第12話 まおうのうわさ

 

 今から五年くらい前、だったかな。詳しい日付までは覚えていないけれど雪が振りそうなほどに冷え込んだ日だったと覚えてる。あの頃はまだ父が家に居た。父が居て色んな話をしてくれた。お伽話や実際にあった話、お店の管理方法や品物の仕入れ方。


 お仕事の話が多かったけれど父は月に一度くらい必ず話してくれるお話があった。


 それがまおう様のお話だった。魔族の王様と書いて【魔王】 魔族を治めていて人の世界へ魔族の被害を出さないようにしてくれている優しい王様。特に今の王様は優しいらしくて、ユウシャという人が王様を殺そうとしても反撃をしたりすることはなくて、できるだけ無傷で追い返しているとのこと。


 懐かしいそんなお話を思い出したのは酒場で伊佐君のお話を聞いていたから。


 伊佐君が話していたのは王都の兵士さんたちのお仕事について。ほとんどが町中の見回りや魔族の討伐だったりする。兵士になったら魔族を根こそぎ倒すんだ。


 そういうお話。


 彼らにとって魔族の人たちは私たち家族にとっての魔族の人たちと違った。初めて知った。普通、魔族の人たちは人間を襲う怖い存在とされているらしい。


 そういえば、私は人間には会ったことがあるけれど魔族の人たちに会ったことがない。


 

 そう思ったのが多分今から一時間くらい前のこと。魔族に会うなら一緒に行くと意気込んで準備をした伊佐くんが大きな鳥さんに拐われて村の方向に飛んで消えていったのが三十分ほど前のこと。


 日は暮れ始めていて、周りはうっすらと赤い陽の光に影響されて色を変えている。お店は三日間臨時休業にすると書き置きを残しているし、最低限必要な薬などは酒場のマスターさんに渡してある。うん、大丈夫。


 寝る時は毛布があるから。あ、でも敷布団がない。最近は雨も降っていないし草の上でも良いかな。


 伊佐くんは方位を示すものを持っているからどこで落とされてもきっとどこかの村か街にたどり着くことが出来る、と思う。


 適度な速さでノンビリと歩き続けていると日が暮れた。


 真っ暗。


 腰につけた携帯用の小さな提灯の光が足下だけを照らしてくれる。けれど少し前の樹の根っこなんてもちろん見えない。


 ここは、おそらく村から離れた深い森の中の獣道、から少し離れた場所。コンパスは持っているけれど今はまだ必要ない。まだ、魔族の人たちに会えていないから。



「魔族の人たちってどこに居るの、かな」



 静かな森のなかだと自分の独り言が大きな声のように聞こえる。少し恥ずかしい。


 急に、私の前で草が鳴って枝の折れるような音が聞こえた。


 魔族の人かな。


 そう思って、嬉しくなって、私は早足でそちらへ歩み寄った。


 腰の明かりが照らす足下の少し先、成長しすぎた樹の大きな根っこが私の足を引っ掛けた。そしてそのまま私は物音のした方向へと倒れこんだ。


 その場所は少し開けた草地。


 倒れこむ先の地面に黒色の先客さんが居るのを視認したところで私の視界は真っ黒になった。


 私の腰についていた明かりは倒れこんだ衝撃で中の火が消えてしまったみたい。


 月も出ていない今日は自然の明かりが全く無くて、私は柔らかくて黒いモノの上に倒れこんだ。暖かかった。



「おい人間、私の上で何をしている」



 私と同じ言葉を喋った黒い先客さんに笑いかけた。



「寒かったから、暖をもらってます」



 普段傭兵さんから漏れだすような大きなため息が近い場所から聞こえてきた。近くに傭兵さんは居ないはずなのに、不思議。

 

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