第29話 従者レオルベン
「俺、生きてたんだな」
「ここの医師の腕がよかったのでしょう」
ふと自分がまだ生きていたことに実感がわかなかったルイが口にした言葉。その言葉に反応したのは彼の隣に腰を下ろすレオルベンであった。
二人がいるのは学園の外に併設されている治療院であり、魔族との一件で瀕死の状態にまで陥ったルイはこの治療院に運び込まれていた。この治療院に運び込まれた時、全身の骨が砕けていたルイが助かる可能性はほとんどゼロに近かったのだが、奇跡的にルイは快方へと向かっていた。
治療魔術によって主要な骨は治ったものの、まだ所々の骨は損傷したままのルイは今もベッドで横になる生活から抜け出せていない。医師の話によると日常生活に復帰するまで一か月弱はかかるのではないかという話だ。
そんなルイの見舞いに様々なクラスメイトが訪れていたが、レオルベンが来るとみんな以後地の悪さを覚えて帰ってしまった。どうやらクラスメイトたちはレオルベンとの距離を測りかねているようだ。
「それにしても不思議だよな。先生の話によると、俺が運び込まれてきたときに息がまだあったのが不思議なくらいだって。出血量が意外と少なくて、まるで負傷直後から時間が止まっているようだって言ってたぜ」
「よほど運がよかったのですね」
「かもな」
ルイは壁に打ち付けられた瞬間、自分が死ぬと確信した。けれどもその直後に身体がわずかに温かくなるのを感じたのを今でも覚えている。途切れそうな意識の中で何者かが自身に向かって魔術的な何かを行使して、それで生き残ったのではないかと考えるルイだが、その何者かが今もわからない。
ルイは自分の両手に視線を落とすと、遠い昔を回顧するようにつぶやく。
「俺、本当にあの魔族の一人を倒したんだよな」
瀕死の怪我を負ったが、その手には確かに魔族の一人の心臓を貫いた感触が確かに残っている。
「私が駆け付けた時には一人は絶命していて、その胸にはルイさんの剣が深々と刺さっていました。あの魔族を仕留めたのは紛れもないルイさんですよ」
「ありがとな、レオルベン」
「何を言うんです。感謝するのはこちらの方です」
「いや、俺は恩人のために戦ったまでだ。そして俺が叩けるようになったのはレオルベンのおかげだ」
もしレオルベンがいなかったら自分はジョセフとの決闘後に挫折していた。けれどもレオルベンの存在が自分をギリギリのところで支えてくれて魔族とも互角に渡り合えるようになった。それは紛れもないレオルベンのおかげである。
ルイはレオルベンに感謝してもしきれないほどの借りを作った。今回の一件を加味しても返しきれないほどの借りだ。だからルイには瀕死の状態に陥っても後悔はなかった。
「そうですか。なら全快したらまた鍛えてあげるので、覚悟しておいてください」
「ああ、頼んだ!」
ルイの部屋を後にしたレオルベンは続けて隣の部屋を訪れる。その部屋はレオルベンの主であり、今回の一件の一番の被害者であるラファミルの部屋だった。
「気分はいかがですか、ラファミル様」
「別に普通よ。だから毎日来る必要はないってあれほど言ったじゃない」
「でも来るなとは言われていません」
そう言ってレオルベンはラファミルのベッドの傍に腰を下ろす。ラファミルが入院してから五日が経ったが、その間レオルベンは毎日病室に顔を出している。それどころか一日に三回はこの部屋を訪れていると言っても過言ではない。
従者として当然のことだと考えるレオルベンであるが、以前ラファミルは彼のことを解雇している。そのため今の二人の関係はただのクラスメイトのはずだ。
「でも私なんかと会っていることが知られたらレオルベンは……」
「不幸になる、ですか?」
「そうよ。私がいたからレオルベンの周りには人が近寄れなかっただけで、私さえいなければレオルベンは普通の男の子だった。だから全部私の所為よ」
ここ最近、ラファミルは毎日のようにレオルベンを拒絶している。自分のせいでレオルベンまでもがつらい思いをするのはラファミルには許せなかったから。
だがレオルベンにしてみれば、そのようなことは些細なことでしかない。
「ラファミル様、何度でも言います。私にとって一番の幸せはラファミル様のお傍に仕えることであって、ラファミル様のお傍に居られない生活など例えどれほど充実していても幸せではありません」
「あなたはどうして私にこだわるの?」
「あの日、私がラファミル様に救われたからです」
「あの日……?」
レオルベンの答えに首をかしげたラファミルであったが、レオルベンは構わずに話を続ける。しかしその表情はわずかばかり寂しそうでもあった。
「ですからお願い申し上げます。もう一度、このレオルベンをラファミル様のお傍に仕えることをお許しください」
「私についてきても私は何も与えられないわ」
「もう十分なほどに与えてもらったので大丈夫です」
「それに友達だってできないわ」
「ご安心ください。もうクラスの皆さんからは避けられています」
「これからもいっぱい迷惑をかけるかもしれないわよ?」
「構いません。その時はまた対処するだけです」
何があろうとも自分はラファミル様の傍を離れないという確固たる意志を感じさせるレオルベンの瞳を見たラファミルは顔を背けると震える声で口にする。
「なら、これからもよろしくね。レオルベン」
「はい。不束者ですが、どうか末永くお傍に置いてください。ラファミル様」
こうしてレオルベンは再びラファミルの従者になったのであった。
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