第34話 新たな剣

 木漏れ日の差し込む森の中には二人の人影があった。まだ夜が明けたばかりのその森には二人以外に人影はない。


 二人は他人の目を避けるかのように森の中を進むと、木々の生い茂っていない少しばかり開けた場所までくると歩みを止めた。


 これから夏を迎えようとする王立カルロデワ学園だが、早朝の森の中はまだ寒く、二人の人影も長袖を着用している。


 「今日からまた頼む。レオルベン」

 「ええ、お任せください」


 早朝から森の中で密会していたのは王立カルロデワ学園の新入生であるレオルベンと同じく新入生のルイだ。先の一件で大けがを負ったルイは日課であるレオルベンとの早朝稽古をできない状況が続いていたが、今日から再び稽古を再開することになったのだ。


 「でも悪いな、こんな場所まで連れてきちゃって」

 「いえ、構いませんよ。ルイさんは新人戦に参加するのですから」


 それまでは寮の前で日課の早朝稽古をしていた二人であったが、この日からは学園の中でもはずれにある森の中で稽古をしていた。その理由としては新人戦に参加する他の新入生たちも彼らと同様に早朝稽古を始めており、稽古をするのに十分なスペースをとれなかったからである。


 レオルベンたちと同じように寮の前で朝練できなかった他の新入生たちも今頃他の場所で稽古に勤しんでいる頃であろう。


 ラファミルの従者として目立つ行動を避けたいレオルベンにしてみれば人の目のない森の中での稽古は苦ではなく、むしろ好都合だった。


 「ところで今日は真剣で勝負するのか?」


 レオルベンがずっと握っている一本の剣を見て疑問に思ったルイが尋ねる。しかしルイの手に握られているのは木製の剣で真剣ではない。


 実を言うとルイは今のところ真剣を所持していないのだ。ルイの剣は先の一件で魔族のリーダー格の男とレオルベンが戦った際に砕けてしまい、それからルイは新しい剣を購入していなかった。


 貴族であるため金銭的に余裕はあるルイであったが、金があるかといって自分に合った剣がすぐに見つけられることは早々にあることではない。剣の選別に時間のかかっていたルイはなかなか自分の理想とする剣を見つけられていなかったのだ。


 「いえ、この剣はルイさんのですよ」

 「俺の剣?」


 そう言ってレオルベンがルイに剣を差し出す。


 「ルイさんの剣は例の事件で破損してしまいましたから、これは私からのお詫びの印です」

 「お詫びって……」


 ルイの剣を壊したのは魔族のリーダー格の男であってレオルベンではないからお詫びを渡されるいわれはないはずだ。それに他人が選んだ剣が自分のフィットすることなどまずありえないはずである。


 しかしルイはその剣を手に取った瞬間、雷に打たれたような感覚に陥った。


 「これは……」

 「いかがですか?」

 「すげぇ、すげぇよ! 初めて持った剣なのにずっと使ってたようにしっくりする」

 「それはよかった」


 剣を持ったルイの様子を見て微笑みを浮かべるレオルベン。なぜレオルベンがルイにジャストフィットした剣を手に入れられたのかというと、それは先日訪れた例のアクセサリー屋にあった。


 例のアクセサリー屋の店主なら街の中で一番優れている鍛冶職人を知っている考えたレオルベンは店主の老人を尋ねた。そしてラファミルに送ったネックレスについて話し終えたレオルベンは店主の老人にこの街で一番腕のいい鍛冶職人を紹介するように頼んだ。


 すると表の世界では知られていないが、裏の世界で名を轟かせている鍛冶職人のことを教えてもらい、レオルベンはその鍛冶職人を尋ねた。そして事の経緯を簡単に話すと、その鍛冶職人は二つ返事でレオルベンの依頼を受け付けたのだ。


 いきなり来た学生が真剣に相手をしてもらえないと考えていたレオルベンであったが、店主の老人の紹介ということで話は予想よりもはるかに速く進んだ。


 その鍛冶職人は裏の世界で名を轟かせていることだけあって、素人目のレオルベンから見ても腕は確かなものであった。レオルベンがルイについて知っている僅かな情報だけで完璧な剣を叩き上げたのだからその腕を語る必要はないだろう。


 「これ、本当に貰ってもいいのか?」

 「ええ」

 「でもすごい高そうだぞ?」


 剣を持ったルイはすぐにその剣が普通の剣ではに事に気づいた。確かに腕利きであるが故に請求された額も法外であったが、事の顛末を考えればレオルベンにとっては安い出費である。だからレオルベンは特に気にした様子を見せずに答える。


 「これはラファミル様を助けていただいたお礼と、今回の新人戦参加へのお祝いを合わせたものです。ですから気になさらずに使ってください」

 「そ、そうか。ならその言葉に甘えさせてもらうぜ」


 ルイは真新しい剣を見ながら目を輝かせている。その姿はまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。


 「それでレオルベンの剣はどうするんだ?」

 「それならご心配なく」


 レオルベンはそう言うと自分の右手に巻かれていたミサンガのような金属製のブレスレットに意識を集中させる。すると次の瞬間、レオルベンの手にはどこからか現れたのは一本の真剣が握られていた。


 「なんだよそれ!?」

 「詳しくは知りませんが、簡単に剣の持ち運びを可能にする技術みたいです。ただ未発達の部分が多く、質の低い剣しか使えないみたいですが」


 その技術もまたその鍛冶屋から教えてもらったものである。レオルベンの持つ剣は勇者レオ時代に使用していた聖剣しかなく、場所を弁えずに使うには使い勝手が悪かった。そこでレオルベンはルイの剣を頼むときに一緒に質は悪くていいから安い剣を一本注文したのだ。


 するとその鍛冶屋が冗談半分でその技術を勧めてきたのだが、その技術に興味を持ったレオルベンは鍛冶屋の申し出を快諾。


 結果的にはその技術の更なる進歩のためにモニター役を買って出た形でレオルベンはその鍛冶屋と契約を結んだのだ。


 「なんかそっちの方がかっこよくてうらやましいぞ」

 「見栄えはいいでしょうが、出てくるのは鈍らですよ」

 「でもな……」


 確かに遠目から見ても切れ味は悪そうだし、剣をぶつけ合ったらすぐに折れてしまいそうなほど脆い。だがブレスレットから形態変化して剣を握る姿はルイにはとてもかっこよく見えた。


 「ご希望なら取り換えましょうか?」

 「い、いや。やっぱりこっちがいい!」

 「そうですか。では稽古を始めましょう」


 こうして二人は今日から再び稽古に勤しむのであった。

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