第13話
改めて黒い人から距離を取って座り直すと黒い人の近くが急に燃えた。明るくなった中に黒い人がいた。暗い色の外套を羽織って、灰色の髪で、赤い目で。角の付いた多分カチューシャを付けてる、と思う。
燃えているのは黒い人が肩まで持ち上げている手のひらの上、の、何だろう。空気。熱そう。
「熱くないんですか? 火がすごい近い」
「これ見て感想それだけか」
そう言われて少し首を捻って考える。他の感想、他の感想。
「あ、ランタンが要らなくなっちゃいますね?」
キャンプの必需品であるランタンが売れなくなったら大変。
私の答えを聞いて黒い人は吹き出して笑った。なんで? 私生活かかってるから大変だよ? ちょっとだけ怒って言うと黒い人は片手を振ってごめんごめんと謝るけど、でも笑ったまま。
「あははは、この角と魔法見てそんなこと言う人初めてだ」
角、カチューシャじゃなかった。
また笑われるかと思って慌てて口を両手で塞いだけれど少し遅かったみたいで黒い人はまた大声で笑った。ひどい。
「はじめまして不思議な人。私は多分そちらで魔王と呼ばれている魔族の者だ」
「はじめまして魔王様、私は咲花雪。近くの村で道具屋さんをしてます」
「ふふ、やっぱり驚かない。それで、あまり戦えるように見えないけど雪は何しにここへ?」
「魔族の人と会いに」
不意に火が揺れて、魔王様の細められた目がよく見えた。魔王様の目も多分綺麗な赤色で、火が揺れると目の中の光も揺れているみたい。
「何故」「綺麗ですね」
魔王様の声とかぶった。
魔王様は少しだけ視線を逸らすとやっぱり笑う。
「何が綺麗なんだ?」
「御目が」
「ふうん」
火の玉が宙に浮かんだまま魔王様は指先で目の下を目頭から目尻まで撫でた。やっぱり火の玉が熱そう。目が乾きそう。
「目が乾きそうとか考えてる?」
「考えてました」
魔王様はやっぱり、と笑って片手で火の玉に触った。
それは熱いを通り越しちゃう。
慌てて火の玉に触れた手を両手で取って火の玉から離そうとする。そうすると当たり前だけど魔王様の身体の方に倒れ込むことになった。
ぐえ、と潰れた声が聞こえた。
「火傷は……?」
「ただの光源だから熱くない。それより打った背中と頭の方が重傷だ。退いてくれ」
魔王様の手は赤くもなってない。よかった。
魔王様の手を離して魔王様の上に寝転ぶ形になっていたことに気付いた。
「頭大丈夫ですか?」
「……心配か馬鹿にされているかが紙一重だな」
退いてくれ、と肩を押される。魔王様の上から退いて改めて座り直す。
「ほら」
魔王様はゆっくりと火の玉に手をやって、火の玉はゆっくり近づいてくる。でも、熱くない。少し眩しいだけ。
本当にランタンが要らなくなっちゃう。
私の言葉に魔王様は口元を隠した。絶対笑ってる。
「で、雪は何で魔族なんて探しているんだ。害を成す怖いものだろう?」
「え? 魔族は魔物を統治してくれるいい人ですよ?」
「そんなこと言う人、珍しい」
私の家族はみんなそう言っていますよ。
魔王様は変な家族、といってまた笑う。失礼です。と言っても聞いてもらえず魔王様はひとしきり笑ってから座ったまま赤い目を私の後ろの方に向けた。真っ暗な森の中。振り向いてもなにもない。
「その家族のいる場所に帰らなくて良いのか」
「帰りますよ、家族はいませんけど。魔王様に会えましたから」
「家族が、居ない? それは魔物にか?」
いいえ。と首を振って少しだけ考える。私には両親が居ない、兄弟も居ない。元々両親が居て、自分は一人っ子だった。両親はとても優しくて。でも居なくて。
それは何で? 大事なことのはずなのに覚えていない。
「家族は居ません」
忘れてしまった理由に思わず同じ言葉を繰り返してしまった。魔王様は驚いたみたいに少しだけ動かずに居たけれど同じことは聞かずにそうか、と小さく笑って立つ。
「麓の村だろう。近くまで送る。途中で転けて魔物たちを潰されても困るのでな」
あ、ひどい。文句を言えばやっぱり笑う魔王様はやっぱり家族から聞いたままの魔王様で。
村に帰ったら家族から聞いた魔族と魔王様の話を少しずつ広めようと、少しだけ思った。
小さな道具屋さん。 つきしろ @ryuharu0303
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