崇拝少女5
アキノキリンソウ 花言葉は予防、用心、警戒、励まし。別名はアワダチソウ。
皇歴139年
世田谷区立八幡小学校
財閥令嬢と一般家庭の娘が出会ったのは全くの偶然の出来事であった。
始まりはたんぽぽの一言であった。
「私、普通の小学校に行きたい」
次期総帥である彼女には有名私学校に通わせたいと、母親にして西村財閥総帥の西村布知奈は考えていた。しかし、娘は普通、つまり公立の学校に行きたいといっている。特別な教育を受けない普通の学校を知っておくことも悪くないとは思っていた。
彼女らの家は田園調布の高級住宅街にあり、小学校に通っている生徒の家の格は比較的高いこともあり、布知奈はたんぽぽの意見を受け入れ、たんぽぽは八幡小学校へと通うことになった。
一方の香の家は田園調布に住んではいるものの、家庭は決して裕福とは言えなかった。両親は共働きで家を空けていることの方が多かった。
入学してからは、特徴的な話し方によって、初めは好奇の目で見られていたが、それは次第にいじめへと変わっていった。
いじめに耐える日々を過ごすうちに元々は明るかった香の性格も卑屈なものへと変わってしまっていた。そんな時、香が教室から廊下に出た瞬間、廊下を横切っていた人物とぶつかってしまった。それが香とたんぽぽが初めて出会った瞬間であった。
香は、ぶつかった相手が財閥令嬢だとは知らなかったが、いじめられると思い、謝りに謝った。それは、むしろ謝ることに対して怒りを覚えるほどのしつこさであった。常人であれば口や手を出すであろう香の態度に対して、たんぽぽは自身の非を詫びたのであった。
それは香が今までに経験したことのないものであった。これまで謝られたことなど、明らかに相手に非がある時だけ。それもいじめを受けるようになってからは、どれだけ相手が悪かったとしても、相手が香と見るや否や罵倒か無慈悲な拳が襲い掛かって来るのである。
しかし彼女は謝った。香は、彼女は自分の事を知らないだけだと考え、この時は自分がいじめの対象であればそうはいかないだろうと考え、この謝ってきた気品のある少女の事は忘れることにしたのだった。
そして、彼女の事を忘れたころ。香は廊下で少女3人に取り囲まれいじめを受けていた。そこに止めに入ってくる少女が一人。彼女の声を聞き、姿を見たいじめっ子たちはその口と手を止め、香がぶつかった少女、たんぽぽに問い掛けた。何故止めるのかと。対して、たんぽぽは問い返す。何故彼女をいじめるのかと。いじめっ子たちは、彼女の言動がむかつくからだと答え、何故財閥のお嬢様が彼女のような貧民を救うのかと問い掛けた。香はその時初めて彼女が財閥令嬢であると知った。
いじめっ子たちの問いに対したんぽぽは「生まれや育ちは人それぞれ違うしそれが罪になる訳でもないでしょう。魂に上も下もないのだから、私が彼女を助けることは何も問題は無いはずよ」と答える。それを聞いたいじめっ子たちは逃げるように去っていった。
「あ、ありがとうなんだぞ。な、名前は……」
「西村たんぽぽよ。たんぽぽでいいわよ。あなたは?」
「香。月下香だぞ。よろしくなんだぞ、たんぽぽさん」
こうして香はたんぽぽと出会ってから、彼女と別れる中学進学の時までいじめられることは無くなったのであった。
スカビオサ 花言葉は不幸な恋、私は全てを失った。和名はセイヨウマツムシソウ。
皇歴148年7月4日(月)
香の自宅
今日はたんぽぽが自宅休養から帰ってくる日であり、1週間待ちわびたこの日を迎えた香は、逸る気分を抑え登校した。
登校するや脇目も振らずにたんぽぽの元へと向かい、挨拶をするが返事は無く、一瞬振り向いて会釈をするだけであった。香は不審に思いたんぽぽに問い掛けるも反応は無かった。反応してもらえず困惑した香は周りを見渡すとひまわりと目が合う。ひまわりは首を傾げた。どうやら、ひまわりも相手にしてもらえなかったようだ。仕方なく自分の席に戻る。すると、えりかが話し掛けて来た。
「今日の彼女、西村さんは何かおかしいわ。彼女が何を思って、何を考えているのか、全く分からない。今日は彼女に近づかない方が良いと思う」
そう言われた後も、彼女に話し掛け続けたもののたんぽぽが答えることは無かった。その後の世界史の授業でたんぽぽは何か意味不明なことを口走ったと思えば授業後にボタン先生によって連れて行かれそのまま早退したのであった。
香は今日起こったことを理解できずにいた。あれほど楽しみにしていたたんぽぽとの再会であったが結局会話は出来なかったのだ。それに、たんぽぽから無視されたことは彼女の精神に大きなダメージを与えていた。
放課後、家に帰るや否や電気も付けずに布団に倒れ伏した。そしてたんぽぽに相手にしてもらえなかったことを思い出しひたすら泣いたのであった。
* * *
香が目覚めると窓の外は暗くなっていた。どうやらそのまま寝落ちてしまったようであった。時計を見ると8時前である。今から晩御飯を作るには遅い為、何か買ってくるか、食べに行く必要があると考え、まずは部屋の電気を付けようと立ち上がった。
そうして、スイッチに触れた瞬間、香の視覚と聴覚がノイズによって埋め尽くされ、香は今立っているのか倒れてしまったかも分からず奈落へ向かって落ちているような感覚を覚えていた。また、香にとって落ちている時間は一瞬が無限に引き延ばされたように感じられてしまっていた。有り得ないとは思いながらも既に一日落ち続けたような感覚に囚われていた。
そんな時、香は誰かに受け止められるような感覚と共に落ちるような感覚は収まった。自分を受け止めたものが何者か、確かめようと首を横に向けるとそこには微笑むたんぽぽの顔があった。
「たんぽぽさん!? なんでこんなところに居るんだぞ?」
問い掛けてみたものの、たんぽぽは何も答えなかった。
「あ……、あのたんぽぽさん? そろそろ下ろして欲しいんだぞ」
自分を下ろしてくれる気配のないたんぽぽに、香は照れながらも訴えかけるが、それでも下ろそうとしなかった為、香は体をくねって下りようとした。
その時、香とたんぽぽの周りから槍のようなものを携えた影が現れた。それらはかつて小学校で自分をいじめていた者たち、そしてコス女の中でも香に対して高圧的な態度をとる者たちの形を模っていた。中にはひまわりの姿の物もあり、影たちは槍を構えながら距離を詰めてきた。
「何なんだぞ!? これ!? たんぽぽさん、早く下ろして欲しいんだぞ! 逃げるんだぞ!」
しかし、たんぽぽは下ろそうともせず、ただ笑っているだけだった。
「何なんだぞ、お前たち!? 早くそれを下ろすんだぞ!」
「コイツサエ。コイツサエイナケレバ。オマエヲ」
影の声は、憎悪が心に直接流れ込んでくるような感覚で香は胸を押さえ込む。
「ワタシタチノスキニデキタノニ!」
影はそう言って一斉にたんぽぽに槍を突き立てた。
「たんぽぽさん!?」
拘束が解けたようにたんぽぽの腕から降りることが出来た。そしてたんぽぽの様子を見ると、たんぽぽの胸には大量の槍が全方向から突き立てられていた。そんな状態であってもたんぽぽは微笑みを崩さず立っていた。
「お前たちなんでこんな事するんだぞ! ひまわりさん! あんたはたんぽぽさんの友人じゃなかったのか?」
だが、影のひまわりたちは耳を貸す様子もなく、新たな槍を召喚し構えた。その様子を見て、香は無駄だとは分かりつつも、たんぽぽの前で手を広げながら影の前に立ちふさがった。
「私をいじめるのは構わないんだぞ。でも、私をいじめるのにたんぽぽさんが邪魔だからと言って危害を加えるなら私は許さないんだぞ! たんぽぽさんは私を守ってくれた、だから私がたんぽぽさんを守るんだ!」
そう言った直後に、香はたんぽぽごと槍に貫かれた。そうして、香の意識は途切れた。
* * *
香が再び目覚めた時、窓からは仄かに明かりが差し込んでいた。どうやらスイッチに触れて意識を失った後、そのまま倒れ込みそのまま寝てしまったようであった。
香は先ほどまで見ていたものを夢だとは思わなかった。何故なら記憶は鮮明に残っていたし、痛みは無いものの槍が刺さっているような感触が今も残っていたからである。
「私が、守るんだ。……たんぽぽさんを」
香は拳を固めながらそう呟いた。するとお腹から大きな音が鳴り響く。
「そういえば晩御飯食べて無かったんだぞ」
思い出したように、香は着替え、食事を取りにリビングへと向かった。
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