第26話 そこは一体......
ラファミルが目を覚ますと、そこは彼女がいた街の中ではなく、どこかの洞窟の中のような場所だった。周囲に見える茶色岩肌と、光の差し込まない暗い空間であるが、不思議と閉塞感は感じない。
確証は持てないが、そこは地下空間のようである。目覚めたラファミルは立ち上がろうとするも、身体が全く動かなかった。視線を落として自らの身体を見るが、何かで拘束されている様子はない。
まるで自分の身体じゃないような感覚に襲われたラファミルに対して彼女前に座っていたリーダー格の男が言う。
「無駄である。そちの肉体は我輩の電撃によって電気信号を上手く送れなくなっているために自由に動かない。唯一、口だけが動くのだよ」
男に自らの状態の説明を受けたラファミルは再び身体を動かそうとするも、やはり動かない。そこで顔を男の方に向けると強い口調で尋ねる。
「私を人質にしてどうするつもりかしら?」
「そちを利用して人族が開発している聖剣の技術を貰う」
「聖剣の技術?」
聞き覚えのない単語に眉をひそめたラファミルだが、リーダー格の男は特に気にしない。
「そちのような下の人間にはわからんのだよ」
男の口調から察するにその聖剣というものはラファミルたちの上の存在、つまり学園、もしくはその学園のさらに上に君臨する王族が有しているのだろう。
しかしそんなことはラファミルにとってどうでもよかった。むしろラファミルはリーダー格の男のことを哀れみの瞳で見つめる。
「残念だけど、私に人質としての価値はないわ」
没落貴族として周囲から避けられているラファミルは自らに人質の価値がないことをよく知っている。ましてや自分のために学園や王族が高度な秘匿技術を開示するとは思えない。
だからラファミルは魔族の企みは無駄足に終わると確信していた。しかし当の魔族たちはそうは考えてないようだった。
「しらを切ろうとしても無駄なのだよ。そちがティルハニア・オーデンクロイツとオティヌスカル・エーデルワイスを引き連れて街を闊歩している姿を我輩たちは目撃している」
リーダー格の男の説明を聞いてラファミルはやっと自分が狙われた理由を理解する。
現在最も英雄に近いとされているティルハニアとオティヌスカルの二人を従えて街を散策したラファミルは人族にとっても有力な交渉材料になる。彼らはそう考えているようだ。
だが厳密に言えば、ラファミルはなぜかティルハニアとオティヌスカルを従えているレオルベンを従えているだけで、二人の存在は王立カルロデハ学園に入学するまで知らなかった。
だからラファミルと二人の間には直接的な関係はなく、ラファミルに何かあってもあの二人が動くのは考えにくい。二人が動くのはあくまでレオルベンのためであり、ラファミルのためではない。
ラファミルはその事をよく理解している。そしてそのレオルベンとも既に関係を絶った。つまりティルハニアとオティヌスカルの二人が今のラファミルのために動く理由は無いのだ。
けれどもラファミルたちの事情を知らない魔族にとってみれば、ラファミルが嘘を言っていると思い込むのも仕方のないこと。
リーダー格の男がラファミルに告げる。
「ところでここがどこか知っているか?」
「さあ、どこかの洞窟かしら」
「残念ながらはずれである」
この街に来たばかりのラファミルにとってみれば今いる場所などどこでも良かった。街のどの辺かを伝えられてもほとんどわからないからである。
だがそんなラファミルでも男の口から告げられた場所には驚きを隠せなかった。
「ここは王立カルロデワ学園である」
「なんですって!?」
「厳密にはその地下に眠る場所であるが」
予想していなかった場所にラファミルは言葉を失ってしまう。それは王立カルロデワ学園の地下にこのような場所があったこともそうであるが、それ以上に魔族がこのような場所を知っていることに絶句したのだ。
王立カルロデワ学園は人族の領域であり、魔族が人族以上に知っていることはいろいろと問題があった。
また人族がこの場を知らない以上、誰かが助けが来るとこはまず考えられない。それはラファミルの従者であるレオルベンもだ。
「だから諦めるのである」
「......」
どうしようもない状況に言葉が出ないラファミルを見て、リーダー格の男が視線を外す。今のラファミルは男の魔術の影響で自由に身体を動かせない状態である。
視線を外したところでラファミルが突然動き出すなどということは有り得ないはずだった。
しかし男がラファミルから視線を外した刹那、ラファミルの声が地下空間に響き渡る。
「貫きなさい! 雷氷槍!」
直後、リーダー格の男の横顔を小さな飛来物が通り過ぎた。その飛来物は男の頬を掠めると、そのまま後ろの壁に勢いよく飛んでいき、壁に小さな穴を開けた。そして男の頬から赤い鮮血が流れ出る。
リーダー格の男の身体強化を持ってしても防げなかったその攻撃はラファミルが残る力を振り絞って打ち出した最後の攻撃。雷撃を帯びた小さな氷の礫はそれまで以上の貫通力を生み出すことに成功したが、肝心の狙いが僅かにズレてしまったために男に対しての決定打とはならなかった。
「まさかまだ動けたとは思わなかったのだよ」
「そう......でしょうね......」
「ふむ、面白い。自身の身体に電撃を流すことで無理やり動かしたか」
どうして動けないはずのラファミルが動くことが出来たのかというと、ラファミルは自身の身体に電撃を流すことでリーダー格の男の電撃を無理やり弾いたのだ。
これはリーダー格の男の不意を突く技であり、一回限りしか使えない技であった。けれどもラファミルはその一回限りの攻撃を外してしまった。だからラファミルの表情はとても厳しい。
「もう少し調教が必要だったみたいである」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
リーダー格の男がさっきよりもさらに威力の高い電撃をラファミルに向かって流し込む。電撃を流し込まれたラファミルはその電撃に再び意識を刈り取られてしまう。
再び意識を失って地面に倒れ込むラファミルに近づくリーダー格の男。感情の籠っていない冷たい視線をラファミルに向けている。その瞳はまるでラファミルを殺そうかとしているようだ。
だが、その時ラファミルたち以外の声がした。
「そこまでだ」
地下空間の中に男の力強い声が響いた。
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