第23話 ガールズトーク

 昼休み、いつもならレオルベンと一緒に昼食をとっていたラファミルだが、今日は一人広場で昼食をとっていた。周囲には同じように広場での食事を楽しむ学生たちの姿も見受けられたが、ラファミルの用に一人という学生は少ない。


 午前の授業が終わって教室を出ようとすると、レオルベンがラファミルのことを呼び止めようとしたが、その前に他のクラスメイト達がレオルベンのことを食堂へと連行した。今頃レオルベンはクラスメイトたちと昼食を共にしているのだろう。


 「これでいいのよ……」


 誰に聞かれたわけでもないのだが、ラファミルはふとつぶやく。


 自分がレオルベンの近くにいないだけでレオルベンにはあれほどの友人ができた。そのことを実感したラファミルは改めて自分の存在がレオルベンのことを不遇な環境に道連れしてしまっていたことを理解する。


 不遇な扱いに甘んじるのは自分一人でいい。ラファミルは心の底からそう思った。


 「おっ、ラファミル嬢じゃないか」


 一人で昼食をとっているラファミルに話しかけてきたのはティルハニアだ。彼女の手には昼食のパンが握られており、これからいつも通りレオルベンの下に行くのだろう。


 「レオルベンなら食堂よ」

 「ラファミル嬢は行かないのか?」

 「ええ」

 「そうか。なら隣に失礼するよ」


 何かを察したのか、ティルハニアがラファミルの隣に腰を下ろす。当然ラファミルはティルハニアのことを拒絶したが、彼女はいつも通りの答えを返す。


 「ちょっと、誰も座っていいなんて言ってないわよ」

 「誰にも許可を貰えなかったとしても座るのが私だ」

 「あなた、その性格やめた方がいいわよ。世の中には自分のパーソナルスペースを侵されて嫌な思いをする人だっているんだから」

 「でもラファミル嬢に嫌がっている様子はない」


 自分の忠告に全く聞く耳を持たないティルハニアに対してため息をつきたくなるラファミル。ここまで自分勝手だとは知らなかったラファミルはふとレオルベンも苦労してるのだなと考えた。


 「それで、レオと喧嘩でもしたのか?」

 「別にしていないわ」

 「だろうな」


 ラファミルの答えを聞いて当然だと言わんばかりに頷くティルハニア。その態度を見たラファミルはどこか納得いかない様子で尋ねる。


 「どうしてそう思うのかしら?」

 「そんなの簡単だ。レオはラファミル嬢のことを心の底から大切に思っている。ラファミル嬢に非があったとしてもレオはそれさえもラファミル嬢の一面として受け入れるに決まっているからだ」

 「随分とレオルベンに詳しいのね」

 「まあな」


 かつて共に魔王から世界を救うために背中を預け合った仲だ。レオルベンの考えなど聞かなくてもわかるというのがティルハニアの主張である。


 そしてそんなレオルベンが世界よりもラファミルの方が大切だと言ったのだ。レオルベンがどれだけラファミルのことを思っているかなど容易に想像できた。


 「で、用はそれだけかしら?」

 「ふむ、特に用という訳ではなかったのだがな」

 「なら私はこれで失礼するわ」

 「まだ残っているのにか?」


 ラファミルの前には半分も口をつけられていない昼食が置いてある。昼食を切り上げるにはまだ早すぎるとティルハニアは言いたいのだ。


 「他の場所で食べるわ」

 「そうか。なら私も一緒しよう」

 「どういうつもり? あなたの目的はレオルベンでしょ」

 「確かに私の目的はレオだが、たまには女同士で楽しくランチというのも良かろう」

 「私が楽しくないと言ったら?」

 「私が楽しいからついていく」

 「あなたは自分勝手な人ね」

 「よく言われる」


 ため息をついて再び席に着いたラファミル。その姿をティルハニアは嬉しそうに見つめる。


 「何が原因だ?」

 「何のことかしら」

 「レオと仲違いした原因だよ」

 「別に仲違いしたわけじゃないわ。ただ、もう私にレオルベンは必要ないから彼の職を解いただけよ」


 淡々と説明するラファミルだが、その表情はわずかに辛さを感じさせる。彼女が強がっているのはティルハニアの目から見ても明らかだった。


 「なら私がレオを勇者科に誘ってもラファミル嬢はかまわないと?」

 「ええ、もう私には関係ないことだわ。それに以前、学園長から勇者科編入の話を貰っていたから簡単に引き抜けると思うわ」

 「随分と詳しいのだな」

 「この前そう言っていたのよ」


 まるでティルハニアがレオルベンを勇者科に引き込もうとするのを手助けする素振りを見せるラファミル。その様子から察するに、やはり対立しての仲違いではないだろうとティルハニアは確信する。


 「レオは勇者としてこの世界を救える逸材だと私は思っている」

 「そうね。確かにレオルベンの剣の腕は別格だわ」


 レオルベンの実力を知っているラファミルはティルハニアの言葉に同意を示す。


 「だから私は彼を勇者にしようと試みたのだが、レオは私にこう言った。自分はラファミル嬢に仕える従者だから世界よりもラファミル嬢をとると。世界よりも主人をとる従者がどこにいる。自分が英雄になる機会をふいにしてまで主のために尽くそうという人間をラファミルは手放していいのか?」


 核心に迫るティルハニアの質問であったが、ラファミルは何食わぬ顔で答える。


 「そんなの私には関係ないわ。たとえレオルベンが何を思っていようとも、今の私にレオルベンは必要ない。それが私の答えよ」

 「そうか」


 パクっと持っていた最後の一口を口に含んだティルハニアは立ち上がると、振り向きざまにラファミルへ言う。


 「そう言う割にはそのネックレスは付けているんだな」

 「これは……」


 ラファミルが反論する前にティルハニアはどこかへと行ってしまった。残されたラファミルは首から掛けられた赤い鉱石を触りながらつぶやく。


 「気分で付けてあげているだけよ……」






 そして事件はその日の夜に起きた。


 自室にこもっていてもふさぎ込んでしまうラファミルは気分転換のために学外の街へと繰り出した。いつもならこの時間に街に繰り出すことはおろか、一人で街に行くこともなかったラファミル。彼女の片隅にはいつもレオルベンの姿があった。


 けれども今のラファミルは一人であり、自由の身だ。これまで味わえなかった自由を堪能するために街へ繰り出したラファミルは次々と店を見て回る。


 しかし楽しい時間はそう長くは続かなかった。街を散策していたラファミルを囲うようにしてマントを身に着けた五人組が現れる。フードを目深くかぶっている彼らの顔を伺うことはできないが、それでも彼らが一般人ではないということくらいわかる。


 「ラファミル・ディーハルトだな」

 「なら何だというの?」

 「話がある」


 五人の内の一人がそういってラファミルの腕を掴もうとしたが、ラファミルがその手を振り払った。その際、ラファミルはその男の耳がわずかに尖っていることに気づく。


 「あなたたち、魔族ね」


 相手方の正体を知ったラファミルが臨戦態勢に入った。

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