第39話 実は作中屈指のトラブルメーカー

 新人戦を間近に控えて盛り上がりを見せるのは何も王立カルロデワ学園だけではない。新人戦の会場こそ王立カルロデワ学園であるが、未来の英雄候補たちの実力を一目見ようと国中から多くの国民が街に集まるのだ。そのため街はいつも以上に活気にあふれ、大通りには屋台が乱立するお祭り騒ぎとなる。


 普段とは比べ物にならないほどの人の数で大通りは地面が見えないほど人が入り乱れるのが毎年の光景である。


 けれども今現在、人であふれかえる大通りの一部に不自然な空白地帯が生まれていた。まるでその近くを通る人々が何かを避けるかのような流れが先ほどから生まれていた。


 「おい、お前どうにかしろよ」

 「無理言うなって。相手はあれだぞ」

 「でもあの子が……」


 空白地帯の近くを歩く人々は口々に何かを気に掛けるが、結局何も見えないふりをしてその場を立ち去るように歩みを進める。


 誰もがそれを気にするが、誰も何もしようとはしない。否、何もできないという方が適切だろうか。


 「おい、聞いているのか!」

 「うぁ~ん、まま~」


 空白地帯の中心で泣き叫ぶのはまだ幼い少女。目の前にいる大男のことなど視界に入れずにひたすらに泣きわめいている。


 一方の大男は目の前でなく幼女に手を差し伸べるのではなく、ただ怒鳴り散らしており、一緒にいる男は何も言わずに黙り込んでいた。


 それだけ見ればガラの悪い輩が幼女を泣かせている光景に見え、誰か氏らが仲裁に入ってもおかしくはないはずである。しかし先ほどから誰一人として両者の間に割って入ろうとするのはおらず、それどころか自分は関係者ではないとばかりに足早にその場所から去っていく。


 なぜ彼らが何もできずに去っていくのかというと、それは泣き叫ぶ幼女の前に立つ大男たちが人族ではないから。


 一人は赤い短髪に服の上からでもわかる浅黒い筋肉質の男で、目の上には喧嘩でできたのであろう傷がいくつか見受けられる。またその鋭い眼光は見る者を竦ませるほどだ。


 もう一人の男は浅黒い筋肉質の男とは対照的にスラっとした出で立ちが特徴的な黄緑色の長い髪を持った細目の少年。こちらは男というよりも好青年といった印象を受ける。


 だが二人とも特徴的なのはエルフを連想させるような長い耳だ。その耳から二人が人族ではなく精霊族だということが見て取れた。


 相手が全てにおいて人族に勝る精霊族となれば仲裁に入るのを躊躇っても仕方のないことだろう。ましてや見るからに粗野な相手の前に立ったら何をされるかわかったもんじゃない。


 誰もが内心で幼女を助けなければと思うが、行動に移せるほどの勇気を持った者はいなかった。もしかすれば街を警備中の警備部隊に知らせる者がいるかもしれないが、この人ごみではいつ到着するか予想するのは難しい。


 「おい、餓鬼!」

 「えぇ~ん!」


 声を荒げる精霊族の男に対し、幼女はひたすら泣き叫んでいる。普通に考えれば大の大人でも身の竦む精霊族を前にして小さな少女が平静を保てるはずがない。その幼女が泣き叫ぶのは至極当然のことである。


 「ちっ、人の話を聞けって言ってるんだよ!」


 泣き叫ぶ幼女に苛立ちを覚えた精霊族の男が幼女に向かって手を伸ばす。胸倉をつかまんとばかりに伸びる手を見て、その場に居合わせた誰もが痺れを切らせた男が幼女に手を上げると確信する。


 しかしそれでも二人の間に割って入ろうとする者はいない。彼らは動こうとしなかったのではなく、動けなかったのだ。


 「やめてぇ!」


 人込みの中から女性の叫ぶ声がしたが、精霊族の男の手は止まらない。まさに男の手が泣き叫ぶ幼女に触れようとしたその時だった。


 「阻みなさい、氷壁」


 群衆の中に透き通った声が響くと同時に、幼女の前に氷の壁が出現する。その壁は男の腕を阻むかのように現れ、男の右腕は手首までが氷の中へと封じ込められてしまった。


 突然の出来事にその場に居合わせた群衆は誰もが息を飲みながら固まった。その中でただ一人、氷の壁を生みだした術者のみがカツカツと足音を立てながら男の前に立ちはだかる。


 氷の壁を出現させた術者であるラファミルはその銀色の髪を靡かせると、紅の双眸で精霊族の男を睨みつける。


 「衆人観衆の前でいい度胸ね、精霊族」

 「なんだ、てめぇは?」


 突然現れて自分を睨みつけるラファミルを同様に睨み返す精霊族の男。ラファミルはその視線を無視して泣き叫ぶ幼女に寄り添うと、そっと幼女の頭を撫でた。


 「もう大丈夫よ、エマちゃん」

 「お姉ちゃん?」

 「久しぶりね、元気だった?」


 泣き叫ぶ幼女の正体はかつて迷子としてラファミルの前に現れたエマであった。エマはラファミルの姿を視認すると抱き着きながら泣き叫ぶ。


 「お姉ちゃん、怖かったよぉ~」

 「もう大丈夫だから」


 自分に抱き着きながら泣きじゃくるエマを優しく抱きしめるラファミルの姿は周囲にいた人々に安堵をもたらす。


 「エマ!」


 そして人込みを割くようにして現れたのはエマの母親。どうやら先ほど叫び声を上げた女性はエマの母親のようであった。


 「ママ!」

 「エマ!」


 母親を見つけたエマはラファミルのもとを離れると母親の方へ走っていき、母親の胸で再び泣き叫ぶ。一人の不安と大男の恐怖が同時になくなったことで安心しきっている様子だ。


 「ラファミルさん、ありがとうございます!」

 「私はいいから早く行きなさい。私はこいつと話をつけなければならない」

 「でも……」


 精霊族の男を視界の片隅にとらえてラファミルのことを不安そうに見つめるエマの母親。二度も娘を救ってもらった恩人とこのまま別れていいものかという葛藤が母親の中にはあるのだろう。


 しかしその葛藤もすぐに霧散する。精霊族の男が怒りの咆哮を上げ、自身の右手に炎を纏わせることでラファミルの氷を砕いたのだ。その光景を見た人々は一目散に逃げ惑い始める。


 エマの母親はラファミルに深々と一礼すると、エマを抱えて安全な場所へと走り去っていく。その姿を見たラファミルは満足そうな笑みを浮かべて、目の前にいる精霊族の男の方に視線を向けた。


 

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