第41話 説教家族
「おいおい、大丈夫なのかよ」
テーブルに座るレオルベンとラファミルの二人に心配げに話しかけるのは商人科志望の新入生であるマーティン。
三人がいる場所は学園の外にある街のカフェの中であった。
突如として街中で発生した精霊族の男であるガイエルとラファミルの戦いはレオルベンとシルフィーが仲裁に入ることで無事に収まった。
実際にはその後に事情聴取として警備部隊に話を聞かれそうになったのだが、レオルベンは持っていた腕章を見せることでその場を半ば強引に乗り切ったのだ。
警備部隊は事情聴取の他にラファミルたちの戦いで受けた街の被害の把握などで忙しかったため、ラファミルたちの事情聴取は後回しにされたという方が正確だろう。といっても事情を警備部隊のトップであるティルハニアやオティヌスカルに話せばラファミルの事情聴取は揉み消されそうであるが。
それに事の発端は泣いているエマをガイエルから守ろうとラファミルが現れ、それが原因で二人はあのような事になったという証言が既に得られているため、ラファミルに非がないのは明らかである。ただしあそこまで激しい戦いをする必要があったかと言われると、それはまた別の話だが。
とにかく今日の事情聴取は免れたのである。
「ラファミル様、いくらエマさんとためだからと言ってもあれはやりすぎです」
「わかってるわよ……」
レオルベンには珍しく主であるラファミルを咎めるような口調にマーティンがやや驚いた表情を見せる。しかし街の被害を考えればレオルベンがきつい口調になるのも仕方のないことだろう
「街の主要通りである北通が復旧まで十日。それに周囲の建物にも被害は出ており、酷いところでは建て直しが必要みたいです」
「うっ……」
種族として人族に勝る精霊族で、しかも新人戦に出てくるような有望株のガイエルと、そのガイエルに匹敵する力を見せたラファミルが本気で戦ったのだ。そういう意味では被害は少なかった方なのかもしれないが、それでもラファミルには反省すべき部分はあろう。
自分もやりすぎたという自覚があるラファミルはレオルベンの言葉を素直に聞き入れる。
「それに相手が精霊族だとしても天京の魔術はやりすぎだと思います」
「わかってるわよ……でもあれを使わなかったら私は死んでた……」
「私も対峙して向こうも本気で戦っていたことは知っています。ですがものには限度というものがあって、本気でぶつかり合う前に気づいてもらいたいところです」
「でも相手はあの精霊族よ? 私に尻尾を巻いて逃げろって言うの?」
レオルベンに言い返すラファミルの瞳にはわずかだが雫のようなものが見て取れた。ラファミルは慌てて目をこするとレオルベンに向かって言う。
「私は精霊族を前にして逃げることはできない」
「たとえ街が壊れてもですか?」
「壊れたなら直せばいい。でも一度失われた命は戻らない」
「確かにラファミル様の言うことは理解できます。ですが壊れた建物に誰かいたらどうするのですか? そのような犠牲を一番望まないのはラファミル様じゃないのでしょうか?」
「それは……」
レオルベンもラファミルの気持ちは痛いほど理解できる。幼少期に精霊族によって両親を殺されただけでなく、家名までもを失墜させられた憎むべき対象であることはよくわかっている。
だがそれでもレオルベンはラファミルを諌めることをやめなかった。従者として主人の間違った行為は咎めなければならないから。
「もう一度だけ言わせいただきます。ラファミル様はお優しい方なのでエマさんを守ろうとしたに違いありません。けれどもその優しさも行き過ぎると誰かを傷つけることに繋がります」
「わかってるわよ……」
「ならば次からは気を付けてください。特に天京の魔術は易々と見せていいものではありません」
レオルベンに諌められたラファミルは俯きながら強く拳を握りしめる。ラファミルも心のどこかでは自分が途中から復讐のために精霊族と戦い、そしてエマをその理由に利用していることに気づいていた。だから余計にレオルベンの言葉に言い返せなくて悔しかったのだ。
「なあ、一ついいか?」
「なんですか、マーティン」
「その天京の魔術って一体なんだ?」
初めて聞く言葉に興味を示したのはマーティン。自他ともに認める情報通であるマーティンは知らない単語があると聞かずにはいられない性分らしい。
普段からマーティンに世話になっているレオルベンは天京の魔術について説明する。
「マーティンは神がいると思いますか?」
「教会が信仰している唯一神ってやつか?」
「それも神の一種かもしれません」
「まるで神が複数人いるみたいな言い方だな」
人の世界において神は教会の信仰する唯一神のみである。しかし世界に目を向けてみると、魔族は魔神を信仰しており、この時点で神が二人いることになってしまう。
「神の正確な数はわかりませんが、神を作り出す存在に天界があるという説があります」
「それは古代の考えだろ?」
「ええ。ですが現代においてもその考えを否定する根拠はありません」
「確かにそうかもしれないが……」
「そして天界の都を天京というのです。天京には世界という種子を生みだした一輪の華が咲いており、その華を天華といいます。天京の魔術はその天華の花びらをこの世界に顕現させることで強力な魔術を行使できると考えられています」
レオルベンの説明していることはあくまでも仮設であり、その真偽は定かではない。しかし真偽はさておき、現にラファミルは天華の花びらを顕現させることで強力な魔術を行使したのも事実である。
「でももしその話が本当なら、なんで皆は天京の魔術を使わないんだ? そんなにに強力なら誰かしらが使ってもいいはずだが」
「答えは先ほど自分では言っているじゃありませんか。天華は古代の考え方だと」
「なるほど、そういうことか。古代の考えだからそもそも天華を知らないって訳だな」
「そういうことです」
天京の魔術に必要な天華を含む天界についての考え方はこの時代から見れば古代の考え方である。具体的に言えば魔王ルベンが世界を蹂躙した時代の考え方であり、魔王ルベンは天京の魔術を使っていた。
しかし現代では天界という思想自体がないため、天京の魔術という言葉ももはや死語である。知っている者はこの世界でもごく少数であり、天京の魔術を実際に使えるのはほんの一握りであろう。
現にラファミルが天京の魔術を使うようになったのもここ最近である。魔族との一件で自分の力不足を知ったラファミルは精進するために新たな力を求めた。
そこで従者であるレオルベンが魔王時代に駆使していた天京の魔術の一部をラファミルに教えたのである。本来なら長い年月をかけて会得すべき天京の魔術であるが、ラファミルは生まれ持ったその才能ですぐに天京の魔術を会得したのだ。
「ところで私も尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「いいぜ。何について知りたい?」
「あのガイエルという男も今回新人戦に参加するのでしょうか」
「みたいだな。ラファミルさんがやり合った男ってのはおそらくガイエル・ミラフォースだと思う。他にも一緒に黄緑色の髪をしたスピール・マエストルも一緒にいたはずだ」
「確かにそんなのもいたわね」
ラファミルが思いだしたように答える。スピールはずっと二人の戦いを傍観しているだけだったが、ラファミルは常に警戒していた存在だ。
「あとはシルフィーさんもいました」
「シルフィー? ああ、補欠要員できてる精霊族か」
「シルフィーさんが補欠ですか……」
マーティンの言葉に首をかしげるレオルベン。先ほどのやり取りを見ている限り、レオルベンの眼にはシルフィーの方がガイエルよりも実力者に見えた。そんな彼女が補欠というのは少々おかしな話である。
「普通は補欠なんていないんだが、今年に限っては例外的に補欠を同行させるって話みたいだぜ」
「そうですか……」
「そう言えばレオルベン、あの精霊族とどうして知り合いなのかしら?」
今度はラファミルが咎めるような視線でレオルベンのことを睨みつけられたので、レオルベンは慌てて出会った時のことを話す。
「実は以前道に迷っているところに出くわして、東通りの選手宿舎まで案内したんですよ」
「おいおいレオルベン、嘘はいけないぜ」
「嘘?」
「おおよ。精霊族が宿泊しているのは西通りの宿だぜ」
「レオルベン、どういうことかしら?」
従者であるレオルベンをジト目で見つめるラファミル。しかしレオルベンはもちろん嘘などついていない。
「担当教官であるアストリさんの描いた地図は確かに東通りでした」
「おいおい、適当なことを言ってもこの情報通のマーティンの欺くことはできないぜ。今回の新人戦に同行している教官はオベールって名前だ。アストリなんて人物はいない」
「レオルベン、どうして私に嘘をつくの?」
「ラファミルさん、多分そのシルフィーってやつとなんかあったに違いありません! 俺のマーティンレーダーがそう叫んでる!」
そう言って自分の髪をつまんでアンテナのようにあっちこっちに向けるマーティンであるが、ラファミルは気にすることなくレオルベンの瞳を見つめていた。
従者であるレオルベンが主人である自分に嘘をつくとはラファミルも普段は思っていない。ただ今回ばかりは相手が精霊族ということもあって、ラファミルの心にも疑心が生じてしまったのだ。
「信じてください、ラファミル様。私は嘘など言っていません」
「本当……なのね……?」
「本当です」
「そう……」
どこか悲しげな声でラファミルは答えるのであった。
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