第7話 お祭り

「雪さん危ない!」



 傭兵さんの声を聞いて振り向くと体の大きな狼のような魔物が大きく口を開け、私を噛み砕き捕食しようとしていた。命の危機が身近に迫ったとき、頭の中に走馬灯が走るという。そんな余裕があるのか、と今までは思っていた。


 けれど実際に今の状況で、目の前の狼の行動はスローモーションに映り、頭の中には楽しかった思い出が流れていく。


 このまま死ぬのかな、なんて事を考える余裕もあるくらいなのに体だけが動かない。大きく開けられた狼の口の中がよく見えるくらいに"死"が近づいてくる。


 最後との時は見たくない。だから目を閉じた。


 黒の視界の中で狼の牙が突き刺さる痛みを待っていたが、なかなか痛みが来ない。


 恐る恐る目を開け、一番最初に見えたのは傭兵さんの、いつもの笑顔だった。倒れている狼と、私の間にいつもの笑顔を浮かべる傭兵さん。助けて、くれたんだ。私は、生きてる。



「大丈夫だよ、雪さん」



 いつもより優しいその声に私は安心してしまい、恐怖で固まっていた涙腺が緩む。


 暖かな滴が、私の頬を濡らしていた。



  x   x   x   x



 そんな展開が傭兵さんの望みだったらしい。


 実際は、魔物が村の周りに近寄ることすら稀だ。今は念のために村の周囲に魔物避けの香を古いものと交換しているけれど、こんなことをしなくても、きっと大丈夫なのだろうと思う。


 まず、狼の姿をした魔物はこの地方には居ない。傭兵さんもわかっているはずなのだけど。


 香を交換し終えて、後ろを向くと周囲を警戒してくれているのか、私に背を向けている傭兵さんが見える。いつも子供と遊んで泥だらけ、服も雑に洗うからところどころよれていしまったシャツと、傭兵さんお気に入り、剣を収めることのできるベルト付きのズボン。


 剣は立派とは言えないけれど仕事をするには支障のないものみたい。前に話してくれた気がする。


 背中を見ているとどうにも、何かを投げつけたくなるのは人情だろう。先ほど、別の場所で回収した古い魔物避けの香が入った瓶が手元にある。使い終えた香は生ごみみたいな匂いがする上に、砂糖でも混ぜたかのようにねばつくようになる。瓶自体も古びているので私のチカラでも強く握ればヒビが入る。


 なんとなく反応が見てみたい。


 軽い気持ちで瓶を投げた。


 黄土色の液体の入った瓶は思いのほかきれいな放物線を描いて傭兵さんの頭へ飛んでいく。


 そういえば、村の門近くの香も換えなければならないんだった。


 後ろで"何か"が割れた。



「―――!?」



 魔物を見つけたのか、傭兵さんが言葉にならない何かを叫んだ。


 傭兵さんが魔物を引きつけてくれている間に仕事を終わらせよう。

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