第13話 メディレディアの首都
メディレディア王国は西の大陸の南西大陸寄りの王国。
強い陽射しと豊かな果実の香りが漂う、主に酪農と果樹栽培、海沿いでは漁業が盛んな国である。
西の大陸北側のバオテンルカ王国とは『コホセの町』、『スドボの町』を境に交易を盛んに行なっており、他大陸ほど燐国同士の関係性は悪くない。
むしろ、互いの王国の親類縁者を積極的に政略結婚させて親睦を深め、中央大陸への牽制を行う程度には仲が良いと言える。
最も中央大陸、中心の国……アーノルス様の母国マスキレア王国は軍事力よりも商業交渉で他国を買収、取り込んで巨大化した国。
無論、軍事力もまた他国よりも進んでいるが、それでも恐ろしいのはその経済力と言えよう。
マスキレア王国を中心とした中央大陸を特に恐れる西の大陸両国は、それ故に強い絆を持つ。
しかし、それでもやはりまだ互いを信用しきれていないのか、バオテンルカは国境を越えて軍を派遣するのを躊躇っている。
恐らくその理由の一つは、バオテンルカ王国にはまだ勇者がいらず……メディレディア王国にはヴィートリッヒ様という強い勇者がいられる事だろう。
「恩を売るチャンスだと思うのだけどねー」
との弁はアレク様だが、同時にこうも仰る。
「まあ、うっかり隣国の勇者がいなくなってくれるのもアリとか思ってそうだけどー」
政治とはよく分からない。
私には難しくて……。
――――そして……。
「あれがステンドですね」
「なんという瘴気の雲かしらね」
「ああ、南西の大陸のようになっているな……」
『ナドレの町』から出て二日、暗雲立ち込める一際大きな町……ステンドへと到着した。
城壁に囲まれた巨大な町は上空に瘴気の雲が浮かび、時折稲妻が走る。
草木は枯れて、緑豊かな周辺の自然は跡形もない。
崖になった場所から町を一望出来る一角を発見した我々は、町へ入る前の拠点としてそこにテントを張る事にした。
突入前にアレク様は作戦を奪還戦参加パーティーへ再度説明してくださる。
「地形的にはステンドは丘にある。まあ、少しでも高い場所に城下を作るのは当然なのでそれはいいとしてー」
「はい」
「城壁の外は勿論、中にも魔物がうようよしていると思う。本当なら偵察したいところだけど意外と良い感じに魔物が配置されていて難しいなので、まずはそこを崩そうと思うー」
「小手調べという事かね?」
「それもいいけどー、それをすると警戒が強まるー。籠城は長引かせたくないので一日でなんとかしまーす。まず明日朝一番に城壁外の魔物を僕の広範囲狙撃魔法で壊滅させまーす。ド派手にねー」
「は? はい、あのアレク様」
「はーいなにー、オルガ」
「あ、あの規模の町の外をうろつく魔物を……ですか?」
そんな事、出来るものなのか?
あれは首都だぞ、この国の……!
ここからでもその巨大さが伺える。
あれの外をうろつく魔物だって、どれも強力で大量だ。
「少ーし……本気出すって言ったでしょー。力押しって芸がないからやりたくなかったしー、あの規模はさすがに少し疲れると思うけど……。なので僕は町の中、城の中には行きませーん。攻撃すれば町の中に隠れた魔物が炙り出てくると思うので、全冒険者部隊で攻め込むフリをしまーす。僕はそちらのサポートと指揮を行うねー。その隙に町の中へ勇者パーティー二組と案内役の商人さんとその護衛でオルガ、クリスが同行して最短距離で城を目指してくださーい」
「概ね当初の作戦通りだが……君の負担が大きくないかい?」
「それに、そんな大掛かりな魔法を一人で使えるの? オルガやクリスちゃんが抜けたら誰があなたの護衛をやるのよ? そんな大掛かりな魔法なら詠唱時間も長いはずよ。無防備になるのは危険すぎるわ」
「アレク様……」
アーノルス様やリリス様の言う通りだ。
……カルセドニーの事は心配でならないが、この人を放っておくわけには……!
「はあ? ボクが結界を張っておけば問題ないんだけど〜」
「それに僕、近接戦闘も弱くないしー」
「だが、魔力が保つのかね? いくら体質的に扱える魔力量が人より多いと言っても……」
「うーん、信用ないねー。まあ、本気出してこなかったからそう思われても仕方ないかもだけどー」
「それに、アレク君はレベルも教えてくれないじゃないか!」
「バカトールに教えても仕方ないじゃないー」
と頬を膨らませるトール様。
図体が大きいのにそんな顔をされるとギャップがひどい。
……そしてこの人もアレク様に散々バカ呼ばわりされても気にしないな……さすが勇者……!
「確かに僕はバカだけどレベルくらい分かるよ!」
それはそうでしょうけれど、自分でバカって認めちゃうんですか⁉︎
「お前より強いですー」
「え! 嘘!」
「嘘言ってどーするのー。勇者よりレベル高いなんてバレたら面倒臭そうだから言わなかったんですー」
「ほ、本当なのか? いくつなんだ?」
「それは内緒ー。面倒事は避けたいから絶対言わないー」
「ううーっ!」
……トール様とアレク様は良いコンビ、なのか?
なんとなく仲良しに見えてきたな……。
でもアレク様なんで頑なにトール様を認めないのだろう?
男の子ってたまに分からない……。
「あんまりうちのリーダーを虐めてくれんなよ、坊主。……んで? 城に入るタイミングはどうするよ。こっちで勝手に判断しちまって良いんかい?」
「僕の『千里眼』と『鑑定眼』でタイミングは図るー。ただ、町の中に入ったら商人さんの案内に従ってもらう事になるので責任重大だからねー」
「ひえ、こ、ここでオレへプレッシャー……⁉︎」
「付いてくるって言ったのおにーさんでしょー。戦果を期待しまーす」
一般人になんという圧……。
「んで、俺様たちが城に潜入して中の王族や勇者を助け出すって事だな?」
「その辺りの状況判断は金髪勇者とメガネに任せるー……。この国の勇者とオルガの幼馴染たちが無事なら、そのまま町中の魔物を一掃しに動いてもいいけどー……」
「亡くなっていた場合は王族たちだけでも連れて脱出するのだね」
「……無事を祈るしかないな……」
「…………」
カルセドニー……。
無事でいるよな。
私はお前を信じる。
エリナ姫やナナリーも一緒なんだ、きっとお前が二人を守っていてくれる。
お前も無事でいてくれる。
そう信じているからな……?
「けど、肝心の城への潜入方法はどうするの?」
「え、普通に
…………多分、アレク様たちには普通の魔法なんだろうなぁ……。
なんて事もないように言ってのけるけれど……。
「テッ、テレポートってなによ⁉︎」
叫ぶリリス様。
ああああ……アレク様、また平然とこの世界の非常識を当たり前のように……。
「空間魔法の応用の一つだよ〜。ボクが使えるからそんなに深刻に考えないで〜」
「あんたらそろそろなんでもありになってきてるわよ⁉︎」
「まぁねー。……でも、オルガが僕らに可愛くおねだりしてくれたらもっと色々やってあげても良いよー?」
「ほぁ? ほぁいぃ⁉︎」
きゅ、急になに⁉︎
わ、私⁉︎ 私がお二人に、え、な、なに⁉︎
「た、たとえば?」
ひえ……な、なんて事聞くですかトール様!
いい予感が一つもしない!
「僕の固有スキル技でステンド全体の魔物を一掃したり」
「な、なんですかその恐ろしいスキル技……⁉︎ そ、そんな事出来るわけ……」
「あははは、僕の能力舐めないでね。やろうと思えば建物の中にいる敵も狙撃出来るんだからー」
「ほ、ほぁ?」
いや、いや、そ、そんな馬鹿な……!
た、建物内の敵も?
ど、どういう事だ⁉︎
「……やらないけど」
「やらないの⁉︎」
「オルガが可愛くおねだりしてくれたら考える」
「な、なんですか可愛くおねだりって! や、やりませんからね⁉︎」
というか無理!
可愛くおねだり?
ど、どんなだそれ……⁉︎
全然分からない……!
「それにあんまり必要性を感じないしー」
「そ、そうですよ!」
「いや、オルガのおねだりの事ではなく。狙撃の事」
「わ、私の、その、それにも必要性はありませんよ!」
「いや、ある!」
「⁉︎」
アーノルス様の突然の拳付き同意。
な、なにが。
「ああもう話が逸れるからやめたまえ。君も話を逸らすならもう少し普通に逸らしたまえ」
「あははは」
「……だが、実際問題町の外で戦う者たちの回復はどうするつもりだね。回復系の魔法使いは三人しかいないのだよ。アイテムで補うにしても限度がある」
「あれ、言ってなかった? 僕、回復魔法も使えるよー。広範囲回復も出来るし、異常状態解除魔法も使えるよー」
「初めて聞いたのだよ!」
「ごめん」
……そういえば初めて会った頃、グレートボアに喰われかけた牛を治癒していた。
クリス様の方が治癒に関してものすごいから忘れていたが……そうか、アレク様も回復魔法が使えたんだったな。
「……アレクってずるいよね……」
「いや、クリスほど回復や補助系は使えないよー」
「ボクだってアレク程攻撃魔法使えないよ……」
「そこに拗ねないでよー……」
「使えるのは良いが、アレク君……その、広範囲魔法を使った後で回復魔法まで魔力が保つのかい?」
「あー、僕ら魔力は自動回復可能だから全然余裕ー」
「なによそれ! どんだけ規格外なのよ! なにそれずるい!」
と憤慨するのはリリス様。
魔法使いにとって魔力切れは死活問題。
それをあっさり……。
「だから町の外の事は気を遣わなくていいからー。僕一人で三十人弱の冒険者の面倒は見られるからー」
「ほ、本当に気にしないぞ?」
「いいよー」
「…………よし、では町の外はアレク君に一任しよう。ステヴァン君、城までの道と城の中の事を知っている範囲でいい、教えてくれ」
「は、はい! 勇者アーノルス様!」
アーノルス様とトール様のパーティーに、私とクリス様、そしてステヴァンが同行。
私とクリス様の任務は二組のパーティーサポートとステヴァンの護衛。
戦闘には心得こそあるそうだが、ステヴァンのレベルでは敵の強さで逆に危険だ。
一応パーティーに参加させて経験値は与えるようにするが、上がったとしても30前後だろうな。
「あ、あとはあれー。あれに気を付けてねー」
「はい?」
あれ?
なに?
「内通者」
「…………えっ」
「いないはずないよー? メディレディアの勇者が強ければ強い程ねー……。僕の狙撃能力ならここから城の窓まで矢文で明日の奪還作戦に詳細を知らせる事も出来るけどー……それをしないのは内通者がいたら筒抜けになるからだものー」
「……待ちたまえ、しかし……いや、確かにヴィートリッヒはレベルの高い勇者だ。……だが……根拠はあるのかね?」
「ある。僕ならそうするから。……城のある町を落とす時に力押しなんて芸のない真似はしない。絶対。必ず内側に潜り込ませてからやる。……知能の高い魔族なら尚の事やるよ。……だって裏切った瞬間の快感は堪らないもの。……裏切られた相手の顔を見ながら笑いたいもの。絶対やるに決まってるよ……!」
……背中が、寒い。
ぞくっとした。
いつもの子どもっぽいところが……消えた?
「……でも、内通者の事は君ならば、という話だろう?」
「まぁね。でも絶対いるよ。魔族は僕に輪をかけて人の絶望感に満ちた顔を好むもの。……近くでその表情を見ないなんてありえない! ……なんとかっていう四天王クラスの魔族なら尚更! 力技で町を落とす魔族なら、町が無事なわけがない。そしてそれをしないタイプは知略で攻略を“面白がる”タイプ……。そんな奴が内通者を仕込まないで町を落とすなんてやるはずがないものー」
な、納得出来るような……。
よく分からないような……。
「……だが、いるという前提で動いた方がいいかもしれないよ、ローグス。確かにヴィートリッヒが動けずに籠城に甘んじている事を思うと、なにかがある……そう思って挑むべきだ」
「ふむ……。ではそのなにかも想定しておこう。アレク、君ならば強力な勇者を封じ込めて城を落とす場合どうする?」
「前言通り内通者を忍ばせる。出来るだけ勇者の近くに。見るんなら勇者の絶望顔が良いものー。そうなると勇者パーティーかなぁー? その勇者のパーティーに潜り込み、城や町、町の近くの情報を集めてから一番良い時間と時期を狙って一気に攻め落とすー。…………でも、勇者が想定したより強かったんじゃないかなー? 完全に攻め落とせずに籠城されてしまった……。それなら、次の手は城の中からじわじわと落とす方法。兵糧攻めは王道でしょー? あとは人間関係の悪化。疑心暗鬼を煽って内部分裂させてー」
「なんで楽しそうなんですか……」
「オルガ、あれがアレクの本性だから〜」
そ、そんな……。
「……えー……聞かれたから答えただけなのにー。ひどーいクリスー」
「よく言うよ〜」
「まあ、とにかくそんな感じかなー」
「……厄介な事この上ないな。城の中が無事なのを祈るしかない」
「まあ、普通に考えて戦闘で大怪我して動けないか、死亡。籠城中の死亡なら謀殺が考えられるけど……。生存していたとしても籠城を受け入れている場合は、内部分裂を抑えるので打って出る事が出来なくなっている可能性もあるねー」
「カルセドニーは大丈夫でしょうか……」
「僕なら小物は相手にしないなー」
「…………」
こ、小物か……。
う、うんまあ、小物だな……。
勇者なのに……。
「人間関係が悪化している可能性が高いという事だね」
「そうだねー」
「ふむ、それはそれで面倒だね。……内通者がいた場合はその者の捜索も必要になるという事か」
「まあ、最低限やるべき事はさっき言ってた通り王族の保護で良いと思うよー。王族がいればバオテンルカに救援要請してもらえるものー。……その場合、犠牲になる命の数は増えるけれどー……」
「………………。なんとか明日で決着を付けなければならないな」
立ち上がったアーノルス様が呟く。
それには同意だ。
カルセドニー、早くお前を助けてやりたい。
……必ず助けに行く。
もう少し待っていてくれ。
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