第12話 ナドレ出立
『ナドレの町』に着いて三日目。
今日、『スドボの町』から冒険者が合流してくる予定だ。
本来なら我々の方が待たせる事になっていたはずだが、予定よりも早く着いてしまった。
しかし、そのおかげで魔物に占拠された『ナドレの町』を救う事が出来たので、それ自体は悪い事ではないだろう。
今日はレベルの低い冒険者たちはレベリング。
サポートに勇者トールのご一行と、勇者アーノルス様、リガル様、リリス様が付く。
レベリングついでに、ナドレに向かっているはずのスドボの冒険者たちを迎えに行ってもらう。
希望としては、スドボにも勇者ご一行が来ていればいい。
そうすれば、勇者は三人。
戦力的にかなり安定するはず。
そして、私は今日も町の人たちに料理を作る炊き出し担当。
合間に『
「ふむ、やはり体力のある若い男は回復が早いのだよ。……ああ、いたいた。あれがオルガだ」
「? ローグス様、どうされましたか?」
「君に会いたいという人物がいたのだよ。礼を言いたいそうだ」
「礼?」
とは?
首を傾げる。
そこには緊張の面持ちの青年がいた。
あれ、どこかで見かけたような……。
「君は……」
「ステヴァンといいます。あの、助けて頂いて本当にありがとうございます。あなたは命の恩人です!」
「え?」
そんな大袈裟な。
というか、この青年は…………ええと……。
「あ! もしかして、私が最初にスープを作って飲ませた家の……」
「はい! ……え、オレが最初だったんですか……⁉︎ へ、へぇ、そ、そうだったのか……、……嬉しいな……へへへ」
「そうか、もう歩けるようになったのだな! 良かった」
「あなたのおかげです! だから、直接お礼が言いたくて……」
「そんな、君の家がたまたま無用心に開いていたからだ。普段であれば注意すべきだが……」
「あははは……」
人懐こそうな青年だな。
淡い茶色の髪に、優しい翠の瞳。
背も私より高い。
……いやうん、私が高すぎる自覚はある。
アレク様よりも少し高いくらいなのだから。
いや、アレク様もクリス様もにっこり「成長期だからすぐ抜かす」と微笑んでおられたが……。
ふう……。
「あの、オレ実はいつもは行商人をやってるんです」
「なんと、そうなのか」
「実家はバオテンルカで、メディレディアの首都スタンドへは仕入れに行く途中で……」
「……はぁ……?」
「いや……あの、こ、こう見えて戦えるんですよ!」
「まあ、レベルを聞いたところ24らしいので、とても連れていけないのだがね」
「…………」
項垂れる青年、ステヴァン。
まあ、レベル24は…………うん。
「で、でもあの、ステンドには何度も行ってるんです!」
「という事なので戦闘以外の理由で同行を頼もうと思っているのだよ。アレクはどこかね?」
「アレク様なら
「町長の家はどこだね?」
「私が案内します。すまん、少し抜ける」
「「「行ってらっしゃいませ、オルガ様!」」」
「も、もう……だから様付けはやめてくれ……」
炊き出し班にはすっかり様付けで呼ばれるようになってしまったな……。
いや、とりあえず今は町長の家だ。
……ちなみにクリス様は各家を回診中だ。
ローグス様同様、回復師として(若干面倒くさそうにしながらも)務めを果たしておられる。
「ははは、君も元々は勇者のパーティーにいたのだろう? 様付けで呼ばれる機会はこれまでもあったのではないのかね?」
「そ、そうですが……」
「勇者? オルガ様はやっぱり勇者だったんですか⁉︎」
「は? い、いやいや、私ではなく私の幼馴染がマティアスティーンの勇者だったのだ。諸事情でパーティーは抜けたのだが……少し前までは一緒に旅をしていた事がある」
「え? マ、マティアスティーンの勇者? ……ええ? マティアスティーンの勇者って……その、い、言っちゃアレですけど…………あ、アレですか?」
「? なんだね?」
…………う……じんわりと嫌な予感が……。
「服装の派手な魔法使いに鼻の下を伸ばし、町々の酒場で現地の女の子を集め豪遊し、商人には常に偉そうに振る舞い、町の人には恩着せがましい物言いをする……」
「…………。オルガ、君の幼馴染はそんな奴なのかね?」
「あ、あぁああの……いえ、言いわけするつもりはないのですが昔はそんな奴ではなく、真面目で優しい奴だったんです……! 豪遊についても再三諌めましたが明日のやる気に繋がるだのなんだのと言い、立ち居振る舞いもその都度注意をしてきたのですがどんどんわけの分からない屁理屈をこねるようになりまして〜っ」
「呆れたものだな……。まさか君がパーティーから外されたのはそれが理由なのかね?」
「外された⁉︎ オルガ様が⁉︎」
「い、いいえ! 私がカルセドニーにパーティーを外された理由は女らしくないからです!」
「「…………………………」」
…………あれ?
「…………。……き、昨日、そんなような事をクリスが言っていたが……ほ、本当にそんな理由で君を外したのだとしたら相当な馬鹿だね、マティアスティーンの勇者は」
「そ、そんなに……?」
ステヴァンも無言で首を縦に振り続ける。
……は、側から見たら、他人から見たらそうなのだろうけれど……。
「しかし実際、私はあまりにも女らしくありませんでした」
「いや、普通に君のお小言を煩わしく思ったのだろう。最近の君は化粧もするし髪も整えてくる。料理スキルレベルもどんどん上がっているのだろう? 今の君を見て男と勘違いする輩はいないよ。まあ、我輩も初見は勘違いしたがね」
「ロ、ローグス様……」
け、化粧と髪はクリス様です…………。
「……良いか、オルガ。我輩の好きな言葉に『偽りの友は笑い、真の友は怒る』と言うものがある。真の友は悪しき行いを諌めてくれるが、偽りの友は悪しき行いをしても笑う。そして増長、あるいはその道へと引き込もうとする……と言う意味だ」
「…………!」
「君の行いは友を想うが故だろう? それが分からぬ君の幼馴染は幼子で、愚かだ。……それは決して君のせいではない」
「…………、……でも、私が側にいながら……私はカルセドニーを正しい道に戻してやる事が出来なかったのです。それはやはり私の力不足が原因です……」
「君もまた若輩者である事を自覚したまえ。足りないと思うのならばこれから足してゆけばよい。君の幼馴染の勇者も同じ事だ。再会したら一発ぶん殴ってから、しっかり背中を押してやればいいのだよ」
「……ローグス様」
ローグス様、やはりアーノルス様の……勇者のパーティー最年長なだけあるのだな。
私のせいではない。
私も、カルセドニーも未熟者だから……。
「ありがとうございます……。なんだか少し心が軽くなった気が致します」
「君は真面目過ぎて少し抱え込むところがあるようだからね。たまには周りに吐き出して、相談したまえ。歳を重ねても尽きる事がなく、溜め込んでもろくな事がないのが悩みだ。増えて、溜めて押し潰される前に吐き出してしまえばいい。家族や仲間や友人に悩みを相談されて悪い気はしないものだろう?」
「……そ、そうですね……」
むしろ頼られて嬉しいとさえ思う。
……あ……。
「周りに頼る術を身に付けるのも、一つの成長だよ」
「は、はい!」
……それも一つの成長。
人に頼る事、相談する事……。
私はそれが上手く出来ないのか。
……ローグス様に言われるまで気付かないなんて……。
「その点で言うと先日、町の外の冒険者たちへスープを作っておくよう指示を出したのは良い傾向だろう」
「!」
「君の指示は正しかったと言う事なのだよ。彼らも住人たちの救助に役に立って喜んでいただろう? 君の成した事だ」
「……そ、そんな……」
「そうです! オレはオルガ様に助けてもらいました! 『ナドレの町』が助かったのはオルガ様のおかげです!」
「お、大袈裟だ!」
私一人では魔物は倒せなかったし、スープを作るよう言ってくれたのもクリス様だ。
私は提案しただけ……。
「ははは、まだ礼を素直に受け取れないか。まあ、それも一つの美徳だがね……相手の気持ちを想うのならば受け取ってやる事も必要なのだよ」
「うっ」
「で、町長の家とやらは……」
「あ、そこの角の家です」
本来の目的を忘れるところだったな。
町長の家に案内し終えて、炊き出しのやっている広場に戻ろうとした時だ。
「オルガ」
「はい」
ローグス様に呼び止められて振り返る。
「ありがとう」
「……うっ……、……あ、い、いいえ……お、お役に立てたなら、光栄です」
にんまりと笑われる。
……う、うう……慣れない。
けれど……。
「……よし、頑張ろう……!」
なぜか顔が自然に笑ってしまう。
***
その夜。
「マジかー」
との声はアレク様だ。
私は言葉が出ない。
苦い顔のアーノルス様たちと、深刻な皺を眉根の間に作るトール様。
「まさか、たったの五人だけとはね……」
「『スドボの町』にも防衛戦を戦った冒険者はいたが、『スドボの町』には治癒系の魔法使いがいなかったそうだ。それで、動ける冒険者はたったの五人……それも『職業能力引継ぎ』のスキルを持っている者は一人もいない」
「むしろよく五人でスドボから無事に辿り着けたね〜」
「途中で我々が合流しなければ厳しかっただろう。回復アイテムも底を尽きかけていた」
「回復アイテムかー……。確かたまにボアがポーション落っことすよねー」
「あ〜うん、貯めてあるよ〜。ボクら使わないもんね〜」
と、クリス様が空間保管庫で保管してあるポーションを取り出す。
ざっと二百本……。
え、こ、こんなに貯まっていたのか……?
わ、わあ……。
「これはすごい! 初級だけでなく、中級や上級も混ざっているじゃないか!」
「あー、上級は多分ミスリルボアの時かなー」
ああ、あの時か。
お金もたんまりだったなぁ。
おかげで剣も装備も新調出来た。
ありがとうミスリルボア……。
……いや、現実逃避している場合ではなく……。
「でも全てのパーティーに持たせると少し心許ない量だよねー……」
「はい!」
「はい、行商人の人」
……あれ?
ステヴァンなぜここに?
いつからいたのだ?
あ、広場の炊き出しへ食事を取りに来たのだろうか?
我々は町の人たちがゆっくり休めるように、広場で野宿しているし交代で二十四時間炊き出し営業しているから……。
うん、でもそんな感じには見えない……。
アレク様が相変わらず名前を覚えないスタンスで接するという事は……。
「ポーションならうちの倉庫に五百本程あります! 他にも薬草セットやマンドラの粉や、オートリキュールも! 町を助けて頂いたお礼です、八割引にさせて頂きますよ!」
「……なぁんだ、タダでくれるんじゃないの〜ん? ケチケチしないで無償提供して欲しいわ〜」
「リ、リリス様……!」
なんて事を言うんですか!
八割引なんてすごすぎますよ⁉︎
マンドラの粉は戦闘不能の怪我を一瞬で回復させる超高額の貴重アイテム!
オートリキュールも全効果異常を一定時間無効化出来る。
薬草セットは初心者の冒険者には安価で必需品だ。
「う、す、すみません……」
「謝る事ないよー。それで手を打とうじゃない。全部買取ねー」
「アレク君⁉︎」
「ちょ、ちょっと待てアレク君! いくらになるか分かってるのかい⁉︎ 僕らの全財産合わせても……たとえ八割引でもマンドラの粉は……!」
「そんなに高いの?」
これで足りる?
とアレク様がクリス様の空間から取り出してきたのは、これまで倒してきたボアの牙や毛皮!
サラマンダーやリトルワイバーンの爪や牙、鱗…………。
こ、これは……っ!
「こ、これは! す、すごい! こんな大きなサラマンダーの毒爪や牙は初めて見た! それにこっちはワイバーンの爪と牙、翼と鱗!」
「足りるー?」
「お釣りがお返し出来ますよ!」
「だ、そうだけどー」
「……すまないなんでもありません」
「なんでもありません」
ゆ、勇者二人が敬語で身を引いた……!
「ドラゴン系の魔物の爪や牙、鱗は高価だものね……。まさか、こうなる事を見越してリトルワイバーンの体をあまり傷付けずに倒せと言っていたの?」
「ううん、お肉食べたかったからー」
「あ、ああそう……」
リトルワイバーンはアレク様とクリス様が美味しく頂きました。
……その光景はなかなかに……うっ……。
「リトルワイバーンといえば内臓も取ってあるけど……」
「ほ、本当ですか⁉︎ ドラゴンの肝はエリクシールの材料になるんですよ! 是非買い取らせてください!」
「良いけど、その代わり装備品も安くしてくれるー? 三十人以上の冒険者の装備を最後に整えておきたいんだよねー」
「な、なるほどそうきましたか……。分かりました、まとめ買いして頂けるのなら武器や防具は二割引でどうでしょう……」
「えー、アクセサリー系も付けてくれなきゃドラゴンの肝は考えちゃうなー」
「くっ……! ……、……で、では超レアアイテム『賢者の瞳』をお付けしますので……武器防具はどうか二割で……」
「なーに? 『賢者の瞳』って」
「最高職『賢者』に行き着いた者の鑑定眼魔法を、加工した石に封じ込めた超レアアイテムです。初めてのダンジョンでも、地形を把握する事が出来ます」
「おっけー、買った。それでいこう」
「まいどあり!」
「……君は交渉ごとにまで長けているのかね……。末恐ろし良いな」
お、恐るべし、アレク様……。
「そして君もなかなかに思い切り商売するね」
「商品は売る為にあるんです、持ってても仕方ありません。それに、ドラゴンの肝もレアアイテムですからね。量は少ないですが、質はいい。そもそも貴重なものですし」
「まあ、リトルワイバーン…………味はイマイチだったけどー」
「え、食べ……? え?」
「まあ、なんにしても明日までに新しく来た冒険者を加えた人数で出来る作戦を考えるよー。この町からステンドまでは大体二日……。商人さんにはステンドの町の中と城内について、引き続き教えてもらうけどー、良い?」
「もちろん! ま、まあ、城内の細部はさすがに分からないけれど……」
「まあ、そこは贅沢言わないよー。城までの最短ルートが知りたいだけだしー」
……そういう理由でステヴァンはここにいたのか。
ずっとざっくりとした冒険者案内用の地図しかなかったからな。
町や城の事が分かればアレク様も作戦が立てやすいはず!
ステヴァンが行商人のおかげでアイテムも手に入ったし、装備も再度調節出来そうだ。
「残す冒険者たちも選出しておかねばだねー。攻防戦が始まって魔物がこの町まで逃げてくる事も想定すると、やっぱりレベルの低い奴らは置いていけないー」
「最低でもレベル40前後か。……やはり手痛いな」
「結界張ってく〜?」
「そうだねー」
「けっかい?」
また新たな単語が……。
「ずっとは無理だけど〜、一週間くらいなら魔を退ける聖結界を張っておけるよ〜。ボクって有能でしょ〜?」
早くも自画自賛⁉︎
あ、で、ではなく……魔を退ける聖結界?
「クリスちゃん、
「
「そんな魔法があるのかね⁉︎」
「なにそれすごい画期的!」
「その分、消費する魔力は大量だし固定化が難しい高難易度魔法だけどね〜」
「いや、興味深い! ぜひ教えてくれたまえ!」
「ワタシにも使える? 教えて教えて!」
……魔法使いお二人が今日も向上心に満ち溢れておられる……。
「え〜、人間一人じゃ結界は無理だよ〜? 一番弱い結界魔法でも普通の人間なら十人は必要だも〜ん」
「そ、そんなに難し良いのかね? ……と、いうか……」
「それをクリスちゃんは一人で使えるって言うの?」
「ふふ〜ん、ボク戦闘系は苦手だけど補助系と回復系は得意なの〜」
「答えになっていないのだよ……」
「扱える魔力量が僕らは生まれつき人より多いんだよー。体質なのー、仕方ないの」
「そういう事〜」
「なにそれずるい……」
なにそれすごい……。
さすが王族……なのか?
「けれど、それなら『ナドレの町』の心配は減るね」
「扱える魔力量が常人よりも多いという事はアレクもクリス同様、強力な魔法を一人で使えるという事かね?」
「使えるよー。僕はクリスより攻撃型だから広範囲個別狙撃魔法や長距離狙撃魔法が主だけどー」
「聞いた事ない魔法なんだけど」
「クリティカル率が高くないと覚えられない魔法だからね〜、アレクのは〜」
「奪還戦の時に見せてあげるよー。……本当はあんまり参加したくなかったけどー、そうせざるを得ないみたいだしー」
「それは心強いね」
と、なぜかアーノルス様が私を見ながら言う。
……えーと、いやまあ、確かに心強いのだが……。
なんとなく申し訳なくもあると言うか……。
「なんにしても明日朝一にステンドに出発するよー。そのつもりでよろしくでーす」
「はい!」
「ああ」
「うん!」
皆が頷く。
いよいよ、ステンド奪還戦……!
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