崇拝少女6

クロユリ 花言葉は恋、呪い。

7月5日(火)

皇立コスモス女学院 1‐A教室


 ひまわりはこれまで、クラスで1番早く登校するというが日課であり、密かな自慢であったが、それは意外な人物に打ち破られた。

「ど、どうしたの? 月下さん。こんなに早く」

「ん? 三宅さんかぞ。おはようなんだぞ」

香はやけに素っ気無く返事を返し、ひまわりの問いには答えなかった為、ひまわりは席に荷物を置いてからもう一度問い直した。

「ねえ、月下さん。どうしたのよ? こんなに早く学校に来て?」

「私がたんぽぽさんより遅れて来る訳にはいかないからなんだぞ」

「は、はぁ? どういう事よ? あなたと西村さん、どういう関係だったらこんなに早くあなたが来る必要があるのよ?」

 ひまわりは、普段なら決して早いとは言えない時間に登校してくる香に、これまで守り抜いてきたクラスで一番早い登校記録を塗り替えられたのである。喪失感と共に怒りが込み上げてきたが、怒りを堪えて香の事情を知ろうと問い掛けてみた。

「たんぽぽさんを守る為だぞ」

 しかし帰ってきたのは、意味の分からない答えだった。たんぽぽがおかしくなったせいで、彼女もおかしくなってしまったのだと考え、理由を聞くのは諦めよう。そう思ったとき、たんぽぽが教室へと入ってきた。

「たんぽぽさん! 無事だったかぞ!?」

「あら、香ちゃん。どうしたのかしら? そんな泣きそうな顔をして? 悩みがあるのなら私に話してごらんなさい」

「たんぽぽさん、明日から一緒に登校してもいいんだぞ? 私がたんぽぽさんの家の前まで行くんだぞ」

「あら? どうしてかしら?」

「たんぽぽさんを守る為だぞ。私がたんぽぽさんを守るんだぞ」

「あら。それはうれしいわね。そういえば香ちゃん。あなたは……」

 二人が、話をしている間にも他の生徒たちは次々に教室に入って来ていた。彼女たちは二人の異様な会話を見て、あまり目を合わせないように自分の席へと向かっていった。その中にはえりかの姿もあった。

 ひまわりはこの様子を見て、たんぽぽが遠くの存在になっている気がした。誰とも分け隔てなく話し、昨日からおかしな言動を取る彼女であるが、同じくおかしくなった庶民の少女と意気投合しているのである。彼女がコス女に入学して、香に出会ってからというもの、彼女が自分といる機会は減り、香と共に行動することが増えていた。香に対しての嫉妬のような感情もあったかもしれない。しかし今は、二人に対しての恐れという感情を抱いてしまった。彼女たちが人の形をした化け物のようにも思えてしまったのである。

 そんなことを考えている自分が怖くなってしまったひまわりは、自分の席へと戻りへたり込む様に座り込んだ。しばらくすると、ベロニカ先生が教室にやって来て、ひまわりの晴れない心を余所に始業の鐘と共にホームルームが始まった。


     *   *   *


5限目の授業が終わり休み時間となったことで、生徒はそれぞれ思い思いの行動を取り始めた。ある者は友人の元へ駄弁りに。ある者は自分の席でスマホをいじったり本を読んだりしていた。

たんぽぽはというと、おかしくなる前まではひまわりを含む多くの生徒に囲まれているか、香とその友人であるえりかと話していたが、今では教壇の上で何やら訳の分からないことを生徒に向かって話していた。それを聞こうとする者はおらず、彼女を気持ち悪がって関わろうとさえしていなかった。そんな中、香だけが彼女の傍で話を聞いていた。

香の友人であったえりかも、友人の変化を感じ取ったのか距離を取っていた。それに対して香は気にしていない様であった。

 ひまわりはというと、朝に感じた気持ちを整理していた。自分よりたんぽぽと仲良くしている香への嫉妬、庶民である香への卑下、そんな女にたんぽぽを奪われるという劣等感、おかしくなってしまった二人への恐怖。それにたんぽぽがおかしくなった前日、最後に彼女に会っているのは香であり、彼女がおかしくなった成り行きを知っているらしいということもあり、香がたんぽぽに何かをしたのかもしれないとひまわりは疑っていた。

 ひまわりがそんなことを考えていると、香がたんぽぽの傍を離れて廊下へと出ていった。どうやらお手洗いに向かったようだ。それを見たひまわりは、疑惑を問い質すべく廊下へと出てトイレの近くで香を待った。

「ねえ、月下さん。あなたこの前、西村さんの病気について何か知っているような素振りだったけれど、知っているなら教えてくれないかしら?」

 トイレから出てきて歩いていると突然話し掛けられた香は、驚いた顔をしたものの、ひまわりの顔を確認すると不気味な笑みを浮かべながら笑い出した。

「ふひひひひひひひひひひひひ。何なんだぞ? 三宅さん。私が何かしたとか思っているのかぞ?」

「な、何よ? そんなことないわ。ただ、西村さんの事が心配だから。あなたが何か知っているなら聞きたいと思っただけよ」

 ひまわりは、香が今まで見たことがないような強気な態度で挑発してきたことに驚いた。

「ふひひひ。私は何もしてないぞ。というか、私がたんぽぽさんに何かするなんて在り得ないことなんだぞ。そういうあんたがたんぽぽさんに何かしたんじゃないかぞ?」

「はあ? どういう事よ? なんで私が?」

 始めは驚いていたひまわりであったが、香の人を馬鹿にするような態度につい声を荒げてしまった。

「あんた、私のこと、疎ましいとか思っているんじゃないかぞ? 庶民の分際でたんぽぽさんと仲良くしている私のことが。それに、そんな私を贔屓するたんぽぽさんが居るせいで私のことを排除できない。だから、たんぽぽさんをおかしくして邪魔しないようにしたんじゃないのかぞ?」

「ええ。あなたのことは疎ましいと思ったわ。でも、あなたを排除するのを邪魔だからといって、友人であるたんぽぽをおかしくするなんて在り得ないわ」

 二人が言い争いをしている間に、周りには騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっており、廊下の真ん中で小さな集まりが出来ていた。

「じゃあ、その証拠はあるっていうのかぞ?」

「それはあなたの考えも同じではないの?」

「ふん、まあいいぞ。私はたんぽぽさんのところに帰るんだぞ」

 たんぽぽとあずさとの関係を語れない以上、弁解の余地がない香は話を切り上げこの場を去ろうとする。しかし、それを逃がすまいとひまわりに右手を掴まれる。

「待ちなさい、月下さん……っっ」

 しかし、ひまわりが香の手を掴んだ瞬間、ひまわりの体は宙を浮いていた。香は人間とは思えぬ怪力を発揮し、ひまわりを野次馬の方へと投げ飛ばした。ひまわりは野次馬に当たったことで大きな怪我はなかったものの、ぶつけられた野次馬の少女と共に保健室へと行くこととなり、診察後、生徒指導室へと行くよう言い渡された。


アカンサス 花言葉は芸術、技巧。ギリシア語で「トゲ」の意。和名は葉薊。

生徒指導室


「失礼します」

 ひまわりは保健室で診察を受けた結果、右肩の捻挫と前身の軽い打撲であった為、冷却や固定の措置を施された後、生徒指導室へとやってきた。部屋の中にはすでに、生徒指導を担当している美術教師のアカンサスこと薊希(まれ)葉(は)と香がいた。

「おお、来たか。月下さんから今回の件の話は聞いたよ。災難だったね」

 様子からして希葉も、香の言っていることが理解できなかったらしくお手上げの状態になっているときにひまわりがやって来たので、渡りに船といった感じであった。

「すみません。このようなことになってしまって」

「いや良いんだよ。女子高生なら一度はこういう喧嘩だってしたりはするものさ。ああ、月下さんはもう教室に戻ってくれてかまわないよ。これからは他の人に手を出しては駄目だからね」

「はい。分かったんだぞ。失礼しますだぞ」

 そう言って香は生徒指導室を出て教室へと帰っていった。

「はー。どうしたのよあの子。変な子だとは思ってたけどあそこまでおかしかったかしらね。何言ってるか全く分からなかったわ」

 香が外に出たのを確認した希葉は思っていたことをひまわりにぶつけた。

「昨日までは普通だったと思うんですけれど。西村さんがおかしくなったからなのでしょうか?」

「ああ、そういやあなたたちって西村さんと同じクラスだったっけ」

「はい。それに私と月下さんの友人です」

 希葉は少し考える素振りを取って呟いた。

「ふうん。そうだったのね。分かったわ。三宅さん、あなたも帰って大丈夫よ。あなたは何も悪くないわ。でも、西村さんと月下さんには気を付けるのよ」

「は、はい。分かり……ました。失礼します」

 ひまわりは希葉がたんぽぽにも注意しろといったことに納得がいかなかったが、指導室を後にした。ひまわりが出た後、希葉は電話を手に取り、三坂学園長へと電話を掛けた。

「学園長。生徒指導部のアカンサスです。1年A組の生徒に教育プログラムの副作用とみられる症状が現れているようですが、いかがいたしましょう」

「女皇様の御意思の範疇よ。そのままね。観察を続けましょう」

「分かりました。それでは失礼します」

 そう言って希葉は電話を切った。そして溜息を吐いて呟く。

「精々、外で面倒ごとは起こしてくれるなよ」


シャクナゲ 花言葉は威厳、荘厳、危険。

7月27日(水)

皇立コスモス女学院 廊下


 今日は1学期の期末テストの返却日である為、学園中が賑わっていた。そんな中でひまわりは浮かない顔をしていた。

 決して成績が悪かったからではない。香との一件以来、香とたんぽぽとは話しておらず、どうして二人がおかしくなったのかは分からずじまいであったからである。聞いた話によるとたんぽぽはおかしくなった日以来、合唱部には顔を出しておらず、帰宅部の香と共に帰っているようであった。たんぽぽの事は以前とは別人であると考えるようにしていたものの、香が羨ましいと思ってしまう自分がいることにも腹が立っていた。

「ねえ、三宅さん。西村さんと月下さんの事でが話したいことがあるんですけど。大丈夫ですか?」

 そんなひまわりに話し掛けて来たのは、香の友人であった倉田えりかだった。

「えっ? ええ。何かしら」

「西村さんがどうしておかしくなったのか知りたいのでしょう?」

 えりかが告げたものは、正にひまわりが最も求めていたものであった。驚きのあまりひまわりは声が出なかったが、無言を了承と捉えたのか、えりかは語りだした。

「西村さんには入学以来の目標があったの。彼女が唯一勝てなかった相手、紫陽あずさに期末テストで勝つという目標がね」

「紫陽あずさってこの前、殺されたっていう?」

「そう。紫陽あずさが死んだことで彼女は目標を失ってしまった。そして、彼女は永遠に紫陽あずさを超えることが出来なくなってしまった。それが彼女を狂わせたんじゃないかしら。更に、西村さんを心の支えにしていた月下さんもおかしくなった彼女を見て、絶望しておかしくなったんじゃないかと思うの」

 えりかの話は納得のいくものであった。誰かが彼女を、月下さんが彼女をおかしくしたなどという根拠のない話よりはよっぽど信じられるものであった。

「ありがとう、倉田さん。ところで、紫陽さんがライバルだったって話、何処で知ったの?」

「ええと、確か少し前に西村さんが誰かに話しているのを聞いたの」

「そうだったのね。ありがとう」

 ひまわりがそういうと、えりかは自分の席へと戻っていった。そしてひまわりは、席を立ち、香に謝りに行くことにした。おかしくなる前日、一緒に帰ったというだけで疑ってしまっていた。彼女のことは好きにはなれないが、自分の過ちだけは彼女に伝えておきたかった。

 香はたんぽぽの席まで行って二人で話しているところであった。

「ねえ月下さん。私、あなたに謝らなければならない事があるの」

「ん? なんなんだぞ?」

「あら、ひまわりさんじゃない。久しぶりね。どうしたのよ最近」

 ひまわりがやって来たことに気づいたたんぽぽが声を掛けてきたが、たんぽぽと会話することは叶わないと考えたひまわりは、痛む心を抑えながら彼女を無視しながら香に謝罪する。

「この間はごめんなさい、月下さん。根拠のない思い込みであなたを疑ってしまっていたわ」

「なんだ。そんな話かぞ」

 返ってきた返事はあまりにも素っ気無い返事であった。

「てっきり、自分がやったんだと認めるのかと思ったぞ」

「はぁ? 何言ってるのよ、あなた。私が嫌いで嫌いで仕方がない、あなたに謝ってあげたのよ。それをあなたは思ってた答えと違うからって。そんな言い方は無いんじゃないの!?」

 謝ることを決めたときには冷静でいようと決めていたひまわりであったが、予想の上を行く香の返答につい声を荒げ、香の首元を掴んでしまっていた。

「お? やるのかぞ? 次は捻挫だけでは済まないかもだぞ?」

 首元を掴み上げられながらも余裕を見せる香には、これまでの香の面影は残っておらず、ひまわりは彼女もたんぽぽ同様に別人に変わってしまったのだと改めて思ってしまった。

「止めなさい。香ちゃん、ひまわりさん」

 衝突寸前だった二人を制したのは傍にいたたんぽぽであった。

「今、あなたたちは道に迷っています。だからこそ、私があなたたちを導く必要があるのです。天使は私にこう言いました。『迷える者たちに教えを説き、導け』と。だから、あなたたちは私が導いてあげましょう」

 ひまわりには、たんぽぽの姿が今までよりも何だか輝いているように見えた。同時に香に対する怒りも引いていき、気が付けば香の首元を掴んでいた手も放してしまっていた。

「分かったぞ、たんぽぽさん。あ、三宅さん、ごめんなさいだぞ」

「え、ええ。こちらこそごめんなさいね」

 香も同様に感情が落ち着いたのか謝ってきた為、驚きながらも自分も怒鳴りかかったことを詫びた。

「良かったわ。二人とも落ち着いてくれて。これが主の望まれる世界の姿なのですね」

「じゃ、じゃあ、私は失礼させて頂くわね」

 ひまわりは不思議な気分を味わい、たんぽぽが良く分からないことを口走り始めたので不気味に思いその場を去った。その後に行われた全校集会を含めてひまわりが彼女たちと顔を合わせることは無いまま、1学期が終わった。

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