第6話

 解き方はわからないよ。


 でも、所詮は木の蔦だからね。



「切ったら降りられるよ、伊佐君」


「……アンタが怖がられる理由が少しだけ分かった」



 伊佐君は腰に付けていたのか、短いナイフを取り出すと腹筋を使って上体を足下へと持ち上げて蔦を切る。年相応の体が重力のままに地面へと落ちる。


 こういう状況に慣れているのか、普段からきちんと鍛錬をしているのか。彼は猫のように体をひねらせると綺麗に着地する。


 伊佐君に怪我が無い事を確かめて、私は鞄の中にある木の実を取り出して地面に置く。魔物をおびき寄せるのに使ったものと、同じ。木の実に気付いた伊佐君はやめろと叫んでいるけれど、気にせずに火を点けて、匂いが出始めたのを確認して伊佐君へと向き直る。



「アンタ、人の話聞く気ある?」


「はい、村に着きましたらお話を聞きます。さあ、走りましょうか。さっきみたいに囲まれちゃいますから」


「気のせいかもしれないが、自分勝手だなアンタ」



 ほとんど初対面の人間に対して、失礼ですね伊佐君は。


 酒場にいたおじさんも同じようなことを言っていましたが、私は自分勝手ではないと言い張ります。


 すぐ近くで、バサバサという羽音が聞こえてきますが振り向くことなく走って村に向かう。さりげなく伊佐君は背後を警戒していてくれるので私は何も気にせず走るだけ。


 村は森から離れてないから十分も走ると村へ逃げ込むことができる。


 早速向かうのは私の家でもある道具屋さん。羽の加工は早くしないとすぐに汚れてしまう。特殊な加工が必要というわけではなくて羽の形と色を留める為に専用の液体を塗りつけるだけなのだが。


 全ての羽に加工を終えてから気づく。


 伊佐君は?


 そしてもう一つ、お仕事終わった報告をマスターさんにするの忘れた。


 また怒られちゃうかな。とにかく報告に行こう。


 酒場に着くとムッとした顔の伊佐君と、呆れた顔のマスターさんが居た。あと一人、居ないはずの人も居た。



「傭兵さんだ、こんにちは」



 いつもお仕事を担当してくれる傭兵さん。くすんだ金髪に同色の目のちょっとだらけたおじさんだ。



「どうしたんですか? 首都に呼ばれたと聞きましたが」


「首都の仕事もあってこの村に舞い戻ってきたから、ついでに雪さんの護衛をしようかと思ったんだけどね。ちょっと遅かったみたい」



 傭兵さんが見るのは隣に座っている伊佐君。


 若いけれどとても頼りになる人だと言うと伊佐君が自分は何もしていないと言うから、たくさんの魔物に囲まれた時に助けてくれたと必死に説明する。


 マスターさんは猫なんかに向けそうな穏やかな笑顔を浮かべてるし、伊佐君は否定してくる。傭兵さんなんかはお酒が入ってるみたいで、ずっと砕けた笑みを浮かべてる。


 マスターさんが急に私の前に蜜柑ジュースを置く。



「伊佐君、お祭りに参加するってさ」


「あ、こらマスター! 言うなよ……」



 お祭りに参加、伊佐君が?



「雪さん見せ所だね」



 傭兵さんも、参加するのかな。


 嫌だな。



「さあ、祭りの準備だ。参加するなら手伝いなよ!」


「こっちのオッサンに手伝わせろよ」


「若者が酔っぱらいのおっさんに何を言うか」



 傭兵さん力持ちなのに。



「さあ、雪も準備しておいで。今年も楽しいお祭りにするよ!」


「はい、行ってきます」



 村の飾りと、大工の人たちに材料を渡して。


 衣装の準備。


 今年のお祭りも、皆が楽しめるものになるといいな。




「そういや、あんた。この村で仕事ってなんだい?」


「マスターには内緒」


「ふうん、雪に手を出したら半殺しだから」


「怖い怖い。……手は出さないよ」

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