きのこたけのこ戦争・エンドゲーム

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第1話 きのこたけのこ戦争・エンドゲーム

「さて、本日お集まりいただいたのは他でもございません。この醜く、果てしない戦争に決着を付けて頂くためでございます。」


ホールに集められた客は各々ざわつき始める。戦争?聞き慣れない暴力的な表現に皆少なからず動揺している。


「…どうやら状況が飲み込めていないご様子。それもそのはず、まだ主役の方々が登場されておりませんからね。ではご登場いただきましょう!幕を!」


タキシードの男がパチン!と指を鳴らすと真っ赤な幕がキュルキュルと上がり始めた。

幕の向こうの景色が徐々に現れ始め、観客はようやく「戦争」という言葉の意味を理解した。


『きのこの山』と『たけのこの里』

両者が舞台上の十字架に磔にされていたのだ。


「きゃあああああああああ!!!」

「うわあああああああああ!!!」

「なんてむごい……」


突き刺すような悲鳴と怒号に包まれるホール。

中には耐えきれず嘔吐する者までいた。


パンパン!と手を叩いてタキシードの男は話し始める。


「皆様、どうかご静粛に。これから皆様にはたった1つだけ、ある選択をしていただきます。座席の下のリクライニング出来そうなスイッチを押して頂けますでしょうか?」


観客の座席下部には見慣れた、というより触り慣れた幅広のリクライニングっぽいスイッチが設置されていた。各々がスイッチを作動させると前の座席の背中がパカっと空いて、小さな赤色のレバーが現れた。


そのままタキシードの指示通り、レバーを装置ごと背中から取り外して各々膝元に置く。



「ルールをご説明いたします。」


「そのレバー装置は奥側にたけのこ、手前側にきのこのマークが印字されております。そのレバーをきのこのマークに倒せばきのこに1票、たけのこのマークに倒せばたけのこに1票入ります。投票が終了した時投票数が少なかった方は…」


ガラガラガラ……

舞台袖から車輪の音が響き渡る。


「死んで頂きます。」


1人の男が驚愕して声を上げる。

「あ、あれは!?」


すると他の観客も続いて同様に目を丸くし、声を荒らげた。


「トロッコだ!!!!」


舞台袖から昨今思考実験で酷使されてきた例のトロッコ(インターネットの皆は知ってるよね)が現れたのだ。


観客達は即座に察した。自分たちがトロッコ問題の当事者になったということを。その手に握るレバーが変換器で、きのことたけのこのどちらかを轢き殺すかを選ばなければならないのだと。


「さて、皆様。心の準備はお済みでしょうか。それではスイッチオン!!!」


「ちょっと待てや!!!!」

マスクを付けた男性の声がホールに響き渡る。


「僕は、当然やと思って確認せえへんかったんですけど、念の為聞いときたいんですわ。皆さん、もちろん『きのこの山』に投票されますよね?」


一瞬の静寂。しかし、たちまちホールは大きな歓声に包まれた。

ワアアアアアアアアアア

「そうだそうだ!!」

「きのこの山以外ありえないわ!!」

「クラッカーとチョコを一緒に頬張った瞬間のハーモニー!これほど上品なチョコ菓子は他に類を見ない!」


良かった。俺たち全員きのこ派だよね?そうだよね?といった声が飛び交う。皆心のどこかで不安だったのだ。それもそのはず、この会場に集められたのは全員見ず知らずの他人。あいさつの一つも交わしていない人間を信用することなどできない。


そんな彼らに『きのこ派』という共通点が生まれた。ぶっちゃけ「好きな菓子が一緒、だから何?」という感じもするが、隣り合う人が敵ではないだけでホッと胸をなでおろすことができたのだ。


若い男女などは

男「あ、よろしくお願いします。きのこお好きなんですか?」

女「はい…。クラッカー部分をわざと分離させてチョコ密度を高くして食べるのが贅沢な感じがして好きです……。」

などと和やかなやり取りをし始めた。


ホールは暖かな笑い声に包まれ始めた。


——しかし、その時


「ぷっ。あはははははは!!!」

歓声の裏で1人ケタケタと笑い転げるサングラスの男がいた。先程声を上げたマスクの男とは真反対の方である。


「お前ら…ハハハハハ!!聞いたか?あの中身の無い主張…ブハッwwやれ上品だの、ハーモニーがどうだの、アホらしくてしゃあないわw」


サングラスの男は立ち上がり、声高に主張し始める。


「お前ら、菓子に価値があるとしたらそれはなんや?品がある、持ち運びに便利、手が汚れない、そんなんちゃうやろ。金や!!!売上や!!!数字や!!!そんでもってその数字は!!圧倒的な結果や!!お前ら!!醜いきのこ派に数々のデータを見せつけてやれ!!」


おおおおおおおおおおおおお!!!


たちまち歓声が沸き起こる。歓声というよりは怒号というべきだろうか。中にはきのこ派を中傷する内容の言葉も飛んでいた。勢いはさっきと同等か、あるいはそれ以上かもしれない。


たけのこ派達はこぞって『NAVERまとめ』上のたけのこ派に有利な情報を拡散し始めた。


『毎年たけのこがきのこの売り上げを上回っていること』

『最新の味覚分析マシーンが「たけのこの方が美味い」という結果を算出していること』

『過去に「お試しかっ!」で巨大化していること』


たじろぐきのこ派達。それもそのはず。過去のきのこたけのこ戦争の歴史を振り返ってみるときのこ派にはある『決定的な弱点』があることが明らかになっている。


『なんとなくきのこ派』


そう、きのこ派は別にきのこであることにそれほど執着していないのだ。夜中腹が減って眠れないときにテーブルの上にたけのこの里があったら平気で食べるような意志の弱い連中ばかりなのだ。いや失礼、どんな菓子にも寛容であるというべきか。


対して、たけのこ派は違う。彼らは断固としてきのこを拒否するよう教育されてきた。きのこを見たらパッケージの上から粉々に砕くのは当たり前。SNSにきのこの山の処刑動画をUPし見せしめにしたやつは英雄として祭り上げられる。きのこ派が傷つくことなんて一切考えていない正真正銘のクズである。そもそもたけのこ派はきのこを食べ物として認識していない。98%のたけのこ派はきのこの山を食べたことすらない。ん?残りの2%はだって?それは……おっと、ここまでにしておかないとね。フー


とにかく、野蛮で、下種で、排他的。それがたけのこ民の本質である。故に、温厚なきのこ派は悪逆非道なたけのこ派に為す術もなく罵詈雑言を浴びせられる展開になった。


「きのこの山、この世で唯一美味いと感じる瞬間がない菓子」

「たけのことプロレスすることでしか今の地位に居座れない老害笑」

「アフリカの子供たちにたけのこの里をあげると満面の笑みで喜び、きのこの山をあげた者はサバンナに追放されライオンのえさになったと知り合いの記者が言っていた。」


たけのこ派には圧倒的な戦意がある。すべてはきのこ派を殲滅するため。しかし、その戦意が裏目に出ることを彼らは予測できていなかった。


たけのこ派はきのこを貶めるためにデータを使い切ってしまったのだ。データがないなら戦えない。だったら事実を捏造してしまえばいい。そう、捏造派閥が現れ始めたのだ。ありもしないエピソードを虚実ないまぜで語り始める。しかし、だんだんと虚は大胆に、刺激的になっていった。


「きのこ派の平均寿命は薬物依存症患者と同じ。つまりきのこの山は危険薬物。」


「ある温厚な男性がきのこの山を食べた翌日強姦事件を起こし、留置所でたけのこの里を食べると罪の意識から自殺を図ったらしい。怖いですね~笑」


「きのこ派の男はライオンに咥えられた瞬間死を悟った。しかし、どういうわけかライオンは自分の縄張りに男を持ち帰った。ライオンは男に獲物を分け与えた。男は三日も飯を口にしていなかった。(くれるのか……?俺に?)ライオンは静かにうなずいた。」


きのこ派には戦意がなかった。『きのこにこだわりがなかったから』。しかし、今は違う。ただお菓子を楽しんでいるだけの善良な人々に悪意を以て攻撃し楽しんでいる人間のクズ。そのクズ、すなわち『たけのこ派』そのものに敵意を持つようになったのだ。きのこ派の面々はまず、たけのこ派がまいた種の揚げ足取りをし始める。彼らの作り話、品性のなさを徹底的に追求した。持ち前の温厚さは冷静さの裏返し。知性ではきのこ派が勝っていた。


「たけのこ派って醜いよね。他者を攻撃することでしか存在価値を示せない中身スカスカのカス。ちょうどたけのこのクッキー部分みたいに笑」


「たけのこさんのおっしゃる知り合いの話って引き出しが多くて感心いたします。特にマックで女子高生がきのこ派に襲われていたところをたけのこ派のイケメンが助けて最終的にお二人がご結婚されたお話しなんて一ミリも信憑性ないのによく恥ずかしげもなく話せましたね笑」


「今や、人種差別問題については議論が尽きません。各国の努力、グローバル化も手伝って、徐々に解消に向かっています。そんな中、たけのこ派だけが我々きのこ派を徹底的に差別しています。まさに先の時代の敗北者じゃありゃせんか?」


議論は「両派閥の民度」へ突入する。たけのこ派ももちろん、きのこ派に負けじと反論を展開する。


「たけのこ派はイケメンで、人気者で、リーダーシップがある人が多い。きのこ派はブス、メガネ、ハゲ、何をしても上手くいかない」


「きのこ派は偏差値低い。足が臭いし、あと口も臭い」


「きのこ派の男は差し出された肉を貪った。獣臭いヌーの肉はとても食えたもんじゃない。それでも男は食らいついた。ライオンは『旨いか?』とでも言うようにポンと男の肩に前足をのせる。男はボロボロと流れる涙を止めることができなかった。」


しかし、きのこ派に勝る知能を生憎持ち合わせてはいないたけのこ。反論がさらに矛盾を生み、揚げ足取りの餌食になる。


『民度』の論争ではきのこが、『データ』の論争ではたけのこがそれぞれイニシアチブをとり、一進一退の攻防が繰り広げられていった。


ホールは熱狂するにつれて凝縮されたTwitterと化していった。


そんな中、ホール内で唯一議論に参加していない男がいた。

マスク(きのこ派)である。マスクは議論が始まってからずっと『ある違和感』を感じていた。


(おかしい……。俺らは何で『どっちの菓子が美味いか』だけでこんなに争っているんや。)


(例えばあの隣あっている男女。戦争前、女性の方が階段で転びかけた時、男は咄嗟に女性の手を掴んで助けていた。その後、女性は男にささやかなお礼として飲み物を買いに行っていた。そんな2人が…)

男「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

女「縺オ縺!!!!」

(とても聞かせられない罵詈雑言をぶつけ合っている…。戦争とはこうも人を変えてしまうものなんか。俺らはもう一度原点に立ち返るべきなんかも知れん。『誰が』『何のために』戦争を起こしたかを。そしてその首謀者は…アイツや。)


マスクが見つめる先はただ1人。舞台上で薄ら笑いを浮かべるタキシードの男だ。


(間違いない。アイツは『戦争屋』や。過激な演出で俺らを極限状態に追い込み、冷静な判断能力を失わせたうえでわざと争わせている。皆の目を覚まさせるにはアイツを叩くしかない!!)


ザッザッザッザッ

マスクはタキシードに一直線で向かっていった。

瞬間、ボディガード達に取り囲まれる。

「お客様、席にお戻りになられて下さい。さもないと…」

「やかましいわ!!!はぁっ!!!」

「グフッ」

マスクの右ストレートがボディガードを一撃で沈めた。マスクはマッチョであった。


舞台に到着するマスク。ボディガードの無数の屍を乗り越え、ついにタキシードの元へたどり着いた。


「終わらせようや。この争いを。」


タキシードの100キロ近くはあろう巨体の胸ぐらを掴んでもちあげた。タキシードの深々と被っていたシルクハットがストンと落ち、素顔が露わになる。


「お、お前は………ケンコバ!?」


「やれやれ、バレてしまっては仕方ありませんね。マスクの人、いいえ、松本人志さん。」


「な、なんやねん。誰が松本やねん。」


「誤魔化しても無駄ですよ。水曜日のダウンタウンでさんざ使い回された『謎のメキシコレスラー・チキンライス』のマスク。それを見て松本さんだと分からない人はいてません。」


「完璧な変装やと思っとったのに…そんなことはええねん!!!」


持ち上げられたケンコバが宙に浮く。


「俺が聞きたいんは何で戦争を起こしたかっちゅうコトやねん!」


「……分かりました。お話しましょう。松本さん、後ろを振り返ってみてください。」


あん?ったくなんやねん?と呟き振り返る。

唖然。松本の時間が止まった


「どうです?ここから見る景色は?群衆が醜く争う姿は?知性の欠けらも無いでしょう?ええ?性交とは比べようもない快感ですわ!」


「コバ……」


「松本さん、人間が成長するのはなんでやと思います?社会で生き抜くためなんですよ。日本社会は厳しい場所です。生き抜くためには互いを助けあったり、誰かを守るために我が身を犠牲にしなきゃいけないことだってあります。僕はね、そういうキレイ事が大嫌いなんですよ。自分勝手に、もっと本能の赴くまま生きたっていいじゃないですか。いっそ、成長なんてしないほうがいいんです。そう、例えるなら、春のタケノコみたいにはなりたくないんですよ。さっきの質問の答えですが、戦争は人間の本性を暴いてくれるんです。だから僕は戦争屋になったんです。」


「コバ……もしかしてお前……」


松本は一拍置いて言った。


「きのこ派か?」


「いやちゃいますよ。」


松本の鉄拳がケンコバを二階席まで吹き飛ばした。


「な、なんで……」


「俺はお前みたいなどっちつかずの中立派が一番腹立つねん。自分ら物事客観的に見れますよっていうスタンスがむかつくねん。」


「きのこ派は偏見の塊、へへ、いいもん見してもらいました…わ……」


戦争はじき終わる。トロッコを動かすものはもういないのだから。


「なんや、もう終わってしもたんか?」


舞台の上に上がる男があった。たけのこ派のサングラスの男、もとい浜田である。


「浜田……!?なんちゅうことや……ゴリラそのものやないか。むごい…。」


「元からゴリラやナッハッハッハッハww!!!」


「この無意味な争いも終わるな」


「俺に任せてや、松本。手っ取り早く終わらせたるわ」


浜田はスゥーっと深く息を吸い込み、ホール中に響き渡る声で叫んだ。



「結ッッ果発ッッ表ぉぉぉぉぉぅ~~~~~~~~!!!!!」




長い長い二時間が終わった。観客たちの疲労もピークに達し、みな眠そうに目をこすっている。


ふと、松本の視界の端にきらりと光るものを捉えた。舞台袖に段ボールに詰められた缶飲料を発見したのだ。これは、缶コーヒー?

松本は観客たちに配ろうと缶コーヒーの箱を開けた。そこには一枚の手紙のようなものが封入されていた。


手紙を開くとそこには一言こう書いてあった。



【あなたはどっち派??】



「なん……やと……!?」


「まっちゃん何をモタモタしとんねん。お、缶コーヒーやんか。みんなに配りに行ったるわ」


「浜田!!!アカン!!!!」


浜田は松本の制止を振り切り観客に缶コーヒーを配り始める。すべての缶コーヒーがいきわたった時、全員がやつの術中に堕ちていた。


———二階席で薄ら笑いを浮かべながら寝そべっている、この男の術に。


「へへへ、まだ戦争は終わってないですよ、松本さん。新たな火種が投入されればいとも簡単に戦争は巻き起こせるんですよ。今度は、止められませんよ。」


男「このコーヒーCMで見たことあるなあ」

女「私も!確か名前は、『エメマン』だったかしら?」



松本「微糖のほうがうまいにきまっとるやろが!!!」


浜田「こいとんちゃうぞ!!王道のエメマンに決まっとるやろが!!」


松本・浜田「「あなたはどっち派!?」」


ざわざわ……


男「な、なんだ一体…」


松本(アカン、これは罠や。こんな対立構造が発生したらまた争いが起きてしまう!それはわかってるのに)


浜田(エメマンを見ると反射的に体はいつもの流れをやってしまう!!!)



松本「すっきり微糖が大人の味わい!」


浜田「愛され続ける伝家の宝刀!」


松本・浜田「「あなたはどっち派!?!?」」


松本(終わった……)


(あれ……?)



ホールに残されていたのはダウンタウンの二人だけであった。ケンコバの目論見は成功した。しかし、争いは一ミリも起きなかった。


ケンコバ「バ、バカな……どうして」


ホールを出た観客たちは口にこそ出さなかったが心の中で一様にこう思っていた。


(マジでどっちでもいい)


松本「あれやな、これは逆に証明してしまったんじゃないですか、我々。」


浜田「そういうことになるな。結論、」


「「きのこたけのこの人気すごい」」


さあ、あなたはどっち派?

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