第19話 新たな旅立ち



「わー、地獄絵図ー」


 と、アレク様がおっしゃるのも無理ない光景がステンドの城の前にある広場で行われていた。

 本来は王族を見上げる為に民が集まる広場だが、今、そこにはマティアスティーンの元勇者が磔にされている。

 そう、カルセドニーが、だ。

 そしてカルセドニーは上半身裸にされて……。


「ひゃひゃひゃひゃ! いひゃあははあははぁ! ひぃ! ひっ、ゃ、やめ、やめて、ゆる、許してくださ、ひめええええぇ!」

「あら、わたくしはまだ許せませんわ。さあ、お泣きなさいカルセドニー。お前の罪はこの程度では許されないのです! おほほほほほほほほ!」

「ほらほらほらほら! どうしたのもっと笑い転げなさいな! おーっほっほっほっほっほっ!」

「エリナ姫、リリス様、そ、そのくらいに……! カルセドニーが呼吸困難で死んでしまいます!」

「まぁ、まだダメよオルガ。いえ、勇者オルガ。真の勇者である貴女を蔑ろにし、四災コードブラックに誑かされてわたくしを見殺しにしようとした罪は打ち首にされても文句言えませんのよ」

「そ、それはそうなのですが……」

「神経強化!」

「クリス様⁉︎ も、もう許してあげてください⁉︎」

「え〜、この程度で許すとかオルガ甘すぎぃ〜。もっとやってやらないと贖罪を望んだこの元! 勇者が可哀想だよ〜?」

「そうよ、むしろオルガがやらなきゃ完璧な贖罪にはならないわよ? ホラ」

「やりません!」


 ……クリス様の『神経強化』という魔法で全身の神経を強化され、羽ペンでめちゃくちゃに擽られ続けている。

 エリナ姫とリリス様に。

 さ、最初聞いた時はこんなに酷い罰だなんて思いもよらなかった!

 もう許してあげて欲しい!

 このままではカルセドニーが笑い死んでしまう!


「ひ、ひっ、ひぃ、い、いいんだ、オルガ、や、やってくれ……お、俺は……本来ならさっき死んで……ひゃひゃひゃひゃ‼︎」

「ほら、カルセドニーもこう言っている事ですし」

「やりません! エリナ姫、楽しんでおられませんか‼︎」

「楽しいですわ。擽りの拷問はこうも面白おかしいものでしたのね」

「せ、聖女様とあろうお方が〜っ!」

「ほほほほほほほほ」

「………………状況聞いていいー?」

「うん」


 おろおろと、見た事もないくらいはっちゃけるエリナ姫を止める私の横でアレク様がアーノルス様と状況の整理を始める。

 わ、私も参加したい。

 けどその前にカルセドニーを助けてやらなければ!

 ほ、本当に死んでしまうぅ〜!

 せっかく助かったのに……!

 ああぁ、カルセドニー〜っ!


「まず、町の中の魔物は殲滅しておいた。町中の状況は、やはり魔物に襲われた時にかなり荒らされたらしく損傷箇所は多い。ステンドに住んでいた人たちが戻ってきてもすぐに以前と同じ生活は難しいだろうね」

「……その辺りは民が戻れば修繕は可能だろう。……貴殿がアレク殿か……俺はメディレディア勇者、ヴィートリッヒ。……助力を感謝しよう」

「はーい初めましてー。怪我人は?」

「クリス君とうちのローグス、リリスのおかげで皆全快かな。動ける者には城の中を詳しく調べてもらっているよ。コードブラックがなにか残しているかもしれないからね……。それと、町から出た王と妃の捜索だが、それもヴィートリッヒの方でなんとかするそうだ」

「そう。……ま、あんまり他所の勇者や小銭目当ての冒険者は使いたくないもんねー」

「……ステンドが奪還されたと噂が流れれば、陛下たちもお戻りになるはずだ」

「じゃあ、食糧」

「……金は支払おう」

「ン、じゃあそうしようか。でもしばらくは周辺の警戒と食糧用の魔物討伐含めて奪還戦に参加してくれた冒険者たちは使ってよ。どーせ支払うならそっちの方がいいと思うなー。城に籠ってた兵士達だけじゃ、町の規模的に色々足りないと思うしねー」

「……そう、だな……。……その辺りは殿下とも話しておこう」

「それと、行商人のお兄さんが同行してくれたから、あの人に入り用のものがあれば頼めばいいよ。すぐは無理かもだけど、手配はしてくれるんじゃない?」

「そうだな、それがいいだろう。ステヴァン君!」

「は、はい⁉︎」


 ……話がどんどんまとまっていく気配……!

 しかしエリナ姫もリリス様もカルセドニーを擽るのをやめる気配はない。

 どんどん外を担当していた冒険者たちも「なんだ? なんだ?」と集まってきて、完全に公開拷問ではないか!

 あああ、カルセドニー……!

 お前を助けられない無力な私を許してくれ……!


「……全く……そのくらいにするのだよ!」

「なによローグス、こいつは一国の姫を見殺しにしかけたのよ?」

「ローグス様〜っ!」


 良かった!

 ローグス様ならお二人……いや、クリス様も含めて三人を止められるかもしれない……!


「君たちがそんなに楽しそうに虐めていてはオルガが彼を殴れんのだよ」

「ローグス様〜⁉︎」


 助けてくれるんじゃないんですか⁉︎


「た、確かに……! 明日筋肉痛確実なんだから殴るなら今のうちだよ! オルガ!」

「磔にされて死にかけている幼馴染を殴れませんよ⁉︎」

「じゃあ下ろしてやろう。リリス、そっちを抱えておくのだよ」

「りょーかーい」

「味方じゃなかったんですかローグス様⁉︎」

「クリスさん、オルガに筋力アップの強化魔法をして差し上げてくださいませ! 全力ですよ! オルガ! 全力でやるのですわ!」

「頬骨陥没するくらいの一発をやってやるんだよ! オルガ! 筋力強化!」

「だから殴りませんよ!」


 なんか私がカルセドニーを一発殴る流れになっている⁉︎

 やらないって言ってるのに⁉︎

 クリス様は本当に筋力強化の魔法を私に付加するし、ローグス様とリリス様は磔にされていたカルセドニーを解放して左右で抱えてるし……。


「オルガが一発殴ったら擽りの刑は終わらせますわ」

「な!」


 なんという条件!

 私が本気で殴ったらカルセドニーにとどめを刺す事になる!

 エリナ姫……それでも聖女の称号をお持ちの姫君ですか⁉︎

 やってる事がリリス様より魔女です⁉︎


「……ふ、ふぐ……くっ、や、やってくれ、オルガ……」

「カ、カルセドニー!」

「ナナリー……いや、コードブラックに誑かされてマティアスティーンの姫と聖剣を危険に晒した俺を殴ってくれ!」


 ざわ……。

 見学に来ていた冒険者たちが顔を見合わせてカルセドニーの言葉に「どういう事だ?」「何かあったのか?」と囁き始める。

 ま、まずい……それでなくともカルセドニーは底辺勇者だの最弱勇者だの良い噂が一つもないのに……!


「……勇者オルガ、君がやらぬならメディレディアの勇者として自分がこの愚か者を断罪する」

「勇者?」


 うわああああぁぁ……!

 ヴィートリッヒ様ぁぁぁ!

 どうしてこのタイミングでえぇ⁉︎

 またも冒険者たちが騒付く。

 先程よりも動揺の声は大きく、説明を求めるような眼差しがこちらへ集中してくる!


「そうだな、元! 勇者カルセドニーの断罪はマティアスティーンの新たなる勇者となった君の役目だと私も思う!」

「アーノルス様⁉︎」

「大丈夫大丈夫、半殺しにしてもクリスが治してくれるよー! 多分!」

「多分!」


 多分はまずいですアレク様!

 私が全力で……しかも筋力強化の魔法付加で殴ったら本当に半殺しにしてしまいます!


「いいから。ここで彼を断罪しておかないと、彼はずっと罪を追及され続けるよ。お国にも居場所がなくなるかもしれない」

「!」


 アレク様が小声でそう、教えてくれる。

 ……これはカルセドニーの今後に必要な事……?

 私が嫌だと拒んでカルセドニーをしっかりぶん殴っておかないと、故郷に帰ったあと、カルセドニーは……。

 確かに……我が国の姫を見殺しにしかけて、コードブラックの誘惑に負けて聖剣から見放された男が故郷に帰ったところでなにを言われるか。

 それでなくとも私たちの故郷はど田舎。

 あんな閉鎖空間で一生後ろ指を指され続ける事になるのなら……今、私の手で……。


「くっ……分かりました……! カルセドニー、歯を食いしばれ。お前がこれまで行って来た悪業の数々……。勇者でありながら美しい女人にもれなく鼻の下を伸ばし、嫌いな野菜を私の皿に放り込み、各町で夜な夜な豪遊して回り、商人や町の人々への無駄に尊大な態度を取り、嫌がる女性を酒の席に呼んでベタベタ触りまくり、昼まで寝てレベル上げをサボり、姫がいるにも関わらず立ちションを行い、お尻を掻き、人目も憚らずナナリーのお尻を触るなどの暴挙を繰り返し、コードブラックの誘惑に負けに負け続けてついに勇者ですらなくなり、果ては姫様の身まで危険に晒すというマティアスティーンの民としても男としても、人としても終わっている貴様を私の拳で粛清する!」

「……結構溜まってたねー、オルガ……」

「よ、よく我慢するつもりでいたね〜……?」


 場の空気が「それじゃあオルガ様に殴られても仕方ないな」やら「え、そんな事してたの?」やら「男として最低じゃないか」という感じになる。

 そしてついに「やっちまえオルガ様ー」という声が上がり始めた。

 心なしか顔が青ざめるカルセドニー。


「お、間に合った間に合った」

「城の調査は終わりましたよ、アーノルスさん!」

「ありがとうトール、ディロ、ガロウ」

「どういう状況ですか、これ」

「勇者オルガによる元勇者カルセドニーをぶん殴って断罪する直前!」

「なんで笑顔なんですかリガルさん……?」


 勇者も揃った。

 指を鳴らしつつ、一歩一歩カルセドニーに近付く。


「ヒッ、う……」

「さぁ、やっちゃいなさいオルガ! ガツっと!」

「リリス、我輩ふと思ったのだが……」

「ん? なによ、ローグス」

「確かオルガは職業『闘士』のスキルも持っていなかったかね……? 男一人を二人がかりで抱えている我々『魔法使い』系の腕力でオルガの拳の勢いに巻き込まれでもしたら……」

「……は、離しましょう。こいつだけ吹っ飛べばいいのよ」

「なのだな」

「…………」


「鉄槌流星拳……!」


「ちょおぉ⁉︎ それ秘技ス……」

「「え」」


 ぎゃー!

 と、私が殴って吹っ飛ぶカルセドニー。

 三メートルくらい吹っ飛んだか?

 そしてカルセドニーの吹っ飛んだ先にいた冒険者が悲鳴を上げて、その声にハッとする。

 し、しまった!

 本当に微塵も情け容赦なく本気で殴ってしまった!

 当時よりもレベルが上がった私の……その上クリス様に腕力強化された状態で!


「す、すまないカルセドニー! 生きているか⁉︎」

「は、はわわわわわ」

「……」

「リリス様、ローグス様も大丈夫ですか⁉︎」


 お二人が腰を抜かして倒れておられる⁉︎


「……か、可憐だ……!」

「……可憐だ……」

「アーノルス様、ヴィートリッヒ様、俺馬鹿だけど多分その単語はそういう使い方じゃないと思います!」

「あれは今度こそ死んだかなー……?」

「お、思っていた以上の容赦のなさ〜……。……は、半分くらい治してやってくる〜……」

「全快じゃないんだ」


 吹っ飛んだカルセドニーに駆け寄る。

 う、あわああぁ……、が、顔面が平らになってる……⁉︎

 し、死んだ⁉︎


「しっかりしろ~~~⁉ カルセドニー!」


 ……この事が原因かどうかは分からないが、直後から冒険者全員にやや怯えながら「オルガ様」と呼ばれるようになった。



 ***



「で、今後どうするんだい?」


 その夜。

 お城の客間の一つをお借りして、食事を食べている時アーノルス様がそう聞いてきた。

 今後か……。


「オルガは勇者になったのですから、魔王討伐に向かわねばなりませんわ」

「そ、そうですよね……」

「しかし、お父様……いえ、陛下にご報告が先でしょうか……? 勇者が変わるなど初めてですから……」

「そ、そうですよね……」


 エリナ姫は相変わらずテーブルマナーが完璧で、一緒に食事をすると緊張してしまう。

 ……マティアスティーンの国王陛下へのご報告か……。

 それに、そうなるとアレク様とクリス様の旅にご一緒するのは難しくなる、よな?

 お二人は見聞の旅を行っておられるのだから……。


「確かに国王への報告は必要だろうね。マティアスティーンはかなり遠いが、手紙で報告するには些か事が重大であろう。周辺諸国へ周知、牽制の意味も込めてそうした方がいいだろう」


 と、ローグス様が仰る。

 だよな……。


「あら、別に陸路で行く必要はないんじゃない? 確かステンドから西南大陸の近くの町に小さいけど港町があったじゃない? あそこから海路でマスキレア王うちの国の港『サカザス』を経由して東北大陸の『ダイ』…………あ、ちょうどマティアスティーン王国にも港町『ニコ』って場所があるじゃなーい?」

「ニコですか……確かに陸路よりは……。ですが私も姫様も船は乗った事がありません。あ、あの、それよりも……」


 確かに今後の進路も大切だが、もっと重大な事がある。

 ステンドの町の外で狩って来たというドラゴンの肉を食べるアレク様とクリス様。

 お二人は……どう考えているんだろう。

 私は、出来ればお二人にもっと色々な事を教わりたい。


「あの、アレク様、クリス様……私は一度故郷へ戻り、陛下にご挨拶をしたいと思っております。お二人は……これからどうされますか……?」

「そ〜だねぇ〜。どうするアレク〜? オルガはクビ?」


 クビ⁉︎

 あ、従者を?

 ……一瞬びっくりしてしまう……。


「……マティアスティーン? に帰るなら別に当初の目的通りなんじゃないの?」

「…………。……それもそうですね……?」


 初めて会った時に、私はお二人に「故郷へ帰る旅」と言っていた。

 逆方向に来てしまったが、それは止むに止まれずというか……。

 あ、そうか……そう考えると別に当初の目的通りなのか……?


「まあ海路になったのは少し意外だけどー……。海路があるならなんで陸路で帰ろうと思ったの? オルガー」

「船は運賃が高いんです……。普通とても乗れません」

「え〜、ボク楽しみ〜! 船乗りたい船乗りたい! アルバニスじゃ絶対乗れないもんね〜!」

「え? そうなんですか?」

「海が近くにありませんの?」


 内陸の奥にある国なのかな?

 と、思った私とエリナ姫。


「ううん。大きい町は転移陣があるから船や荷馬車なんかの交通手段は必要ないの。転移魔法が使える人間なら転移陣に頼る必要もないしねー」

「漁師もシードラゴンに乗る人が多いしね〜。船なんて個人の所有物くらいしか残ってないんじゃないかな〜? 博物館で見た事はあるけど〜」

「…………」


 転移……え?

 船や馬車が、な、ない?


「……ねぇ、いい加減ハッキリさせない? クリスちゃんとアレクちゃんの国ってどこ? アルバニス? 聞いた事ないんだけど」


 リリス様の真顔の質問。

 それに、アーノルス様もトール様も深く頷く。

 さ、さすがにそろそろごまかすのは辛いような……。


「確かに、小国の中にも聞いた事のない名なのだよ」

「そりゃそうでしょ。ボクらの国はこの世界にないもん」

「へ?」


 ……ナチュラルにバラした⁉︎

 アレク様が頭を抱えてますよ、クリス様⁉︎


「クリス……」

「え? なんで? もういいじゃん、隠すの面倒くさいし〜。リリスたちなら平気だよ〜」

「そうかもしれないけど……、この世界は僕らの世界より文明レベルが低い。修行先にあまり干渉しすぎて歴史に影響を及ぼすのはやめておけって言われたじゃないかー……」

「え〜、コードなんとかっていうのを一体やっつけちゃったアレクがそれを言う〜? 今更すぎなんだけど〜」

「それなら別に心配ないよ。名前をコードとして与えているなら今回倒したコードなんとかっていう奴はいずれ新たに復活してくると思うから。とにかく、オルガの故郷までは一緒に行ってあげる。でも陸路がいいな。見聞の旅って事で修行に来ているんだもん。海路も興味深いから、それなら金髪勇者の国までは海路でそこからは陸路。どうかな? オルガ」

「え、あ、は、はい、そうですね……」

「ああ、我が国は歓迎するが…………、……アレク君、コードブラックが復活するとはどういう事だ?」


 そうだ、そちらも聞き捨てならない。

 コードブラックが、いずれ新たに復活する……?


「この世界に現れた魔王はランクが低い。多分一番下のランクの奴。そういう奴らは部下を現地調達したりするんだ。オルガたちが今回戦ったのは、魔王にとられた国のお姫様だったんでしょう? ……まぁ、つまりそうやってこの世界の人間の中で、魔王の魔力を流し込んでも大丈夫そうな奴を『四災』にしているんだよ。倒したところでいずれ魔王がまた“作り出す”。だから無駄かなーって」

「…………、…………で、では、魔王を倒さなければ『四災』は生み出され続ける……と?」

「な、なんという事だ……」


 ……フォークを置くトール様。

 俯くアーノルス様。

 それで“新たに”復活する、のか……。

 ……ナナリーのように、魔王によって四災にされてしまう人間が……?

 そんな……!


「……アレク、この世界に現れた魔王はランクが低いと言ったな? 上のランクの魔王はもっと強い、と?」

「うん。魔王にもランクがあるって習った。一番強いのは魔祖と呼ばれている魔王族の始祖たち。『獣』『虫』『魚』『鳥』『竜』『人』『有機物』『無機物』『魂』『空間』『時間』……だったかな? 他にもまだいるけど有名どころはこいつらだね。そこから枝分かれした小物の魔王の一体が、この世界に来ている魔王」


 ……そ、そんなに魔王が?

 それも、ランクがある……だと?

 質問したローグス様も愕然となる。

 そんな中でも、リガル様とクリス様の食はお進みだ。

 す、すごすぎる……。


「……なんで魔王は僕たちの世界を襲って来たんだ?」


 トール様が皆が思っていた疑問を口にする。

 ……アレク様……。


「…………。君たちこの世界の人間が、悪さするからじゃなーい?」

「……悪さだと? 我々は普通に暮らしていただけだぞ!」

「トール、落ち着け。……アレク君、君は何者なんだ? ……ちゃんと教えてくれ」


 アーノルス様がしっかりとアレク様と向き合う。

 ……そうだ、クリス様の言う通り、アーノルス様たちとトール様たちならきっとアレク様たちが異世界から来たと言う事も受け入れてくれる。

 エリナ姫も……。


「そだねー、まあ、クリスがバラしちゃったからもういいかー。……僕らは『リーネ・エルドラド』という世界から修行に来たのー。僕らの親は厳しくってねー……『力を持ち、民を導く王家に生まれた以上、普通よりも広い視野と深い考えを持つようにならねばならん』とか言って着の身着のまま異世界で勉強してこいって言うんだー」

「……異世界……? ……では、君たちも魔王のように異世界から……?」

「え〜、低ランク魔王と一緒にしないでくれるぅ〜? ボクらは幻獣ケルベロス族第14子『椿』とバルニアン大陸を平定したアルバート・アルバニスの子どもなんだから〜! 憤慨〜」

「そんな事言っても異世界の人には分かんないよ……クリス……」


 た、確かによく分からないが、大陸を一つ平定しているのは十分すごい!

 そんなにすごい王家の王子殿下だったのか⁉︎


「修行……? お二人はそんなに強いのになにを学ぶと……?」


 やや前のめりでガロウ様がアレク様へ問う……が、今言っていた通り……。


「見聞を広めてー、考え方を深めるのが目的ー……かなー。アルバニス王国の中だと僕らはどうしても王子だからー……いろんな世界を見て、その世界の事情を知って、どうしていくべきか考えろって。経験と体験が一番の勉強だってー」

「なるほど……、……ですが、そんなわざわざ異世界に来てまで……。い、いや、そもそも、異世界というものすら、我々は魔王が現れるまで知らなかったのに……」

「そうよ。……それに、いろんな世界を見て旅して学ぶって……あんたらの親、いくら王様とはいえちょっと考え方おかしくない?」

「んー、でもそういう仕来しきたりがあるからねー。……とは言え、あまり干渉し過ぎて逆に混乱させても良くないから話すつもりはなかったんだよねー……」

「確かに、吹聴して回る必要はない事柄ではあるがね……」

「まあ、アレクがそう言うから他の奴らには内緒ね〜?」

「ああ、分かったよ」


 アーノルス様とトール様、リガル様は笑顔で頷くが……リリス様とローグス様、ガロウ様は思案顔だ。

 エリナ姫は話についてこれないといったお顔だし、ディロ様は無表情でなにを考えているのかわからないな。


「だが、出来ればアレク君たちには魔王討伐に協力をして欲し良いな。いや、もちろん勇者オルガの同行者パーティーとしてで構わない」

「オルガが構わないなら、それでもいいけどねー……」

「え! 良いんですか⁉︎」


 てっきり嫌がられるのかと思いました!


「でも、答えは出すべきだからー。でなければ創世神は今の魔王を倒しても別な魔王を喚ぶだろうからねー……。創世神に対して、魔王を通し、この世界の人類は答えを出さなければならないよー?」

「……あ……、…………」


 世界樹が魔王に助けを求める程に、人間が世界を荒らすから……。

 それに対する人類の答え……。

 だが、私などが……そんな大それた答えを出せるのだろうか……?


「ねえ、ちょっとおかしくない?」

「なにがだ? リリス」

「だからね、アーノルス! 勇者に聖剣を与えたのも創世神ってヤツなんでしょ? 魔王を喚んだのも創世神? 同じ神様って事? どういう事なのよって思わない?」

「その辺も考えなよー。クリスも教えたらダメだからねー?」

「オルガには教えてたのに〜?」

「あの時はオルガが勇者になるなんて思わなかったんだもんー。……まあ、教えたところで答えは出てないみたいだしー?」

「…………」

「……そうだね〜……」


 国々の争いは我がマティアスティーンにとっても重大な問題。

 隣国は大国の一つ、シン帝国。

 シン帝国は武力でもって他の国を吸収し、東北の大陸の八割を支配している。

 マティアスティーンは婚姻という名の人質を差し出して支配を逃れているに過ぎない。

 実質的には従属国家と成り果てていると言っても良いだろう。

 更に言うなら帝国が我が国とヤン国を見逃しているのはカルセドニーと、ヤン国に勇者アスカが選定されたからだ。

 シン帝国にも聖剣はあるが、未だ勇者は現れていない。

 その事が帝国への牽制になっている、らしい……政治はよく分からないが、そういう噂を聞いた。


「オルガは理由を知ってるの? ねぇ、オルガ!」

「…………」


 今回私が陛下にご挨拶に向かうのも……カルセドニーが勇者ではなくなっても、私が新たにマティアスティーンの勇者になった事を帝国に知らせる意味もあるのだろう。

 そのくらいはなんとなく分かる。

 ……ええと、そもそも確かアレク様は……創世神が魔王を喚ぶ理由をなんと言っていたんだったか……。

 人が増えて、争い合うから……。

 しかし我々人間が世界樹に対して、どんな迷惑をかけているのかをちゃんと理解しないと対処も出来ないのではないか?

 ……でも、どうやってそれを知ればいいのだろう?

 分からない……一体どうしたら……。


「アレク様! あの!」

「オルガ、ワタシの話聞いてた?」

「……え? す、すみません、聞いていませんでした!」

「んもぅ……! だから! アレクの言っていた創世神ってのが、魔王を喚んだ理由? っていうのよ!」

「え、ええと……それは確か人が増えすぎて争い合うからだそうです。だから……世界樹が我々人間になにをして欲しいのか……それが解決の糸口なのではないでしょうか? 今いる魔王を倒しても、世界樹の望みが叶わなければまた魔王が喚ばれるかもしれないんですよね? ならば、世界樹の願いを叶えられるようにまずは知らなければならないと思うのです。……でも、知るにはどうしたら良いか……。アレク様にお聞きしようかと……!」

「ふ、ふふふ、ふふふふっ」

「ア、アレク様?」


 わ、笑ってる?

 なんで?

 なにか面白い事を言っただろうか?


「……ううん。……ふふふ……そうだね、それは世界樹に直接聞いた方が早いものね」

「は、はい。確か、世界樹は大地を人間が荒らすから魔王を喚んだのですよね。……やはり人同士、国同士の争いを止めるのが世界樹の望みなのでしょうか……?」

「国同士の争いを止める為に魔王を? ……世界樹というのは……御伽噺のアレの事かい?」

「御伽噺の世界樹がこの世界の創世神……? どういう事なんだ?」


 はっきりとした事は世界樹……創世神にしか分からない。

 とりあえず、アーノルス様たちにも以前アレク様たちに聞いた話をする。

 この世界の神は御伽噺に伝わる世界樹ではないかという事。

 その世界樹が、この世界の魔力を提供してくれている。

 そして、魔王は世界樹を狙っているらしく……しかし世界樹は人が大地を荒らすから魔王を喚んだと思われる事など。


「色々納得いかないわね。世界樹が創世神で、人間が大地を荒らすから魔王を呼び寄せた。けど、魔王は世界樹が狙いでもある? 世界樹は人間に聖剣という魔王へ抗う術を与えた。……なぜ? 世界樹が魔王を喚んだのは人間を滅ぼすためじゃないの?」

「……人間を滅ぼす為に魔王を喚んだものの、魔王の狙いが世界樹じぶんで慌てて人間に聖剣を与え、追い払おうとしているのかもしれんのだよ」

「なにそれ、馬鹿じゃないの?」


 ローグス様とリリス様はあーでもないこーでもないと議論を続ける。

 お二人の話を聞いていると、確かに世界樹がなにをしたいのか分からなくなるな……。

 やはり世界樹に直接、願いを聞く術はないのだろうか……?


「アレク様、世界樹に会うにはどうすればいいのでしょうか?」

「……そだねー……君たち『勇者』はもう、その術は持っていると思うよー」

「どういう事だい?」

「僕らが? わ、分からないよ?」

「うーん、じゃあもう少しヒント。『勇者』が『勇者』たる所以、かな」

「? ? ?」


 アーノルス様、トール様と顔を見合わせる。

 ぜ、全然分からない。

『勇者』が『勇者』たる所以……?


「聖剣、ですか?」

「あ!」


 ガロウ様が呟く。

 そ、そうか!

 勇者は『聖剣』を引き抜き『勇者』となる!

 つまり……『聖剣』が世界樹へ会うための術!

 ……え? け、剣が……?


「……聖剣で世界樹に会えるのですか? ど、どうやって?」

「アレク君、もう少しヒントをくれないか?」

「えー……甘えないで欲しいなー。僕らこの世界の人間じゃないんだからー。この世界を救う役割を持つのは君たちだろー?」

「でもこれだけじゃ分からないよ! お願いだよアレク!」

「つーん」


 アレク様が「つーん」って……。

 くっ、それならクリス様……は…………。


「もぐもぐ」


 そもそも話を聞いてない……。


「アレク様……聖剣が世界樹との対話に必要な鍵、なのですか?」


 ダメ元で聞いてみる。

 ガロウ様の指摘が合っているのかそうでないのかくらいは教えてもらえないだろうか?


「そうだよ」


 合っていたのか!


「え、オルガには甘くない⁉︎」

「オルガは僕らの従者だから」

「ま、まあ! オルガは我がマティアスティーンの勇者ですわ!」


 エリナ姫⁉︎

 そこに張り合うのですか⁉︎


「もしかしてオルガが聞けばアレク君も他の質問にも答えてくれるのかな? オルガ、聖剣でどうやって世界樹と対話するのかを聞いてみてくれないか?」

「え、あ、は、はい。あの、アレク様……聖剣でどのように世界樹と対話出来るのでしょうか?」

「知らなーい」


 知らなーい⁉︎


「し、知らないのかね⁉︎」

「知らないよー。僕らこの世界の人間じゃないしー。ただ、君たちの聖剣は世界樹……この世界の創世神が人に与えたものだ。対話の鍵になるのは間違いないよ。……まあ、通常一振りだけの聖剣が国ごとに与えられているのなら、それがヒントになるんじゃないの?」

「……普通は一振りなのか? ……けれど、それを国ごとに与えられている事が、ヒント?」

「…………」


 アーノルス様、トール様と同じようになんとなく聖剣を取り出して眺める。

 デザインは同じ、だな?

 だが、鍔の部分の石の色が違う。

 トール様は黄色。

 アーノルス様は青。

 私の……はオレンジ。


「……この世界の国は全部でいくつだったかな、ローグス」

「うむ……南西の大陸は魔王に奪われているので、それを抜かせば……」


 西の大陸……つまり我々が今いる、魔王の領地と化した南西の大陸に隣接する最前線は二つの国がある。

 ここ、メディレディア王国と隣国バオテンルカ王国。

 メディレディア王国には勇者ヴィートリッヒ様がおられるがバオテンルカ王国に勇者はまだいない。


「中央大陸は五つ。我がマスキレア王国と、それと隣接するように四つの国がある」


 中央大陸……最も巨大な面積を持つ。

 中央にアーノルス様たちのマスキレア王国。

 東にトール様のキャスティリア王国。

 西にミュオール王国。勇者はアキレス様。

 東北にドルント王国。勇者はマルク様。

 北西にゼスルス王国。勇者はシオール様。


「北西の大陸は最も小さな大陸だが、国が一つ存在する。カミュジェレオ王国だ」


 独自の文化を持つ鎖国の国カミュジェレオ王国。

 しかし、魔王軍が侵略を始めてから開国し、海を挟んだ隣国ゼスルス王国を挟みマスキレア王国と交渉を始めたと聞く。

 勇者は選定されているらしいが、名前はおろか噂も聞かない。

 まだ国から出ていない可能性もあり、勇者を魔王討伐ではなく自国の自衛に置いておいているのではないかと言われる唯一の国。


「そしてわたくしたちの故郷がある、東北の大陸ですわね。東北の大陸には三つの国がありますわ」


 東北の大陸……細長い形の大陸で、中央に最大帝国シン帝国が鎮座する。

 現皇帝シンに変わってから武力制圧で他国を飲み込み、現在の形になった。

 シン帝国は魔王軍にも独自の武力で抵抗をしていて勇者はまだいない。

 探しているのかいないのかすら分からない。

 そして東には我がマティアスティーン。

 北にはヤン国がある。

 ヤン国は王政ではなく民主主義という不思議な独自の政権を持ち、なんでも国民の中から代表を募って政治を執り行う極めて珍しい国家体制らしい。

 勇者はアスカ様。

 ヤン国は勇者アスカ様をシン帝国に派遣する形で、国土と国を保っている。


「二、五、一、三……十一……。でも南西の大陸にも国があったんだよね?」

「うむ、ベルチェレーシカ王国があった」

「そういえばベルチェレーシカ王国の勇者って選定されていたのかしら? ……聖剣がどうなったのか……誰か噂聞いた事ある?」

「…………」


 皆が皆顔を見合わせ、そして揃って首を振る。

 だが、勇者がいたのならナナリーはコードブラックにされなかったのではないだろうか?

 ……ベルチェレーシカの聖剣は……破壊されている可能性が高いのでは……。


「ヴィートリッヒならなにか知っているかな? あとで聞いてみよう」

「なんにしても今分かる範囲だと十一本の聖剣がこの世界にはある、という事になるのだよ」

「……ベルなんとかという国の聖剣が無事なら十二本……」


 アレク様が目を閉じて、首を傾げつつ腕を組む。

 十二の聖剣。

 そして勇者は九人。

 聖剣が世界樹との対話の鍵で、この数がなにかヒントになる……?


「……足りないね」

「足りない?」

「……聖剣の数も、勇者の数も。……今の状態での世界樹との対話は無理だろうねー……」


 そう言って首を振るアレク様。

 ……足りない……。

 という、事は……つまり……。


「聖剣と勇者が揃わなければならないのかい?」

「数がある、という事は……集めろ、という事だよ」

「集める! ……聖剣と勇者を一箇所にかね⁉︎」

「そ、そんな事出来るの? 中央大陸はともかく引きこもりの国やら人の話を聞かない帝国とかあるのよ?」

「そ、それに、どこに……」

「さぁねー」


 勇者と聖剣を一つの場所に集める……⁉︎

 ……そんな事が、出来るのか……?

 そもそも勇者がいない国もあるのに……。

 でも、勇者と聖剣を集めなければ世界樹との対話は不可能。

 世界樹との対話を避けて魔王を倒しても……世界樹は新たな魔王を喚び寄せるかもしれない。

 ずっとそれが、繰り返されるかもしれない……。

 ナナリーのように、救われずに魔王の手先にされてしまう人が……出続ける……。


 っ…………ダメだ!


「ヴィートリッヒ様にもお話を聞きましょう!」

「オルガ?」

「我々に今出来る事をしましょう! ナナリーのように、魔物にされてしまう人を出さない為にも……難しくとも……、……勇者と、聖剣を集めましょう! バオテンルカ王国は勇者を積極的に探していますが、シン帝国は不明ですし……、……マティアスティーンに戻った時に私がシン帝国の皇帝に勇者を探して頂けるようにお願いしてきます!」

「……、……そうだな。まずはヴィートリッヒにこの話をしよう。ベルチェレーシカ王国の勇者と聖剣についてなにか知っているかもしれない。よし、私たちは各地に散らばっている勇者にこの話をして、必要なら各国王を説得する。トール、君にはヴィートリッヒと南西の大陸から来る魔物の足止めを頼めるか?」

「! はい! アーノルスさん! 今回の事もありますから……勇者のいないバオテンルカまで強力な魔物が行かないように踏ん張りますよ!」


 先行きの見えない戦いに、ほんの少しだけなにかが見えた気がする。

 勇者として、私になにが出来るのか……。

 これが勇者としての正しいやり方なのか……分からないけれど……。

 世界樹の問いかけに、答えを出して魔王を倒す。

 答えを出してから倒さなければ……繰り返される。

 だが我々は、まず世界樹に『問いかけ』を貰わなければ。

 でなければ答えは出せない。

 争いをやめればいいのか。

 子が生まれる数を減らせば良いのか。

 戦争をしている国は…………今、ないはず。

 シン帝国も我が国とヤン国へ武力による侵攻は……停止しているのだし……。

 だから……世界樹の『願い』とは……なんなのだろう。



 ***



「じゃあね! また会おう!」

「はい、またいつか」

「……バオテンルカの勇者が見付かったら連絡しよう」

「はい、よろしくお願いします」


 四日後。

ローグス様がカルセドニーの顔面を治して――いや、まあ、まだ包帯ぐるぐる巻きではあるけれど――私たちはマティアスティーンへ向けて出発する事となった。

 ナナリーとの戦闘後、三日間……私含め勇者三人も重度の筋肉痛でベッドから起き上がれなくなった為、出発が今日に伸びたのだ。

 いやぁ、筋肉痛があんなにすごいものだなんて……!

 初めての体験だった……筋肉痛……‼︎

 トール様はヴィートリッヒ様としばらくこの国を南西の大陸から来る魔物から守りつつ、行方知れずのままのメディレディア王たちを探す。

 ヴィートリッヒ様の仲間が一緒なので王都が取り戻された事が知れ渡れば、すぐに見付かるだろうとの事だ。

 ついでにシャール王子の良い経験にもなるとかなんとか…………。

 私にはこの意味がよく分からなかったけれど……。


「さてと、ワタシ達はこの国の港町ね。マスキレアまでは一緒だから改めてよろしくね、クリスちゃん、アレクちゃん、オルガ。あとエリナ姫と元勇者の坊や」

「はい、よろしくお願いしますわ」

「ふご、ふご」


 エリナ姫は勇者の助けとなる事が使命。

 私に同行すると言ってくださった。

 カルセドニーは以前の私のように、故郷へ帰るつもりらしい。

 ……私としては同行してくれても構わないのだが……。


「見るに耐えんのだよ。……クリス、君の治癒魔法なら一発で彼の顔面を元に戻せるのではないのかね?」

「え、やだけど〜?」

「ええ、これは罰です。腫れ上がった顔面でマティアスティーンの地を踏むまで許しませんわ。ほほほ……」

「…………」


 ローグス様以外の回復担当がカルセドニーを徹底的に嫌っているので、カルセドニーの『勇者パーティー入り』は難しそうなんだよなぁ……。

 旅の最中で仲良くなってくれれば良いのだが……。


「それにしてもオルガのパーティーは四人中二人が回復役になっちゃったんだね!」

「そ、そうですね……」


 カルセドニーの顔面をやった私が言うのはなんだけど、回復してくれない回復役ですけどね。

 アーノルス様のパーティーは前衛二人、後衛二人とこんなにもバランスがいいのに……。

 うちのパーティーは顔面包帯男と前衛が私一人。

 あとは後衛三人……リガル様の言う通りバ、バランスが……。

 カルセドニーが戦えるようになればまだ前衛二人になって、戦いやすくなると思うのだが。


「……でも、そもそもアレク様が強いので……」

「そうだよね!」


 リガル様が今日も元気だな……。


「そうだ! アレクくん! 俺の事も弟子にしてください!」

「え、嫌だけどー」


 ……本当に自分より強い相手には誰にでも言うんだなぁ……。


「ふご、ふご、ふごふご」

「なんて?」

「カルセドニー、あまり喋ろうとするのではないよ……! 鼻が潰れて顎が外れているのだよ!」

「ふ、ふご……」


 だ、多分「自分も強くなりたい」と主張したんだろう。

 私が顔面複雑骨折にしなければ……!

 す、すまないカルセドニー!


「それにしてもオルガは『闘士』や『拳士』のスキルも持っていたんだね。それも男の顔面をここまで破壊し尽くすほど! 素晴らしいよ!」

「アーノルス、そこは褒めるところではないのだよ」

「は、母が『格闘家』でして……『拳士』と『闘士』のスキルも母に教わりました。剣は『戦士』の父に……」

「恐ろしく武闘派なご家庭ね……」


 ちなみに『格闘家』は『拳士』と『闘士』の複合職だ。

 主に拳で戦う職業だが、足技も使う。

 しかし武器の類は一切使わず、己の体術のみを駆使して戦うのだ。

 なので夫婦喧嘩の時は大体母の拳で家が穴だらけになる。


「うちの親と似てるよねー。僕らの母上も戦闘種族で、父上も大陸平定で国を潰しまくった人だからー……すんごい怖いんだよー」

「オルガんちの父上と母上も最初は敵同士だったのに結婚したんでしょう〜? どうしたらラブラブになるの〜? うちの親なんか今だにガチで殺し合うのに〜」

「いえ、うちの両親も喧嘩する時は本気ですよ? それでお互いの実力が落ちていないか確かめ合い、認め合うんです」

「……そ、そんな理由が……? じゃあうちの父上と母上の喧嘩も……?」

「そ、そうなの〜? でもこの間のはボクの作った結界まで壊されたよ〜?」

「城も千年ぶりに全面改修になったもんねー」

「……………」


 ……き、規模が……。


「まあ、お二人もお城に住んでおられますのね?」

「そうだよ〜。ボクらこれでも王子だからね〜」

「……クリスさんは全然王子に見えませんわ」


 多分いろんな意味でクリス様は一発で王子に見られる事はないと思いますエリナ姫……。


「でも王とお妃が城を壊すくらいガチで殺し合うとか……アンタたちの国、大丈夫なの?」

「ヘーキヘーキー。政務は一番上のお兄様がやってるからー」

「父上が母上を怒らせるのなんて日常茶飯事だもんね〜……」

「分かります……。うちの父さんもわざと母さんを怒らせるんです。全く子どもみたいなんだから……」

「……う、うーん……多分オルガんちとうちは違う気が……。でも母上の一族は挑発して喧嘩するのは一つの文化って言ってたしな……?」

「落ち着いて聞いてアレクちゃん。アンタんちもオルガんちも、特殊よ」

「ですよね」

「だ、だよね」


 カルセドニーやおじさんおばさんの家の夫婦仲を考えるとやはりうちは特殊な家庭だよな。

 家の壁を塞ぐ用の戸板が常備されてるのなんてうちだけだよな……!


「そうだな。確かにわざわざ相手を怒らせる必要性を感じない。日々本気でぶつかり合う夫婦というのは私も理想とするところだが、同意の上でなければ真の実力は測れない……!」

「俺もそう思います!」

「黙るのだよ脳筋コンビ」

「毎日全力でぶつかり合う夫婦……。……確かに家は穴だらけになりますが二人は幸せそうです。……父も母も、私にそんな全力でぶつかり合える男性と結婚するよう毎日のように言っていましたし……」

「オルガ!」

「わ! は、はい、アーノルス様⁉︎」


 びっくりした。

 拳を握り、瞳をキラキラさせたアーノルス様。

 私の左肩を掴み、そして満面の笑み。


「デートの約束を覚えているかい⁉︎」

「デ、デート⁉︎」

「デート……?」

「デ、デ、デ⁉︎」

「あ」


 驚いて狼狽えるローグス様とエリナ姫。

 リトルワイバーンを倒した時の表情になるアレク様。

 その横で表情を固まらせるリリス様とクリス様。

 ……カルセドニーは包帯で表情が分からないが、ピキッと直立不動になる。

 そ、そういえば……アーノルス様に……そう、お誘いを……。


「は、はい! 是非!」

「あ? ……是非……?」

「ひえ……! ア、アレク落ち着いて⁉︎」

「そ、そうか! ではいつにしようか……。マスキレアに行くのなら、首都の案内ついでに各剣術道場巡りなどどうだろう⁉︎」

「…………。ん?」

「…………」

「剣術道場巡りですか⁉︎ す、すごいです! マスキレアの剣術道場は各国に比べて数も多良いのですよね⁉︎ あ、そ、それならば是非『職業指南場』にも連れて行ってくださいませんか⁉︎」


 職業指南場は新たなスキルをレベルに応じて教えてくれる場所だ!

 剣術道場は流派による『職業スキル』のレベルを上げる為の訓練施設!

 シン帝国とマスキレア王国はこの二つがとても多く、尚且つハイレベルな指南を受けられる!

 そんなところを巡る事が出来るなんて……!


「勿論だ! どうだろう、それなら……マスキレア騎士団の訓練所にも顔を出さないか⁉︎」

「行ってみたいです!」


 マスキレア騎士団の訓練所!

 一体どんな過酷な訓練をしているのだろう⁉︎

 き、気になる!


「…………。クリス、あれデートの話だよね?」

「デートの話らしいよ……」

「……ア、アーノルスの性癖がおかしいおかしいと思っていたが……まさかそれに当てはまる女子が現れようとは……」

「……世界は広いわよねー……」

「はいはーい! 騎士団の訓練所に来るなら手合わせしようよ!」

「いけませんわ、許せませんわ! オルガは我が国の勇者ですのよ!」

「ふ、ふ、ふご、ふご、ふっ」


 私の旅に、新たな仲間が加わった。

 いや、私が加えて頂いた、と言うべきだな。

 マスキレアの勇者アーノルス様と、その仲間のリリス様、ローグス様、リガル様。

 そして我が国の王女殿下エリナ様に、元勇者であるカルセドニー。

 目的地は故郷マティアスティーン王国。

 マスキレア王国まで海路、そこからは陸路。

 ……これまでの旅よりも遥かに長く険しい旅の予感しかしないが……それでも私の心は踊った。

 勇者アーノルス様の故郷で、私はもっと強くなれる。

 剣聖勇者アーノルス様……この方のように、私ももっともっと高みを目指したい。

 ナナリーのような被害者を増やさない為にもっと強く。

 そしてもっと……ちゃんと救える勇者に……。


 これが私の新たなる冒険の旅路の始まりだった。






 了


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