2章 新人戦編
第30話 新人戦
「新人戦ですか?」
レオルベンの声が聞こえたのは新入生たちの喧騒が聞こえる校舎の食堂の一角。昼食をとっていたレオルベンとラファミルの前にいきなり現れたマーティンが息を整えながら話を続ける。
「そうだ。今度この学園で開催される新人戦の出場選手にうちのクラスからルイとラファミルさんが内定したらしい。おそらく今日の午後にも正式の発表されるはずだ」
話終わると近くにあったコップに水を注いでグイっと一気に飲み干したマーティン。彼の額には真新しい汗の粒が輝いており、よほど急いできたことがうかがえる。
レオルベンは空いたコップに水を注ぐと自分の隣にコップを置き、持っていたタオルを差し出しながらマーティンに座るように促す。
「とりあえず落ち着いてください、マーティン」
「わるいな」
ゆっくりとコップの水を飲み干したマーティンは受け取ったタオルで顔を拭き、レオルベンの斜め前に腰を下ろすと息を整える。
「落ち着きましたか?」
「ああ。おかげさまで」
「それで新人戦というのは?」
いきなり話題に出た新人戦だが、それが何を意味しているのかわからないレオルベンではない。新人戦という名称からして新入生が何かをすることまでは推測できるが、それ以上のことは想像の域を出ないので素直にマーティンに尋ねる。
「新人戦って言うのはその名の通り、新入生が主役のイベントで毎年開かれている。だが参加できるのは事前に学園から公示された学生のみで、その学生たちが力を競うのが目的だ」
「それに私が選ばれたというの?」
「はい。ラファミルさんはうちのクラスの代表の一人です」
「私が代表でいいのかしら」
クラスにおける自分の立場や家名のことを考えると自分はその新人戦で代表を務めるのは相応しくないのではと疑問に思うラファミル。けれども彼女の実力を良く知るレオルベンはすかさずラファミルの疑問を解消した。
「何を仰るのですか。ラファミル様の実力ならクラスの代表を務めても何ら不思議はありません」
「そうだな。ラファミル嬢の力なら新入生相手なら余裕に決まっている」
「ラファミル様が新人戦に出場するのは至極当然のことです。魔族たちを一掃したあの実力を考慮すれば疑問に思う必要はありません」
レオルベンに続いたのは、なぜか今日も新入生の校舎に来て昼食をとっている勇者科首席のティルハニアと同じく魔王科首席のオティヌスカル。本来ならそれぞれが所属する学科の校舎で昼食をとっているはずなのに、なぜか毎日のように新入生の校舎に来てレオルベンたちと行動を共にしているのだ。
人類で最も英雄に近いと呼び声高い二人の姿に見慣れたのか、二人の姿が校舎にあっても驚かなくなっている他の新入生たちは友人との会話に花を咲かせている。いつの間にか新入生たちに馴染んでしまった二人のことをレオルベンも気にしなくなった。
「学園側もそのことを考慮したらしい。先日の一件でラファミルさんとルイが魔族と戦ったその勇気と実力を評価して今回の新人戦への参加を決めたそうだ」
「でもあの事件は……」
ラファミルはどこか納得いかない様子で隣に座るレオルベンの方に視線を送る。その視線に気づいたレオルベンは笑顔を浮かべると顔を横に振った。その態度にラファミルはやはり納得いかない様子を見せるが、事情を知らないマーティンは不思議そうに二人のことを見る。
先日の一件とはもちろん魔族たちがラファミルを人質にした一件である。魔族たちは人族の有する聖剣の技術を得るためにラファミルを襲って拉致したのだが、予想外のラファミルの反撃、新入生ルイの奮闘、そしてレオルベンの圧倒的な力の前に計画が頓挫した。
事件の概要は既に学園中に広まっており、特にラファミルのラファミルの救出に向かって瀕死になりながらも魔族の一人を仕留めたルイは学園中から評価されている。けれども概要こそ広まっているが、事の顛末を知っている者は最後まで現場にいたレオルベンとオティヌスカルの二人だけだ。
勇者の力と魔王の力を相生させることで聖魔剣に昇華させる力を表沙汰にしたくなかったレオルベンは魔族のリーダー格の男の仕留めたのはオティヌスカルということにした。魔王科首席のオティヌスカルであれば新入生のラファミルやルイが勝てなかったリーダー格の男を倒せても不思議ではないという認識を広めることでレオルベンは名前さえ語られなくなった。
当初は「魔王様の手柄を横取りするようなことはできません!」とレオルベンの申し出を断っていたオティヌスカルだが、レオルベンに魔王口調で命令されてしまえば逆らうことはできない。渋々レオルベンの申し出を受ける形でオティヌスカルは事件解決の知らせとともに事件の主役とった。
ただその知らせに違和感を覚えた人物が二人ほどいた。一人は同じくあの現場に駆けつけてルイを救出する形で先にあの場から離脱したティルハニア。
彼女は駆け付けた時のレオルベンの様子からリーダー格の男を仕留めたのはレオルベンだと確信している。口にこそ出していないが、レオルベンが聖魔剣の力を使った際にティルハニアは勇者レオの力の波動を感じていた。
そしてもう一人はティルハニアと同じく現場にいて気を失っていたラファミルだ。あの場で意識のなかったラファミルは何が起きたのかは知らなかったが、リーダー格の男を倒したのはレオルベンだと勝手に思っていた。
なぜかと理由を尋ねられると言葉にするのは難しいが、ラファミルは暗い闇の中でレオルベンの怒りを感じたような気がしたのだ。レオルベンが自分のために怒っている、そんな不思議な感覚がラファミルの心の中に生じた。
しかし二人のようにレオルベンのことを知らない大勢の学生たちは魔族襲撃の対処に尽力したのは新入生ルイとオティヌスカルであり、人質になってしまったラファミルも少しは頑張ったという認識に終わっていた。
だが大衆の認識とは対照的にエドモンをはじめとする学園側は魔族三人を返り討ちにしたラファミルの実力を高く評価しており、新人戦の代表選手への抜擢を決めた。また同じく魔族の一人を仕留めたルイは新人戦までに回復が間に合うと判断して代表へ選出したのだ。
もちろん他のクラスからも代表選手は選ばれるのだが、学園側が特に期待を寄せているのがこの二人であることには間違いなかった。
「よかったですね、ラファミル様。是非ともこのレオルベンに新人戦でラファミル様のご活躍をお見せください」
「レオルベン……」
従者に期待のまなざしを向けられてしまっては答えないわけにはいかないラファミルはレオルベンに向かって軽く頷く。
「それにラファミル嬢だって余裕で全勝って訳には行かないから参加しがいがあるぞ」
「確かに。新入生相手ならまだしも、新人戦には彼らがいますからね」
含みを持たした言い方をするティルハニアとオティヌスカルに一体どういう意味かを尋ねるレオルベン。二人が答えるよりも先にマーティンがその名前を口にした。
「新人戦には精霊族たちも出場するんだ。精霊王から選ばれたその年の有望な精霊族が人材交流という名目で新人戦に参加する」
マーティンが話終えるとパキッという音がレオルベンの耳に届く。音のした方に視線を移すと、そこには折れた金属製のフォークを握るラファミルの姿があった。
ラファミルは折れたフォークを気にした様子を見せずにただ憎しみのこもった瞳で目の前のテーブルを睨みつけている。
「精霊族……」
その名前はラファミルにとって忌み嫌う憎しみの対象であった。
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