第33話 紅茶を注ぐな!
「ところで本日の説明会はいかがでしたか。ラファミル様?」
食後の紅茶をカップに注ぎながら夕食を食べ終えたばかりのラファミルに尋ねたのは従者であるレオルベン。
王立カルロデワ学園の学生寮には校舎と同じく食堂が併設されており、お金を払えば朝昼晩の三色が出る仕組みになっている。しかし学生の中には自炊をする者もおり、そのような学生向けに無料で食堂と同じ設備を備えたキッチンを開放していた。
だが朝食のような簡単な調理をする場合は部屋に備え付けの簡易キッチンでも構わないため、そのキッチンを使う学生はほとんどいない。
凝った料理をするくらいなら素直に食堂で食事をした方が手間暇がかからないというのが学生たちの総意である。ただ稀に自分で凝った料理を作りたいと考える学生がおり、そういう学生たちが無料で開放されているキッチンを私物化して料理に勤しむ。
そしてレオルベンもそんなキッチンを私物化する学生の一人であった。
主人であるラファミルに少しでも満足してもらうためにレオルベンは朝と夕の二食を準備している。別に食堂の料理がおいしくないという訳ではないが、万人に向けて作られる料理はどうしても個人を完全に満たすことができない。
例えば肉好きな子供にハンバーグを提供する時、そのハンバーグにピーマンが入っていたらその子供の満足度は激減してしまうだろう。逆にピーマンは好きだけトマトが苦手な人間に対してトマトケチャップのかかったハンバーグを提供したらなら同様に満足度は下がってしまう。
けれども満足度は下がるが彼らは仕方なくそのハンバーグを食べるだろう。つまりそれが食堂の提供する料理である。逆にレオルベンは万人を気にせず、ラファミルのためだけに腕を振るうからラファミルの好みに合った料理が提供することができるという訳だ。
レオルベンから差し出されたオリジナルブレンドの紅茶に口をつけたラファミルは質問に対して遠い昔を眺めるかのように答える。
「予想していた通りだけど、上手くいかなかったわ」
「まさか新人戦の説明会にも不届き者がいましたか」
「隣のクラスの貴族だったかしらね。開口一番に自作自演で新人戦に参加できてうれしいかと挑発されたわ」
放課後に行われた新人戦の説明会には学園から選ばれた十人の新入生たちが呼ばれていた。レオルベンたちのクラスからはラファミルとルイの二人が選ばれたが、逆に言えば残りの八人は当然他のクラスからの選出となる。
そしてその八人の中には貴族出身でラファミルのことを良く思っていない新入生がいることは説明会に参加する前からわかりきっていたことだ。
学園側は三人の魔族を返り討ちにしたラファミルの実力を評価しての選出であるが、学生間ではそもそもあの事件はラファミルが攫われなければ起きなかったという認識の方が多数派だ。特に貴族の間ではまたディーハルトのせいで種族間の争いが生まれたと考える側面がある。
特にその志向が強いのは新人戦に選ばれなかった新入生たちで、自分が選ばれなかったのにラファミルが新人戦に選出されたことに対する嫉妬も相まってよくない噂が広まっていたのだ。
だが他人から揶揄されてることに慣れきってしまったラファミルにとっては説明会で受けた挑発は気に留める価値もない罵詈雑言である。問題はラファミル以外の学生だった。
「それでオティヌスカルさんが暴れたと?」
「そうよ。あの人が今の言葉を取り消せって本気で怒るものだからその貴族も半泣きじゃ済まなかったのよ」
自分の仕える主が仕えるラファミルを侮辱されて黙っていられなかったのはオティヌスカル。ラファミルに対する罵詈雑言は絶対に許さないオティヌスカルは当然ラファミルのことを侮辱した帰属に対して謝罪を要求した。
ただ問題はオティヌスカルが普通の新入生にとってみれば数段格上の相手であるということだ。
王立カルロデワ学園の学生の中でも選ばれた学生しか入ることのできない魔王科の中で首席の座を手中に収めるオティヌスカル。そんな彼が本気で怒りを露わにしたとき、一般的な新入生は平静を保っていられるかというと、答えは否である。
ましてや前世では魔王ルベンの右腕として世界を滅ぼした男でもある。そんな男の本気の怒気を受け止められるはずもなく、その女子学生は恐怖に打ちひしがれたに違いない。
ラファミルのことを侮辱しているので同情するわけにはいかないレオルベンであったが、さすがにオティヌスカルが相手では可哀そうだと思ってしまう。
「もうそこからは説明会どころじゃなかったわ。起こったオティヌスカルをなだめるために教師陣が出てくるも、あの人は一歩も引き下がらないし、挙句の果てには教師陣が私に泣きついて来たんだから」
オティヌスカルがレオルベンのことを高く評価していることは学園内でも周知のことである。だがごく一部ではオティヌスカルがレオルベンのことを臣下のように敬愛し、その主であるラファミルには頭が上がらないということまで知られていた。
だからそのことを知っている教師の一人がラファミルに頼み込んだのであろう。
「それで最後はどうなったのですか?」
「ティルハニアが来てあの人を部屋から連れ出したわ。そして残った教師が簡単な説明をして今日は解散って感じになったわ」
「それは大変でしたね……」
ラファミルの大変な放課後に苦笑いを浮かべるレオルベンであった。
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