崇拝少女3

カーネーション 花言葉は無垢で深い愛、哀れな心、母への愛。別名はジャコウナデシコ。

6月3日(金)

皇立コスモス女学院 体育館更衣室


 緊急集会から4日が経ち、生徒たちの心が落ち着きを取り戻して来た頃、ひまわりたち1年A組の生徒たちは学園一の鬼教師、蛇絞撫子による体育の授業を終え、更衣室で着替えていた。

 更衣室にまで現れない彼女に対して、生徒たちは口々に疲れただとか彼女への不平不満を言い合っていた。

 そんな中ひまわりは、文句一つ言わずに淡々と汗をかいた体をデオドラントシートで拭いていた。

「ねえ、ひまわりさん。ちょっといいかしら?」

 ひまわりが振り返ると、そこにはたんぽぽが既に制服へと着替えて立っていた。

「ええ。どうしたの? そんなに早く着替えて?」

「ひまわりさん。何かおかしいとは思わない?」

「何がよ? それよりあなた、顔色が悪いわよ。大丈夫? 医務室に……」

 ひまわりは今のところ何も違和感を覚えることは無かった。それよりもひどく青ざめたたんぽぽの顔に気付きたんぽぽが異常なのだと考え、医務室へと連れて行こうとした。

「違うのよ。そうじゃないの。さっきの時間は体育の授業なんかじゃなくて何か別の……。そう、何か変な機械を頭に……」

「分かったわ。早く医務室に行きましょう」

 たんぽぽは高熱か何かで幻覚を見ているのだと考えたひまわりは、急いで着替えるが、ひまわりにこれ以上話しても無駄だと考えたのか、たんぽぽは香にも同じ質問をした。

「う、うーん……? わたしもさっきの時間は体育だったと思うぞ……?」

「そう……。それじゃあ私が幻覚を見た、ということなのかしらね。医務室に行ってくるわ。後はよろしくね」

 そういってたんぽぽは、呆気にとられるA組の級友を置いて医務室へと向かった。その後、彼女は高熱を理由に学校を早退したが、次の日には何事も無かったかのように回復し登校したのだった。


ユリ 花言葉は純粋、無垢、純潔、威厳。

6月9日(木)

東京城二の丸 宮内省庁舎


 東京城二の丸内にある宮内省の庁舎。かつて東宮あずまのみやと呼ばれていた御殿の跡地に建てられた宮殿に併設されている。女皇家の補助、及び女皇に関わる事柄の対処、東宮特別区の管理など省庁の中でも大きな力を持つ宮内省の本部である。

 また、第二次世界大戦以前に存在した同名の省庁は、本部庁舎を含めて京都に存在した為、東宮女皇家成立以来、女皇家以外の皇族の世話と監視を担う京都所司代に改編されており、皇族の世話を行うという点を除いて全くの別物となっている。

 そこにある会議室の一室に、東京警視庁警視総監、竜胆恵弥美えやみは一礼をして自分の席に着いた。それを見た宮内大臣、鳳甘菜は口を開いた。

「では、今回の連続失踪事件の報告を聞かせてください。竜胆警視総監」

「はい。犯人はコスモス女学院の1年生、紫陽あずさ。そして、その母親で紫陽建設の社長、紫陽蕾羅。及びその協力をした社員数名を逮捕しました」

「つまりは、今回の件はMLFとは何の関係もなかったということか?」

 恵弥美の報告に対しそう問いかけたのは、宮内庁の所有する東宮特別区防衛部隊の指揮官である秋野薬子であった。

「はい。警視庁内でも紫苑特別捜査官がMLF絡みとして捜査を進めておりましたが、結果としては特別区内の人間による犯行でした」

「そう。しおんが……。分かったわ。区境における特別警戒状態を解除して通常の警備体制へと戻します」

 薬子が納得したのを見て恵弥美は報告を続ける。

「被害に遭った9人は、全員が紫陽あずさ被告と同じ学校に通っていました。動機については只今調査中です」

「しかし、これは面倒なことになったわね。コスモス女学院の学生が事件を起こし、東京城天守の再建にも携わった御用達建設会社がそれの協力をしていた。なんてメディアに直接流すことは出来ませんね」

 宮内省の管轄の範囲にある二つの組織による不祥事。甘菜はこれを看過することは出来なかった。

「あずさ被告の殺人は遺体を人形のように仕立てるという猟奇的なものです。誘拐殺人についてはコスモス女学院入学前から行っており、コスモス女学院の試験でこのような人物を見抜けられなかったということも問題となるでしょう。それにあずさ被告は今年の学科試験を1位通過しています。見抜いていたとしても、1位だから許したと捉えられかねられません」

「うーん……。南方様、女皇陛下から何かお言葉は頂いておりませんか?」

 甘菜は隣に座っていた、女皇護衛連絡官、南方椿に問いかける。

「こういう場合の対処としてはMLFに押し付けろ。そうおっしゃられておりました」

「では、我々の出番もあるということか?」

 そうつぶやいたのは、顔と手を包帯で覆い、両足欠損の為に電動車いすに乗る隻眼の女性であった。彼女は宮内省に所属する対テロ特殊部隊、近衛特殊作戦部隊RGSOCの創設者にして司令官、松虫鉦鼓であった。

 彼女はMLFに対して、並々ならぬ恨みを抱えていた。その恨みが、満足に動けぬ彼女に特殊部隊を発足させる原動力となったのである。そして、この事件がMLFの起こしたものであるとなれば、MLFに対する武力攻撃も可能になる。彼女はそう考えたのだ。

「その件については女皇のおっしゃる、手出し無用の範囲に入ると思われますので辞めて頂きたいのですが」

「それに総理からもMLF関係の案件は相談無く行うなと言われているから、部隊を動かすのは難しいわね」

 鉦鼓の呟きに椿と甘菜が反対する。それを聞いた鉦鼓は顔を俯ける。それを見た甘菜は付け加えた。

「でも、その時は近いとも言っていたわ。今は待ちましょう」

「……ええ。」

「他に何か質問はありますか? 大丈夫ですね。それでは少女連続失踪事件の報告会を終了します」

 甘菜以外の人々が退出したのを見て、恵弥美は甘菜に歩み寄り囁きかける。

「鳳さん。あなたは女皇からMLFへの対応について何か伺っているの?」

「いいえ。計画は女皇様の頭の内にしか無いんじゃないかしら。たぶん南方様も事の全ては知らないでしょうしね」

 コスモス女学院の同期である二人は高官としてではなく二人の女性として話し合うことが出来る間柄であった。だからこそできる女皇に関する話であるが、政府の施設内であったとしても盗聴されている恐れがない訳ではないので小声で話しあった。

「本当に何時も何を考えておられるのか分からない御方だ。まあ、我々は彼女の示す道に沿って歩いていくことを望んだ者たちだ。只々従うだけよ」

「ええ、いまさら道を乗り換えて女皇様に背くわけにもいかないしね。コス女魂にも反しているわ」

 甘菜がそう言うと恵弥美は笑い出し、小声で話すのを止めた。

「ははは、君は変わらないな。コス女魂か。生徒会長時代に何度も言っていたっけ?」

「そう言うあなたも、惑いながらも芯はブレてない。歳をとってどんなに偉くなっても変わらないものね」

「そうだな。それじゃあ私も帰らせてももらうとするよ。仕事がまだまだ残っているんだ」

「そうなの? お互い大変ね。それじゃあ、今日はわざわざありがとね」

「ああ。それでは失礼させてもらうよ」

 そう言って恵弥美は会議室を出ていった。彼女を見送った甘菜は一人呟いた。

「ほんと女皇様は、私たちを何処へ導くつもりなのかしらね」


ナズナ 花言葉はあなたに私の全てを捧げます。別名、ぺんぺん草。

皇歴148年6月10日(金)

皇立コスモス女学院 講堂


「皆さん、先日の緊急集会が記憶に新しいですが、当校生徒である華咲さんが行方不明になった件で新たな報告があります。既にニュースなどで報道されているかと思いますが、昨晩、山梨県警が県内にあるMLFのアジトへと立ち入り調査を実行したところ、これまでの府内連続少女失踪事件で行方不明となっていた7名と、当校の生徒3年A組、華咲夜子さん、1年S組の紫陽あずささんと松村なずなさんの遺体が発見されたと報告がありました」

 三坂学園長のその言葉で生徒たちはどよめきだす。ニュースの報道では被害者10名の中にコス女生がいるということだけであり、華咲さんがおそらくそうなのだろうと考えていた。しかし、突然1年生からも前回の集会以降に行方不明になっている生徒がいたなど考えてもいなかった。当然、身内から犠牲者が出たという事実を受け入れられない1年生の動揺は大きかった。

「落ち着きなさい。山梨県警はアジト内にいたMLF構成員を8名逮捕したそうです。これによって、今回の府内連続少女失踪事件はひとまず終息するでしょう。しかし、今回はアジトの一つを壊滅させただけです。今回のような事件が、他のMLF構成員によって引き起こされないとも限りません。生徒の皆さんは今後も登下校時の注意を怠らないようにしてください。……さて、今回の事件によって我が校の生徒が、これまでMLFに殺害された数は今回の3人と8年前の爆破テロ事件の37人で合わせて40人となりました。未来ある少女たちの命を奪ったMLFを我々は許しません。一日も早いMLFの壊滅、そして殺された少女たちの魂に報いることを望みます。以上です」

 そう言って壇上を降りた三坂学園長に代わって、楠先生と1‐Sの担任にして国語・古文教師のアマリリスこと高星貴子が、犠牲になった生徒に対して弔意を表してから緊急集会の閉会を告げた。


アジサイ 花言葉は移り気、冷酷、傲慢、無情、強い愛情。あずさいがなまったものとされる。

1‐A教室


 緊急集会後、この日の授業は行われないことになり、生徒には帰宅指示が出されたが、1年A組の空気は重く沈んだままであった。同じ学年、ましてや隣のクラスの生徒が誘拐されて殺されたなど、考えたくもなかった事が今現実にこうして起こっている。頭では理解出来ても、心では理解したくない。そんな生徒が大半であった。

 たんぽぽもその例外では無かった。彼女と紫陽あずさは入学試験の学年一位と二位を争った間柄であった。たんぽぽは彼女ともう一度試験で勝負したいと考えていたが、その舞台となる期末試験を彼女が受けることは叶わず、自分が彼女に勝つことはもう二度と出来ないのか、そんなことを考えていると、机の横にまで来た香が話し掛けて来た。

「な、なあ。たんぽぽ。ちょっと話があるんだぞ……」

「あっ、あら? どうしたの、香ちゃん?」

 たんぽぽが驚きながらも問いかけると、香は怯えたように語り始めた。

「わ、私怖いんだぞ……。昔、彼女と話したことがあったんだぞ。」

「あなたが、私をこっそりつけていた時の事でしょう?」

 5月頭の休み時間の事だ。香がたんぽぽに話しかける機会を伺いながらたんぽぽの後をつけていた時に、彼女はあずさとぶつかったことで話す機会があったのだった。

「紫陽さんはたんぽぽさんの事を気にしてた人だから悪い人なんかじゃないんだぞ。どうしてそんな悪くない人が殺されなくちゃならないんだぞ……」

「え、ええ。そうね」

 香の意味不明な善悪感には同意しかねるが、彼女が殺される必要を感じることが出来ないというのにはたんぽぽも納得がいっていた。

「本当に彼女は悪くない人なのかしら?」

 いつの間にか二人のところにやってきていたえりかが、二人に問いかける。

「どういうことなんだぞ?」

「彼女。紫陽あずささんは、多分普通じゃないわ」

「倉田さん? 普通ってどういう事? 詳しく教えて頂戴」

 一方的だったとはいえ、競い合おうとしていた相手である。そんな彼女に対するイメージ、自分よりも優れた理想のお嬢様というものを抱いていたたんぽぽにとって、彼女に有って自分には無い物は興味があった。

「彼女が異常だという事です。私、……彼女が電話している内容を聞いたんです。その内容が本当だったら彼女が攫った少女たちを……」

「どういう事よ。それはMLFがしたことでしょう? そもそも、あずささん自身も犠牲になったのよ? それはどう説明が付くっていうのかしら?」

 えりかの答えは、たんぽぽの求めるものとは真逆の物であった。自分を高める為にすべき事などではなく、あずさ自身が犯人だったとえりかは言っているのだ。

「紫陽建設は女皇御用達の建設会社です。事件がもみ消されてもおかしくはないと思います」

「なら、殺すことは無いと思うのだけれど」

「殺したことにした方が対MLF感情を煽ることが出来ます」

「二人とも止めるんだぞ。これ以上はいけないと思うぞ……」

 この会話は女皇批判と捉えられかねない。そんなことを皇立学校で話すなど言語道断である。最悪、不敬罪で捕まりかねないと考えた香が二人の話を止めさせた。

「そうね。この話、他の人には話しちゃだめよ」

「分かってるぞ。でもまず、女皇様がそんな事する筈が無いんだぞ」

「ええ。でも香ちゃん、紫陽あずさは決して良い人では無いわよ」

 そう言い残してえりかは自分の席へと戻っていった。

「えりかちゃん……。一体何だったんだぞ? 紫陽さんが悪い人? だったら、殺されても不思議じゃないってことなのか? なあ、たんぽぽさん? ……たんぽぽさん?」

 香は、えりかの言葉で揺らいだあずさの善悪を決めかね、たんぽぽに助けを求めたが、たんぽぽは何か上の空のようであった。

「えっ? ごめんなさい、香ちゃん、もう一回、……いいえ。ごめんなさい。私お手洗いに行ってくるわね」

 そう言ってたんぽぽは教室を出た。彼女が戻ってきた時に香は再び尋ねてみたものの、やはり彼女は上の空のまま、香が話しかけているのにも気づかずそのまま帰宅したのであった。

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