第27話 駆け付けた騎士

 地下空間に反響する声とともに現れたのは一人の少年。その身にまとっている制服から少年は王立カルロデワ学園の新入生だということがわかる。


 少年は真新しい剣を両手で構えながらラファミルのことを守るように魔族たちに相対する。


 「そちは一体誰ですか」

 「お、俺はルイ・リオネル。王立カルロデワ学園の新入生にして次期騎士科主席の座を手中に収める男だ」

 「ふむ、そうですか。なら帰るのである」


 ルイの言葉を聞いたリーダー格の男がルイから興味を失ったように視線を外すと、帰るように促した。だが帰れと言われて帰るようならそもそもここに来ていないルイは当然リーダー格の男の勧めを断る。


 「俺はラファミルさんを助けに来たんだ。はいそうですかと黙って帰るわけにはいかない!」

 「どうやらわかっていないようである。そちのような弱者に吾輩たちの相手は務まらない。それに吾輩たちが話したいのはそちのような下の人間ではなく、もっと上の人間である。だからそちは黙って帰って状況を伝えるべきである」


 魔族の目的はあくまで人族の有する技術力であり、その交渉材料のためにラファミルを攫った。彼らが求めているのは戦闘ではなく話し合いであり、新入生のルイでは話し合いには役不足だ。


 けれどもラファミルの救出に来たルイにしてみれば魔族の交渉など関係ない。この場は力ずくでもラファミルを取り返すつもりだ。


 ルイは構えた剣を握り直すと、わずかに息を吐く。そして目の前にいるリーダー格の男を見据えた。


 「仕方がないので相手をしてあげなさい」

 「了解です」


 リーダー格の男はルイが本気でやり合うつもりだと理解すると、ため息をつきながら生き残った最後の部下にルイの相手をするように命じた。


 王立カルロデワ学園の平均的な新入生の実力であれば魔族が相手にして苦戦することはまずない。ラファミルのような例外的な存在もいたが、それはあくまでも例外的であり、その例外的な存在が続けて現れることはまずあり得ない。


 リーダー格の男は新入生のルイ相手なら部下の実力でも事足りると判断したのだ。そして彼の予想は正しかった。


 勢いよく斬りかかってきたルイの剣を部下の男が身体強化を用いて弾く。その反動でルイはわずかにバランスを崩したが、すぐに態勢を立て直すと今度は腰の回転を駆使した突きを部下の男に向かって撃ちだした。


 部下の男はその攻撃を寸前のところで回避すると、わずかに笑みを浮かべる。直後、同じく腰の回転を利用した部下の男の左拳がルイの顔面に迫った。


 だがその攻撃を予測していたルイは身体を屈めるとことでその拳を回避し、同時に両手で握っていた剣を空中に放った。


 目の前で突然ルイが剣を放り投げたことに驚いた部下の男はつい放り投げられた剣の方に視線を向けてしまう。部下の男の生じた隙を待っていたかのように、ルイは自由になった両手を地面に押し付けると、両手を軸にして回転することで部下の男の足を払った。


 空中をクルクルと回っている剣に注意を奪われていた部下の男は突然足を刈られたため、いとも簡単にバランスを崩して尻餅をついてしまう。


 「くそっ!」

 「終わりだ!」


 部下の男の足を払ったルイは左手を地面についたまま、右手で空中でクルクルと落下していた剣を掴み取る。剣を掴んだルイは同時に不慣れな身体強化を使って自身の腕力を強化すると、そのまま部下の男に向かって剣を振り下ろした。


 部下の男は再びルイの剣を身体強化を使うことで受け止めようとしたが、腕と剣がぶつかり合う直前になって行動を回避へと変更する。


 だが途端に選択を変えたことで回避は中途半端に終わり、彼の左手首から先が宙に舞ってしまう。


 「ちっ」


 左手を失った男は舌打ちをするだけで特に痛がる様子を見せずにルイから距離をとった。彼の左腕からは赤い血がドバドバと流れ出していたが、男は右手でその血管や肉をつぶして無理やり出血を止める。


 あまりに豪快な止血方法にルイは思わず青ざめてしまうが、当の部下の男は青ざめるどころかルイに激昂している様子だ。よほど自分の身体強化が破られたことが気に食わなかったらしい。


 「手伝のであるか?」

 「いえ、大丈夫です。餓鬼だと油断しただけ。もうこんなへまは踏みません」

 「わかったのである」


 リーダー格の男の手を拒む部下の男はルイのこととじっと睨んでいる。最初の一手でルイの剣は自分の身体強化を破れないと決めつけていた男は身体強化を使ったルイの攻撃にわずかに判断を迷った。だがその迷いは一時のものであり、もう迷うことはない。


 ルイの身体強化に驚いたのはリーダー格の男もであったが、それは身体強化のレベルにではなく、ルイが身体強化を使えたということにである。身体強化のレベルに関して言えばルイは部下の男の足元にも到底及ばず、たった一度の不覚を除いては部下に勝ち目があると信じて疑わない。


 両者の間にある身体強化の差についてはルイも承知のところ。だから彼はより一層警戒を強め、気を引き締める。


 再び睨み合うルイと部下の男。今度は部下の男の方から動き出した。


 部下の男は身体強化をさらに強めることで自身の肉体をさらに隆起させ、右腕は当初の二倍の太さにまで達している。


 その男から繰り出されるパンチはただのパンチとは比にならないほど重く、剣で受け止めたルイはその風圧に思わず圧倒されてしまった。


 拮抗する男の拳と自分の剣は少しでも気を抜けば一気に持っていかれそうな気がした。ルイは初めて見る魔族の本気の身体強化に圧倒されつつも、どこか冷静になっている自分がいることに気づいた。


 身体強化のレベルで言えば戦っている男はかつて苦杯をなめさせられたジョセフと比にならないほど強力だ。あの時はジョセフの身体強化に手も足も出なかった自分だが、今はジョセフ以上の相手とも対等に戦うことができている。


 そのことに気づいたルイは心の中で自らの師に感謝の意を述べるとともに、改めてその師が大切に思っているラファミルを救出しようと誓う。


 拮抗する両者の攻撃の中で先に動いたのは魔族の男だった。彼は自らの拳をあえて後ろに下げることでルイの重心を前へずらすと、その肉体に向かって膝蹴りを試みた。


 だがその攻撃をルイは剣の柄頭で受け止める。その光景はかつてレオルベンがジョセフ相手に見せた時にそっくりだ。


 攻撃を防がれた魔族の男は反対の足を軸にしてルイに向かって回し蹴りを試みる。その攻撃は敵を目の前にして大きな隙を生みだすことに変わりなかったが、魔族の男は構わずに体を回転させる。彼は多少の傷を負った覚悟でルイに大技を試みたのだ。


 一方のルイも魔族の男と同様に覚悟を決める。目の前で大きな隙を生みだした男だが、その隙を突けば直後に襲ってくるであろう男の回し蹴りに対処できない。逆に男の回し蹴りを対処しようとすれば、目の前の隙をみすみす捨てることになる。


 大けが覚悟で隙を突くか、それともここは回避に専念するか。一瞬の迷いがルイのことを襲ったが、すぐにルイは結論へと至る。


 信じるは自らの剣技。かつてレオルベンからも褒められたその剣技なら男の攻撃が襲い掛かる前に仕留められる。もう複雑な攻撃はいらない。今必要なのは単調だけど、早い技。


 ルイは全身に身体強化を全力で行使すると、男の心臓目掛けて剣を突き出す。


 突き出された剣が男の肉体に触れると、押し返されるような感触を得る。だがルイは構わずにその剣を男の肉体に向かって押し込んだ。


 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 魔族の男はルイの剣が自らの身体強化を破る前にその肉体を蹴り飛ばそうとした。


 「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ルイは自身の剣が魔族の男の身体強化を破り、その肉体の奥深くに差し込まれていく感触を確かに感じた。だが直後、ルイに今まで体験したことの内容な強い衝撃が襲い掛かった。


 バン! という音を立てて地下空間の壁に打ち付けられたルイの肉体からはダラダラと血が流れ出ている。あまりの衝撃に彼の全身の骨はボロボロに砕け、身に着けていたものや所持していたものは全て骨同様に砕けちった。


 唯一、頭だけは被害が少ないのは救いかもしれないが、それでもすぐに手当てをしなければルイの命はないだろう。ただルイの瀕死の対価として、魔族の男の胸にはルイの剣が深々と突き刺さっている。魔族の男は心臓を貫かれ、絶命していた。


 「相討ちであるか」


 その場でただ一人意識のあったリーダー格の男は二人の激闘の末を見て声を漏らした。厳密にはルイはまだ生きているが、リーダー格の男が彼を助けることなどありえないので、彼の中ではルイは既に死人扱いだ。


 「はて、どうするべきであるのか」


 四人の部下を失ったリーダー格の男はラファミルのことを見ながら今後の出方を考え始める。けれどもその時だった。


 ズドン! という轟音とともに天井から無数の岩が落ちる。しかもどういう訳か、すべての岩がリーダー格の男に向かってだ。リーダー格の男はその岩を電撃を駆使して岩を砕くと、岩とともに姿を現した一人の少年に問いかけた。


 「そちは何者であるか?」

 「私はレオルベン。ラファミル様の従者だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る