第11話
酔いも飛んだのか、私の言葉を聞いた途端真顔になった傭兵さんはお酒のお金をオジサンに渡すと立ち上がり、身だしなみを整えている。そういえば去年は今みたいに身だしなみ整えた傭兵さんが酔った勢いでマスターさんを口説こうとしてて――。
「雪さん行くよ、綺麗な女性は何処だい?」
去年のことなんて覚えていない傭兵さんは珍しい真顔のまま私のお店を目指して歩く。
身長の差もあって着いていくのがつらいけれど時折気にして歩調を遅くしてくれるから困ることはない。直後にまた早くなるのは多分、無意識なのだと思う。
いつもより早く歩いているといつもより早くお店の前に着く。
女の人がこちらを見つけて小走りに走ってくる。
傭兵さんはどんな顔をしているのかな。ふと見上げると面白い顔をしていた。とても嫌そうな、とても嫌いなものを見つけてしまったような。
「雪さん、あれはね。綺麗な女性じゃないよ。確かにスタイル良いけどね」
傭兵さんの綺麗な女性の基準がよくわからない。
「あれはね、クソ真面目な仕事馬鹿な奴の顔だから。俺が最も嫌いな人種だから。じゃあ、俺はこれで!」
言い終わるのが早かったのか、傭兵さんが女の人とは逆方向に走るのが早かったのか。
今までに見たことないくらい必死に、傭兵さんは走っていった。
女の人は私の近くで足を止める。足も細い方だと思う。
「ありがとう。私が探していたヨウヘイ様だ。後は私が捕まえる。手間をとらせてしまったな」
「いえ、お力になれてよかったです。貴女はとてもお綺麗ですよ」
「はっ? あ、いや。……うん、ありがとう。貴女も綺麗だ。それでは、私はこれで」
言われ慣れている言葉だったのか、女の人は綺麗に微笑んで傭兵さんの後を追っていった。
やっぱり、綺麗な人だと思うのだけど。私の感覚がおかしいのか。
傭兵さんが告白したのかな、女の人が告白したのかな。
今日はお祭りだから、傭兵さんがお祭りに誘って約束を破ってしまったとか。有り得る。いつもの傭兵さんだから。
酔うとどうなるか知ってるマスターさんにも絡みに行くから。
結果は、傭兵さんがお酒に潰されて帰ってくる。ほとんど意識もない状態。
そういえば。
伊佐君は大丈夫かな。マスターさんに連れて行かれて無事に帰ってきた人は居ないけど。
噂をすれば影が差す。
よく迷信のように言われるこの言葉は案外起こることで、現に私の視界の中にはお酒の瓶を片手に持った男らしいマスターさん。顔は少し赤い。足取りはしっかりしてる。
例年通り。
「よ、雪。こーんな寂しいところで何してるの」
「それはマスターさんも、ですよ。伊佐君はどうしました?」
どうなっているか、聞くまでもないけれど。
「五杯くらいで倒れたかなー。今は酒場に寝かせてるわ」
男の人のように瓶からお酒を飲むマスターさん。顔は赤くても、酔っ払っているわけではない。マスターさんはいつだってそう。誰かに迷惑をかけるときはすごく酔っ払っているみたいに振舞うけれどこうして話すときはいつだって冷静。
これから大切な話をしようとしているときは特に。
「さっき、傭兵居たでしょ」
「うん、走って何処か行きましたよ。女の人に追いかけられてます」
「……ふーん、雪。これからしばらくはあんまり村の外に出ないでね。最近、魔物が凶暴になってるらしいから」
まだ寒くならない季節。魔物たちが凶暴化?
「多分、大丈夫だと思うけど念のためね」
「分かりました。しばらくはお店に蓄えがあるので大丈夫です」
「絶対よ」
村の周りに出る魔物は傭兵さんでも簡単に倒せるから良いと思うけど、マスターさんの情報は今までに間違ったことがないから、村の外には出ないけれど少しおかしい気がする。
マスターさんが瓶に残ったお酒を飲み干して、いつもみたいに笑った。
「雪、良かったら伊佐を拾ってあげて。多分雪に拾われた方が嬉しいでしょ」
「じゃあ、私の家で寝かしますね」
伊佐君がベッドで寝るから、私はソファーで寝ようかな。たまには新鮮な気分で寝るのも良いね。
マスターさんに魔物の情報をくれたことについてお礼を言うとマスターさんは笑ってお礼はまた酔い醒ましを頂戴、と片手を振った。伊佐君の分で失くならないと良いな。
今日見た女の人は、結局本当に傭兵さんの彼女なのかな。
だとしたら、もったいないね。
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