第37話 金髪はバーにいる
新人戦の開幕を間近に控えたとある夜、学園の外の街に店を構える酒場に一人の男の姿があった。その男は制服を身にまとっている訳ではないが、遠目から見ても学生だということが感じてとれる。それも王立カルロデワ学園の学生である。
金髪の髪を刈り込んだその男はカウンター席に座りながらアルコール度数の高めな酒を飲んでいた。この国では十五歳で成人をとしているため、王立カルロデワ学園の学生は飲酒が許可されている。といっても進んで飲酒をする学生などほとんどいないのだが。
男はクイっとコップに残っていた酒を飲み干すと、酒場のマスターにお代わりを求める。
「おい、早く出せ」
「お客様、いくら何でも飲みすぎでは?」
「うるせぇ、金は払うから関係ないだろ」
酔いつぶれそうな男より何歳も年上のはずのマスターが男の身を案じるが、男は構わずに次の酒を要求する。マスターは困りながらも男のコップに新しい酒を注いでいく。
新たな酒を貰った男は再びグイっと酒を飲むと、ガン!と大きな音を立ててカウンターにコップを打ち付けた。
「隣、いいかな」
「ああん? てめぇは……」
見るからに関わりたくないと思わせるその男に歩み寄る一人の人影。その人影は男の隣に腰を下ろすと、マスターにノンアルコールのドリンクを注文した。
「随分と酔いつぶれているみたいだけど、元気そうだね。ジョセフ」
「なんでてめぇがここにいる、アストリ」
バーで酔いつぶれていたのは王立カルロデワ学園の騎士科一年の首席であるジョセフ・ローランであった。ジョセフは隣に座った男を見ると一気に酔いがさめるのを感じる。
アストリと呼ばれたその男はエルフを連想させる長い耳が特徴的な男であり、彼が精霊族であることは容易に理解できた。
「ちょうど一年ぶりかな」
「さあな」
「懐かしいね。あの頃は僕もジョセフもまだ若かった」
「知るか」
ジョセフに対して友好的な態度を示すアストリに対し、ジョセフは彼のことを拒絶するような態度を見せる。それでもアストリは構わずに話を続けた。
「あの新人戦からもう一年とは早いね」
「うるせぇ」
ジョセフとアストリの二人が出会ったのはちょうど今から一年前に開催された新人戦。当時は新入生次席の地位にいたジョセフも当然参加しており、そこで精霊族の代表を務めていたアストリと出会い、そして剣を交えた。
それ以来、二人は顔見知り程度にはなった。だが顔見知りになっただけで、それ以上の関係には発展していない。つまり今夜二人は一年ぶりに出会ったということである。
「ところで、どうしてジョセフはここまで落ちこぼれてしまったのかな」
「……」
アストリの言葉を聞いてジョセフの脳裏にあの日の記憶がよぎる。新入生が見学に来たあの日、一人の新入生によってジョセフの地位と名誉は一瞬にして失墜した。全体的に見ればジョセフの自業自得ではあるが、それでもジョセフの失ったものは大きかった。
相手はあのディーハルトと呼ばれる一族の従者。その正体は前々世で勇者として世界を救った剣士であったが、そのことを知らないこの時代の人間たちにとってただの没落貴族に仕える従者である。その従者に真剣勝負で為す術なく敗北したジョセフのプライドは傷つけられたどころではない。
ただ復讐しようにも、その従者の周りには常に勇者科首席のティルハニア・オーデンクロイツと魔王科首席のオティヌスカル・エーデルワイスの二人がいて手を出すことができない。それに仮に手を出せたとしても、ジョセフが返り討ちになってしまうことは明白だった。
自分の実力ではあの従者に勝てない。ジョセフはそのことを誰よりも理解し、そして誰よりもその事実を受け入れがたかった。
「まあ、それは言いたくないよね」
「てめぇ、まさか……」
「知っているよ。君がラファミル・ディーハルトに喧嘩を売って返り討ちにされたこともね」
「何が目的だ?」
アストリが何を考えているか理解できなかったジョセフは彼のことを睨みつけるが、アストリの方は飄々としながらジョセフの視線を受け流す。
そして自分のドリンクに口をつけると意味ありげな笑みを浮かべながらジョセフに尋ねる。
「もしジョセフが力を欲しいというなら、僕が君に力をあげるよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。興味があるなら新人戦開幕の日にここに来てくれ」
そういってジョセフの前に一枚の地図が描かれた紙切れを置いたアストリは自分のドリンクを飲み干すと、その場を後にする。ジョセフは残された紙をポケットにしまうと、アストリのことを追いかけようとした。
だが立ち上がろうとした刹那、先ほどまで全く感じていなかった酔いがジョセフの身体に襲い掛かり、ジョセフはそのまま酒場で意識を失ってしまうのであった。
酒場を後にしたアストリが宿に戻ると、一人の少女が彼のことを出迎える。
「おかえり、どうだった?」
「うーん、そうだね。まあ種は撒けたってところかな」
「そうなんだ」
アストリは来ていた薄手のコートをハンガーにかけると、部屋の中に置かれているソファーに腰を下ろす。
「それでシルフィーの方は何かわかったの?」
「それが……」
「何かあったの?」
「まだ確信できる訳じゃないけど、今朝学園でかなりの強者と遭遇した」
「顔は?」
「遠距離だったからわからないけど、相当な手練れだった」
未知の相手に警戒心を強めるアストリ。
「その相手が新人戦に出てくる可能性は?」
「わからない。でも、もし新入生ならまず間違いなく出てくると思う。逆に出場してこないなら、今年の新入生はかなりの手練れたちってことになる」
「シルフィーが警戒するくらいだから、その相手は十中八九ティルハニア・オーデンクロイツかオティヌスカル・エーデルワイスのどちらかだろうね。じゃなきゃ、警戒すべき第三の強敵ってことになる」
コップに水を入れながら話すアストリの表情は険しい。
「もしその相手が計画を邪魔するようなら秘密裏に処理しなければならない」
コップの水を飲み干しながらその言葉を口にしたアストリの表情はシルフィーも見たことないほど厳しいものであった。
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