか。あまり時間はないのだからね」
アルメリアのその言葉で、少女たちは一斉に飛び出した。彼女たちの動きは人間とは掛け離れており、ジャンプ力は2mをゆうに超え、足の速さも人間とは思えない程の速さであった。彼女らは各々の開始地点に着いて戦いを始めた。こうして、少女たちは来るべき日に向けての訓練が始まったのだった。
クローバー 花言葉は私を思って、幸運、約束。
東京城天守54階 大広間
「皆、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、滅相もございません。陛下にこうして直々にお呼ばれになるなど考えた事もございませんでした」
女皇の言葉に恭しく返したのは内閣官房長官、三宅姫花。ひまわりの母であった。この日突然、女皇からの呼び出しがあってここまで来たが、そこには錚々たる面子が揃っていた。西村財閥総帥、西村布知奈。反MLF派議員の重鎮、松村和佐。紫陽建設社長、紫陽蕾羅。千曲ビルディング社長、千曲麗子。姫花として、何故この面子で呼び出されたのか不思議でならなかった。
「ところで、今日は一体何用で?」
「そうね。訳が分からないでしょうね。今から説明するわ。あなたたち、娘がいたでしょう」
その答えに姫花や蕾羅を除く他の呼び出された者たちが驚く。そこにいる全員がここ数ヶ月の内に娘を失ったからである。
「それももう死んだ、ね。そんなあなたたちに謝罪と嬉しい知らせがあるわ。まず謝罪だけれども、私の計画の副作用によってあなたたちの娘を殺してしまったわ。ごめんなさいね。そして嬉しい知らせだけれど、そんな娘たちが今、ここの地下で華装麗機の戦闘訓練を行なっているわ」
姫花はそれを聞いて驚いた。ひまわりの葬式において遺体が無かった理由がなんとなく分かった気がしたからである。しかし、疑問もあった。
「それは嬉しい話です。しかし、これまで死人に華装麗機を持たせるというのは不可能だったはずでは?」
「それをライラックの娘が成し遂げてくれたのよ」
ライラック、蕾羅の娘。紫陽あずさが何らかの形で華装麗機技術に革新をもたらしたという事なのだろう。しかし、そんな事より姫花はもひまわりが無事生きているという事実のみがただ嬉しかった。
「それと、口外はしないで欲しいのだけれど、夜明けは近いわ。皆、備えておきなさい。そうだ、ヘリオプシス。この事をマーガレットに伝えておいて頂戴」
女皇はヘリオプシス、姫花のもう一つの名を呼んで、マーガレット、総理大臣の春木菊代に代わりに伝えておくように言った。ここでいう準備は戦いに参加するものはその準備、しない者はそれに備えて被害対策を取っておく様にという配慮であった。
「分かりました。伝えておきます」
「ええ、お願いするわ。私からは以上よ。娘に会いたいなら、椿に言って頂戴。案内させるわ」
その言葉を聞いた姫花は立ち上がり、振り向きながら答えた。
「私は遠慮しておきます。次に会う時は戦場にさせて貰います。死んだと思っていた相手に会う勇気は今はありませんから」
姫花のその言葉に、他の招待者も賛同し、それぞれ女皇へと挨拶をしたのち部屋を出て行った。
それを見届けた百合栄は隣にいる椿に話し掛けた。
「人の生死感というのは本当に難しいものね。死んだ筈の人間には会えないか。彼女たちはまだ生まれてからそれ程経っていないものね」
「百合栄様。我々も彼女たちの様な生死感を忘れてはならないでしょう。例え100年、200年生きようとも死に慣れてはいけないでしょう。死とは尊いものです」
椿はこれまで見届けて来た者たちを思い返しながら、百合栄に説いた。
「そうね、死は尊い。だからこそ、立ち止まって振り返ってはいけない。ここまでの犠牲と、これから出る犠牲も、次の時代の糧となるのだから」
錯愛リリスファクション 崇拝少女(完)
崇拝少女 アハレイト・カーク @ahratkirk83
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