第17話 side—黒炎の狙撃手


「パ、パネェっス…………」

「君そんな口調だっけー?」


 やや大きめの岩に立って、冒険者パーティーを見下ろす。

 ステンドの町の外と、町中の中型の魔物を広範囲魔法で狙撃し終えてのとある冒険者の第一声。

 ここに来るまでにもそれなりに敬意を払うような口調ではあったが、魔法を使ったあとの態度は随分と違う。


「あ、アンタこんなに強かったのか……⁉︎」

「え、このくらいこの国の魔法使いにも出来るでしょ?」

「いやいやいやいや‼︎」

「無理だろ! おれぁ魔法なんか詳しくねーけどよ! 少なくともあんな大規模魔法、一国の筆頭魔法使いが何十人も力を合わせて使うやつだろ!」

「え……」


 確かに範囲的に少し疲れるレベルの魔法ではあるが、アレクの国の魔法使いにはこれだけの範囲に広げてもこの魔法を使える奴らが何人かいる。

“少し”本気出す。

 ……そうオルガに言ったので、本当に“少し”本気でやった。

 だが、その“少し”すらここまでの言われよう……。


(もしかして僕が思ってるより、この世界って魔法もしょぼいのかなー? アルバニスの通信端末で確認していた僕のステータスよりレベルもHPも数値おかしかったもんなぁー……。他は全部『数値化不能』ってエラーになってたし……ヤバいな……)


 腕を組んで考える。

 この世界の自然魔力は極力使わないように、体内魔力だけで魔法を使ってきた。

 この世界はアレクの世界より自然魔力の濃度が薄い。

 だから、自分の手持ちの魔力を使う方がこの世界に影響も少ないと思った。

 ――異世界……。

 本当に構造から文化、人間や魔物の強さに至るまでなにもかもが違う。

 アレクたちの世界はもっと文明が進んでいて、住んでいる生き物がこの世界の魔物のレベルを全て足しても恐らく到達しえない化け物だらけの為、自然魔力が豊富だ。

 当然使える魔法の技術も進歩しており、この世界にはない魔法が数多く学ぶ事が出来る。

 広範囲魔法を使える魔法使いはゴロゴロいるし、魔法専門の騎士は全員使えるはずだ。

 父も母も「人は弱い」とよく言うが、この世界の民を眺めているとそれを実感する。


(……うちの騎士たちがガチで強すぎたのか……)


 この世界に降りた時に、オルガと出会った町で「うちの騎士隊長たちはみんなレベル200越え」って言っちゃったの早まったなー……まさかこんなに弱いなんて……と付け加えて考えて肩を落とす。

 自分と総合レベルの変わらない彼らもこの世界に来たら、あんなレベルや『数値化不能』になるのだろうか。

 まあ、なるのだろう。

 これは反省しなければならない。

 父や母の言う通り、この修行は必要だったのだ。

 自分たちと人間……そして自分の世界と他の世界がどれ程、力に差があるのかを学ぶ為に。


「!」


 冒険者たちがわらわらと再集合してきた小型の魔物たちを発見する。

 こちらの任務は魔物たちを誘き出し、北門から引き離して勇者たちを町中……ひいては城へと向かわせる事。

 小型とはいえやはり想定していたよりもレベルが高い魔物が多い。

 平均レベル48ぐらいだろうか。

 冒険者たちもここに来るまでレベル上げをしてきている。

 相手は小型。

 たとえ少しレベルの高い相手でも、落ち着いて対処すれば相手は不可能ではない。


「オッケー、僕は回復に専念するねー。みんな戦闘開始ー。一体の魔物につき二つの部隊で袋叩きだー」

「おおおおーー!」


 なんでここ一番の雄叫びがこのタイミングで上がるかな。

 と、若干情けなさを感じた。

 だが、どうやらアレクが美味しいところをまるっと頂いた事で、鬱憤が溜まっていたりテンションが上がってしまっていたらしい。

 いつもより和気藹々……いやいや、元気いっぱいに魔物退治が始まった。

 レベルは拮抗しているようだし、残党処理は彼らに任せていいだろう……としゃがむ。

 あとは体力の減った冒険者をここからヒールで治せばいいや、と完全に「今日の仕事終わった」気分であくびをした。

 最近忙しかったのでいつもより気を張って、睡眠が取れていない。

 長兄に比べれば寝起きはいい方なので半日起きない、という事はないが……。


「…………ん?」


 せっかく消した暗雲が、一部元に戻ろうとしている。

 邪悪な魔力の気配に「おや」と立ち上がった。

 下を眺めると冒険者たちが気付いている様子はない。

 つまり気付いてるのは自分だけ。

 戦闘は問題なさそうなので、ふわりと飛行魔法で雲の辺りまで飛び上がる。

 暗雲の中に立ち込める穢らわしい魔力の気配。

 アレクの世界の魔獣という生き物のそれに極めて近い。


「おじさんだぁれー?」


 にっこりと笑顔で雲の中心に現れた仮面の男に問う。

 あれだろうか、コードなんとかシリーズのお一人だろうか。

 赤と白と緑の派手な仮面に派手なシルクハット。

 その三色が渦巻くようなデザインのタキシードと、どこまでもド派手だ。

 体型から男と判断して、逆撫でする意味もこめつつ「おじさん」と呼ぶ。

 仮面で表情は分からないが、肩を揺らして笑う男の真横には雲に乗った大きなドラゴン。


(美味しそうだなぁ……)


 リトルワイバーンなど目ではない大きさ。

 暗雲の原因はドラゴンだろうが、邪悪な魔力の気配はこのおじさんだろう。


「ここまで登ってこれる人間がいるとはネ……」

「コードなんとかっていう人?」

「いかにも。コードファントムと呼んでくレ」


 聞いておいてなんだが覚える気はない。

 ふーん、と返しつつ、とりあえず用件を聞いてみる。


「どうしてここにいるの? 戦闘に参加するならまず僕と遊ぼうよー」


 鑑定眼でこっそり『視て』みた。

【コードファントム】レベル450。

 属性『闇』『風』『氷』。

 ……アレクのこの世界の知識ではここまでが限界。

 レベル450。


(……部下の人でこのレベル? ……じゃあこの世界に来てる魔王は“最低ランクの魔王”だな。やっぱり地味に足で仕事してる魔王かぁー……)


 なら倒すのは忍びない。

 彼らのように頑張って世界侵略している魔王族がいるから、いくつかの世界は寿命が伸びるのだ。

 世界というのは建物と同じで手入れをしないと朽ちてしまう。

 この様に、世界侵略をする『魔王族』はほとんどが“手入れ”を『創世神』に依頼された『職人』だ。

 無論、それとは別物の単純に世界を支配したいだけの魔王や壊す事が目的の破壊魔的魔王もいなくもない。

 人間の『魔王』のイメージはそれに近いだろう。

 だが『創世神』が『魔王』に依頼して世界に魔物を解き放つのは大体、国だなんだと戦争をしまくる迷惑な人間を“間引いて”貰うため。

 多少頭の良い人間がいれば、いがみ合わず人類が一丸となり魔王を打ち倒さなければなりません! ……と言い出して一つにまとまってくれる事もある。

『創世神』が各国に聖剣を与えたのはそれを願っての事だろう。

 ならば、とアレクは笑みを深くした。


「それともおじさんは見に来ただけ?」


 多少頭の回る幹部なら利用出来るかもしれない。

 そう思って声をかけ続ける。

 仮面の男はようやくアレクの方へ向き直ると、手を広げた。


「まぁネ。そそのかした手前、結末は気になるだろウ? ここからでは絶望に打ちひしがれる勇者の顔が拝めないが、苦悶に満ちた死に顔ぐらいは見て帰ろうと思っていたのだヨ。ウフフ。しかし、見ていたら気が変わっタ。……君はここで殺しておいた方が良さそうだネ」

「わおう」


 低くなる声。

 なるほど、ただの見物客ではなかったか。

 だがそれならやはり頭の使い方は分かっているタイプの様だ。


「君はいずれ魔王様の最大の敵になりそうだヨ。この場で消しておくのが最良……!」

「……そう? それは残念」


 ドラゴンが動く。

 こちらは【デス・ドラゴン】レベル250。

 属性は『風』『闇』。

 どうやら仮面の男の眷属のようだ。

 巨大な翼を広げて口を開く。

 咆哮が雲を消し飛ばし、大気を震わせる。

 コードなんとかも杖を取り出す。

 先端から尖ったナイフが突き出ると、それをアレクに向けて加速してきた。

 ドラゴンが上へと回る。

 大きく開けた口からはメラメラと青い炎。


「……もう少し頭の良い人なら、協力してあげても良かったんだけどなぁ」

「⁉︎」


 ぺろんと、舌を出し、目を細める。

 彼とドラゴンを無数のなにかが横切り、男の胸や腹を撃ち抜く。

 上空に昇ったはずのドラゴンは眉間を撃ち抜かれて、ゆっくり落下し始めた。

 黒い炎がチロチロとアレクの腕に燃え、撃ち抜かれた男は笑みを浮かべた子どもを今更ながら『鑑定眼』で視る。


【アレックス・シエル・アルバニス】

 レベル1035。

 属性『火』『水』『土』『風』『氷』『雷』『光』『闇』。

 HP『62500000』

 MP『9120000』

 攻撃力『数値化不能(エラー)』

 防御力『数値化不能(エラー)』

 魔法攻撃力『数値化不能(エラー)』

 魔法防御『数値化不能(エラー)』

 素早さ『数値化不能(エラー)』

 運『数値化不能(エラー)』


「は……? レベル……せ、ん……?」


 人間の子どもだと侮ったのだろう。

 微笑んだままに男の呟きにほんの少し小首を傾げてみせた。

 落ちていく二つの物体。

 ほぼ真上から落ちてきたドラゴンの尾を掴み、引っ張り上げる。

 ドラゴンはあとで美味しく頂くとして、仮面の男の方は万が一、下の冒険者たちに当たったら危ない。

 腕に巻き付くように燃えていた黒い炎が強まる。


「もういいや。他にも“二人”四天王的な人がいるんでしょう? じゃあどっちかにお願いするよー。あんたはもういらなーい」

「…………‼︎」


 仮面が剥がれ、焼け落ちていく。

 シルクハットも、派手なタキシードも、悲鳴もなにもかもが黒い炎に包まれて消えていった。

 それを眺めてから笑みを深くする。


「ふふふー、美味しそうー。儲けた儲けたー♪ ん? あれ? クリス? なにー? …………うん、うん……うん?」


 ゆっくり降下中、クリスからの『思伝テレパス』。

 状況をわざわざ報告してくれたらしい。

 それによるとオルガの幼馴染はお姫様を見捨て、姿が見えない。

 メディレディアの勇者は眠りの呪いで動けず。

 回復中で、王子の保護は完了。

 王と妃は勇者の仲間に護衛され、すでに首都から出てどこかへ避難していた。


「マジか……」


 王が城を捨てて逃げるなんて。

 しかも息子を囮として置き去りにしてだと?

 うちの父ならこっちの獲物まで奪い取るぞ。

 と、自分の家に置き換えて考えるが、そもそもアレクたちの国なら首都を奪われる事もない。

 人間の王なら仕方ないのだろう……多分。

 そして、その状況下で考えられる“内通者”は一人。


「…………。オルガの幼馴染、殺される前に保護したら?」

『え? どういう事?』

「……ホントなら僕が殺してあげたいけど、今気分がいいから許してあげる……。うふふふふー……そっかぁ、オルガの前の仲間の一人が内通者かぁ……まあ、それはそれでありかもねぇー。最弱勇者を誑かして、勇者を堕落させる作戦だったんだろう。それで邪魔なオルガを真っ先にパーティーから追い出したんだね」

『!』

「……そだね、クリスの思ってる通り、もうそいつは勇者じゃない。資格を失っているだろう。そうか、困ったねー……オルガの『勇者の資質』次第ではオルガが聖剣を使えるようになるかもしれないねー」

『‼︎ え、で、でもそれは……』

「そだねー。……僕もオルガの事は気に入っているから……それはホントに困るよねー……。…………チッ、やっぱりコードファントムとかいうの生かしておけば良かった。殺しちゃったよぅ!」

『……キレてる?』

「キレてないよー?」

『…………』

「まあ、城の中の事は任せるよー。じゃあねー」


 地面も見えてきたので思伝を終わらせる。

 冒険者たちのいないところにドラゴンを落とし、その上に降り立つ。

 巨大なドラゴンを突然どこからか持ってきたアレクに、本日二度目の驚愕顔を向ける冒険者たち。


「ア、アレク様⁉︎ そ、それは⁉︎」

「上を飛んでたから捕まえてきたー。美味しそうだからー」

「食うんすか⁉︎」

「食べるー。言っておくけどあげなーい」

「いらねぇっすよ!」


 表面上は笑って答えたが内心、クリスに分かる通りはらわたが煮えくり返るようだった。

 オルガが勇者になれば、魔王を倒したところであのど真面目少女は兵器の様に扱われる。

 この世界の人間は弱い。

 弱いから、魔王を倒せる者たちを『同じ人間』だとは思わないかもしれない。

 アレクの国ではそういう偏見はないが、隣の大陸の人間はアルバニスの人間を化け物でも見るような目で見る。

 隣の大陸の人間たちは魔獣を簡単に浄化してしまうアルバニスの騎士たちを、より恐ろしいものを見る目で見て、怯えるのだ。

 助けてやっているのに……と不満を漏らした時に兄が言っていた。

 仕方ない、彼らは僕らよりもずっと弱く、無知なのだから。

 この世界の人間たちもそれに当てはまるだろう。

 優しくて真面目なあの子があんな目で見られるのは、実に……。


(……嫌がられそうだけど、最悪丸め込んでうちの国に連れて帰ろうかな……。断られそうだけど、この世界のためとか言えば……)


 表面上は笑みを浮かべたまま、ロクでもない事を考え始めたアレクだった。



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