第11話 これまでとこれからと



「いやぁ、危なかったな。もう少しで町は全滅だった」

「ボアをあんなに大量に持っていたクリス様に感謝だ」

「さすが聖女……いや天女様だな!」

「お前たち、手が止まっているぞ」

「「「はい! オルガ様!」」」

「……さ、様はいらないんだが……」


 『ナドレの町』に着いて翌日の朝。

 クリス様の株はますます上がり、ついに私の事まで様付けで呼んでご機嫌とりをし始まる冒険者が現れた。

 恐るべし天女様……女性ではないが、本当にこの呼び方であの方は満足なのだろうか……。

 いや、本人が言い出したのだからそれで良いのだろうが……。

 そして私の料理スキルのレベルは3まで上がり、昨日よりも手際よく美味しく作れるようになってきた。

 あと二つレベルが上がれば料理に効果付加が付くようになる。

 精進しよう。

 食事の大切さは知っていたが、飢餓で胃の弱った人たちが食べられるレシピを知らなければ私はやっぱり木偶の坊のままだった。

 料理スキルが本当はこんなに役立つものだったなんて。

 ……戦う事しか出来ないのは本当に役立たずだったのだな。

 カルセドニーの言う通りだ。

 私はもっとカルセドニーの言葉を真摯に受け止めるべきだった。

 女子力って大切なのだな!




「さて、これからどうするかね」


 広場には食事を食べに来たり、町の人の為に取りに来た冒険者たちが溢れている。

 料理スキルのある者は総じて料理作りだ。

 野菜は少ないが肉だけは豊富にある。

 その一角で二組の勇者ご一行とアレク様、クリス様が顔を付き合わせて話し合いが始まっていた。

 冒険者たちもたまにちらちら遠目から眺めるが、話し合いに入っていこうとはしない。

 そんな空気ではないからだろう。

 ローグス様がアレク様とアーノルス様を交互に見遣り、口を開く。

 パンをちぎって口に入れるアレク様。

 なんというか、アレク様は勇者達と一緒にいるのがすっかり当たり前の光景だな。

 実力が勇者ご一行と同等のレベル……という事になっているしクリス様の事もあるから、冒険者たちもアレク様が勇者達と一緒にいて指示を出すのになんの違和感もなくなっている。

 まあ、指揮能力は皆、コホセからの旅で十二分に理解しているし。


「町の人たちの介護に中堅レベルの冒険者は置いていくしかないだろうねー」

「戦力が落ちるぞ⁉︎」

「なら放っておくー?」

「……い、いや、さすがにそれは……」


 リガル様が立ち上がった。

 と、思ったらしおしおと席に座る。

 中堅レベルが離れるのは痛い。

 だが、アレク様の言う通りこの町はステンドから一番近い町。

 放って置けばまた強い魔物に占拠されるかもしれない。


「『スドボの町』から冒険者たちが辿り着くのは今日か明日。明日の夜まで待って、スドボから冒険者が来なければ僕らだけでステンドに発つよー。その場合はその場合で作戦は考えるー」

「ステンドはメディレディアの首都だぞ? この町とは規模が違う! この町にいた魔物のレベルを考えれば、首都の魔物はそれより強いかもしれねぇ。本当になんとか出来るのか?」

「確かにディロの言う通りだね……。しかしバオテンルカ王国の軍の派遣は時間がかかる。国家間の問題もあるしな。最悪メディレディアの城に少数が入り、バオテンルカ王国への救援要請だけでもメディレディア王から受け取って脱出する事も……検討すべきかもしれないのだよ」

「そだねー。それは最後の手段かなー……。本当なら城の中からそれをやって貰えると時間が短縮出来るんだけど……籠城状態からそれをするのは大変だろうねー」

「書面にして鳥に持たせたりは出来ないのかしらねー?」

「リトルワイバーンがこの町をうろついてたところを考えるに、空を飛ぶ魔物も多いのだろう。そんなところを飛べる伝書鳥はいないと思うのだよ」

「……そっか。それもそうね」


『ナドレの町』に来るスドボの冒険者達の質に頼る事になりそうだな……。

 回復系の魔法使いも少ないし……カルセドニーたちは大丈夫だろうか。

 ……カルセドニー……。


「! すまない、少し外す」

「はい、オルガ様」

「だから様はやめてくれ」


 炊き出し場を任せてアレク様たちのところに近付く。

 そうだ、忘れるところだった。


「アレク様」

「どうしたのオルガー」

「メディレディアの勇者も城に籠城しているのですよね?」

「!」

「そうか……マティアスティーンの勇者だけでなく、城にはメディレディアの勇者が一緒にいるのだったな!」

「ヴィートリッヒだな」

「強いの?」

「レベルは90を超えているはずだよ」


 メディレディア王国、勇者ヴィートリッヒ様。

 そんなに強かったのか!


「その方に協力をしてもらえないのでしょうか!」

「それはもう考えたのだよ。そして、よく考えるとそれはそれで奇妙な話なのだよ、オルガ」

「え?」


 ローグス様が首を振る。

 どういう事だ?


「そうなんだよー。その勇者が強いなら尚の事、三週間近くも沈黙してる意味が分かんないんだよねー」

「外からの助けを待っている理由がある、と思われるのだよ。例えば最もレベルの高いヴィートリッヒが大怪我をして動けない……最悪、戦死している」

「! ゆ、勇者が……⁉︎」

「我々も怪我をするし、熱も出す。体は人間そのものだからね」

「あ……す、すみません……そう、ですよね」

「いや、構わないよ」


 そうだった、勇者とは言え普通の人間だ。

 聖剣を持ち、扱う資格があるだけ。

 カルセドニーはレベルも低いからよくエリナ姫の世話になっていたのに……。


「でも、それでは……」


 そんなレベルのヴィートリッヒ様が大怪我をしているか、あるいは……。

 だとしたら、ヴィートリッヒ様よりも弱いカルセドニーは?

 いや、あいつだって強くなっているはず……。

 ……強くなっているはずだけど……そんな、ヴィートリッヒ様よりも強くはなっていないだろうし……。


「オルガが知り合いの勇者を心配すると思って言わなかったけどー……今オルガが考えてる可能性も十分あるよー」

「ちょっとアレク〜! それ言わないって言ったじゃ〜ん⁉︎」

「だってもう気付いちゃったでしょー。覚悟はしておいてもらった方がいいよー……。思ってたより状況悪いしー」

「っ……」


 …………カルセドニーが……。

 ……その、可能性。

 まだ可能性。

 でも、メディレディアの勇者がなんらかの理由で動けない。

 なら、カルセドニーも同じ状況である可能性が高い。

 ……そうだよな……私はなにを根拠に信じていたんだろう。

 勇者だって人間なんだ。

 勇者だって怪我をするし熱も出す。

 知っていたはずなのに…………。


「……オルガ……」

「大丈夫です、それは当たり前の事です。戦う者として、その覚悟はあります」

「……でも……」

「それよりも、今まで気遣ってくださってありがとうございました。私は大丈夫です」


 そうだ。

 それに、そうじゃない可能性だってある。

 ステンドに行かなければ分からない。


「私はカルセドニーを、あいつなら生きていると信じます」

「え〜〜〜……。……オルガの幼馴染、オルガの事女子っぽくないってパーティーから外したんでしょ〜? 普通そういう答え出す〜?」

「え? い、いえ、でも実際料理スキルはとても重要なスキルだったと気付きましたし?」

「どういう真面目〜? そこ素直に受け止めるのもおかしいと思うんだけどぉ〜〜っ」

「なんで怒ってるんですかクリス様……」

「……そう……。オルガがそう言うんなら……」


 と、思案顔になるアレク様。

 ……多分、アレク様とクリス様が本気で戦えば我々だけでステンド奪還に動いてもなんとかなるのだろう。

 だが、もし勇者よりも強い……というかレベルが1000より上だなんてバレたら色々面倒なんだろうな。

 それでなくとも異世界から来た王子様だし。

 ……異世界から来た……。

 多分、それだけでこの世界の人間は“魔王と同じ”だと思う。

 私ですら一瞬そう思った。

 それはこのお二人の旅路の障害になるだろう。

 なにより、この世界の事はこの世界の人間でなんとかすべきだ。

 助力して頂けるだけ感謝せねば。


「君の幼馴染は幸せだな。君にそんな風に信じてもらって」

「え? い、いや……そんな大袈裟ですよ、アーノルス様」

「いや……。少し…………羨ましいよ」

「アーノルス様……?」

「まあ、それはそれとしてー」


 アレク様が遮る。

 あ、そうだ、今後の話の最中だった。

 私のせいで中断させてしまった……! 不覚!


「とりあえず明日、レベルの低い冒険者たちはレベリングに行ってもらうー。おバカトールとその愉快な仲間たちはサポートでついて行ってねー」

「え? 僕たちが?」

「愉快な仲間たちってオメェ……」

「だって体力有り余ってるでしょー? 金髪勇者のところは回復メガネが町に必要だしー」

「それなら俺だけでも付いて行っていいかな! 俺もレベリング行きたい!」

「……じゃあわんこ騎士は金髪勇者と一緒にスドボから来るであろう冒険者を迎えに行ってよー。近くまで来てるはずだからー。あと、ついでに食材になりそうな魔物狩ってきてー。ステンドも食糧難になってると思うしー」

「なるほど。確かにその通りだな。よし、リガル、明日は私と狩りだ」

「了解です!」

「なら、ワタシもアーノルスたちに付いて行くわ。クリスちゃんに空間魔法を教わったから、狩った魔物はワタシが運んであげる」

「おお〜〜」


 頼もしい!

 というか……。


「空間魔法って、リリス様にも覚えられたのですね」

「そういえば『思伝テレパス』も教えてあげるって約束してたよねー。使えると便利だし、魔力の消費が激しいものでもないからみんなにも教えてあげるよー」

「おお! 僕たちにも魔法が覚えられるんですか⁉︎」

「脳筋勇者は先に『瞬歩』覚えた方がいいんじゃないの〜? 見るからにスピードに難ありって感じだしぃ〜」

「『瞬歩』?」


 アーノルス様が首を傾げる。

 ……そうか、この世界にはない魔法ばかりなんだ。


「あ、これの事です。私もこの間お二人に教えて頂いたんですが……」


 と、『瞬歩』を使ってみせた。

 驚愕の表情のご一行。

 そうだよな、完全に瞬間移動みたいなものだものな。


「こ、こんな力、我々にも覚えられるのか⁉︎」

「『瞬歩』は身体強化魔法の一つだから魔力の消費は少ないしー、僕らの国の騎士はコレ以外にも十以上の身体強化魔法を使えないとそもそも入団試験を受けられなーい。使えて当然の初歩の初歩だねー」

「しょ、初歩⁉︎」

「嘘でしょ⁉︎ あ、貴方達の国どーゆー国なの⁉︎ ものすごく行ってみたいんだけど⁉︎」

「それはお断りー」


 ですよね。


「……あの、その、使えて当然の身体強化魔法は他にもあるんですよね? 是非覚えたいのですが!」

「良いよー。オルガには教えてあげるー」

「その差別なに⁉︎ 俺たちにも教えてよー⁉︎」

「えー、オルガは僕らの従者だものー」

「ほ、他の皆さんにも覚えてもらった方が奪還作戦の時に役立ちますよ! きっと!」

「まぁねー。……仕方ない、オルガに免じて教えてあげようー。明日までに覚えてねー」

「ああ!」

「必ず覚えよう!」

「俺も俺も!」

「へ、やってやろうじゃねぇか」

「オルガ、君が言い出していたところ悪いのだが、君は料理スキルがある。町の人たちへの配給料理を作るのを手伝ってくれたまえ。まだまだ栄養失調の患者が多い故、流動食を作って欲しいのだよ」

「流動食ですか?」


 ローグス様が言うにはスープだけではバランスが悪い。

 固形物を食べる程元気が出ていない人が多いので、スープよりも素材の栄養を取りやすい流動食というものを作って振舞って欲しい、と言う事らしい。

 作り方は布の上で煮込んで柔らかくなった芋などの野菜を、肉で出汁をとったスープでさらに煮込む。

 塩は少なめにして、野菜を多めに。

 しかし、野菜は余り手持ちがないのだ。


「その件なら心配はいらないのだよ。意識を取り戻した住人から、畑の野菜を収穫して良いと許可はもらっている」

「そうなのですね、分かりました」

「それと、農場の様子を見て欲しいとも言われている。……牛や羊は魔物に食べられている可能性が高いが、もしかしたら生き残っている家畜がいるかもしれない。牛乳が得られれば料理に使えるのだがね」

「そちらも確認してみましょう」

「頼むのだよ。我輩はまだ体調の芳しくない患者を診なければならないのだ」

「はい、お任せください」


 ローグス様は回復師であると同時にお医者様でもある。

 薬草にもお詳しいし話していると本当に勉強になるな。



 ***



 カルセドニーはちゃんと食事を摂れているだろうか。

 ちゃんとお風呂に入って、眠れているだろうか。

 怪我をしていてもきっとエリナ姫が治してくれているだろうし、料理の上手いなナリーが一緒だから食事も摂れているはずだよな……。


「よし」


 味見をしてみる。

 初めて作った流動食は、まだ起きる元気のない町の人たちへと運ばれていく。

 交代で町の人の介抱を行う我々は、正直なところ余り休めていない。

 だがそれは勇者ご一行も同じ。

 むしろあちらの方がより過酷かもしれない。


「勇者たちは新技の修行中らしいぞ」

「マジかよ、さすがだな」

「俺たちが休みたいとは言えねーなー……」

「けど、さすがに二日間戦いながら歩きっぱなしで町に着いたらコレって……」

「私が代わろう。お前たちは少し休んで来るといい」

「「「オルガ様!」」」

「様付けはやめてくれ……」


 今更ながらにアレク様が「様付けやめろ」と言っていた気持ちが理解出来る……!

 すみませんアレク様!


「というか、私もお前たちと同じ冒険者なのだが」

「いやいやー、あの王子様然としたアレク様や天女様と同じパーティーメンバーの時点でもうなんか特殊ですよー」

「そーそー」

「アレク様とクリス様って絶対どっかの国のお偉方のご子息だよなー。もう立ち居振る舞いっていうの? オーラっていうの? 教養がなってるっていうの? 違うよなー」

「そーそー」

「勇者様たちにも物怖じしないし、ありゃ一国の王子とかそれに近い身分の方だろ、絶対」

「………………」


 ……アレク様、クリス様……ダメです。

 やはり貴方方の色んなもので我々のような下民どもはすぐにお二人のお育ちの良さが分かります……。


「そうだ、明日は俺たちもレベリングに行けるんですよね?」

「そうなる。旅で疲れているだろうが、ステンドにいる魔物のレベルが50前後の可能性が高い。生き延びる為にもせめて40ぐらいになって欲しいそうだ」

「40か……パーティーボーナスだけでも結構きついよなー」


 …………そうだろうか?

 私は苦にならないレベルだったが……。


「オルガ、お料理手伝うよー」

「アレク様!」

「うえええぇ⁉︎ ア、アレク様が料理⁉︎」

「え? なにー? 僕料理スキルあるもーん。そりゃまだスキルレベル3だけどー」

「そういう事ではないと思います……」


 だが助かるな。

 ちょうど彼らを休憩させようと思っていたところだし。


「あ、休憩してきていいぞ?」


 と、声をかけると……。


「いやぁ、俺たちもっと働きたいと思ってたところでしてー!」

「アレク様ー、アレク様はどこかのお国の王子様かなにかでらっしゃるんじゃあないですか?」

「俺たちにこっそり教えてくださいよ〜! ここだけの話、ここだけの話で!」

「休憩してきていいよー」


 にっこり。

 しかし有無を言わさぬ空気。

 スー……っと下がる三人の冒険者。


「……アレク様、そういうところだと思います」

「え? なにが?」


 王族だとバレる理由が。


「レシピ教えてー」

「はい、えっとまずは……」

「ふむふむ……。……うーん」

「どうしましたか?」

「いや、明日には動ける住人が出て来ればいいけど……もしいなかったら料理スキルのある冒険者を残しておいた方がい良いなって」

「……確かにそうかもしれませんね……」


 そうなるとますます戦力が減るな。

 スドボから来る冒険者たちが料理スキルや回復魔法の使える者ばかりなわけもないし……。


「なんにしても奪還作戦、少し本気出すよ」

「え?」

「面倒だからレベルがバレない程度でね。……個人的には君を虐めた勇者ご一行はどうなってもいいんだけどー」

「カルセドニーたちの事ですか? 私は彼らに虐められてなんていませんよ。むしろ、離れてみて自分の至らなさを実感してばかりです」

「は?」

「料理が作れない、化粧も出来ない、女らしく出来ない……。確かにカルセドニーの言う通り私は女らしくない。実際料理スキルを得て、このスキルがどれだけ価値あるものかを知りました。化粧は……まだよく分かりませんが……きっとなにか深い意味があるのでしょう。……カルセドニーに言われて、パーティーを追い出されなければ知ろうともしなかった」


 だから感謝してる。

 体型や身長はどうする事も出来ないし、ガサツな性格も治せるとは思えないが……。

 それでも料理スキルは覚えて本当に良かった。

 それに……。


「それに、アレク様やクリス様に出会えました。お二人にはたくさんの事を学ばせて頂いてます」

「……オルガ……」

「従者にしてくださってありがとうございます」


 ……パーティーを組むと言ってくれて。

 二人と……まだ一ヶ月も経っていないけれど……。

『瞬歩』や料理、化粧……。

 弱い人達の為に自分が出来る事。

 たくさん教わった。

 カルセドニーから離れなければ分からなかった事。

 見えなかった事。

 出来なかった事。

 出会えなかった人々。

 全部……。


「…………君は……」

「はい?」

「……いや……(……珍しいくらい真っ当な『勇者の資質』……。オルガの国の聖剣は人選を誤ったんじゃないのか? ……本当に聖剣はオルガの幼馴染を選んだのかなー……)」




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