第38話 レオルベン従者やめるってよ

 「すまんな、レオ」

 「いえ、お気になさらず」


 新入生が通う校舎の前で深々と頭を下げるのは勇者科首席のティルハニア。人類で最も英雄に近いと言われる彼女がわざわざ頭を下げている相手はもちろんレオルベンである。


 レオルベンに向かって頭を下げるティルハニアの手には一枚の腕章が握られており、そこには「警備」という文字が書かれていた。


 「まさかこのような形でレオに頼るとは……」

 「気にしないでください、ティルハニア先輩。お話はオティヌスカル先輩から聞いています」

 「だが……」

 「それにこれも新人戦を無事に開催するためであり、それはラファミル様の安全に繋がりますから」


 ティルハニアがレオルベンに差し出している腕章は開催を間近に控えた新人戦の警備係が装着を義務付けられている腕章である。本来であれば新入生以外の学生たちがそれぞれの学科から人材を派遣し合って構成される警備部隊にレオルベンも例外的に参加することになったのだ。


 対外的な名目は来年度の組織運営のために有望な新入生に仕事を経験させるために急遽導入された新しい試みとなっている。しかしこれはあくまでもレオルベンを警備部隊に無理やり食い込ませるための手段でしかなく、本当の目的は最近になって不穏な動きの目立つ教会を警戒してのものである。


 先の一件に教会が関与していたことを知っている者はごく一部の学生だけであり、警備部隊の中でも知っているのはほんの一握りの学生たちだけだ。新入生でそのことを知っているのはレオルベンだけである。


 そもそも新入生であるレオルベンがそのような情報を知っていることさえおかしいことなのだが、そこは前世での関係と今回の一件の当事者であったことを加味してオティヌスカルが判断を下したわけだ。


 何はともあれ、教会に不審な動きがみられる以上、警戒するに越したことはない。ましてや今度の新人戦はラファミルも参加するイベントであり、そのイベントを円滑に執り行うためならレオルベンは些細なことは気にしない。


 もちろんティルハニアやオティヌスカルも教会を警戒しているが、二人は良くも悪くも有名人であり、街を歩いていても簡単に素性が割れてしまう。それに警備部隊の主要メンバーの顔も教会側が把握するのは造作のないことなので、顔の割れていないレオルベンが警備の一端を担うことになったのだ。


 教会側もまさか新入生がティルハニアやオティヌスカルよりも警戒すべき対象だとは思うまい。そう言う意味でレオルベンが警備を担当することは合理的であった。


 だが当然のことながら警備部隊の中にレオルベンの実力を疑う者は一定数存在する。たとえティルハニアやオティヌスカルの推薦だとしても、新入生が警備部隊に入って役に立つとは思えないから。そもそも有望な新入生なら新人戦に参加することが通例なのでレオルベンの実力は少なくとも代表に選ばれた十人よりも劣ると判断されることは仕方のないことだ。


 それでもレオルベンが警備部隊に入れたのはティルハニアやオティヌスカルの他にも賛成を示した学生たちがいたから。彼らはたまたまレオルベンとジョセフの決闘を見ていたためにレオルベンの実力を知っていたのだ。


 見る者が見ればレオルベンとジョセフの一戦でレオルベンがジョセフよりもはるかに勝る力を有していることは容易に見抜くことができる。


 こうしてレオルベンは新人戦の警備部隊に所属することになったのだ。といっても、表の業務内容は新人戦を控える街の警備という名の見学であり、腕章をつけることは強制されていない。つまり積極的に警備をする必要はなく、来年に向けて警備の全体像を知ることである。


 だがレオルベンにとってみれば、表の業務など従事するに値しない無意味なものである。レオルベンがやるべき本当の仕事は街を歩きながら不審人物を見つけることだ。腕章を携帯する理由は不審者を連行する際に正当性を証明するためであり、それ以外はただの布切れでしかない。


 そして不審者といっても不審な人物を片っ端から連行するわけではない。不審者の連行はその辺の警備部隊に任せておけばよく、レオルベンが警戒すべきは教会の息がかかったものである。


 レオルベンもオティヌカルもティルハニアも今回の新人戦で教会側から何かしらのアプローチがあると予想している。それは先の一件や遺体の引き渡しの件から見ても容易に想定できることだ。


 教会はここにきて本格的に王族政府を打倒しようとしている。そのこと自体はレオルベンにとってみればどうでもいいことであるが、それによってラファミルに火の粉が降りかかることは許容できない。だからレオルベンはこうして本来なら興味も感じない警備部隊への参加を買って出たのである。


 「では、すまないが頼んだ。レオ」

 「ええ、お任せください」


 レオルベンは腕章を受け取ると、腕に装着することはなく制服のポケットに押し込んだ。だがティルハニアはそのことを咎めようとはしない。


 腕章をポケットに押し込むと、レオルベンは右腕に付けているミサンガのような金属製のブレスレットの位置を軽く直すと街に繰り出す。


 いよいよレオルベンの初任務が始まるのであった。

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