第18話 勇者
「……オルガ……許してもらえないかもしれないけど……本当にごめん……俺は、どうかしてた……。ナナリーに言われた事がみんな正しく聴こえて……どんどん馬鹿になって……お前にも酷い事言って…………」
「カルセドニー、弱音を吐くな! お前は勇者だろう⁉︎」
顔を離す。
カルセドニーは私の腕を掴んだまま。
……頼むから、そんな弱々しい事を言わないでくれ。
すぐクリス様が治してくれるから……だから!
「……俺は、もう勇者じゃない……。……剣が……聖剣が石に戻ったんだ……。ナナリーの正体に気が付いて、戦おうとしたら……」
「当たり前だよ。あのお姫様を見捨てた時点で君は『勇者の資質』を失った。あの聖剣は二度と君を選ばないだろうね〜」
「! そ、そんな……」
「……勇者が……聖剣に見放された? そ、そんな事あるのかね?」
「著しく勇者の『資質』を欠いた存在に堕ちればなくはないよ。あの女に骨抜きにされて、この勇者は勇者じゃなくなったんだ。聖剣は『勇者の資質』の強さで勇者を選ぶ。……確かに君は『勇者の資質』はあったんだろうね。……でも、それを貫く事は出来なかった」
「じゃあ、あの聖剣どうなるの? マティアスティーンは勇者を失った事になるわけ? ヤバイわよ、あの国……隣にシン帝国があるのよ⁉︎ 勇者がいなくなったと知られれば今度こそ……」
「だから!」
カルセドニーが私の腕を掴む……その力強さ。
私の知っているカルセドニーだ。
ボロボロに泣いて……転んでも、泣きながら起き上がる……。
でも……こいつはもう…………。
「お前が、マティアスティーンの……勇者に…………」
「そんな馬鹿な! マティアスティーンの聖剣が……勇者を選出した⁉︎」
この場所にマティアスティーンの民はカルセドニーとエリナ姫、そして私だけ。
エリナ姫をあの場所に放置して、カルセドニーから勇者の資格を奪えばマティアスティーンの聖剣は破壊されていたのだろう。
ナナリーの狙いはそれだったのかもしれない。
「………………」
非常に不本意そうにむくれた顔のクリス様。
私になら聖剣が抜ける、と言ってくれたのは貴方だろうに。
でも、今は貴方の助言に感謝します。
剣を構えて……アーノルス様たちの横に立つ。
「驚いたが……でも君なら納得だ」
「ありがとうございます、アーノルス様」
「さあ、どうするナナリー姫……いいや、コードブラック! 勇者が四人になったぞ!」
「……我が国を乱した罪、その命で償ってもらおう」
「くっ!」
得意の呪いはクリス様の『呪い無効』の結界で使えなくなった。
斬りかかるヴィートリッヒ様。
それに続くのはリガル様とトール様、そしてアーノルス様だ。
魔物としての姿になったナナリーは素早く壁際へと避けるが……。
「え⁉︎」
「烈翔剣!」
「きゃ、きゃああ!」
地面から衝撃を築き上げる技。
『瞬歩』で真横へ接近して、スキルを放つ。
いつもより威力が出ている。
これが聖剣。
「や、やめてオルガ! あたしよ! ナナリーよ! お願い助けて! コードブラックに体を乗っ取られて……」
「……戯言を」
「クソ!」
ヴィートリッヒ様が一瞬たじろいだ私とナナリーの間に割って入り、スキル技らしきものを放った。
すぐに表情を魔物のものへ変えたナナリーは、避けながら炎の魔法を放つ。
火炎玉が無数に飛んでくる。
詠唱もなしに!
「ぬるいな!」
火炎玉をどんどん切り裂くトール様。
せ、聖剣は魔法を引き裂く事も出来るのか……⁉︎
すごい、こんな使い方、カルセドニーには出来なかったぞ!
「ハハ! 喰らえ!」
だが、その隙にナナリーはより上級の魔法を練っていた。
私の知るナナリーではあんな上級の魔法は使えなかった!
……まさか、と思って鑑定眼を使う。
【コードブラック】レベル200。
属性『闇』『火』。
「……レベル200……⁉︎」
「んだとぉ!」
「鑑定眼で視たのですね!」
「は、はい」
シャール王子と怪我をしたカルセドニーを階段の辺りまで避難させて来たディロ様とガロウ様も戦闘に加わる。
その隙に鑑定眼で見た情報。
いつもならもう少し情報が出るはずなのだが、名前とレベル、そして属性しか出ない。
これは彼女が四災であり、私よりもレベルが高いから……。
「レベル200って、アーノルス様より強ぇじゃねぇか……!」
表情を険しくするディロ様。
勇者の聖剣には下級の魔法を無効化する力があるらしく、小さな火の玉程度なら全員切り裂いていく。
だがその小さな火球に気を取られていると、合間に巨大な火炎の渦の魔法が襲ってくる。
避けながら、左右に回り込み攻撃を続けた。
だが、やはりダメージが少ない!
不思議なヴェールのようなものがナナリー……いや、コードブラックの体を覆っており、ダメージを半減……いや、減少させているように見える。
「みんな、下がって! レッドサイクローン!」
「あーっはっはっはっ! なによこの生ぬるい風は! 弱い弱い! 虫けらどもめ!」
「っ!」
リリス様の魔法も、数の力もものともしない。
これが四災!
これがコードブラック!
……ナナリー……本当に……もう君はこの世にいないのか……。
「はあ!」
「……あらやだ……今気付いたわ、オルガ! なによ、髪なんか編んじゃって……!」
「!」
「ブスのくせに化粧までしてる! あーっはっはっはっ! 無駄な抵抗ね! ブスはどんなに努力したって一生ブス‼︎ どうせブスならもっと醜い顔で攻めて来なさいよ! ブーゥッス!」
……ブス。
そんなの、分かってる。
そんなのは、私が、誰よりも!
くそ、こんなつまらない言葉で心乱されるなんて……!
しっかりしろ、私はカルセドニーの聖剣を使っているんだぞ!
ここでコードブラックを倒し、カルセドニーの名誉を回復する!
剣を持ち直す。
私は負けない。
たとえレベル差が100以上あっても――。
「は? お前今うちのオルガをブスって言った……?」
「…………」
ゾ、ゾワっとした。
あまりに低い声に、後ろを振り返るのも怖い!
だがそこは勇者か。
恐る恐る戦いを止め、アーノルス様とトール様が振り返って青ざめた。
さ、さすが勇者!
私にはとても恐ろしくて振り返れない!
「は? うちの? ……フン、人間にしては綺麗な部類だけど、あたしの美しさに比べればまだまだね! ……黒い髪なんてカラスみたい! 趣味悪〜い!」
「…………へえ?」
「‼︎」
ナ、ナ、ナ、ナナリー……‼︎
馬鹿な! クリス様に……美しさに関して喧嘩を売った、だとぉ⁉︎
「ふ〜〜ん、ふぅうぅぅん? オルガの元仲間だから? ボクは手を出すの控えようかな〜って思ったけど〜……そう〜。そんな事言われたらもう手加減とかしなくてもいいって事かな〜? つ〜か〜……お前の方がよっぽどドブスだから! ボクの方が美人だから!」
「はあ⁉︎」
あ、ああああああ〜〜……。
「なにそのダッサイ茶髪ツインテール! 茶髪ツインテールとか時代遅れなんだけど⁉︎ しかもロング! ガキか⁉︎ その髪型が許されるの外見年齢十五歳までだから!」
「あ、あたしは十五歳よ!」
「外、見、年、齢! 十五歳! ま、で! お前アウト! あとなにその下品な露出! まだリリスの方が弁えてるから! 露出が許されるのは程よいチラリズムを理解してる奴だけだから! お前のはアウト! ただの下品な露出狂! ハイ、残念〜!」
「っ! この……少し褒めてやれば調子に乗って……! 誰がブスですって⁉︎ このブス!」
「顔面偏差値で言ったらボクの方が遥かに数値高いです〜っだ! なんなら測ってみる〜⁉︎ ボクが勝つけどね! そもそもメイク云々で言ったらお前の方が全然なってないし! なにそのファンデの色! ムラはあるし塗りかた雑だしパウダー残ってるし初心者か! 口紅の色とか無駄に派手で下品さ五割増し! え? なに? お肌にラメかオイルでも塗ってるの? テカってますけど? 油分多すぎてウケる〜」
「わざとテカらしてんのよ! 男はコレで妄想すんでしょ! 色々!」
「はあ? お前なんかで妄想する男なんてあの勇者だけでしょ〜? 男の理想と女の思ってる男の理想は別物だから〜。いるよね~、そういう残念女子〜」
「ぐ、ぬっ!」
…………ク、クリス様が口でも強い……。
「
「なにその勝ち誇った顔からの『ど貧乳』マジウケるんですけど〜。あるわけないじゃん、ボクは男だよ〜」
「な!」
「な⁉」
「なんだってええぇ!」
「ディロ様⁉︎ ガロウ様⁉︎ し、知らなかったんですか⁉︎」
てっきり知っているものだとばかり⁉︎
「男⁉︎ は、はぁ! 男がなに女みたいな格好してるのよ! バッカじゃないの! 変態!」
「は〜い、時代遅れはこれだから困るんです〜。ボクはボクという新ジャンルなの〜。お前みたいにとりあえず男が好きなのこれだろう〜、みたいなのの盛り合わせと一緒にしないでくれるぅ〜? 考え方が原始人に火を与えた時代なんだけど〜」
「っ! 生意気なのよ! 人間風情が!」
「………………」
「!」
こ、これまでにない巨大な魔法陣!
リリス様でさえ「危ない!」と叫ぶ。
しかし、ナナリーの魔法はいつまでも発動せず、魔法陣が消える。
な、なに? なぜ⁉︎
「な、なに⁉︎」
「ロックサイレント」
「――――!」
部屋中に蜘蛛の巣のような光の線。
それに捕らわれたナナリー。
これは……クリス様の固有スキル技、か?
「な、なんだこれは!」
「うふふふふ〜。使うのに少し時間はかかるんだけど〜、持続タイプの強制魔法キャンセラー。言っておくけどそこから逃げられても魔法は使えないよ〜。この魔法はボクみたいにねちっこいから、魔法を使おうとすればするほど持続時間が伸びるの〜。ボクの固有スキル……『
「……!」
……あの無駄にしか思えなかった口喧嘩はこの魔法の為だったのか。
いつも詠唱も魔法陣も省略するクリス様が時間稼ぎしてまで発動させた……固有スキル技!
魔法を使おうとすればする程、効果時間が持続する魔法強制終了の魔法……。
「ク、クリスちゃん、あんたなんて魔法使いにとって致命的に恐ろしい固有スキル技持ってんのよ……」
「え〜、アレクの固有スキルより全然マシなんだけど〜。アレクの固有スキルは悪質なんだから〜」
「それってさっき外で使ったやつ?」
「あれはボクの国では割と使える奴いるよ〜。うちの魔法騎士隊長とか、兄様たちとか〜……」
「この件が終わったらクリスちゃんの国に連れてってくんない?」
「え、ヤダ」
「無視してんじゃないわよ! 魔法が封じられたからって、アンタたちが有利になったワケじゃあないのよ!」
蜘蛛の巣のような光が消える。
しかし、効果は持続しているのだろう、ナナリーは魔法を使おうとしない。
持っていた杖を大きな鎌へ変え、近接戦闘へと切り替えてきた。
「うっさい雑魚! うちの可愛いオルガをブス扱いしたドブス! 報いを受けるがいい! お前ら! 明日筋肉痛になる覚悟はあるか⁉︎」
……え?
一瞬止まる我々に、しかし真顔のクリス様。
明日筋肉痛……?
え、ええと……よく分からないが……。
「は、はい!」
「よく言った! それでこそうちのオルガ!
「!」
全身強化魔法。
聖剣の力でより動き易くなっている今なら……!
「
「ん⁉︎」
「
「ちょ、ちょっと……」
リリス様ですら狼狽える、私への強化。
こんなに強化魔法をお持ちだったのかあの人。
体が、どんどん……!
「さ、させるか!」
「……リミッターブレイク! やっちゃえオルガ!」
「はい!」
さすがになにかヤバイと感じたナナリーが大鎌を振り上げて、クリス様を狙う。
しかし、その前に私の体から枷が外れた。
『瞬歩』で壁、天井を経由してナナリーの体を踏み付ける。
やっと捕らえた……!
「ぐっはぁ!」
鑑定眼!
……やはり、ナナリー……いや、コードブラックの体力が減った!
やっとまともなダメージが与えられた!
「クリス君! 我々も!」
「頼む!」
「俺も! 俺も!」
「…………」
「あっは♪ いいよ〜! お前ら全員明日筋肉痛だからね〜!」
「く、くそぅ! ふざけるなぁ!」
腕を振り上げるコードブラック。
レベルが70の私でこれなら、レベルが100近いトール様やヴィートリッヒ様、レベル150のアーノルス様は……。
さすがに状況を理解したのか、慌て出したな。
「……貴様! 殺してやる!」
「お前の相手は私だ!」
強化しているクリス様を倒せば解除されるとでも思ったのだろう。
だが、その前に!
「鶴突剣!」
「うっぐ!」
突き技、鶴突剣。
威力がいつもの段違いだ。
その分、体がミシミシと音を立てているように痛む。
技を放っただけで……体が痛む事なんて初めてだ。
「あ、忘れてた! 自動回復!」
技を放って受けたダメージが回復する。
クリス様、こうなる事を分かっていて……、……分かった上でお忘れか……。
いや、まあ、いいけど。
「冗談じゃ、ないわ……勇者なんて、勇者なんて!」
鶴突剣がなかなかに大ダメージを与えた。
クリティカル率があがっているからだろう。
翼で宙へ浮かぶナナリーは、叫ぶ。
「あたしが連れ去られる時も! お父様とお母様が殺された時も……助けに来なかったくせに‼︎」
「…………!」
「殺す! 殺してやるわ! 勇者ぁぁぁあ!」
大鎌が振り下ろされる。
しまった、反応が遅れた……!
――――ナナリー……姫。
「!」
私とナナリーの間にヴィートリッヒ様が飛び込み、聖剣で大鎌を受け止める。
その間に退がるが、迷惑をかけてしまった。
「……惑わされるな、新たな勇者。これは魔物だ」
「…………!」
低い、怒りを含んだ声。
……そうだ、ナナリー姫はもう人をやめてしまった。
魔物に身を堕として、この国をめちゃくちゃにしたのだ。
カルセドニーから勇者の資質を奪い、エリナ姫を衰弱死させようとした。
許してなどやれぬ。
もう、彼女は…………。
「待たせた!」
「一気に畳みかけるぞ!」
強化の終わったトール様とアーノルス様が前線に戻ってくる。
そうだ、もう彼女は魔物。
コードブラックの名を持つ四災の一人。
倒さなければならない。
……倒さないと。
「……………………」
重い。
聖剣はこんなに重かっただろうか?
さっきまで羽根のように軽く感じた聖剣が、今はとてつもなく重い。
私がナナリーを殺すのを躊躇っているから?
だから……。
「オルガ!」
私を呼ぶ声にハッとする。
またぼうっとしてしまった!
避けようとした時には遅く、鎌が振り下ろされる。
憎しみに染まった表情は、長く旅してきた仲間だというのに見た事がない。
全てがスローモーションで流れるように映った。
ゆっくりと…………。
「……………………」
「……ナナリー……」
私の見間違いなのかもしれない。
けれど、彼女の細まった瞳に全ての願いが詰まっているように……私の目には映ったのだ。
握り締めた聖剣の柄を、手首を回して持ち上げる。
彼女はまだ十五歳の少女だったのだ。
親を殺され、魔王に攫われ、他に選択肢もなく……救ってくれなかった全てを恨んでも無理はない。
だが、それが人を傷付けていい理由には決してならないのだ。
願わくば聖剣よ。
マティアスティーンに与えられし聖なる剣よ。
悪しき色に染まったこの魂に安らぎと救済を――!
「ナナリー!」
「――――!」
「烈翔剣‼︎」
地より振り上げた衝撃を飛ばすスキル技、烈翔剣。
天井にまで届く……いや、天井すら貫く衝撃波に……若干「クリス様の強化しすぎではないでしょうか」と感じないでもなかったが……。
それほどの威力でなければ、魔力で体を覆いダメージを減少させていたナナリーを切り裂く事は出来なかっただろう。
光り輝く聖剣が浅黒い肌を斬るその感触を、私は忘れる事はない。
この先どれほど多くの魔物を屠ろうとも。
「…………あーあ……だから、アンタを……一番最初に……追い出したのよ……」
なぜか満足そうに微笑み、消えていくナナリー。
……パーティー離脱時の事を言っているんだろうか?
ああ、そうだったな。
エリナ姫がお部屋でお休みになった後にナナリーから呼び出されて、カルセドニーと一緒に「女子らしくない」と言い、私を嗤った。
装備も全部置いていくように言われて、そのまま夜の町に放置されて……。
「……君の作ってくれたシチュー、私は好きだったよ」
光になって消えていく。
人間から魔物に身を堕とした者は、遺体も残らないと聞く。
しかしこの光が……聖剣の力は魔物に身を堕とした人間の魂は救い出すとも言われている。
本当かどうかは分からない。
近しい人を魔物にされた誰かが、この光にそういう思いを抱いただけかもしれない。
そう思わせる程に……ナナリーが消えていく光は綺麗だ。
だが出来れば私もそうであればと思う。
人だった彼女を私は助けてやる事が出来なかったから…………だから、せめて……。
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