第8話
今日は村の豊作祭。今年も一年、食べ物を恵んでくださりありがとうございます、と神様に感謝する事を名目に村全体で大騒ぎをする日。お酒を飲みすぎても、誰にも怒られない日。
お祭りの日の早朝、村の周りに新しい魔物避けの香を置いていくのが私と傭兵さんのお仕事。お仕事が終わったのはちょうどお昼だったので先ほど、ご飯を食べた。
おひる。今は準備もない空き時間だから、いつもみたいにお店を開いている。お祭り前は皆忙しくてお客さんが少ないけれど、奥さんたちがいつもより多く薬を買っていく。お祭りの夜は旦那さんたちが暴れて怪我をするから薬は売り時。
お店を閉めると、ちょうど陽が沈んで村に今夜だけ消えない明かりが灯される。どこからともなく聞こえてくる楽しそうな笑い声。喧嘩をするような怒声が聞こえて、祭りは本格的な始まりを迎える。
お仕事を休み、遊ぶことは誰にとっても楽しい。目的もなく歩いているだけで酔っているオジサンに声をかけられる。いつもならついて行って酒場に行くのだけど、近くに見たことのある影を見つけたのでオジサンを丁寧に断ってそちらへ向かう。
「こんばんは、伊佐君」
露天でジュースを飲んでいるのは昨日の昼間、村の外でお祭りに必要なモノを集めるときに手伝ってくれたちょっと若い傭兵の月野伊佐君。
声をかけると面倒だと言わんばかりの顔をこちらに向けてくるけれど、挨拶を返してくれるあたり、とても優しい子。
隣に座ると注文を聞くことなく店のオジサンがお酒を出してくれる。いつもなら飲まないけれど、今日はお祭り。グラスを手に取ると中の液体が光に透けてきれいな紅色になる。味はちょっと酸っぱい、果実を使ったジュースみたいなお酒。
「飲めたんだな……」
拗(す)ねたような伊佐君の声。伊佐君はお酒が飲めないから、拗ねてしまうのも仕方ないけれど、飲めて良いことは少ないから気にしなくても良いと思う。
マスターさんたちは、別だよ。あの人たちはお酒が生きがいみたいなものだからね。
「お祭り、楽しんでくれてる?」
このお祭りは毎年、私たちが身内だけで楽しむお祭り。だから他所(よそ)の土地から来た伊佐君が楽しめることは、少ないと思う。
けれど、伊佐君は少しだけ笑って楽しい、そう言ってくれた。
私が全てを準備したわけではないけれど、嬉しい。手元のグラスを傾けながら笑っていると背後から、珍しい、と言われた。
声で誰がいるのかはわかるけれど、一応振り向くと朝とは違う服を着た傭兵さんが居る。もう大分お酒が入っているのか、頬が少し赤い。手元にはグラスでお酒を持っているから、まだまだ飲むつもりなのだろう。
「雪さんあんま笑わないから珍しい、って言ったんだよ青年くん」
口元にグラスを当てて、傭兵さんが笑う。
朝のことは忘れているみたい。良かった。思いつきで投げてしまったから怒っているのかどうかも確認していなかった。ちょっと不安だったんだ。
「俺に気持ち悪い液体をかけても無表情を貫き通すくらいだからな」
先ほどの考えは撤回する。やっぱり気にしているみたい。
服を変えてるのもそこが理由かな。あの匂いと色は、多分洗っても取れないから。
話を聞いていた伊佐君は肩を震わせて笑ってる。
「避けられないあんたが悪いんだろ、オッサン」
まるで喧嘩腰。
ジュース片手なのがちょっと幼いけれど、言葉そのものは傭兵さんに喧嘩を売っている。お店のおじさんは喧嘩が始まっても良いように少しずつカウンターの上を整頓していく。
やっぱり、露店のオジサンたちは慣れてるね。
グラスのお酒をちょっとだけ飲むと、今度は傭兵さんが反論するように口を開いた。
このお酒美味しいな。なんていう名前なんだろ。
「年上は敬え。しつけがなってない子供だな。俺がしつけてやろうか」
「やめとく。あんたにしつけられたら今より酷くなる事確実だからな」
私を挟んで喧嘩をするのはやめて欲しいな。
傭兵さんは手元のお酒を一気に飲むとわざとらしく大きな音を立ててカウンターへ叩きつける。割れなくてよかった。
「よし、ここじゃ迷惑だから広いところに行こうか青年」
けれど伊佐君はまったく気にしてないみたいに少しだけジュースを飲む。グラスは手に持ったまま。
「嫌だね。俺はゆっくりするって決めてるんだ」
楽しげに、笑いながら。
この場合、負け気味なのは傭兵さん。年上なのに。
勝ち誇るように伊佐君がジュースを飲み干して、座るタイミングを失った傭兵さんを見上げる。けれど、伊佐君の視界はすぐに遮られてしまった。
後ろから駆けてきた、マスターさんによって。
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