崇拝少女8

アンズ 花言葉は臆病な恋、疑惑。長野県千曲市は名産地の一つ。

9月7日(月)

皇立コスモス女学院 講堂


「始業式早々ではありますが、悲しいお知らせがあります。皆さんも報道などを通じて知っているかとは思いますが、夏休み期間中に起きたMLFによる東京トライタワー爆破テロによって、阿刀田いちごさん、高木華凛さん、竹田千代さん、千曲あんずさん、牧野かがりさんの5人が亡くなり、他にも18人の当校の生徒が被害に遭いました。MLFによって奪われた生徒たちの数は今年で8人です。我々は決して彼らのテロ行為を許しません」

 そう言って三坂学園長は壇上を降りた。生徒たちは、あずさたちの件から三ヶ月程しか経っていないのにこのような事件が起きていることから、呪われているのではないかという声も出ていた。

 そんな中、ひまわりはたんぽぽと久々の再会を果たしていた。

「お久しぶりです。たんぽぽさん」

「あら、ひまわりさん。夏休み、楽しまれましたか?」

「え、ええ」

 実際には、たんぽぽの件で外出などほとんど出来ていないが、本人の手前そんなことは言えなかった。

「そう、それは良かったです。そういえばひまわりさん。貴女、神の存在は信じますか?」

「え? い、いえ。疑いはしませんが、信じてもいませんね」

 そういうと、たんぽぽは目を輝かせながらひまわりに顔をグイッと寄せて来た。

「そうですか。それならば、主を信じてみてください。主は我々迷える者をお導きになってくれます。さあ、貴女の中にもあるはずですよ。主を、神を信じる心が」

 ひまわりは、そんな胡散臭いものを信じられるかという本音を堪え、逃げる様に告げる。

「すいません、たんぽぽさん。お手洗いに行ってきても宜しいでしょうか?」

 そう言ってひまわりが歩いていくと、その様子をたんぽぽの隣から見ていた香がたんぽぽに話し掛ける。

「ふひひひひ。三宅さん、逃げていったぞ。たんぽぽさん。彼女は諦めた方が良いと思うんだぞ」

「そんなことは無いわ。主は女性全てを導いてくださるのだから。今は信じられなくても、何時かは信じてほしいの。友人としてもね」

 そう告げるたんぽぽに対して、香は不満げな顔を浮かべていた。


ヒイラギ 花言葉は用心深さ、先見の明、保護。

9月19日(月)

皇立コスモス女学院 1‐A教室


 この日の授業が終わり、荷物をまとめて部活に行こうとしていたひまわりに、不敵な笑みを浮かべた香が向かってきた。

「ふひひ。三宅さん。ちょっといいかぞ?」

「何かしら?」

 その笑みに嫌な予感を感じ、警戒しながら応えた。

「あんた、本当にたんぽぽさんの友人なのかぞ? どうして彼女の事、避けているんだぞ?」

 ひまわりは面倒事にはならないで欲しいなと思いながら応える。

「彼女、最近様子がおかしいでしょう? 神だとか、主だとか……」

「それがどうだって言うんだぞ? 友人ならそうなったとしても一緒にいるべきなんじゃないかぞ?」

 面倒事は避けられないと諦めたひまわりは香の考えを批判する。

「それはあなたの考えよ。私に彼女の主張を受け入れる事は出来ないわ。でも、いつか再び戻ってくれると信じてるわ。今は距離を置いているだけよ」

「それは叶わないと思うぞ。まあ、いつまでも待っていれば良いとおもうぞ」

 そう言って香は教室を出で行った。ひまわりは安堵の溜息を吐き、再び荷物をまとめだした。


マツ 花言葉は不老長寿、哀れみ、慈悲。

9月20日(火)

ひまわりの自宅


 ひまわりは、部活が終わって自宅に帰って床に着いた後、頭痛に悩まされていた。眠れないまま日を跨ぎ、時計が1時を指した頃、これまでに経験した事の無い程の頭痛と、頭に響くノイズ音の中で気を失った。


     *   *   *


 目覚めるとひまわりは何も無い白い場所に立っていた。状況が理解出来ずに戸惑っていると、背後に人の気配を感じた。

「誰っ!?」

 ひまわりはこの不気味な状況から来る恐怖と、誰か話せる相手がいたという安堵から、叫びながら振り返る。すると、そこにはたんぽぽが微笑みながら立っていた。

「たんぽぽさん!? どうして? 貴女もこんな所に?」

 しかしたんぽぽは応えることなく、微笑みを崩さなかった。ひまわりは様子を確かめるべくたんぽぽの方へと向かって走った。

 たんぽぽの元へと辿り着いたひまわりは、彼女の肩を掴んだ。すると、たんぽぽは形を徐々に失いながら霧散してしまった。

「たんぽぽさん!?」

 訳が分からないまま周りを見渡すと、先程まで誰も居なかった筈のこの空間に大勢の人々が歩き回っていた。

 しばらく、その人々を眺めていると、一際目立つ二人の人影があった。一人はひまわりの視界を横切る様に、もう一人はその影に付き添う様に歩いていた。それは先程消えたはずのたんぽぽと香であった。

 それに気づいたひまわりは、人混みを掻き分けながらたんぽぽの元へと向かうが、人混みを抜けた先にはたんぽぽたちの姿は無かった。改めて周りを見渡し、再びたんぽぽを見つけるというのが3回程続いて4回目となった時、香がひまわりの存在に気付いたのか近づき話し掛けてきた。

「三宅さん。どうして無駄だと思いながら、たんぽぽさんを追いかけているんだぞ? たんぽぽさんはあんたなんかに会うつもりはないんだぞ」

「私は……。たんぽぽさんに……。月下さん、そこをどいて頂戴。私はあなたに用は無いのよ」

 そう言ってひまわりは香を押しのけ、たんぽぽの方へと駆け出した。しかしその瞬間、腹部に鈍い痛みを感じ、痛む所を見ると影で出来た槍の様なものが腹部を貫いていた。

「三宅さん。あんたが今のたんぽぽさんを認めない限り、たんぽぽさんもあんたと関わるつもりは無いんだぞ。でも、あんたは認めようとはしていない。つまり、あんたがたんぽぽさんと関わる事は無いんだぞ」

「……そう。それなら私は……。私は昔のたんぽぽさんを取り戻すわ……。何としてでもね……」

 そう言って、ひまわりの意識は闇へと落ちた。


シオン 花言葉は追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う。

9月26日(月)

東京市港区 芝浦埠頭倉庫


 夜の8時、たんぽぽはひまわりからの突然の呼び出しで、芝浦埠頭にある倉庫の一つへと呼び出されていた。

 ここ一週間、学校へと来なかったひまわりからの連絡ということ、たんぽぽ一人で来るように言われたという事もあり、主に対する信心を認めてくれたのかもしれないという期待と心配から呼び出しに応える事に決めたのであった。

 指定された倉庫の中へと入ったが、そこにひまわりの姿は無かった為、たんぽぽは声を張り上げ叫んだ。

「ひまわりさん! 私よ、西村たんぽぽよ!」

 すると、ひまわりが物陰から現れ月光の差し込む通路へと出て来て、話し始めた。

「たんぽぽさん。私、気付いたの」

 その言葉を聞いたたんぽぽは、ひまわりが主への信心に気付いたのだと考え、迎え入れるべく、彼女の元へと駆け出した。

「貴女を取り戻す方法を」

そう言ってひまわりは、自らの背後に隠し持っていた包丁を走ってきたたんぽぽに向かって突き出した。

 光の反射で刃物の存在を確認したたんぽぽであったが、走る勢いを抑えるに留まった為、包丁は彼女の腹部へと突き刺さった。

「ひ、ひまわりさん? 一体、何を? どうして……?」

 戸惑うたんぽぽに対して、包丁を刃元まで押し込みながらひまわりは告げる。

「たんぽぽさん。私は貴女に憧れ、そして、貴女に付いていこうと決めたの。でも貴女は貴女では無くなった。もちろん、新しい貴女に付いていく道もあったかも知れないわね。でも、私にはそれは選べなかった。だからこそ、どんどん遠ざかっていく貴女を忘れたく無かったのよ。だから、だからこうする事に決めたの」

 そう言ってひまわりは突き立てた包丁を横方向へと振り抜いた。切り裂かれたたんぽぽの腹部からは血と共に内臓が溢れ出した。そんな状態にありながらもたんぽぽは薄れゆく意識の中で、言葉をひまわりへと向けて絞り出した。

「ひまわりさん。貴女も迷った末の事なのでしょう? 私は貴女を許します。おそらく、主も許して頂けることでしょう……」

 そう言ってたんぽぽは事切れた。

 彼女の死を確認したひまわりは、たんぽぽを優しく仰向けに倒し、両手を腹部へと重ねた。その姿は倉庫の天窓から差し込む月光と影によって、十字架に磔にされているようになっていた。ひまわりその後、自らの手を合わせ、たんぽぽの死を悼んだ。そしてしばらく手を合わせた後、少し上を向いて叫んだ。

「三宅さん! 来ているんでしょう! 姿を見せなさい!」

 その声を聞いて、香がひまわりのいる通路まで出てきた。

 たんぽぽがひまわりに呼び出されたという事を知った香は彼女の後を追って倉庫の外まで来ていたのである。そして、たんぽぽの叫ぶ声を聞いて中まで入って来ていたのであった。

 香が薄暗い倉庫の中を抜けて、月明かり差し込む通路に出て最初に目に入ったのは、月光に照らされた血を浴びたひまわりの姿であった。そして、更に目を凝らすと奥の方で倒れているたんぽぽの様な女性の姿を確認した瞬間、彼女は状況を理解し、周りを見渡して近くに転がっていた鉄パイプを手に取って呻き声を上げながら、ひまわりへと突っ込んでいった。

「あら、月下さん。手荒いわね。これだから平民は」

「三宅ひまわりぃ! 何故なんだ! 何でたんぽぽさんを! たんぽぽさんを殺したんだぞ!」

 振り下ろされた香のパイプを、ひまわりは包丁の側面で弾くように受け流がす。

「何故? 彼女を私の物として留めておくためよ。私は彼女を失いたく無かった」

「なにを馬鹿げた事言ってるだぞ。たんぽぽさんはたんぽぽさんのままだったんだぞ。あんたはたんぽぽさんを殺したんだぞ。たんぽぽさんは死んだんだぞ」

 香は、突き出された包丁をパイプを振り回して弾くという攻撃しながら防御するという状態で、徐々にひまわりとの間隔を詰めていった。

「ええ。彼女は死んで、彼女は永遠の物となったわ。私の中で生き続ける存在になったのよ」

「ええい、訳が分かんないんだぞ! くそっ、私がたんぽぽさんを守らないといけなかったのに! くそっ、くそっ。こんな気の触れた奴に。くそぉ!」

 香の横方向の振り出しが、包丁の側面を捉え、包丁の刃の半ば上を弾き折られた。

「くっ!?」

「終わりだぞ!」

 香のパイプがひまわりの胸部を貫いた。

「ふひひひひ。終わったぞ、たんぽぽさん」

 香はひまわりへとパイプを押し込みながら笑い声を上げ、たんぽぽへと語りかけた。

「はあ、はあ、ゴボッ。あなたも終わりよ、三宅さん」

 しかし、直後に息絶えてはいなかったひまわりが、折れた包丁を香の首へと突き立てた。ギザギザの断面が香の首の動脈を切り刻み、彼女はパイプから手を放して首を押さえ、血を撒き散らしながら、拙い足取りでたんぽぽの方へと歩いていった。

「たんぽぽ……さん。守れなくて、ごめんなさい……だぞ」

 そう言いながら、たんぽぽの元へと辿り着いた香はたんぽぽに重なる様に倒れ込んだ。

 一方、ひまわりも自分が死ぬ事を悟り、出血も気にせず胸に刺さった鉄パイプを抜き、たんぽぽの元へと向かうが、パイプは左肺と心臓に繋がる動脈などを貫いていた為、傷穴からは血が止まらなかった。大量出血により、視界が霞み、意識も遠ざかっていくなか、ひまわりはコンテナにもたれ掛かりながら懸命にたんぽぽの元へと向かう。

「たんぽぽさん。……ゴフッ! はあ、はあ。私も、もうすぐ、そちらへ行きますから」

 そう言いながら、ひたすら前へ前へと進んだ。


     *   *   *


 翌日の朝、倉庫の見回りに来た警備員によって3人の少女の死体が発見され、警察へと通報された。検査の結果、3人共にコス女の学生であった事が身分証から確認されたため、心霊特別捜査官の紫苑が派遣された。


     *   *   *


「ふうん。そういう事があったのね。それにしても教育プログラムによる速成教育の副作用は想像以上に強力みたいね。これで6人。理由付けするこっちの身にもなって欲しいわね。それにしても……」

 紫苑はたんぽぽの元へと辿り着く事なく、途中で倒れ伏していたひまわりの方を見て呟いた。

「ひまわりさん。残念でしたね。あなたの名前の由来、向日葵の花は成長する間、太陽の方向を向き続ける。でもそれは成長中のみ。成長を終えると動かなくなる。つまりは太陽を追い続ける事は出来ないのよ。そしてあなたも、太陽であるたんぽぽさんを追い続ける事は出来なかった。そうでしょう?」

「紫苑さん。魂の回収作業は順調でしょうか? こちらの調査は終わりましたが」

 紫苑とは別に事件の調査を行なっていた婦警が問い掛けてきた。

「ええ。こっちも終わったわ。片付けの方はお願いね。……そういえば、今回の件はどう発表するのかしら」

「現状、MLFを刺激する訳にもいかないので、事故とするしか無いでしょう。コス女側は何と言うか分かりませんが」

 婦警は困り顔をしながら応える。

「そうね。それじゃあ、後はお願いするわね」

「はい。協力ありがとうございました」

 そう言って紫苑は倉庫を出た。そして一人呟く。

「ねえ、瑞香。今日もありがとうね。あなたの働きは、女皇様も認められているわ。MLFも、もうすぐ終わり。私たちの戦いはもう少しで終わるのよ」

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