崇拝少女4

シクラメン 花言葉は遠慮、気後れ、内気、はにかみ。和名はカガリビバナ。

4月1日(金)

皇立コスモス女学院 中庭


 たんぽぽとあずさの出会いは学院の入学式の日。クラス分けと入学試験の成績発表が行われた中庭であった。しかし、女皇の下で経済界の重鎮となった西村財閥の令嬢と、御用達建設会社の令嬢が出会う機会もあっただろう。だが、当時の二人の関係は取引相手の跡取り娘というだけであり、さしたる興味を互いに持ってはいなかった。

 その関係が変わったのが入学試験の結果であった。1位 紫陽あずさ 500、2位 西村たんぽぽ 486、3位 千曲あんず 482……、と続く名前と数字の羅列。だが、それは二人の今後の関係を決定づけるものであった。

 学院で築かれた人間関係は卒業後も続くというのが通例であり、令嬢であれば今後の企業間の関係にも関わってくる為、上下関係を企業間に持ち込むということもしばしばであった。

 紫陽建設は御用達とはいえ、一介の建設会社であり、西村財閥との差は大きかった。しかし、たんぽぽがあずさに試験で勝てなかった場合、二人がどう思っていようとも、周りからの評価で西村財閥の立場は紫陽建設より下に見られるようになり、今後の取引にも関わる可能性があった。

 そんなことになれば100年以上続く西村財閥の顔に泥を塗ることになる。そうならない為にもたんぽぽは、あずさに勝たなくてはならなかった。そう考えたたんぽぽは、あずさの周りに群がって持て囃している生徒たちを掻き分け、彼女に語り掛けた。

「貴女が紫陽あずさね」

「ええ、そうよ。貴女は……」

「私は西村たんぽぽ。西村財閥の次期総帥よ。貴女に次のテスト、期末テストの点数の勝負を申し込みます」

 あずさは見覚えのある顔を見て、記憶の中から名前を呼び出そうとしたが、その前に答えを告げられ、勝負を申し込まれた。

「ああ、そういうことね。分かったわ、西村さん。貴女の勝負、受けましょう。私も手は抜きませんよ」

「ええ。そうしてもらわないと困りますからね」

 こうして二人はライバルとなった。だがこの関係は、あずさが殺害されたことで終わりを告げたのだった。


エリカ 花言葉は孤独、寂しさ、博愛。

6月28日(火)

たんぽぽの自宅


 たんぽぽは強烈な頭痛に襲われ、悶えながら目を覚ました。視界にはノイズが走り、まともに周りを見渡すことは出来なかったものの、スマホを手に取り、僅かな視界から現在の時刻を確認した。5時41分。

 たんぽぽはまたかと思った。あずさが死んだと知ったあの日から、頭痛やノイズの症状が現れるようになり、病院にも行ったものの異常は無いと言われた為、どうすることも出来ず、鎮痛剤を服用することしか出来なかった。さらにここ数日は、毎日この時間に頭痛が起きるようになり、寝不足になってしまっていた。

 頭痛が少し落ち着き、鎮痛剤を飲もうとベッドを降り、立ち上がろうとすると、突然頭の中にノイズ音が鳴り響き、視界もノイズで真っ暗になり倒れ込んでしまう。

 しかし倒れ込む寸前に、何者かが彼女の手を取り、体を支え、倒れるのを防いだ。

「だ、誰なの?」

 しかし、この部屋には誰も居なかったはずだ。自分を支えられる人がいる筈が無い。たんぽぽは恐怖を堪え、恐る恐る問いかけた。

「私は天使。神の使いです」

 その声は聞き覚えのある声であった。夢にまで出ても聞くことの叶わなかった彼女の声。それを聞いた途端、たんぽぽは視界のノイズと、頭痛、ノイズ音から解放され、天使と名乗った者の顔を目にする。そこにいたのは正しく天使の羽が生えた紫陽あずさであった。

「どうして……」

「主は、あなたを選ばれました。あなたには迷える者たちを導いて頂きたいのです」

「紫陽さん。貴女。生きて……」

 たんぽぽは天使に抱き着こうとしたものの、先ほどたんぽぽを受け止めた時とは異なり、まるで液体のようにたんぽぽの体は、天使の体に沈み込んでしまう。

 その瞬間、たんぽぽはありとあらゆる感覚が無くなり、魂と肉体が分離したような感覚を覚えた。

「これであなたは、罪から解放された高潔な魂を得ました。迷える者たちに教えを説き、導くのです。あなたにはそれが出来る」

天使の言葉と共に、たんぽぽの意識に様々な記憶が流れ込んできた。それらは、戦争や拷問によって命を落とすというものがほとんどであった。

「何よ、これ……。紫陽さん?」

「彼女たちのような者をこれ以上増やさない為に、あなたには導く為の力を与えます」

 そう言いながら、天使の声は遠ざかっていく。

「まって、紫陽さん。行かないで!」

 たんぽぽは天使の声のする上の方へと行こうとするが体は動かず、そのまま自室の床へと倒れ伏して意識を失ってしまった。


オーニソガラム 花言葉は純粋、才能。和名はオオアマナ。

皇立コスモス女学院 1‐A教室


「ねえ、月下さん。あなた、たんぽぽさんから何も聞いてないの?」

 1時間目の後の休み時間、ひまわりが香に問い掛けた。

体調が悪くても休むことのなかったたんぽぽが、ホームルーム開始の鐘が鳴り終わっても登校してこなかった。これを疑問に思ったひまわりは、担任であるベロニカに問い掛けたが、彼女は何も知らないと答えた為、たんぽぽの事を知っていそうな香に問い掛けてみたのだった。

「いいや、何も聞いてないぞ。たんぽぽさん、最近体調悪そうだったから心配なんだぞ」

 たんぽぽはここ数日、寝不足と頭痛を訴えていて、授業中も上の空になっていることが多くなっていた。

「そうね。あなたは彼女の病気については何か知っているの?」

「あんな風になったのは、あの日からだぞ……」

「あの日?」

 あの日、あずさの死をたんぽぽが知った日の事。えりかの話を聞いた後。その様子を見ていないひまわりは、見当が付かなかった。

「あ、ああ、何でもないぞ。きっと気のせいだぞ」

 あの日の話をするとなれば、口留めされたえりかの話をしなければならない為、香はひまわりが知らないのであれば、その話をするのは避けたかった為、知らないふりをすることにした。

「そう。じゃあ、昨日はどうだったのよ。あなたが送っていったんでしょう?」

 昨日は特にたんぽぽの具合が悪かったこともあり、家の近い香が送っていくことになったのだった。

「昨日は……、具合は悪そうだったけれど、最後の方は自力で歩けてたから、きっと大丈夫だと思うぞ」

「そう……。分かったわ」

 そう言い残して、ひまわりは自分の席に戻った。

『たんぽぽさんはきっと大丈夫だぞ。明日には普通に登校してくるはずだぞ』

 香はそう思っていたが、次の日。担任のベロニカから、たんぽぽが1週間ほどの自宅休養を取るという話を聞かされたのだった。


ボタン 花言葉は風格、富貴、恥じらい、人見知り。別名、富貴草、二十日草、花王。

7月4日(月)

皇立コスモス女学院 1‐A教室


「皇歴71年9月1日、アドラー3世が率いるシュタールラント帝国が、第一次大戦でブラテク共和国に割譲されたダンツィヒ、現在のグダニスクとブラテク回廊の陸上交通路の建設をブラテクに要求し、それを拒否された為侵攻したことで、3日にブラテクと同盟関係にあったアルビオンとイーリスが、シュタールラントに宣戦したことで第二次世界大戦が始まりました」

 そう解説したのは世界史の教員である廿日市富華、通称ボタンであった。この日の授業は第二次世界大戦についての内容であった。

「シュタールラント軍は侵攻によりブラテクの西半分を占領し、ソ連軍も酒ソ不可侵条約の秘密協定に基づいて、17日から東半分をブラテクとの不可侵条約を破棄して侵攻を開始。首都ワルシャワも28日に占領され、10月6日にはブラテク全土が占領されました。また、ソ連はキエロ共和国に侵攻し、カレリア地方を奪っていきました。これを冬戦争と言います。また、ソ連はこれが理由となり国際連盟を除名されることになりました」

 ボタンはここまで言って、一週間ぶりの登校となったたんぽぽに語り掛けた。

「そうだ、西村さん。体調は良くなりましたか?」

 A組の生徒たちが一斉に、立ち上がったたんぽぽの方を向いた。というのも、彼女が登校してきてからというものの、この1時間目まで一度も口を開いていなかったからである。しかし、皆の期待に反して、たんぽぽの答えは想定外のものであった。

「ええ。寧ろ今、私の体は力が溢れているみたいです。主に授かった力によるものなのでしょうか? 私には為すべき事が出来ました。それはあなたたち、迷える者たちを導く事です。その為にはまず、あなたたちに教えを説かなければなりませんね。あなたたちは……」

「西村さん。そこまでにしなさい。今は授業中ですよ」

 突如、何かに取り憑かれたかのように饒舌になったたんぽぽを、普段のおっとりとした雰囲気とは異なる覇気を纏ったボタンが一言で制し、着席させた。

「はい。じゃあ、気を取り直してやっていきましょう。ブラテク降伏後も、アルビオンとイーリスは戦争状態のシュタールラント軍との間で戦闘を行わず、この状態を称してまやかし戦争と呼びます。これは、翌年の5月から始まる、シュタールラント軍によるイーリス侵攻まで続きました……」

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