第2話 今日のお仕事
夢心地だった。
浅い微睡みの中、幼い少女が自分の鼻先を撫でていた。比較的鱗が薄く、自分の体の中で人間の柔肌を傷つけない数少ない場所。
小さな手が触れている感覚は心地好いというよりもくすぐったく、竜は微睡みの中で小さく身じろいだ。
動けば少女の手は離れる。
竜が深い眠りに落ちようと無意識に息を吐き出すと少女は驚いたように声を上げた。
小さな子供の声。
目を開ければきっと夢は消え、冷たい岩窟の壁が視界に入ってくるだろう。
竜は見慣れたその光景が嫌いだった。
けれど微睡みの中聞こえた少女の声は竜を覚醒させてしまった。
目を強く閉じようとも暖かい微睡みはやって来ることはない。
大好きな人間の声で夢を消されてしまうのは何とも言えない。もちろん人間は悪くないのだが。
竜は微睡みから目覚めるべく、まず瞳を開けた。
薄暗闇。灰色の岩壁。
その隅に小さな空色が落ちていた。
地に落ちた空。竜は首を傾げた。空は上空にあるものだ。青い色も上空にあるもの。決して地に落ちては来ない。
まして最近は天水(あまみづ)が降り続いていて青色など見えもしない。おかげで外にも出れず起きては食べて寝るだけの暇な毎日。
竜は地に落ちた空へ鼻先を寄せた。
外で降り続く天水の匂いがする。
近くで見れば空色は人が作る『布』なのだと分かる。
毛と似ているが違う。竜は詳しいことを知らないが触れれば形を失うということは知っている。かつて自分を打倒しに来た人間が纏っていた布は触れただけで裂けた。
人が来ないこの場所にどうして人の物が落ちているのだろう。誰かが風に飛ばしてしまったのか。
天水が止んだら森の獣たちに頼んで人里近くに置いてきてもらおう。
空から顔を離し、竜は岩窟の中で精一杯体を伸ばした。
天水が降る日は視界も悪い。人里の近くで走り回る人間たちの姿も見えない。
また食事をしたらひと眠りしよう。
せめて今度は少女の姿をこの目に収める夢を見たい。
今日は、この飛んできた空を見ていよう。
竜は居住まいを直し金色の目で空色を見た。
もぞり。
空が立ち上がる。
竜が足を下げて警戒する中で空がパチリと瞬きをする。
驚いた竜は思わずその場から飛んで逃げようとし、岩窟に全力で背中からぶつかった。
崩れた岩が空に落ちる。
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