第28話 レオルベンの本気

 「レオ!」

 「魔王様!」


 レオルベンに遅れて地下空間に姿を現したのは勇者科首席のティルハニアと魔王科首席のオティヌスカルの二人。遠くに見える地上からは陽の光が差し込んできていた。


 レオルベンは後ろで気を失っているラファミルに怪我のないことを確認すると、壁に打ち付けられて瀕死の状態のルイの方を見た。今朝の特訓に姿を現さなかった弟子の変わり果てた姿と、その近くに散乱する小さな緑色の鉱石を視界に収める。


 「まさかあの石が役立つとは」


 その緑色の鉱石とはかつてレオルベンがルイに渡したものである。ラファミルへのプレゼントを渡した際に店主の老人に勧められて一緒に購入した変哲もないその鉱石であったが、どうやら砕けると持ち主の危機を主人に伝える機能があったらしい。


 たまたまネックレスを所持していたレオルベンの脳内にルイの危機の映像が流れ込み、すぐにその場所を理解したレオルベンは地面を破壊することでこの場までやってきた。


 「ティルハに頼みがある」

 「あの生徒か?」

 「そう。すぐに連れていって手当てしてほしい」

 「分かったが、手伝わなくて……愚問だったな」


 自分も手伝おうかと提案しかけてティルハニアは口を止める。レオルベンのことを見たティルハニアはすぐに自分がいてもやることはないと察して瀕死のルイを背負ってその場から離脱した。


 ティルハニアを見送ったレオルベンは次にオティヌスカルに指示を出す。


 「オティヌス」

 「私はラファミル様をお守りします」

 「頼んだ」


 指示を出す前にレオルベンの意図することを理解して自ら申し出るオティヌスカルにわずかばかりの笑みを見せると、レオルベンは魔族のリーダー格の男の方に向き直った。


 レオルベンがリーダー格の男を睨みつけると、リーダー格の男もまたレオルベンのことを睨みつける。


 「ふむ、そちは従者ではないのであるか?」

 「それが?」

 「吾輩はてっきりそこに倒れている娘に力があると思っていたが、今のやり取りを見るにそちの方が力を持っているように見受けられた」


 リーダー格の男が言いたいことは、ティルハニアとオティヌスカルを従えているのはラファミルのはずだというのに、どうして二人が従者であるレオルベンの指示に従っているのかということだ。


 レオルベンたちの関係性をしっかり理解していない彼らにして見れば、それは至極当然の疑問である。彼らはラファミルの力を見越して彼女を攫ったというのに、これでは彼らの計画が根幹から間違っているように思えてしまうから。


 魔族の男の疑問に答えたのはオティヌスカルだった。


 「私は魔王様に仕える身だ。そしてその魔王様が仕えるラファミル様にも使えるのは当然のことである」

 「その男が魔王であると?」

 「そうだ!」


 現在最も英雄に近い存在である魔王科首席のオティヌスカルがレオルベンを魔王と呼ぶことに違和感を覚えるリーダー格の男。魔王に近い男が他者を魔王と呼び、敬う姿はあまりにも歪だった。


 理解できない状況にリーダー格の男がレオルベンに尋ねた。


 「そちは一体何者である?」

 「さっきも言ったはずだ。私はラファミル様の従者であると」

 「では質問を変えよう。その従者がどうして英雄を従えるのである?」

 「答える義理はない」

 「であれば、力ずくで聞きだすまでである」


 そう言ってリーダー格の男が地面を蹴ると、次の瞬間にはレオルベンの眼前に迫って掌底うちを行う。レオルベンはその攻撃を片手で弾き、同時にリーダー格の男の額に掌底うちをお返しする。


 パンと小気味いい音を立てて真後ろに吹き飛ばされた男は地面に打ち付けられながらも態勢を整えて立ち上がる。


 時間にすれば三秒もなかった攻防であるが、リーダー格の男はレオルベンの実力の一端を見て自分が武者震いしていることに気づいた。


 「そちの身体強化は目を見張るものである。そちは魔族の血を引いているのか?」

 「何度言えばわかる。答える義理はない」

 「つれないのである」


 軽口を叩くリーダー格の男だが、レオルベンの身体強化を見て当初の余裕は消えていた。下手をすれば自分よりも優れている身体強化を使うレオルベンに対して肉弾戦で挑むのは無謀であると判断した男は責め方を一変する。


 「射貫け。雷屑」


 リーダー格の男から一斉に打ち出された雷を帯びた無数の微粒子がレオルベンの周囲に巻き散らかせられる。その微粒子を吸った者は体内から痺れを感じ、すぐに身動きが取れなくなってしまう技だ。原理としてはラファミルに行使したものと同様だが、この技は回避するのがより難しい技である。


 有効な対処法としては呼吸を止めて吸い込むのを防ぐか、もしくは自身の周りにあらかじめ微粒子の侵入を防ぐ魔術を行使するかだが、今のレオルベンにどちらかを行っている素振りは見られない。


 それにこの技はいくら身体強化が優れていても関係なく、対魔族にとっての方が有効であった。


 普通に行けばこれでレオルベンの身体は痺れて立っているのもままならないはずだというのに、レオルベンは今なお平然と立っていた。


 「どういうことなのだよ……」

 「その技は私には効かない。それだけのことだ」


 その言葉にリーダー格の男は言葉を失う一方で、レオルベンの背後でラファミルのことを守るオティヌスカルは瞳を潤わせながら回顧する。


 「これぞ絶対にして唯一無二の魔王様の御力『停止』。万物はその魔の力の前で抗うことができない最強の技である」


 レオルベンが使った魔術は『停止』と呼ばれるものであり、歴史を見ても仕えたのはレオルベンだけとされる唯一無二の魔術である。効果はその名の通りすべてを停止させるものであり、この場合で言えば電気を帯びた粒子の電気を停止させたのだ。


 つまり今レオルベンの周囲に広がる微粒子はただの微粒子であり、吸い込んだところで人畜無害である。


 ならばとリーダー格の男はレオルベンに向かって雷撃を撃ち出す。微粒子などという小賢しい技ではなく、力勝負に持ち込もうという算段だ。男から撃ちだされた雷撃がレオルベンの肢体を貫こうとしたが、その前に一閃が垣間見えて雷撃を阻む。


 リーダー格の男はレオルベンの持つその剣を見て何度目かの衝撃を受ける。レオルベンの右手に握られた白く輝く白金の剣はまるで世界を救う勇者が持つような代物だ。


 「それはまさか……聖剣……」


 一太刀で自らの雷撃を防がれたことよりも、レオルベンが聖剣を手にしていることに驚きを隠せないリーダー格の男。聖剣は勇者が持つべき代物であり、一介の従者が持てるほど安々しいものではない。だがレオルベンはその聖剣を手にして、その剣を使いこなしている。


 「そちは一体……」


 それは答えを期待しての問いではなく、ただ口から漏れ出した問いである。そして同時に震える肉体が武者震いをしているのではなく、レオルベンに対して恐怖を抱いて震えているのだと理解したリーダー格の男。


 この時点で彼の脳裏には自分がどうあっても敗北する未来しか見えなかった。


 魔族得意の肉弾戦に持ち込んだところでレオルベンは魔族を超える身体強化の持ち主であり、かといって魔術を使っても封殺されてしまう。


 まだ薄氷の差で負けていると言うなら対策次第でどうにかなるかもしれないが、両者の間にある差は薄氷どころか氷山も可愛く見えるほどである。


 リーダー格の男は近くに倒れていた部下の胸から剣を抜きとると、レオルベンに向かって構える。その剣はルイの剣であるが、リーダー格の男はそんなことを気にしてはいない。ただ目の前に獲物があったから手に取ったまでである。


 剣を構えたリーダー格の男は身体強化を限界まで高めると、自身が握る剣に雷撃を纏わせる。剣術などまったく触れてこなかった男にとって剣を使って戦うということは初めての経験であったが、生存本能が彼のことを突き動かす。


 リーダー格の男が何度か剣を振るう。力任せに振られた剣であっても、その速度が速ければ斬撃が生じることがある。しかも斬撃は雷を纏っており、通常の斬撃よりも威力を増していた。


 思いもよらない産物にリーダー格の男は驚いた様子を見せたが、使える者はこの際使うに越したことはない。男はさらに剣を力任せに振るうことで雷を帯びた更なる斬撃をレオルベンに向かって撃ち出す。


 その斬撃の一つ一つは大したことがないかもしれない。だが何発も打ち込まれたら立派な攻撃だ。普通の相手なら思わず苦戦してしまうかもしれない。だが、彼が相手にしているのはかつて勇者として世界を救い、魔王として世界を滅ぼしたレオルベンである。


 レオルベンはリーダー格の男が撃ち出した斬撃に向かって『停止』の魔術を行使する。途端に斬撃が全て姿を消した。


 「ならば!」


 斬撃が消されたリーダー格の男が今度は剣を両手で握ってレオルベンに斬りかかる。遠距離攻撃は『停止』の魔術によってすべて防がれてしまうために、男に残された最後の手段はやはり接近戦であった。


 リーダー格の男の振り下ろした雷を纏った剣とレオルベンの聖剣がぶつかり合うと、衝撃波が二人の周囲を襲う。オティヌスカルはすぐに防御魔術を行使して意識を失っているラファミルの安全を確保すると、二人の行く末を見守る。


 身体強化に身体強化を重ね、その上に自らの雷撃を肉体に流し込むことで無理やり身体能力をはじめとした諸々の機能を底上げしているリーダー格の男。彼はその後に襲ってくるであろう反動などお構いなしにこの場を生き残ることだけを考えている。


 何度もぶつかり合う両者の剣。その度にものすごい衝撃波があたり一帯を襲う。


 そして剣がぶつかり合う度にリーダー格の男の剣術が物凄い速さで成長していくのをレオルベンは肌で感じた。最初こそまるで泣きじゃくる赤子のように振られていた剣であるが、今は成長してずる賢さを覚えた子供のように一手一手に確かな意思を感じられる。


 現に先ほどから度々であるが、リーダー格の男の剣を捌ききれなかったレオルベンが攻撃を避けるそぶりを見せていた。


 雷を帯びた剣が首元をかすめると同時に雷だけがまるで意思を持っているかのように肉薄した首元を噛み千切ろうとするのだからなかなかの緊張感だ。


 かつて勇者として世界を救ったレオの剣術を持ってしても対処するのに苦労するその男の剣術はまるで別人のようであった。


 どんどん洗練されていき最適されていくその剣術は後天的に備わった能力というよりも、先天的に備わっていた才能が開花し始めていると表現した方が正しい。


 このままでは取り返しのつかないことになる。激闘を繰り広げる中で直感的にそう思ったレオルベンは小さくつぶやく。


 「相生せよ」


 その言葉が告げられた直後、レオルベンの握っていた聖剣に大きな変化が生じる。どこからか湧き出た黒い何かが刀身を包み込むと、その姿形を変えていく。そして姿を現したのは高潔な白い輝きを失い、禍々しいまでも邪気を感じさせるような剣。


 禍々しさを感じさせるその剣を前にしては先ほどまでその剣が聖剣だったとは思えない。まるで違うな何かになってしまったその剣であるが、レオルベンは特に気にする素振りを見せずにリーダー格の男の攻撃を防いでいく。


 剣の変化を見つめていたオティヌスカルはすぐに何が起きたのかを理解した。


 「まさか勇者の証である聖剣に魔王の象徴である魔の力を合わせることで昇華させるとは……」


 オティヌスカルの言葉をかみ砕くと、レオルベンは勇者の力と魔王の力を合わせることで自らの獲物をより高次なものにしたのだ。言うなればその剣は聖剣であり、魔剣であり、もっと言えば聖魔剣といった方が正しいのかもしれない。


 そして聖魔剣の登場はこの戦いの幕引きを意味していた。


 「終わりだ」


 聖魔剣を手にしたレオルベンが一閃を繰り出すと、リーダー格の男がその場ですべての動きを停止して倒れ込む。まるで身体のすべての機能が一瞬にして停止してしまったかのように倒れ込んだリーダー格の男の息はもうなかった。


 苦しむこともなく絶命したリーダー格の男を見下ろすレオルベンの瞳には何の感情も含まれていない。ただ、地面に横たわるリーダー格の男の亡骸を見据えているだけだった。レオルベンの手に握られている剣はいつの間にか白く輝く聖剣に戻っており、禍々しさは残っていない。


 この世に顕現したばかりの聖魔剣は一人の目撃者を残して再びこの世界から消える。こうしてラファミル誘拐事件は魔族全員が死亡という結末で幕を閉じることになった。

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