崇拝少女7
カンナ 花言葉は情熱、快活、永遠、妄想。
8月12日(金)
東京城北の丸 東京国会議事堂前
夏休みに入って、多くの学生がテーマパークなどに遊びに出かけたりしている中、ひまわりは自宅に引きこもりがちになっていた。たんぽぽから受けた不思議な感覚と、彼女の事が気になって考え込んでしまっていたのだ。
この日はそんな悩みを相談するべく、母親のいる国会へと向かうことにした。地下鉄に乗り「東京国会前」で降りて、地上へと上がりしばらく歩いて、田安門を抜けるとそこに東京国会がある。
今は会期中ではあるが、一般の見学者向けに公開されており、夏休みということもあって見学者も多く、比較的賑わっているようであった。
東京国会議事堂は、太平洋戦争末期に当時の東宮にして後の初代女皇黒松百合華が、特攻兵器を用いてまでして徹底抗戦に臨もうとする帝国政府を止め、連合国に停戦を要求するべく、近衛軍と道中にいた思想を同じくする女性たちを引き連れて上京。京都国会議事堂を占拠し、停戦発表と共に、国号を帝国から皇国へ変更、黒松女皇家による立憲君主制国家となった。同時に京都から東京へ遷都が行われ、京都皇室から実権を奪い、国会からも権力を奪うべく衆議院を東京に置くこととなり、皇歴78年8月に現在の位置に完成する。木造和風の京都国会とは対照的なモダンな雰囲気の洋風鉄骨鉄筋コンクリート造りの4階建てであった。
また、皇歴100年記念として建物を改装、左半分をガラス張りにし、そこを「東京国会資料館」として公開している。
国会側と資料館側の間はエントランスホールとなっており、一般人と国会議員が共に過ごせる場となっており、休憩スペース等も設けられている為、ひまわりもここで母を待つことにした。
しばらく待っていると、昼休憩のベルが鳴り、国会議員たちが続々とエントランスへと出て来た。その中にいた姫花を見つけ出し、ひまわりは手招きをする。それに気付いた姫花はひまわりのいるテーブルの向かいへと座った。
「どうしたのよ、こんなところまで」
「ねえ、お母さん。私どうすればいいのか分からないの」
ひまわりはこれまでに学校で起こったたんぽぽと香の事を、昼食を食べる姫花に話した。
「ふんふん。そうか、あのたんぽぽちゃんが……」
「どうすればいいと思う?」
その質問に、姫花は困った顔をしながら答えた。
「ひまわりは学校に行くのが辛いのかい?」
「ううん。でも、たんぽぽさんと顔を合わせるのが辛いの」
たんぽぽは、自宅休養明け以来、具合が悪いといったことは無く毎日、何事もなかったかのように登校してきており、毎日顔を合わせる必要があったし、これからもあの不思議な感覚を感じてしまうのではないかという恐れもあった。
「じゃあ、たんぽぽちゃんが怖いんじゃなくて、彼女を根拠なく恐れている自分が怖いんじゃないのか?」
「……」
ひまわりが、その問いかけに答えられないでいると、昼休憩終了5分前のベルが鳴った。
「おっと、今日はここまでか。じゃあ、ひまわり。あんまり深く考えると、かえって悪い方にしか物事は進まないぞ」
そう言って姫花は席を立ち、ひまわりを置いて大会議室へと向かった。そして、国会へのゲートを通り抜けて呟いた。
「そうかそうか。たんぽぽちゃんが例の教育プログラムの……。ひまわりも大変だねえ」
キク 花言葉は高貴、高潔、高尚。
皇歴145年4月4日(木)
椚葉女子中学校は千代田区にある有名私立中学で、コス女への進学率も全国でトップを誇る名門であった。政界や経済界の大物の娘なども多く在籍しているお嬢様学校であった。
そんな学校に、時の文部科学大臣の娘であるひまわりも今年から通うこととなった。しかし、期待と同時に不安も抱えていた。周りの生徒の中にも名だたる人物の娘たちはいるものの、大臣という周知度の高い人物の娘ということで、既に多くの生徒から話し掛けられていた。ここにいる多くの学生の目的は自分の今後の関係作り、そして親同士の取引関係にまで繋げることであり、おそらく彼女たちもそうなのだろう。
ひまわりはそのような人間関係に嫌気がさしていた。これまでも政界の重役を担ってきた母、姫花を持つ彼女にとって、そのような関係はこれまでも幾度となく繰り返してきたものであった。ひまわりは母のことが嫌いではないし、むしろその役に立てるのであればそのような関係を持つこともやぶさかではないと思っていた。しかし、そんな関係に疲れてしまっていたのである。
そんな彼女の前に現れたのが、一般の学校から進学してきたという西村財閥のお嬢様、西村たんぽぽであった。ひまわりはこれまで彼女に会ったことは無く、前評判だけ聞いていた為、庶民と同じ学校に通っていた程度の低いお嬢様といった印象を抱いており、彼女が敢えて公立小学校を選んだことを知らない他の学生も同様であった。
彼女は入学式の後、ひまわりに対してこう話し掛けて来た。
「ねえ、貴女。貴女は三宅さんよね。文部大臣の娘の」
ひまわりは、やはりそうかと思ってしまった。彼女の実家が財閥だとしてもやることは同じなのだ。自分に心の底から信用できる親友など出来はしないのだと改めて感じた。しかし彼女はこう続けた。
「けれどそんな事なんてどうだっていいわ。貴女は三宅ひまわり。文部大臣ではないのでしょう」
今までは三宅姫花の娘として見られてきたが、彼女は自分を三宅たんぽぽという一人の人間として扱ってくれたのだ。そんなことは母親以外にされたことなど無かったひまわりに大きな衝撃を与えた。
「ねえ、ひまわりさん。私と、西村たんぽぽと友達になってくれないかしら」
ひまわりはすぐに答えた。
「ええ。よろしくね、たんぽぽさん」
カラスノエンドウ 花言葉は喜びの訪れ、未来の幸せ。標準和名はヤハズエンドウ。
8月16日(火)
ヒマワリの自宅
姫花と会ってからはひまわりも、出来るだけたんぽぽの事を考えないように心掛けるようにしていた。母の言う通り、たんぽぽを恐れる自分が怖いのかもしれない。たんぽぽもいつもおかしな事を話してはいるが、その優しさは健在であり、以前に増して万人に優しくなった気もする。
考えないようにはしていても、どうしてもたんぽぽの事を考えてしまう。以前よりはマシとは言えど辛い気持ちになってしまっていた。
そんな時、グワンと空気と大地が震えた。それは一瞬の出来事であり地震ではないことを物語っていた。何事かと思ったひまわりはテレビをつけた。
〈東京トライタワー駅で爆発! 死傷者多数の模様。MLFによる爆弾テロか?〉
トライタワー駅が爆破され、封鎖されたとなれば府内の鉄道網は麻痺し、日菊全国に東京から放射状に整備されたリニア幹線鉄道も停止してしまい、東京駅をハブとする新幹線を使うか飛行機を使わなければ国内を高速移動する手段が無くなってしまうことを意味しており、ひまわりは大変なことになったと思った。
それに主犯と目されているMLFが、東京の中心であるトライタワーを爆破したというのであれば、それこそ日菊、ひいては女皇への冒涜である。リーダーのカラスノエンドウをはじめとする彼らの目的が何かは分からないが、このままではMLFとの対テロ戦争も起きかねないと考えるひまわりであった。
ワサビ 花言葉は目覚め、嬉し涙。かつては和佐比と書かれた。
9月2日(金)
東京国会議事堂
「総理っ! トライタワーの爆破、あれは間違いなくMLFからの宣戦布告です! 彼らの横暴。このまま見過ごしていてもいいのですか!? いますぐ警察か国防隊による突入を行うべきです」
トライタワー駅の爆破事件以来、国会はMLFの議題で持ち切りになっていた。しかし、女皇からの命令によってMLFに対しては手出しができない為、総理は返答に困っていた。その為、今、声を上げていた
手元の雛菊の花弁を千切り終えた総理、春木菊代は手を挙げ、指名を受けて話し始める。
「先ほど松村さんが言った通り、今回の一件はMLFからの宣戦布告と捉えて構わないだろう。だがしかし、我々は女皇陛下からのお言葉によってMLFへの武力行使を禁じられている。しかし、黙って指を咥えている訳ではない。情報省の調査によってMLFの実態を調査していました。その調査報告を行わせていただく。
「破滅の恋占い《Secret lovers》」の効果を使って、今発表することを決めた菊代は全国、全世界へ向けて放送されている国会中継の場でMLFの真実を告げることを決めた。そして、その役目はその真実を調査した情報省、情報大臣の生木蝶子が務めることとなった。
「それではまず、この写真をご覧ください」
プロジェクターに映し出された写真に議員たちは驚きの声を上げる。そこには、倉庫とみられる場所に戦闘機や戦車が所狭しと並べられている様子が映し出されていた。
「この写真は、神戸港の倉庫で撮影されたものです。この倉庫はMLFが所有すると目されているもので、そのうちの多くが国防隊のスクラップ逃れであることを確認しています。さらに、リバティア、ロマーシカ、イーリス、アルビオン、シュタールラントなどの欧米諸国や牡丹、木槿などアジア諸国の兵器も確認されており、MLFとは協力関係にあると考えられます。」
MLFによるテロ攻撃は、日菊でのみ確認されており、何かしら海外と関係があるのではと噂されていたが、今回その証拠が挙がったのである。
「そして、MLFのリーダー、カラスノエンドウこと烏丸籐也は、かつて京都皇宮警備隊という京都国会が京都皇室を護衛するという名目で設立した事実上の特殊部隊の出身であることが判明しました。また、MLFメンバーの多くが皇宮警備隊もしくは京都国会関係の組織出身であることも確認しています。また、京都国会の予算にも不透明なものが確認されており、それがMLFの資金源となっていると考えられます」
京都国会。東京の議員たちにとって、実権の無い彼らのことなどを気にも留めている者などはいなかったが、彼らが国家を揺るがす大逆賊の親玉であると知るや、議員の中から、京都に制裁を与えよ、京都を討てという声も上がったが、その声を無視しながら蝶子は話を続ける。
「この放送を聞いている、MLF、京都国会、諸外国の皆さん。我々、日菊皇国政府はあなた方との争いは避けたいのです。国内での争いはもちろん、世界を相手取るなどもってのほかでしょう。我々は交渉の用意が出来ております。貴方方の賢明な判断をお待ちしています」
そう述べて蝶子は一礼して席へと戻った。すると、菊代が挙手し立ち上がる。
「我々には戦う用意もあります。しかし寛大なる女皇陛下より、MLFには手を出すなと申し付かっております。陛下のお気持ちが変わらないうちにご決断していただければ幸いです」
こうして、反MLF派の追及は落ち着きを見せた。その後の京都国会や諸外国からの声明が出されたがいずれもMLFとの関与を否定したのであった。
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