第3話 笑った

 危ないと思う前に体が動き翼で空を守った。


 岩が翼に当たり、地面へと落ちていく。翼の間から空を見ると小さな瞳が竜を見上げていた。青い毛の生えた小さな生き物。


 身を守る鱗や毛皮を持たない柔肌。細かい作業をするための小さな手。貧弱な体。身を包む空の布。


 竜は知っている。自分が守ったこの小さな命の種類がなんという名前を持っているのか。



 この小さな命の名前は人間。


 竜が何よりも大好きな人間、妻子を奪った人間。



「ぅ、あり、がとう?」



 小さな命の小さな声に竜は驚き飛び退く。


 距離を置いてから、竜はじっと空を見つめる。


 空は怯えるでも叫ぶでも武器を手に取るでもなくただじっと竜を見つめ返す。


 子供だ。多分子供だ。


 竜は目を輝かせた。


 自分に怯えない人間を初めて見た。


 それも小さな子供。


 いつも遠くから眺めていた小さな子供たちの一人がここに居る。


 竜は首をかしげる。どうして?


 人間は竜を恐れている。武器を持って打ち倒す理由の一つが恐ろしいからということがある。


 また、竜の中でも自分の体は人に恐れられやすい。鱗は鋭く硬い、金の角は威嚇するように強く生えている。


 そんな竜のいる山へ子供を送るだろうか。こんな力も無い、武器も持っていない可愛らしい子供を送ってくるのだろうか。


 ああ、この子供にやられてしまうのなら良いかもしれない。


 互いに見つめ合ったまま互いに首を傾げていた。


 竜の首をかしげた様子が面白かったのか、空が笑った。


 何が面白いのかは分からなかったが、竜も笑った。


 降り注ぐ天水の隙間から太陽の光が筋となって降り、岩窟の入口近くに座り込む竜の体を照らす。

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