第14話 前夜



「では解散! 明日は決戦だぞ! しっかり休むように!」

「「「はい!」」」


 ……約三十人弱。

『ナドレの町』に置いてきた者たちがいるので、パーティーは十組。

 それも最大六人の人数に満たないパーティーばかり。

 アレク様が欲しいと言っていた三十組を大きく下回った。

 しかし、勇者のパーティーが二組。

 私たちも参加する。

 そしてアレク様が「少しだけ本気出す」と言ってくれた。

 明日は必ず、メディレディアの首都ステンドを人間の手に取り戻す。

 そしてカルセドニー、エリナ姫、ナナリーを助ける。

 あと少し、あと少しだけ耐えてくれ……。


「オルガ、少しいいかな?」

「はい、なんでしょうかアーノルス様」


 明日の仕込みをしておこうと思ったところ、アーノルス様が近付いて来た。

 なんだろう、明日の作戦でなにか変更点でもあったのだろうか?


「実はあちらにキノコが生えていたんだが……、確か『鑑定眼』なら毒の有無が分かったはずだよね?」

「はい。私は『鑑定眼』レベル1なので、本当に毒の有無だけしか分かりませんが……。ローグス様ならもっと詳しく分かるのではありませんか?」

「あ、ああ、ローグスは……その、今少し話しかけられなくてね」

「?」


 ローグス様もお忙しいのだろうな。

 それに、ちょうど仕込みをしようと思っていたところだ。

 食べられる食材なら、明日のスープに使えるだろう。


「では、取りに行きましょう」

「助かるよ」


『鑑定眼』は使い続けても知識が増えなければレベルは上がらない。

 私の場合、魔物の知識だけで会得したスキルだからな……。

 アーノルス様に案内されてキノコの生える場所へと赴くと……。


「こ、これは……」


 ふわりと青い光が舞う。

 空へ向かってふわふわと。

 光るキノコの原生林?

 な、なんという事だ!


「どうかな、オルガ……なかなかに幻想的な光景だと思……」

「毒はありませんが、あまり食欲がわかないキノコですね!」

「……あ、うん……そうだね……食べるのにはやはり向かないかな……?」

「どうでしょうか……。それに、不思議な青白いこの光は……」


 胞子?

 月の光で光る胞子を飛ばしているのか?

 奇抜なキノコだな。

『鑑定眼』によれば毒はないようだが、なんとなく美味しそうには見えない。

 うーん、これは食べていいものか……。


「まあ、食材はいくらあっても困らないと思いますし……少しだけ取って戻りましょうか」

「…………オルガは本当に真面目で優しいね」

「え? いえ、とんでもない」


 真面目で戦うしか取り柄のない『戦士』だからな。

 しゃがんで一つ、キノコを手折る。

 青く光っていたキノコは手折った途端に茶色いキノコになった。

 あ、これなら食べても問題なさそう。


「……不思議なキノコですね」

「そうだね。…………オルガ」

「はい」


 私の隣にしゃがんだアーノルス様もキノコ採取に乗り出した。

 ……あれだな、トール様が野性味あふれすぎる香りだからアーノルス様がとてもいい匂いに感じてしまうな。

 まあ、クリス様の方がいい匂いだけれど。

 ふんわり香る爽やかで優しい香り。

 香水かな?

 あれ、いや……それよりも…………。


「君はマティアスティーンの勇者と幼馴染だと言っていたけれど……、……彼の事が、その…………好き、なのかい?」

「へ?」


 ……顔が、真横に……。

 肩が触れ合いそうなくらい近い。

 なんて整った美しいお顔なのだろう。

 アレク様とクリス様も大層整っておられるが、あのお二人はなんかもう人ならざる雰囲気すらある。

 アーノルス様は……御伽話に出てくる王子様のようだ。

 その綺麗なお顔がやたらと近くにある。

 なぜ。

 キノコの原生林はとても広良いのに。

 なにもこんな近くで採取しなくても……手分けした方が……。


「オルガ?」

「え、と、は、はい?」


 あれ?

 いや、違うな?

 私は今、アーノルス様に質問をされて…………。


「…………は、は? わ、私がカルセドニーを好き……?」

「あ、良かった、聞こえていた?」

「は、はぁ……、……それはええと、人として……」

「いや、男女の仲の意味だ」

「あ、ありえません! カルセドニーは女性らしい女性が好きなのです! 私のようながさつで戦うしか能のない高身長で筋肉まみれのゴツゴツ、あいつが好むはずもない! ただの幼馴染! 家族みたいなものです!」


 同じ勇者にそんな勘違いをされたらカルセドニーも迷惑だろう。

 ここは全力で否定して、奇妙な考えは捨てて頂かねば!


「本当に? ……では、アレク君とクリス君は?」

「ほお⁉︎ あ、あのお二人はパーティー仲間ですよ⁉︎」

「男女の仲は一切ないと?」

「ないです!」


 と、いうより畏れ多い!

 お二人は王族の方!

 たとえこの世界の王族ではなくとも、やんごとなき方々である事は間違いない!

 アレク様もクリス様もお子様っぽい空気でごまかしておられるが、私のような下の者にまでお優しくしてくださるし……!

 というか! ……正直、本当に年下の子どもだしな……。

 年齢十五歳って言ってたし。

 ……いや、別に歳は関係ないが……。

 と、とにかく……それ以前のあれです!


「そ、そもそも、私のような女らしさのかけらもない戦士が色恋など……」

「興味ないのかい?」

「…………、……あ、あるかないかで言われると…………なくもないですが……」


 その、恥ずかしいが一応年頃の女というやつなので。

 けれど、私は自分ががさつで女らしくない困ったら物理でなんとかするタイプなのは自覚している。

 だからそもそも男の人に興味を持たれる事がない。

 ……あ、いや違うな……。


「でも、そもそも私は女と認識される事がなくて……」

「……まあ、初めて会った時は失礼ながら私も男性と勘違いしたよ」

「ですよね」


 知ってます。

 私はそういう奴なのです。

 髪はボサボサ、化粧気もないのでブスできつめ。

 肩幅と筋肉と腹筋が逞しく、そのおかげで胸やお尻に脂肪は一切付いていない。

 全身ゴツゴツしていて、女性らしい体付きでもなく……性格もがさつ。


「……そうか。……では今は気になる異性はいないんだね?」

「は? はい」


 しかしなぜアーノルス様はそんな質問を?

 なにかの調査か?


「……では、私にもチャンスはあるかな?」

「なんのチャンスですか?」

「君の恋人になるチャンスだよ」

「…………」


 ……こい、び、……え?

 チャン、……………………は?


「へ?」

「実は君が一人でサラマンダーを倒した時からずっと気になっていたんだ」

「…………。…………?」


 サラマンダー?

 あの、森の主の?

 ……は、はあ?

 …………。

 あ、チャンスって私をパーティーに加える的な⁉︎

 ど、どうしよう、今はアレク様とクリス様に同行して頂いているから、いくらアーノルス様の頼みでも、それは!


「そして極め付けは『コホセの町』で見たあの俊足! 町の中心部から町の端っこの農場まで全力疾走しても全く呼吸の乱れぬスタミナ! すっかり心奪われてしまったよ!」

「そ、それは……、それはありがたいですが……私は……」


 ど、どうしよう、どう断れば失礼でないのだろうか。

 相手は剣聖勇者様。

 パーティーに誘って頂けるのは大変な名誉だが、私は一応マティアスティーンの民。

 お国の違うアーノルス様のパーティーに参加するのは考えてしまう。

 そ、そうだ、一応この場ではお返事を控えてアレク様に相談してみよう!

 そうだ、それがいい!

 ところで今気付いたがアーノルス様に両手を握り込まれている⁉︎

 し、しまった!

 逃げ場を奪われている⁉︎

 さ、さすが勇者……私の行動を先読みしていたというのか……!


「だが、今は君もそんな気持ちにはなれないだろう……分かっている。幼馴染を助ける事が今君の心を最も占める想いだろう」

「………………」


 幼馴染……。

 カルセドニー……。

 ……そうだ、早くカルセドニーを助けてやりたい。

 私は……。


「だから、奪還作戦が終わったら私と一日デートしてくれないか」

「…………はい?」

「私は本気だ」

「……。………。…………」


 え?

 えーと、え?


「……デ……?」

「デート」

「だ、誰と……」

「私と」

「だ、誰が……」

「君が」


 デ……?


「私とアーノルス様が⁉︎」

「考えておいてくれないか。答えは今でなくてもいい。私は君のような逞しい女性をずっと探していたんだ! けれど、世間ではなよなよしい壊れてしまいそうないかにも守ってくださいと言わんばかりの女性ばかりで……! あ、リリスは違うよ? ……というか、リリスはローグスが好きだし」

「リリス様はローグス様が好きだったんですか⁉︎」

「あ、これ私が言ってたって内緒だよ。言うと照れて怒るんだ」


 そ、そうだったんだ⁉︎


「……話が逸れたけど、私は君が好きだよ」

「……っ⁉︎」

「……だから、考えておいてくれ。……奪還作戦が終わったら……私と一日デートして欲しい。君が私を嫌いでないのなら……」

「…………」


 手が離れる。

 …………え、あ……、……アーノルス様が、わ、わ、私……を?


「さ、キノコを採って戻ろうか」

「は、は、は、はい……」


 キ、キノコ。

 そうだ、青く光り輝く謎のキノコ。

 採れば普通の茶色いキノコになる。


「え、ええと、ア、アーノルス様……」

「うん? なんだい?」

「……わ、私は、その、ア、アーノルス様の仰っていた事がよく分からないので、あまりからかわないで頂きたいのですが……」


 思い返してみるとアーノルス様の言っていた事半分以上分からない。

 え? サラマンダーを倒して全力疾走で息切れしないスタミナがどうとか言っていたような……?

 あれ?


「からかってなんていないよ」

「し、しかし、アーノルス様ともあろうお方が私などを……!」

「君は自分の魅力を分かっていないんだ! いいかい、オルガ……この世界に君以上に……立派な女戦士がいると思うかい⁉︎」

「え、い、いるんじゃないんでしょうか……?」

「いない! 私はこの世界を旅してきて、沢山の戦士を見てきた! 君以上に逞しい女戦士はいなかった! 一人でサラマンダーを倒し!」

「クリス様の援護あっての事です」

「一人でリトルワイバーンに立ち向かう!」

「トドメを刺したのはアレク様ですが……」

「その上、身嗜みを整えたらこんなに可愛い!」

「っ、そ、そんな事は……」

「君は私の理想の女性なんだ!」

「そ、そんな大袈裟な……!」

「君なら私と同じレベルに到達出来る!」

「レ、レベル150に……⁉︎」


 レベル150……。

 この世界で剣聖と謳われるアーノルス様が初めて到達したレベル150。

 戦士……いいや、剣を扱う者の到達点……剣聖と同じレベルに、私が⁉︎


「共に高みを目指せる女性を私はずっと探していたんだ! 君しかいない!」

「…………アーノルス様……」


 高み……。

 アーノルス様は今のレベルより更に上を目指しておられると……?

 な、なんと言う事だ……。

 これが剣聖のお考え……。

 そういえば私の両親も言っていた……。


 ――『オルガ、いいかい? 父さんと母さんはね……最初は敵国同士……更にソリが合わず、顔を合わせる度に相手の顔面をグッチャグッチャになるまで殴ろうとしていたんだよ』

 ――『でも拳と剣を交えていたらいつの間にか自分でも信じられないレベルに到達していたの。そしてその時に気付いたのよ……』

 ――『ああ、母さんこそ俺の運命の人だったんだ』

 ――『この人となら、もっと上を目指していけるって……! お前もそういう人と結婚するのよ』

 ――『きっとお前をもっと高みへと連れて行ってくれるはずさ……』


 ははははは…………。

 ははははははははは…………。



 …………と!


 アーノルス様はこれほどのレベルに達してまだ高みへと……。

 私は……、私は…………!


「私も、もっと強くなりたいです!」

「オルガ……!」

「アーノルス様! 是非、明日の奪還作戦が終わったら…………私と勝負してください!」

「……勿論だ! 約束だよ!」

「はい!」




 ……………………。


「クリスちゃん、あれ意味分かった? なんの話してたのかしら?」

「もう戻ろうリリス〜……心配して損した〜……」

「そうね……」




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